第十八章 玲子最後の戦い 第三節
それから二週間後。
自宅玄関の鍵が開く音。
尚哉は玄関で靴を脱ぎ、リビングの明かりをつける。
だが、誰もいない筈の自宅のリビングに私の姿を見つけた瞬間、尚哉は心臓が止まるかと思うほどの驚きと共に表情が凍り付いた。
「玲子!?何でいるんだ?お義母さんは?」
私は静かに答える。
「お母さんならピンピンしてるわよ。今日は大事な話があるの」
「大事な話?」
「そう。ちゃんと正直に答えて」
尚哉の喉が小さく鳴った。
「何だ……?」
私は真正面から尚哉を見る。
「あなた……浮気してるでしょ?」
一瞬、空気が止まった。
「な……何を言ってるんだ?俺が浮気?そんなことするわけないだろう」
声が上擦っている。
私は黙ってICレコーダーをテーブルへ置いた。
再生ボタンを押す。
『アイツはお義母さんが倒れたとかで一ヶ月は帰ってこないから、しばらくは二人でゆっくり愛し合えるよ』
『嬉しい! あ、奥さんのお義母さんが大変な時に嬉しいなんて言っちゃだめだよね』
『良いんだよ。アイツは俺のお袋と妹に酷いことしたんだから。因果応報だよ』
『そうなんだ……酷い奥さんなんだね。じゃあ、もう愛してないの?』
『当然だよ! 俺が愛してるのはお前だけだよ』
尚哉の顔から血の気が引いていく。
ガタガタと肩が震えていた。
「正直に話してって言ったよね?」
「い、いや、違うんだよ……」
「私が貴方のお義母さんと義妹に酷いことをした?言ったでしょ。最初に酷いことをしたのはお義母さんと義妹だって」
「な、何かの間違いだよ……」
「こうして証拠もあるのに何が間違いなの?」
尚哉は額に脂汗を浮かべながら叫ぶ。
「この一回だけなんだ!魔が差したんだよ!お前が実家に帰って寂しかったから!」
私は無言でレコーダーを操作した。
『あぁ気持ち良かった……家中どこでもできるって最高ね♡ 昨日はお風呂、一昨日はトイレ、その前は玄関、その前は階段……』
『あとやってないのは玲子の部屋と子供部屋くらいか』
『いいね! どっちも興奮しそう!』
尚哉が息を呑む。
「どこが一回だけなの?」
私はさらに再生を続けた。
『二ヶ月くらい前に行ったホテルと半年くらい前に行ったホテル覚えてる?』
『何処と何処? ここ一年くらいの間に、いっぱい行ってるからそれだけじゃ分かんないよ』
『ほら、あのお風呂が露天風呂みたいに大きかった所と、部屋が三つもあった広い所』
『ああ、覚えてるよ』
『あそこ、もう一回行きたいな♡』
『来月くらいにまた出張って嘘ついて二泊くらいでゆっくり行こうか』
『やったぁ』
私はレコーダーを止めた。
「随分と前から何度もしていたみたいだけど?」
「こ、これは劇のセリフだよ!彼女、劇団員でセリフの練習に付き合ってただけだよ!」
私は呆れて笑ってしまった。
「致してるところの映像もあるわよ。何なら親戚一同集めて大上映会でもする?」
「……っ!」
「それに、相手は劇団員じゃなくて同じ会社の大塚優樹菜さんでしょ」
尚哉の瞳が見開かれる。
「な、何で、そこまで……」
「LINEでやり取りしてたのも知ってるわよ」
「LINEで?」
次の瞬間、尚哉が急に笑い出した。
「はははっ! いいよ見せてやるよ! LINEのやり取りは業務連絡だけだよ!」
自信を取り戻したような顔だった。
スマホのロックを解除し、私へ突き出してくる。
画面には短い文章が並んでいた。
審査部 15:00
返信 了解しました
支部長室 14:00
返信 了解しました
印刷室 14:30
返信 了解しました
ゴミ置き場 15:00
受付 16:30
返信 了解しました
輸送部 15:30
返信 了解しました
尚哉は勝ち誇ったように笑う。
「ほら見ろ。これの何処が浮気なんだよ」
私は何も言わず、自分のスマホでスクリーンショットを撮った。
そして、それをある人物へ送信する。
数十秒後。
返信が来た。
私は、その文章を読み上げる。
「時間はおそらく実際の時間はプラス五時間。15:00なら実際の待ち合わせ時間は20:00」
尚哉の表情が固まる。
「審査部は新宿、支部長室は渋谷、印刷室は池袋、ゴミ置き場は五反田、輸送部は湯島。どれもホテル街の最寄り駅」
尚哉の唇が震え始める。
「新宿だったら東口広場、渋谷だったらハチ公前と、駅ごとに待ち合わせ場所をあらかじめ決めていたんだと思う」
私はスマホをテーブルへ置いた。
「なるほどね。業務連絡?」
そして静かに続ける。
「ゴミ置き場って何?あなたの会社、支部長室とか輸送部なんて無いわよね?」
「な、何で分かった……?」
さっきまでの余裕は完全に消えていた。
私は小さく息を吐いた。
「実はね……」
そこで私は、あの甘ったるいコーヒーを飲む探偵の顔を思い浮かべた。




