第116話 郁恵、卒業式を迎える。
ラピスちゃんたちとの卒業式を終えてすぐに、私はリアルでも卒業式を終えました。
『みんな~! ぶいっ!』
『『『ぶいっ!』』』
あの学園ダンジョンはクラスメイト全員でクリアしたからと、いつもやっていた決めの台詞はダンジョンから戻って全員がダンジョン外に集合してからやったっけ。それが卒業式を終えた後にもやることになったんだけど……。
「うん! ラピスちゃんたちとの思い出は楽しかった! それに高校の卒業式も楽しかった!」
ついつい私はそのノリをリアルでもやってしまったんです。高校生活を普通に過ごしてきた私、荻原郁恵は〝プリア〟としての自分を隠してきたのに……。けど、荻原さんって面白いのねってみんなが言ってくれて受け入れてくれたのはすっと気持ちが楽になりました。
「さ、明日はお店の手伝いだし寝よっと!」
それからの私は楽しい時はおもいっきり笑えるようになったと思います。……遅いとは思いましたけど。エミルさん、カゲミツさん、ジャスターさんとMSOでお別れした時に素が出たのと同じで、けれどプリアとしての私も私だから。
「接客は笑顔! だけど、礼儀や落ち着きも大事だからね」
プリアから郁恵へ、私は意識を切り替えていきます。ミコさんも含めて、大人のプレイヤーの人は口を揃えて言っていました。青春を大切にしろと。その意味が卒業した今は痛いほど分かるし、本音と建て前や、素の自分を偽って弾けたり丁寧に話すのは大人になってからでいいというのも今なら分かります。……これももう遅いですけどね。
「あっ! 荻原さん! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
「こら、先に注文しないと萩原さん困っちゃうから。わたし葡萄ジュース」
「わたしもわたしも! 葡萄ジュースください!」
その日は10時すぎに元クラスメイトの二人がお店に来てくれました。春休みに入ってみんなのんびりと4月までは過ごす予定と言っていましたがこんな朝からどうしたのかと私は考えますが答えは出ませんでした。
「お待たせしました。ご注文の葡萄ジュースになります」
「ありがとう、萩原さん」
落ち着いている女性が朝田恵さん、明るいのが星野理恵さんで二人は地元の同じ大学へと進学すると聞いた気がします。
「あの卒業式のぶいっ!ってやつさー、流行ってんの?」
「ちょっと理恵!? えっと、誤解がないように言っておくね。私と理恵の弟が実は友達でさ、二人が中学の卒業式だったんだよね」
「そうそう! で、二人して言うんだよね。ぶいっ!って」
話しながらブイサインをする理恵さんは楽しそうに話します。なんでも弟たちがやっているオンラインゲーム内でも卒業式があってみんなでブイっ!ってやったのが楽しくてリアルでも流行らそうとしてるとか。
「えっと、ちょっと言いにくんですけど……。流行っているというか、その子たちが流行らそうとしているっていう方が正しいかも」
今まで学校ではオンラインゲーム、いわゆるネトゲで遊んでいると話したことはない私ですけど、その子たちかその周辺の子がプリアたちのクラスメイトだったかもしれないという可能性がある気がして私はラピスちゃんたちとの冒険も含めて色々とおしゃべりしました。
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと家に帰ったら聞いてみようかな」
「だね! 荻原さん、今日はありがとね!」
「あの、熱く語っちゃったけど、可能性の話だから……ね?」
少し恥ずかしくなりながら、二人を見送ります。またくるねーという星野さんの声が聞こえて、あまり話したことない二人だったけど、同じ教室で学んだ仲間というかけがえない学友っていうのはこういうものなんだなと私は思いました。
「郁恵、少しいいかな?」
「うん、どうしたのおとーさん」
閉店後、養父であるお義父さんに声を掛けられ、カウンターに座ると葡萄ジュースを出されました。
「……飲んでみなさい」
私は首を傾げながら一口だけ口に含んで―――、違和感を感じました。
「おとーさん、これいつもの葡萄ジュースじゃないよね? 急にどうしたの?」
「実はな……」
それからお義父さんがこの葡萄ジュースを私に飲ませた理由を話してくれました。ミコさんのおかげで葡萄ジュースの売り上げはとても好調なのだけれど、好調過ぎて納得できる最高品質の葡萄が底を尽きそうになっていること。その対策で少し品質は落ちるので別の商品に加工していた分を部j導ジュースに回してみた試作品だということを聞かされました。
「でだ。一応まだ葡萄ジュースは提供できるんだがこれ以上はという話を大倉さんにしたらな、品不足解消を待てて3年。そしてその間、郁恵を貸して欲しいという要望があった」
「……それでおとーさんはなんて?」
「本人の意思を尊重したいと返しておいたよ」
私はこのまま葡萄農家と喫茶店を継いで変わらぬ生活を続けていくと思っていたのですが、なにやら人生の岐路に立たされているようです。詳しくはゲーム内でミコさんに聞いてみて、それから考えようと思いゲームへとログインするのでした。
「単純な話じゃよ、プリアに大規模農園の知識と技能を習熟できる環境を用意してそれを解消しようと思うのじゃ。あの葡萄ジュースはわっちもとても気に入っておる。それこそ、わっちの会社員としての人生を賭けてもいいと思っておるのじゃ。お主への投資じゃな。受けてくれると嬉しいのじゃが」
おとーさんとおかーさんの葡萄、そして葡萄ジュースをもっと多くの人に飲んでもらえるチャンスがあるのなら……。そして、ミコさんが気にかけてくれて、私に期待の声をかけてくれたんですから……。私は話を受けることにしました。―――それが多忙を極める生活になり、ゲームへのログイン時間が減ることになろうとも私は後悔しない選択をします。養子の私を実の娘のように愛情を注いで育ててくれたことへの恩返しが私の生きる目標だから。
ゲームでの卒業式、それが私にとってラピスちゃんたちとの卒業式……にはならないのですけど、会える時間は春から減ることになるのでした。




