第102話 奈津美、バレンタイン対策会議を開く。
「奈津美、こんな喫茶店に呼び出してどうしたの?」
「ごめんなさいね。茉実さんには喫茶店でおしゃべりはまだ早かったかしら」
二人で少しお話がしたくなりまして、茉実さんを駅前の喫茶店に呼び出したのですが開口一番の台詞があまりにお粗末で、私はついいつもの売り言葉に買い言葉で彼女に対応してしまいました。
「とりあえず座ってください。飲み物は何を飲まれます?」
「それじゃあ~~~、このオススメ! 葡萄ジュースで!」
まったく、こどもっぽい。そんな感想が昔の私なら口から出ていたでしょう。ですが、私もラピスちゃんたちと出会って社会というものを少なからず学ばせていただきました。
「すみません。注文をお願いします」
「はい。何にいたします?」
私がウエイトレスの女性に声をかけるとすぐに注文を取りに来ていただけました。
「このオススメの《《葡萄ジュースを二つ》》、それからこのモンブランを―――」
「奈津美だけケーキ頼むのはずるいよ。ガトーショコラも追加で」
私たちのやりとりに少しだけ笑ってから注文の再確認をして間違いがないことを確認してからウエイトレスさんは去っていきました。
「正直意外かな。奈津美なら『葡萄ジュースはさすがに子供っぽいですわ』とか言うと思った」
「ふふっ、そうですね。あなたからプリアさんの実家が葡萄農家で喫茶店も経営していると聞いていなければそんな感想も抱いたでしょうね」
幼稚だなんだのと切り捨てるのは簡単ですが、それを一生懸命に喜んでいただけるように商品を育んできた方々が《《そこに確かにいらっしゃる》》のを私も学びましたから。
「例えば、まだ売れていない動画配信者の方も、夢を持って配信されています。フォロワーが少ないからといって有名になんてなれないと決めつけるのが失礼なのと同じです」
「どっかのハナさんが聞いたら泣きそうなことを……」
茉実さんが頭を抱えていますが間違ったことは言っていないはずです。私はハナさんの動画を見て、そこに流れるコメントを見て、あの人は今は小さくても人に愛される才能があるのを感じましたから。
「それで、話って何?」
「茉実さん。もうすぐバレンタインですわよね? どなたか意中のお相手はいらっしゃいますか?」
葡萄ジュースとケーキはまだ届いていませんが、私はさっそく本題へと入るべく話を始めました。
「いるわけないでしょ。高校生活はそろそろ一年は経つけどそんなに深い関係を築いた人なんていないし。誰それがカッコいいとかそんなんでチョコ渡すような女じゃないので。―――ん? もしかして?」
「私にも渡すような相手はいらっしゃいません。ですが〝友チョコ〟をお渡しいたい方はいらっしゃいます」
そこまで言えばあなたは察してくれるでしょ? あなたもどうせラピスちゃんにチョコを渡す気でいたと思いますし。
「あ~、それで私と相談ね。はいはい、ラピスちゃん絡みじゃないと私とは会えないわけね」
「―――ッ! 違うわよ! 私はあなたとも普通に会話をしたいの! それで―――」
そこまで言ってはっとしました。落胆した茉実さんの態度があまりにも私の心を締め付けたので感情的になってしまったのです。反省したいところですが、口に出してしまったものは簡単には撤回できないこともさすがにわかっています。
「すみません。少しだけ……素直になるので、《《茉実ちゃん》》もなっていただけると嬉しいです」
私たちはもう高校生で、ちゃん付けをするような年齢ではないとは思っています。ですが、それでもあえてそう呼んだのはゲーム内のように仲間として、心の距離が縮んでほしいという願いを込めてのことでした。
「……わかった。ごめんね《《奈津美ちゃん》》」
「ありがとうございま―――」
「固いっ! 友達や年下にはもうちょっと緩く話す努力をした方がいいってラピスちゃんに言われたんでしょ? だったらあんたももっと努力しなよ! はい、もう一回っ!」
それから私は『ありがとう』と伝えて茉実ちゃんと和解しましました。ウエイトレスさんに見守られながら……。
「おめでとうございます。―――こちらが注文の葡萄ジュース、それからこちらがケーキになります」
「―――ありがとうございます。ちなみに、人に見られながらとかどんな罰ゲームだと思います?」
私はウエイトレスさんを恨めしい目で見ながら訴えます。そして、言わせた本人は運ばれてきた葡萄ジュースを綺麗と言いながら持ち上げて眺めていました。
「この葡萄ジュースですけど、有名デパート売り場で売り出されたとかで流行っているんですよ。けど、あまり頼まれないんですよね。喫茶店にはコーヒーってイメージが先行しちゃってるせいかな? 小さな農園で作られたものらしいんですけど、深い味わいにさっぱりとした喉越し、きっと気に入ると思います!」
まずは一口だけ口に含み飲み込むとウエイトレスさんの言葉通りの葡萄ジュースだということがわかり『美味しい……』という言葉が自然とこぼれ、それを聞いたウエイトレスさんは満足げに『ごゆっくり』と告げて去っていきました。
「このモンブラン、色の濃さがラピスちゃんの髪の毛と同じくらいだと思いません?」
「あ、ほんとだね。あっちのラピスちゃん、なんで栗毛なのか奈津美ちゃんは聞いてる?」
茉実ちゃんから聞かされたのはラピスちゃんの過去、イジメの原因となった母親の死という重い内容でした。そして、今のラピスちゃんがいるのはエミルさんたち、―――私たちが出会ったゲーム内のラピスちゃんの仲間たちがあの子を支えてきたからという事実に胸が痛くなります。
「私がもっと早く知り合っていれば……」
「それは私も同じ。けどさ、先生含めてみんないい人だったでしょ?」
その言葉に私は頷きます。
「そうですね。過去よりも今。ラピスちゃんは私たちのいる現実世界へと足を踏み出されたのですから―――」
「ここからは私たちが支える番ってこと」
出来なかったことを嘆くよりも、今から出来ることを私たちは行っていきます。ラピスちゃんが日の当たる場所を歩けるように。
「私の友達へ真っ先に手を差し伸べていただけたこと感謝します」
「私の友達でもあるんだけどな~」
「知ってます。―――そこに、あなたも私の友人であるということも付け加えておきますね」
茉実ちゃんと深く関わることでこの子の性格もわかってきました。普段がふざけているのは素直になれないから。そして、広く浅い交友関係の中では本当の心は開いていないこと。自惚れではありますが、ネットゲームを通して私たちはお互いにリアルで築いてきたほとんどの関係以上に深い関係になれたと思っております。
「そんなに照れると私も照れてしまうのですが……」
「いやー。直球でこられるのに慣れていなくてごめんね。ラピスちゃんが言ってくる分には大丈夫なんだけどさ」
私たちは似た者同士なのかしれませんね。私は礼儀正しい自分で本当の自分を隠し、茉実ちゃんはおちゃらけた仮面で本心を隠す。それでも、こうして腹を割って話ができるのはラピスちゃんがいたからで、あの子にも感謝しています。
「で、バレンタインだっけ?」
「そうです。チョコを購入するのか手作りにするのか、どうされます?」
「ん~~~。ここでお茶するでいいんじゃないかな? ケーキをお互いに頼んで回すとか」
茉実ちゃんは予想外の提案に固まった私の隙を突いて、モンブランを少し崩して自分の口に運んでしまいました。正気に戻り、すぐさまお返しにガトーショコラを口に運びます。
「そうそう! そんな感じで! たぶん、ラピスちゃんは友達と馬鹿なことやりながら食べるチョコレートの方が喜ぶような気がするからさ」
「……言われてみればそうですね。それに『貰ってばかりだね……』と、この間の誕生日に少しこぼしていましたね」
ゲーム内で誕生日を祝ったあと、リアルでもラピスちゃんの誕生日を祝いました。けれど、嬉しそうにしながらも申し訳なさそうにしてる姿がどうしても印象に残ってしまっています。原因としては私たちが早生まれなのでラピスちゃんが祝えなかったからなのですが……。
「それにさ、聖女なんて支援職を選ぶ子だよ?」
「助けられるよりも助けたい。チョコを貰うよりもあげたいと?」
「そう。一方的にプレゼントされるのは苦手なんだよ。するのはいいんだけどね」
なるほど。ゲーム内では素直になれるということは、プレイスタイルもその人の性格を表しているとも取れますね。
「やはりあなたに相談して正解でした」
「いえいえ。どういたしまして~」
私たちはその後、二人で服や小物などの他、ゲームショップなど私が普段行かない場所を見て回って遊びました。普段と違う場所を見て回るのはドキドキして、ネットゲームで見たこともない町を探索しているような気分になり、これまでの自分の視野の狭さを少しだけ恥じる一日となりましたが、茉実ちゃんの一言でそんな気持ちは吹き飛びました。
「知らないことを知るのは楽しいよね! 奈津美ちゃんの方がワクワクが大きくて羨ましいな~」
「―――そうですね。私の方が世間というものを知らないのですから、知る楽しみはあなたよりも確かに大きいですわね!」
普段は気にも留めていなかった沈む夕日はとても綺麗で、充実した一日だったと、今日の出来事が私の心を満たしていきました。




