第二章 盗まれたDS 第一節
義弘の件が片付いて半年ほど経った頃。
私は何となくゲーム機が欲しくなった。
当時流行っていたのが、ニンテンドーDS。
電車の中でも、大学でも、みんなカチャカチャやっていた。
別にゲームオタクという訳ではなかったけど、ちょっと脳トレとかやってみたかった。
ただ、新品を買う気にはなれなかった。
義弘関連で手に入った慰謝料は、なるべく使わず貯金しておきたかったからだ。
なので私はオークションサイトで中古のDSを落札した。
状態も良く、相場より少し安い。
「良い買い物したな」
と、ちょっと嬉しかった。
しかし、待てど暮らせど届かない。
発送通知から数日経っても音沙汰なしだったので、出品者へ連絡した。
すると、
『既に発送済みです』
との返事。
追跡番号も送られてきた。
私は運送会社へ問い合わせた。
すると、配達担当者が申し訳なさそうな声で言った。
「お隣の方が預かってくれるとの事でしたので、お預けしました」
(……は?)
付き合いなんてほとんど無い。
勝手なことをしてくれたなと思いつつも、運送会社相手に怒っても仕方ない。
私はコンビニでプチシュークリームを買い、隣の部屋へ向かった。
一応、お礼を言うつもりだった。
呼び鈴を押す。
出てきたのは五歳くらいの男の子だった。
「隣のお部屋に住んでる本城というものなんだけど、お父さんかお母さんいるかな?」
男の子は無言で奥へ走っていく。
少しして母親が出てきた。
「何ですか?」
第一声から面倒くさそうだった。
というか、敵意すら感じた。
「隣の本城と申しますが、こちらで私の荷物を預かって頂いているようで……」
「荷物なんか知らない」
即答だった。
でも私の部屋は角部屋だ。
隣はここしかない。
「昨日のお昼頃に確かに預けたって、運送会社の方が……」
「知らないわよ」
語尾だけ妙に強い。
「でも……」
「うるさい! 帰れ!」
バンッ!
勢いよくドアを閉められ、さらにチェーンを掛ける音までした。
私はしばらくドアを見つめていた。
(……何なの、この人)
もう一度、運送会社へ連絡する。
事情を説明し、改めて確認してもらった。
「確かにお隣へお渡ししましたし、その旨を書いた不在票も投函しております」
玄関を確認したが、不在票なんて無かった。
「お届けに伺った際に、『仕事の時間が不規則で家にいない事が多い。同じ職場だから手紙を書いて休憩室に置いておくわ』と言われまして……」
「同じ職場ではありませんし、面識すらありません」
私がそう言うと、配達担当者は完全に声色が変わった。
「申し訳ありません……。当日中に届けなければならない荷物が多く、急いでいたあまり、判断力を欠いておりました。こちらの不手際です。弁償させて頂きますので……」
でも私は腹の虫が収まらなかった。
弁償されれば終わり、という話ではない。
「その前に、警察へ被害届を出します。証言して頂けませんか?それでも戻ってこなかった場合に、落札価格分を弁償して下さい」
「……分かりました」
私はその足で警察署へ向かった。
事情を説明し、被害届を出そうとすると、対応した警察官が面倒くさそうに言った。
「被害額も少額ですし、運送会社も弁償してくれるんでしょう?そこまで大ごとにしなくても……」
私はその瞬間、カチンと来た。
「じゃあ警察は、犯罪者を野放しにするんですね」
「え?」
「盗まれても、返せば終わりなんですか?」
警察官は焦ったように咳払いした。
「……分かりました。被害届は受理します」
翌日の夕方、警察立ち合いのもと、配達担当者と一緒に隣の家を訪問することになった。
さらに大家さんも協力してくれた。
もし梱包材や伝票が捨てられていれば証拠になるという事で、アパート専用のゴミ捨て場を確認してくれるらしい。
私は出品者へ梱包状態を確認し、それを大家へ伝えた。
そして翌日。
昼頃になると、制服警官がアパート周辺を見回り始めた。
「最近、この辺で空き巣や不審人物の目撃情報がありまして。戸締りには十分お気をつけ下さい」
完全に牽制だった。
私の部屋へ来ると、小声で、
「本部の者から事情は聞いています。動きがあったら連絡してください」
と言って去っていった。
数時間後。
私はコンビニへ買い物に出た。
そして帰宅して郵便受けを見ると――
DSの箱が無理やり突っ込まれていた。
出品者の梱包ではなく、DS本体の箱そのもの。
(戻した……)
私はすぐゴム手袋を着けた。
指紋を付けないよう慎重に箱を開ける。
本体の傷の位置や汚れ具合が、出品者の説明と一致していた。
間違いなく私の落札したDSだった。
多分、私が外出したのを見計らって慌てて戻したのだろう。
でも私は、これで終わらせる気はなかった。
だって最初に普通に返していれば済んだ話なのだ。
それを嘘をついて怒鳴って追い返した。
あの時点で、もう「うっかり」じゃない。
私はDSを見ながら思った。
(泣き寝入りすると、こういう人間はまたやる)
だから被害届は取り下げなかった。




