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本城玲子は黙ってない ~最強の嫁・本城玲子の半生~  作者: 上板橋喜十郎


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第三章 彼氏の浮気相手

 DS事件から一年ほど経った頃。

両親が、

「そろそろ身を固めろ」

「いい加減ちゃんとした相手を見つけろ」

とうるさくなった。

私は正直、見合いなんて気が進まなかった。

義弘の件もあって、男を見る目に自信がなくなっていたからだ。

でも親に押し切られる形で、渋々お見合いをした。

 それが桜井裕介だった。

大手企業勤務で、見た目もそこそこ。話し方も柔らかく、少なくとも今まで遭遇した男たちよりはまともに見えた。

むしろ“普通”であることに安心したくらいだ。

両親同士の相性も悪くなく、私自身も、

(この人なら大丈夫かも)

と思えた。

そして何度か会った後、婚約することになった。

 その日は実家へ帰って、両親と今後の話をしていた。

すると裕介から電話がかかってきた。

「裕介? どうしたの?」

「ああ、今日、お前のお父さんとお母さん家にいる?」

「うん、いるよ」

私は少し嬉しくなった。

結婚式とか結納とか、具体的な話を詰めに来てくれるのかなと思ったのだ。

でも裕介の反応は妙だった。

「あ、そうなんだ」

声に全然嬉しさがない。

「何? どうしたの?」

「まあ、後でな」

それだけ言って電話は切れた。

私は嫌な胸騒ぎを覚えた。

 そして一時間後。

裕介は本当に実家へやって来た。

――女と、その両親を連れて。

私はその瞬間、頭が真っ白になった。

女の子はどう見ても十代。

しかも明らかに精神状態が不安定だった。

手首から肘にかけてリストカットの跡がびっしりあり、化粧も崩れている。グロスが口からはみ出していて、笑っているのに目が笑っていない。

ホラー映画みたいだった。

名前は大桃莉緒奈というらしい。

そして、その両親。

こっちはもっと酷かった。

金、金、金。

話の内容がそれしかない。

というか、何でうちに来た?

そして何でよりによって、こんな厄介そうな相手と浮気した?

私が頭をグラグラさせている間に、機転の利く妹がこっそり裕介の両親へ連絡してくれていた。

耳打ちされて、

(ナイス)

と思った。

一方、父は既に怒りで顔を真っ赤にしていたので、一旦別室へ退避してもらう。

今ここで殴り合いにでもなったら話どころじゃない。

すると裕介が口を開いた。

「結婚は人生の墓場って言うだろ?だから、その前に遊び収めをしておきたかったんだよ」

親の前で言う事か、それ。

「莉緒奈とは出会い系で知り合った。一番安かったから決めた」

私は耳を疑った。

安かった?

何を言ってるんだ、こいつ。

「後腐れないって話だったのに突きまとわれた。話が違うっていうか、騙されたのは俺の方なんだよ。玲子なら分かってくれるよな?」

分かる訳がない。

しかし莉緒奈の方も負けていなかった。

「これは運命の出会いだから。お前より私の方が可愛いし締まりもいいし」

だから何で親の前でそんな話になる。

しかも莉緒奈の両親まで参戦する。

「お前が浮気相手なんだから金払って消えろ。払わないなら警察呼ぶぞ」

いや、浮気相手そっちだから。

さらに父親らしき男が凄み始めた。

「警察沙汰にしたいのか?俺たちには怖いバックがついてるんだぞ。もう上に言ってこの家は囲い込んでる。金がないなら、お前ら姉妹を泡風呂に沈めるぞ」

人生で初めて“泡風呂に沈める”なんて言葉を本当に使う人間を見た。

昭和のヤクザ漫画か。

 私は逆に冷静になっていた。

人間、現実離れした状況になると感情が追いつかなくなるらしい。

裕介はそんな状況でも縮こまっているだけ。

職場では出世頭だの将来有望だの言っていたが、ただのヘタレだった。

私は途中から、ぐちゃぐちゃ騒ぐ莉緒奈一家を半分くらい鼻ほじ気分で眺めていた。

 すると、ようやく裕介の両親が到着した。

二人とも真面目そうな人で、部屋へ入った瞬間に全てを察したらしい。

顔色が変わった。

「本当に申し訳ございません!」

土下座する勢いで頭を下げる。

それでも裕介はヘラヘラしていた。

「ちょ、大げさだって。オーバーオーバー。俺と玲子の問題だし」

バシィッ!!

次の瞬間、裕介の父親が思い切り殴った。

「頭を下げろ! この馬鹿!」

そのまま無理やり頭を押さえつける。

「本当に、うちの愚息が申し訳ございませんでした……!」

私はその時点で完全に冷めていた。

その頃には父も少し落ち着きを取り戻していたので、改めて両家の親同士で話を進めることになった。

「これは婚約不履行ということで、そちらの落ち度になりますが」

父が低い声で切り出す。

「はい。全くもって面目ないことです」

裕介の父親は深々と頭を下げた。

「慰謝料を請求させてもらいますが、異存はございますか?」

「ございません。本当に申し訳なく思っております」

すると裕介がまた口を挟んだ。

「ちょ、大げさすぎだって!俺、玲子と別れる気ないし」

全員無視。

父はさらに低い声で続けた。

「うちの娘を泡風呂に沈めるとまで言いましたな?」

莉緒奈の父親がニヤニヤ笑う。

「金ないなら沈んでもらわにゃ困るでしょう。いい歳した女が二人。アソコの使い道くらい分かるでしょう。がははは!」

その瞬間。

父の堪忍袋の緒が切れた。

「出ていけぇぇぇ!!」

家が震えるような怒鳴り声だった。

「警察呼ぶぞ!!お前ら全員訴えられたいんか!!」

「呼べるもんなら呼べ!」

父が本当に受話器を持ち上げた瞬間、莉緒奈一家はものすごい勢いで逃走した。

私は心底ホッとした。

(ああ、清々した……)

その後、裕介の父親が息子へ言った。

「お前も出ていけ」

「え?なんで?」

「二度と顔を見せるな! 親不孝者!」

「え?え?」

本気で意味が分かっていない顔だった。

怖い。

 その後、一ヶ月ほど話し合いを行い、婚約は正式に破棄。結納も中止になった。

慰謝料として三百万円を受け取った。

ところが裕介は、“婚約破棄”の意味すら理解していなかったらしい。

『なんで最近会ってくれないの?クリスマスには久々にホテルね』

などと、一年以上メールが届き続けた。

恐怖である。

 しかしある日、ようやく本当に終わった事を理解したらしい。

泣きながら実家へ突撃してきた。

でもその頃には、私は両親へ

「二度と見合いなんてしないから!」

と宣言して家を出ていた。

当然、家にはいない。

結果、父に箒で追い回され、最終的には両親に回収されて、

「何で……何で……」

と泣いていたらしい。

知らんがな。

 その後、裕介は結局莉緒奈から逃げ切れず、彼女が高校卒業と同時に入籍したそうだ。

さらに後日、

『離婚する。お前が戻ってきて俺を選んでくれないなら死んでやる』

というメールまで届いた。

私は即、着信拒否した。

 その後どうなったのかは知らない。

しばらくは風の噂で生存確認できていたので、多分死んではいない。

でも、もう昔の話だ。

今どうしているのかは、本当に知らない。

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