第二章 盗まれたDS 第二節
私は警察と運送会社へ電話し、DSが戻ってきたことを報告した。
配達担当者は、電話口で半泣きになっていた。
「本当に申し訳ありませんでした……」
かなり上から絞られたんだろう。
でも、私は別にその人を潰したい訳じゃなかった。
悪いのは、嘘をついて荷物を盗った側だ。
私はDSを証拠品として提出するため、警察署へ向かった。
ビニール袋に入れて持参すると、担当の警察官が箱を確認しながら言った。
「箱には指紋が付いてしまってますね。ただ、出品者以外の人間が触っていれば、別の指紋も出る可能性があります」
「私はゴム手袋をして確認したので、私の指紋は付いてません」
「助かります」
一応、照合用として私の指紋も採取された。
なんか自分が犯罪者みたいな気分になる。
その後、帰宅してしばらくすると、夜になって呼び鈴が鳴った。
ドアスコープを覗くと、見知らぬ男性が立っていた。
チェーンを掛けたまま少しだけドアを開ける。
「夜分にすみません。隣の梶山健吾と申します」
ああ、旦那か。
見た感じは普通のサラリーマンだった。
疲れた顔をしていて、妙にやつれていた。
「妻の有希から、出来心でお宅の郵便物を拝借してしまったと聞きました」
“拝借”。
泥棒をずいぶん綺麗な言葉にしたものだ。
「お返ししましたので、穏便に済ませて頂けませんでしょうか」
私は淡々と答えた。
「既に被害届を出しています」
「戻ってきたDSも警察へ提出済みです」
「最初に訪ねた時、普通に返してくれれば良かった。でも奥様は嘘をついて、怒鳴って、私を追い返した」
「私はそれが許せないんです」
梶山さんは深く頭を下げた。
「どうしたら許して頂けますか? 幾らお支払いすれば……」
「示談で終わらせる気はありません」
「しっかり罪を償って下さい」
すると梶山さんは、一瞬だけ目を閉じた。
諦めたような顔だった。
「……分かりました」
「今後、私や私の周囲へ何か被害を与えるような事があった場合は、容赦なく訴えますので、そのつもりで」
「承知しました。今日のところはこれで失礼します」
そう言って帰っていった。
私はその後すぐ警察へ連絡した。
隣の旦那が謝罪に来たことも報告。
さらに念のため、周囲の住人や職場にも事情を話して根回ししておいた。
友人には、
「DS戻ってきたんだから、もういいじゃん」
とも言われた。
でも、私はそうは思わなかった。
行動を起こさなければ、DSは戻ってこなかったのだ。
泣き寝入りしていたら、向こうは“成功体験”を得るだけだった。
翌朝。
けたたましい呼び鈴の音で目が覚めた。
ドンドンッ!!
さらにドアを蹴る音。
(うわ……)
恐る恐るドアを少しだけ開けると、梶山有希が立っていた。
隣には眠そうな男の子。
「あの被害届なんだけどさぁ」
悪びれる様子はゼロ。
「あれ、子供がやったことだから許して欲しいの。少年法ってあるでしょ?」
「ウチ、旦那が安月給だからさぁ、子供に満足におもちゃも買ってあげられなくて」
私は一瞬、呆れすぎて言葉を失った。
いや、荷物を受け取ったのアンタだろ。
しかも“安月給”と言う割には、最近ピカピカの新車買ってたよね?
それに今、ドア蹴ったよね?
へこんでるんだけど?
退去時の修理費、こっちに請求されたらどうするんだ。
色々考えた結果、私は怒鳴った。
「子供に罪を着せるのか!」
そしてドアを閉めた。
向こうはなおも叫んでいた。
「だってソフト無いから、いじってないわよ!」
意味が分からない。
私は完全に無視した。
少し落ち着いてから、へこんだドアを撮影。
証拠は多いに越したことはない。
その後、DS返却の件も含めて説明するため、再び警察署へ向かった。
そして数時間後。
梶山有希は任意同行された。
後から聞いた話だと、警察署でも大暴れしたらしい。
「お隣の荷物を盗みましたね?」
「盗んでない! 預かっただけ!」
「でも、嘘をついて自分の物にしようとしましたよね?」
「忘れてただけだ! 盗んでない!」
そして逆ギレ。
立ち上がってパイプ椅子を振り上げたらしい。
結果。
頭冷やしに行こうか、となって牢屋行き。
数日後、梶山健吾さんが改めて謝罪に来た。
前よりさらにやつれていた。
「妻は温室育ちのお嬢様なんです。欲しい物は、ねだれば何でも手に入る環境で育った」
「結婚してからは、本当に必要な物だけ買わせるようにしていました」
「浪費癖が酷いので、お金の管理も僕がしています」
疲れ切った声だった。
「ママ友がDSをデコレーションしているのを見て、自分も欲しくなったそうです」
「でもゲームがしたい訳じゃない。“デコレーションしたいだけ”だから駄目だと言った」
「そんな時、伝票の“ニンテンドーDS”という文字を見て、魔が差したと……」
私は途中から、ちょっと気の毒になっていた。
この旦那さん、多分ずっと尻拭いしてきたんだろうなと。
「近々、引っ越します。本当に申し訳ありませんでした」
しかし、これで終わらなかった。
後日。
梶山有希と、その母親が、どうやって知ったのか私の職場へ突撃してきた。
「私はこいつに泥棒扱いされて警察に捕まった!」
「もちろん泥棒なんかしてない!」
「こいつに嵌められた!」
大騒ぎである。
でも、既に職場へは根回し済みだった。
なので誰も信じなかった。
むしろ警備員を呼ばれていた。
私は改めて、業務妨害と名誉毀損で被害届を提出した。
さらに後日。
また梶山健吾さんが訪ねてきた。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って差し出してきた封筒は、かなり厚かった。
「慰謝料です。受け取って下さい」
「私は示談に応じるつもりはありませんよ」
「ええ。分かっています」
「……それなら、この金額は多すぎませんか?」
すると梶山さんは、苦笑しながら言った。
「被害届を取り下げないで頂きたいんです」
「どういうことですか?」
「今、離婚に向けて動いているんですが、有希が応じないんで、離婚調停になります」
「その際、有希が逮捕された方が有利になるし、慰謝料も高額な方が、“妻が夫へ損害を与えた”という実績になりますから」
私は思わず、
(なるほど……)
と感心してしまった。
かなり冷静に動いている。
「そういう事ですか。でしたら遠慮なく頂いておきます」
「なるべく早く引っ越します。これ以上ご迷惑をおかけしないようにしますので」
そう言って深く頭を下げ、帰っていった。
こうして私は、二百万円の慰謝料を受け取った。
DSより百倍高くついた事件だった。




