第24話 栗毛武道家、栗毛の理由を語る。
町長さんの言葉の後押しもあり、アユちゃんの言うように何か隠し要素が眠っていないか探しながら私たちは北へと向かいました。
「いやー、見事に何もなかったですなー」
アユちゃんがダーマラス大陸最北端の岬に立ち水平線を眺めながら清々しく何もない道中への感想を述べます。
「あの町長さん、北へ行けとしか言ってなかったから何があるかとかもわからないんだよね」
もしかしたら長すぎて聞いていなかった話の中にヒントがあったかもしれませんけど、聞き流した話をまた聞くのも苦痛なので忘れるとします。
「パッと見て何もないのは初心者の私でもわかるよ? 後ろを見ても平野しかないしね」
「そうなんだよね。けどNPCの、しかも町長さんの言葉だし何もないわけないはずなんだよね。うーん」
北へ向かう道中は、街の近くの森を抜けたらひたすらに見晴らしの良い平野で、左右も遠くまで何もないのを確認しながら二人で進みましたし、横道に逸れるような怪しい場所もダンジョンも見つかりませんでした。けれど、何かあるはず。と、私は考え続けてうねり続けます。
「ねっ! ラピスちゃんもここで寝てみない?」
私が必死になって考えていてもアユちゃんはマイペースで、いつの間にか地面に仰向けで寝転んでいました。
「風も気持ちいいし、波の音とか色々と聞こえてリラックスできるよ〜。考えるのは寝ながらでもいいよね?」
「あはは、アユちゃん自由すぎだよ。⋯⋯ありがとう。そうだね、こんな人も居なくてゆっくり寝そべることが出来る場所なんてフィールドにここくらいかもね」
アユちゃんの隣で仰向けになって空を眺めると雲とフワマルがゆっくりと流れているのが目に入る。風に揺れる草木のざわつき、打ちつける波の音、フワマルの爆ぜる音。その全てが都心の喧騒とは無縁で、このような行為はリアルでは出来ないだろうなという思いが、ここがVR世界なんだなという実感も呼び起こす。
「ねぇラピスちゃん」
「んー、なに?」
「ラピスちゃんにとってVRのオンラインゲームって何かな?」
「いきなりどうしたの?」
「いやー、私が北に向かう話をした時のラピスちゃんが気になっただけだよ。なんか辛そうだったから」
まあ、行き先を決めるだけなのに泣いちゃいましたしね、私。
「⋯⋯あんまり気分のいい話じゃないけど聞いてくれる?」
「気持ちいい場所で寝ながら話をすればプラマイゼロだよ」
「あはは。なにそれっ、アユちゃんって面白いよね」
「よく言われるー。けどさ、バカだなーって思われてるのもわかるんだよね。⋯⋯それでもさ、同じ価値観で笑い合えるラピスちゃんから言われるなら、私は嬉しい」
「⋯⋯そうなんだ。⋯⋯それなら私も、嬉しいかな」
穏やかに流れる時間が心地良く、あまり自分のことを話すのは苦手ですけど、アユちゃんも自分のことを話してくれたし、こういうシチュエーションだからなのか何も考えずに言葉にしてもいいかなという気持ちになっていました。
「私にとってのVR世界は⋯⋯もう一つの現実だよ」
「うん、やっぱりそうだよね。じゃなきゃこんなにゲームに詳しくなんてなれないし、感情も持ち込めないよね」
その言葉にどれだけ私が救われたかアユちゃんは知らないでしょう。理解してくれてたんだという想いが胸に手を当てても全身に広まるように体中を駆け回りました。
「私、あの髪色と勉強が出来たせいで疎まれてたんだ。けどお母さんがいたから頑張れた。お父さんはあまり喋らない人だからあの頃はわからなかったけど、今ならお父さんも私を支えててくれたんだなってわかるけどね」
「うん。いい両親だね」
「⋯⋯ありがと。⋯⋯ある日、お母さんが亡くなって、それでもお母さんは学校に行くのを望んでくれていたから辛いけど登校はしていたんだ。けど耐えられなくなって不登校」
「うん。⋯⋯噂で知ってる」
そっか、アユちゃんだもんね。噂話くらい耳に入るよね。私が周りから何て言われてるかも知ってるよね。
「家に引き籠ってた私にね、お父さんがVRゲーム機とソフトの月影オンラインを買ってきてくれてね」
懐かしいな。⋯⋯ほんとだよね、お父さん。今、栗毛のラピスはアユちゃんと一緒に遊んでるよ。あっ! 今思い返すとMSOをお父さんが選んだのはパーティプレイ推奨の難易度で人と関わらせようとしたのと、夜が舞台の世界で無理に光の当たる場所以外の世界もあるって私に伝えたかったのかな。
「"髪の色がなんだ。勉強がなんだ。そんなの関係ない世界でお前は生きてみろ。現実の生活はお父さんが何とかしてやるから心配するな"って言って私に渡してきたんだ」
「あっ! だからなんだね」
さすがに流れでわかるよね?
「そう。だから私は栗毛のアバターを作ったの。地味で目立たない感じのこのアバターだよ」
「うん。ラピスちゃんらしくない感じがラピスちゃんらしいかな。私は綺麗な紅碧色の髪をした口下手なラピスちゃんも好きだし、この世界で饒舌な栗毛のラピスちゃんもラピスちゃんで可愛いんだけどね」
「⋯⋯ありがとう。とりあえず続けるね?」
VR世界での私は'"ラピス"として強くなって、色々な人と冒険もして、学校を卒業した先の現実から様々な話題まで教えてもらって成長できたと思います。いえ、成長できました。けれどまだ足りなかった。泣いてしまったのはそれだけの話です。
「だから、VR世界はもう一つの現実。私の内面を見て友達になってくれた子や仲間たちがいるから、───だからあの時、アユちゃんを大切に出来なかった私が情けなかったの」
そこまで話してスッキリしました。感情的に泣いたのは義務感からだったのではないか? そんな気持ちも抱いていました。けれど、私の本当の気持ちからの涙だと分かったから。
「それでもさ、こうして寝そべってさ、同じ世界で、同じ時間を二人で贅沢に過ごせているのはさ、ラピスちゃんが現実に頑張ったからだよ。───ネットだろうがリアルだろうが関係ない。ラピスちゃんの頑張りのご褒美で、私はキミの最高の友達だよ」
「あははっ! ありがとう。けど、自分で言うかな?」
「私らしくない?」
「そうかも」
いつの間か握っていた手が私の答えだ。穏やかな時間は波音と草木の揺れる音、フワマルの爆ぜる音と共に流れていった。




