第三章 密室の変死
事件が起きたのは、鞠子が帰郷して十日目の夜だった。
久保利彦が、遺言状の書き換えのため蔵の奥の書庫に籠っていたはずが、翌朝、繭蔵の二階で冷たくなっているのが発見された。
奇妙なのは、その死に方だった。
蔵の扉には内側から閂がかけられ、唯一の窓は蚕の大敵である外気を遮断するため、太い格子と目の細かい網戸で二重に塞がれていた。鑑識の見立てでは、成人男性がその隙間から出入りするのは不可能だという。
密室――。
久保の遺体の傍らには、白い蛾のような虫の死骸が幾つも撒かれていた。村の古老が言うには、それは「白粉蝶」と呼ばれる、養蚕農家にとって不吉の象徴とされる蛾だという。豊作の年には決して現れず、蚕が全滅する年にだけ、繭蔵に迷い込むのだと。
そして鞠子は、警察の質問に答えながら、どうしても拭えない違和感を覚えていた。
――誰が、何のために。
合理主義者である彼女の頭は、目に見える利害関係ばかりを疑った。目に見えない感情を計算に入れることを、彼女はまだ知らなかった。
所轄の警察は結局、「密室状況ではあるが、内側からの心臓発作、あるいは何らかの中毒による突発的な死」という線で処理しようとした。閂は久保自身がかけたものと考えれば、密室そのものは矛盾しない――それが警察の理屈だった。
鞠子は、その理屈に安堵する自分と、どこか納得しきれない自分の両方を持て余していた。だが彼女はすぐに、もっと現実的な問題に意識を切り替えた。久保という共犯者を失ったことで、遺言状書き換えの手続きに空白が生まれていたからだ。




