第八章 炎上
数日後の夜遅く、鞠子のスマートフォンに、見覚えのない匿名アカウントから一件のダイレクトメッセージが届いた。
《尊敬しちゃう、だってさ。皆さんに聞かせてあげたいなあ、あの時の鞠子さんの、あの優しい声。》
添付されていたのは、繭蔵の前で鞠子が青年に微笑みかけている瞬間を隠し撮りした写真だった。鞠子の記憶からはとうに消えていた、あの日の光景。
鞠子は背筋が冷えるのを感じたが、すぐに己の分析力でその感覚を押し殺した。
――誰が。動機は何。
彼女の思考は、いつもの合理的な回路をたどった。久保の死で得をする者。遺産分割で不利益を被る親戚筋。彼女を陥れて土地を安く買い叩きたい業者。彼女は自分の交友関係、いや正確には利害関係を一つ一つ洗い出していった。
だが、その回路には根本的な欠落があった。鞠子は「自分が誰かを傷つけた」という前提そのものを、最初から候補に入れていなかったのだ。
なぜなら彼女は、自分のことを一貫して「気配りができる、感じのいい人間」だと信じて疑っていなかったから。
一方、桐島のもとにも、匿名の投稿者から次々と資料が送られてきていた。久保の投薬記録の写し、鞠子の東京での金融トラブルの詳細、そして十年前に村を出たまま消息を絶っていたという、ある人物の失踪届の写し――それらは、小出しに、しかし計算し尽くされたタイミングで届けられていた。
「これは……台本がある」
桐島は初めて、自分が単なる取材者ではなく、何者かのシナリオの上で踊らされる駒に過ぎないことに気づいた。だが視聴者数と収益という麻薬の前で、彼はその違和感を握り潰し、生配信のマイクを握った。
繭蔵の奥で、青年は、パソコンの画面に映る配信のコメント欄を、微動だにせず眺めていた。傍らには、几帳面な字で綴られた古い日記帳が開かれていた。そこには、あの日の出来事から始まる、恨みの記録が、一日も欠かさず記されていた。




