第147話 【七夕】美琴、願いを成就させる。
小倉ミコとして遊んでいる私、大倉 深琴は去年、輝夜世界で黄色の短冊に『また世界を渡れますように』と願った。―――彼に会いに行きたい。懺悔するためではなく、共に笑うために。
「―――お主も来ておったっか」
「お前が来ると思ってな! ―――槍投げ〝一等星〟ッ!」
転移した瞬間から戦闘は始まっており、ワールドボスとも呼べる鹿王ヌンヌンとの死闘は参加条件の緩和からか数百人、数千人規模で行われていた。その中でかつての相棒と肩を並べることになろうとは思わなんだが。
「これも七夕の奇跡かや」
「マサさん、よほど早くミコさんに会いたいのかイベント概要みてから動きが早かったですよ」
「うっせー、宮本! とっととお前も投げねーか!!!」
私の独り言を拾った男がマサが会いたかったと教えてくれる。誰かは知らぬが村井マサというプレイヤーがマサと呼ぶのを許している辺りそれなりの関係を気付いたプレイヤーなのだと付き合いの長かった私にはわかった。
「ほほぉ、わっちに主は会いたかったのかや? メールの拒否設定をしてどこへ行ったのか教えもせずにわっちに探されたお主がのぅ」
「………………あっ」
長い沈黙の後、何かを操作する動きをしマサは阿呆としか言えないような声をあげた。おそらくはメール設定を見て受信拒否のままにしていたのを確認したのだろう。
「……はぁ。大体そんな子どもっぽい対応をお主がしたのはわっちが対人戦に挑むずっと前じゃろう。別れ際にした約束をきっちりと果たしたわっちは気にしておらん」
「は? どういうことだ―――」
「ほれ、お主の作ってくれた槍じゃ」
わっちは〝一迅二風三散〟という三俣になった独特の槍をマサに見せる。これは小倉ミコも代名詞の一つだ。
「確かにこの槍はそうだが、……は? 武器はこの槍一本で対人戦の最強の座までいったのかよ!?」
「そうじゃ。お主は相変わらず世間の情報には疎いのぅ」
マサが宮本や周りのプレイヤーに聞いて有名な話だと肯定されて項垂れる。私はなんとなくそんな気がしていたので苦笑した。
「―――思い出話はここまでじゃ。ヤツを倒すぞ」
「イベント概要的に倒せなくても共存できそうっすけどね」
気合を入れてヌンヌンへと向かう私の背中でマヤの推測が聞こえた。共存か戦争か。確かそんなキャッチコピーが付いていたのでその可能性もあるような気がしてきた。しかし……。
「マヤよ、負けても進行するイベントだとしても確定負けイベントでないのなら挑むべきじゃ。わっちに憧れるなら気合いれて付いてまいれ!」
「―――そうっすね。あーしも全力でいくっすよ」
「マヤっち、はい。|スペル・ギブ・チャージ《呪文加詠唱》ッ!」
「ありっす、マリア! ―――爆炎よ、業火となりて豪華な演出となるっす―――」
鹿王の名は伊達ではなく、見上げるほど大きな巨体はこれまで戦ってきた中では最大で、レイドボスの百鬼夜行竜や坩堝蜜竜といったドラゴン種をもはるかに超えていた。ゆえに頭を振った大ぶりの攻撃や四肢を使った押し潰し攻撃は単純なものであったが威力高く、AGIに多く振ったわっちとラピスのような避けられる前衛かVIT極振りで装備も上質なものを着た盾役しか前線へは出られなかった。
「ラピスよ、わっちらは右後ろ脚を集中攻撃するのじゃ。ヤスナガよ、援護を頼むぞ!」
「心得ましたですぞ! 背水忍法・血判手裏剣ッ!」
「「移動速度増加ッ!」」
プリアとマリアから支援を受け取りラピスと二人でヌンヌンに向かって走っていく。ヤスナガの手裏剣が後ろから追い抜き右後ろ足に突き刺さる。コータの花草剣技・芭蕉が地形効果を受けて最大射程で遠距離攻撃の如くこれも右後ろ足を切り裂く。皆がわっちの一声に呼応して援護をしてくれる。
「ラピスよ、傷口に攻撃を叩き込むのじゃ! ―――刺突・一点ッ!」
「じゃあ、私はコータの傷口を攻撃するね! マリアさん!」
「は~い。属性ダメージ強化でいいわよね~」
「ありがとう! ―――ヒールッ! ――――機構火山活性化ッ! 〝ボルケーノナックル〟起動!」
「ラピスちゃん、追加加速です! 移動速度増加ッ!」
「ミナツちゃん!!! ありがとう! 全力全開最大火力ッ! ―――正拳突きだよっ!!!」
『ぬぅうううううんっ!!!』
タイミングが合っただけだとは思うがラピスの攻撃を受けてヌンヌンが悲鳴をあげる。それにしても……。
「お主、その武器はなんじゃ! ギミックが凄くかっこよいのではないか!」
「ミコさんもこの武器の良さ分かってくれるんだ! だよねだよね! すっごい火山みたいにボッ!って噴き出して―――」
「わかる、とてもわかるが落ち着くのじゃ。今はヌンヌンに集中じゃ」
「あうっ……ミコさんから振っておいてこれはひどい……」
人の援護をするのが好きだったラピスが変わったものだと思った。あの武器はたしかにかっこよく凄いと思うが予想外の喰いつきでのぅ。ラピスよ、本当にすまん。と心の中で謝る。
「ラピスちゃん、ミコさん! 泡で視界悪くなるから少し離れてー!」
「わかった! やっちゃえアユちゃん!!!」
「いっくよー! ―――バブルプラネットッ! からの複合魔法〝|バブルプラネット・シューティングスター《泡惑星流星群》〟ッ!!! と、ホーリーアドオンッ!」
「なんじゃなんじゃ! アユもわっちの知らぬ間にそんなスキルを使うようになっておったのか!?」
とてつもない魔法の奔流に目を奪われる。この子らは少し目を話したうちにとても成長したようで、仲間であり保護者の1人として嬉しくなった。
「リョウさん危ないっ! 断絶の盾ッ!」
「ありがとうございます。たすかりました」
ラピスがとっさにリョウに完全防御魔法をかけて難を凌ぐ。ヌンヌンの攻撃は余波が発生するようになり、周辺に散らばっている鹿の角が衝撃で飛んでいくギミックが発生するようになっていた。鹿王ヌンヌンのHPじゃすでに真っ赤に染まり、残りHPは恐らく5%ほどというところまで追いつめたところで大きな変化が現れた。
『ぬぅううううん、ぬんぬんぬんぬん』
「「「「しかのこのこのこなんとやら、しかのこのこのこなんとやら、しかのこのこのこなんとやら……」」」」
「お主ら……、いや、これはもしや」
「だね。たぶん〝鹿の角〟装備が影響してるんだと思う」
周りを見渡せばプレイヤーのほとんどがあのメロディーを口ずさんで無防備に踊っている。隣にいるラピスはたまたまリョウへ断絶の盾を使うために〝チョコレート帽子〟を装備しており難を逃れたようだ。
「あと一息じゃ……。当てにできる仲間はどれだけおるかわからぬが、最後まで戦い抜くのじゃ!」
「―――槍投げ〝豪槍門・乱突竜〟ッ! そうこなくっちゃな!」
後ろから束になった槍が竜の形を取りヌンヌンを穿つ。その頭には見覚えのある鈴、アクセサリーの〝狐月の荒想・静鈴〟という小倉ミコのトレードマークの一つである大きな鈴〝狐月の慶祝・凛鈴〟と対をなすもう一つの鈴を装備していた。
「お前と並んで戦えるならアクセはこの装備以外ねーだろ」
「ふん。そういう無自覚な女たらしのところ、わっちは好かぬがお主自身は好いておるので不問とするのじゃ」
頭装備、または頭に装備するアクセサリーで〝鹿の角〟と同時装備できない防具を装備しているプレイヤーが無事らしい。そして、わっちらはこの鹿王ヌンヌンとの戦いを通していまだに息がまだ合っていることを確信した。
「―――なら持ってきておるのじゃろ?」
「何がだ」
「とぼけるのは相変わらず、それがお主といつものすれ違いじゃったな」
あの時も、あの時も、あの時も、思い出は走馬灯のように流れ、その全てで私がもっと深く踏み込んでいればすれ違いは回避できたのではないかと今での後悔していた。―――だから!
「ほれ、お主の最高傑作の武器をわっちに渡さんか。いつまでこんな大昔に作られたショボい槍を使わせるんじゃ」
「はぁ!? 〝一迅二風三散〟は《《あの時》》の俺の最高傑作だぞ!!!」
「そうじゃ。あの時の最高傑作であるなら今はもっと凄いのじゃろ? ―――《《わっちはお主の作った最高傑作を使って最強を極めるのじゃ》》」
「……そうだったな。ほら、お前のために作った今の俺の最高傑作、名を〝九十九の海神槍〟という」
「相変わらずネーミングセンスが凄いのぅ……。じゃが、お主の最高傑作たしかに受け取った! これだけの武器があればあの程度の鹿的じゃあるまい」
明らかに前の武器を遥かに凌ぐ武器スペックにマサの努力を思い知る。―――去年の七夕ではカゲミツ殿に敗れたがこの武器があれば……、いや、私の実力がまだあの人に届かないか。リベンジを成功させたい。その一心で強くなることを心に誓う。
「この程度の鹿に遅れは取らぬのじゃ! カゲミツ殿を越えるまでわっちはもう負けぬ!」
「ミコ……、お前……、お前が負けたのか……? この世界で最強プレイヤーだった小倉ミコがか?」
まるで信じられないといった顔でマサは見ているが事実だ。―――だから、お主が私が最強になるための武器を作るのが間に合わなかったと嘆くのはもう終わりでいい。
「わっちはまだ最強でもなんでもない。ただの一人のプレイヤーである小倉ミコじゃ! お主に毎年武器をタカリにいくゆえ覚悟しておれ!」
鹿王ヌンヌンは残存勢力だけでなんとか倒しきった。ラピスが支援に回り、指揮を執るようになると一気に戦況が安定したのだ。
「なぁ、世界は広いんだな」
「そうじゃぞ。お主もあちらへ来ることがあればまた共に最強を目指して遊ばぬか?」
「はは、子どもかよ。……考えとくわ」
「わっちもリアルが忙しくて今はあまりログインできておらぬが、楽しみにまっておる。わっちがおらんでもあのラピスについていくのは面白いじゃろうて」
バベルの角の頂、他のプレイヤーは全員撤収した。わっちらは二人で空に今一番近い場所で天の川を見ながら語り合っている。
「そうじゃ、これは返しておくぞ。アイテムの持ち出しはできぬのでな」
「……なぁ、それってコラボアイテムの〝鹿の角〟もなんじゃねーか?」
「…………コラボアイテムならワンチャンないかのぅ? あの子らが可哀そうじゃし」
「それこそ短冊にでも書いて祈っとけよ」
「ははっ、そうじゃな。そうすることにするのじゃ」
長い夜は明けた。私が短冊に願いを書くと言ったら笑っていたが、短冊の願い事をMSOでは本当に運営が叶えてくれる話をしたら驚かれた。七夕イベントにコラボを被せてきているのだ。もしかしたら活躍したプレイヤーにご褒美があるかもしれないと思うのは贅沢だろうか。
「それじゃ、またのぅ」
「おう。気が変わったらそっちへいく。行かなかったらまた来年きてくれ」
「っふ。そうじゃな。そうするとしようかのぅ」
七夕、それは本当に奇跡の夜なのかもしれない。と、柄にもなく信じたくなった。
『マサと一緒にまた冒険ができますように』
町にある竹に短冊を吊るす。どうせ明日には撤去されるだろうし彼に見られることもないだろう。こうして濃いイベントを堪能した私たちは再び元の世界へと戻っていった。ちなみに〝鹿の角〟は世界間ルールの対象外で持ち出し可能判定を得ていたようでアユが大変喜んでいたことを追記しておく。




