第148話 栗毛聖女、釣りをする。
私たちが新たに移動してきた山奈河町は避暑地のようで、近くの湖では釣りができたり、森林ではコンクリートのようなもので整備された道をウォーキングしたりできる近隣フィールドも含めてのリゾート地でした。
「釣れないね~」
「うん、釣れないね」
アユちゃんと二人で横並んで湖の畔で釣り針を垂らしていますが、浮きは一向に沈むことはありません。けれど、知っています。
「カゲミツさんが言ってたんだけどね、釣りっていうのはこうして穏やかな時間を感じるのも楽しみ方の一つなんだって」
「カゲミツさんらしいね~。けど、あの人ならそう言いながら横でバンバン釣ってそうかも」
「あははは……、実は私もそんな気がしながらその話を聞いてたよ。結果もその通りだったのにはみんな苦笑してたなー」
MSOでも釣りシステムはあり、第六天明王のみんなと競争した時のことを思い出しながらアユちゃんに色々と話しかけます。
「ラピスちゃん、リアルでもそれくらいしゃべってくれてもいいんだよ?」
「あっ! ごめん。私ばかり喋ってたね!」
アユちゃんが言いたいことはわかるけど私は意図的にはぐらかします。みんなのおかげでそれなりに普通に話せるようにはなったんだけど、どうしてもみんなの普通の会話と私の普通の会話に少し温度差があって……委縮してしまうのです。
「ね、ラピスちゃん。せっかくだから今度、釣りに行こうよ! リアルで!」
「あははっ、唐突だね。私もアユちゃんの好きなものに触れたいしいいよ」
「ふっふっふー! さすがはラピス殿、よく行き先がわかったでござるな!」
「凄くヤスナガさんっぽい! じゃあ、せーのでどこへ何を釣りに行くか言おうよ」
茉実ちゃんは私の好きなVRゲームに興味を持ってくれたのが交友関係の始まりだったし、今度は私が興味を持った茉実ちゃんの好きなものを一緒に楽しむ番だよね?
「「川へ鮎釣りに行こう!!!」」
電車に乗って県外まで行くのかな? 釣り具はどうしよう? あ、アユって何を食べるんだろ?
「私、知らない事ばかりだからアユちゃん、いっぱい教えてね」
「もちろん! ラピスちゃんの知らない事を色々教えてあげるから覚悟しててね!」
こうして夏休みの楽しみが一つ増えました。
「そういえばさ、アレってマヤさんだよね?」
「マヤっちね~、デスペナ受けて戦えないから水切りで憂さ晴らししてるっぽいのよね~」
「あ、マリアさん。デスペナって、え? この辺りのモンスターってそんなに強くないし、ここで全滅するとかあるの?」
ピッ、ピッ、……ピッ! ドボン!!!
一人で湖に向けて石を投げるマヤさんの姿が切なく見えました。
「前の火山でアユちゃんがやったみたいなことをやろうとしたみたいなの~」
「私、何かしたっけ?」
「アユちゃんはやらかしすぎて何のことかわからない」
「こらっ! ラピスちゃん言い方!!!」
「本当に仲がよくて微笑ましいわね~」
マリアさんの話を聞くと、アユちゃんが火精霊の大虐殺もとい乱獲をした時に使った方法を湖に向けて試したそうです。
「あの子、焼き魚にしてやるっす! って意気込んで湖に向けて魔法を使ったら大量の魚たちのエサになちゃったのよね~」
「ぁー、あの時はギミックで動きが止まってたからできた方法だもんね……」
「それは私でも死ねるね」
アユちゃんが死亡するイメージが思い浮かばないのは置いといて、マヤさん本当にポンコツ説あるよね……。
「マリアさんも水切りしないんですか?」
「私の水切り見てみる? ―――えいっ!」
ちゃぽん。
「……えっと、―――ごめんなさい」
「あ、ラピスちゃんラピスちゃん! コータがきたよ!」
「なにか話してるみたいだね」
マヤさんにあれこれ言いながら石を拾ったコータは、サイドスローの美しいスイングで石を投げました。
ピピピピピピピピピピピピピピッピッピーーーッピ! チャプン。
「おー!!! コータ凄くない!?」
「なんていうかさすが男の子って感じだね。ちょっとカッコよかったかも」
「あ、こっちに気付いた! ほら、ラピスちゃん! 手、振ってあげようよ!」
アユちゃんに促されながら私が手を振るとコータは背中を向けて町の方へと歩き始めてしまいました。―――けれど、少しだけ歩いてから振り向かずに右手を上げて応えてくれたので悲しくはありませんし、照れ屋なとこも可愛いなと思いました。
「ほんと、コータってザ・男の子って感じだよね」
「子供らしくていいと思うよ。私は好きだな」
「それは異性としてかな~? 恋バナならいくらでもお姉さん聞いてあげるよ~」
バレンタインの時、私は返事を保留にしましたけど、いつまで保留にしておいたらいいのでしょうか? 涼子ちゃんとの仲直りもできたけど、高校生としての時間も折り返しに近いですし、それぞれが夢に向かって歩み始めてて……、私のやりたいことってなんだろう? 結局のところ、それが見つけられないと子どものままで、成長できてない気がして……。
「私って大人になれるのかな? みんなが夢に向かってがんばってるのに、私はまだやりたいことも見つかってないのに……」
「見つかるよ! だって好きなんでしょ、このVR空間でみんなと遊ぶのが! いろんな人の生き方を見ながら自分について考えてればいつか見つかると私は思う!」
「そうね~。あんまりリアルの話するのはイヤなんだけど~、ラピスちゃんたちのためならしちゃうね~。―――私も普通にOLしてて、夢とかわかんなくなったけどさ、Flowerさんやマヤっち見てるといくつになっても夢を見てもいいんだって思えるんだよね」
「……えっと、マリアさんの夢って?」
自分から話さない限りあまりリアルに踏み込むのはよくないと思う。けれど、口調を変えてくれているのはリアルのマリアさんで今はいてくれるんだと思い、私は聞いておかないといけない気がしてマリアさんに尋ねました。
「パン屋さん。ふふっ、子どもっぽいでしょ? けどね、夢はどんな形でも叶えられるの。不格好でもいいの。有名なパン屋さんとかは無理でも、私の憧れたパン屋さんは町にあるような小さなパン屋さんだし、なんだったら移動販売とかでもいい。憧れたお店よりももっと小さくても私の焼いたパンを食べたいって人に届けられたらそれだけで素敵だって今なら思えるから」
私はマリアさんの話を深く刻みます。それが私よりも長く生きてきた大人であるマリアさんが見つけた夢の形だから。無気力や将来の不安なんか関係ない、流されるまま就職して働いている今からでも夢に向かって進もうとするカッコいい大人の意見に思えたから。
「……ありがとう、マリアさん。アユちゃん」
そういえば小学二年生くらいの時に将来の夢について授業で書かされたことを思い出しました。たぶんお父さんに言えば仕舞ってある場所を教えてくれる気がするので今度聞いてみようと思いました。
「私の夢、思い出してみるよ。けど、あんまりしっくりこなかったら今から考えることにする。それでもいいよね?」
それから三人で釣り針を垂らし続けました。残念ながら魚は一匹も釣れませんでしたけど二人と普段話さないようなことを話したり、充実した時間を過ごせてよかったです。
後日、茉実ちゃんとの鮎釣りは結局、ヤナ場で鮎の手掴み体験会に変わりました。茉実ちゃんが言っていたように新鮮な鮎の塩焼きはとても美味しかったのを私は忘れません。




