第五章 現場検証
桐島は、警察が撤収した後の繭蔵に、村の顔役から特別に許可を取り付けて足を踏み入れた。配信のカメラは回していたが、そこにいる彼はもう、視聴者向けの軽薄な「探偵YouTuber」ではなかった。
彼はまず、閂の金具を懐中電灯で照らし、その表面を指先でなぞった。
「――これは」
金具の穴の縁に、ごく細い擦過痕があった。まっすぐではなく、わずかに弧を描くような傷。誰かが力任せに閂を掛けたのなら、こうはならない。何か細い紐状のものを通し、引いた跡だ。
桐島は蔵の中を見回した。蚕棚には、飼育途中の繭が幾つも並んでいる。生糸――蚕が吐く、あの細くしなやかな糸。
ふと、桐島はその繭の質に目を留めた。村の資料館で見た、かつてこの蔵が全盛だった頃の写真では、繭は粒が揃い、艶やかな乳白色をしていた。だが今、棚に並ぶ繭は、心なしか大きさがまちまちで、糸の締まりにも均一さを欠いている。桑の葉の切り口も、以前より心持ち粗い。
作業をしていた青年に、桐島はさりげなく尋ねてみた。
「最近、蚕の扱い方が変わりました? 繭の出来が、前と少し違う気がして」
青年の手が、ほんの一瞬止まった。
「……母のやり方に、まだ追いついていなくて。すみません」
そう言って、彼はすぐに作業へと視線を戻した。桐島はその答えに小さな引っかかりを覚えたが、この時はまだ、それが何を意味するのか、見当もつかなかった。
「まさか、な」
彼は自分の思いつきを、すぐには言葉にしなかった。証拠が足りない。それに、この蔵の構造とこの土地の伝承を、これほど正確に利用できる人間が、果たしてどれだけいるのか。
「久保さんは、この村の生まれじゃない。なら、この蔵の癖を知っていたのは――」
桐島は、蚕棚の奥、鞠子が「尊敬しちゃう」と声をかけたはずのあの青年が普段座っている場所に目をやった。作業台の上には、几帳面に並べられた道具。桑切り鋏、糸巻き、そして――使い込まれた古いノート。
彼はそのノートを手に取ろうとして、しかし思い直し、そっと元の位置に戻した。
「まだ、早い」
彼のカメラは、そのやり取りの一部始終を録画していた。だが配信用の編集では、その部分だけが、意図的に切り取られることになる。




