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本城玲子は黙ってない ~最強の嫁・本城玲子の半生~  作者: 上板橋喜十郎


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第十八章 玲子最後の戦い 第二節

 私は弁護士の朋美に相談してみる事にした。

スマホを手に取り、連絡先から朋美の名前をタップする。

数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。

「もしもし、朋美?今電話大丈夫?」

『どうしたの?なんか声暗いけど』

「実は……」

私はここ最近の尚哉の様子を説明した。

残業が増えたこと。

休日に一人で出掛けることが増えたこと。

スマホを肌身離さなくなったこと。

そして、興信所を使っても尻尾を掴ませなかったこと。

 朋美は途中で茶化すこともなく、珍しく真面目な声で話を聞いてくれた。

『そう……それは私の手には負えないかな……』

「やっぱり?」

『だって相手、普通の浮気男じゃないもん。かなり警戒してるでしょ』

「うん。興信所まで巻いてるみたい」

『それ、下手に動くと証拠全部消されるタイプだよ』

電話の向こうで少し考え込むような沈黙。

そして、朋美が何か思い出したように声を上げた。

『そうだ! 松元先生に相談してみたら?』

「松元先生?」

『ほら、前にもお世話になったでしょ。あの人、頭の回転おかしいくらい速いし』

「そうね……松元先生ならやり手だし何か助言してくれるかも」

『少なくとも、今の私よりは頼りになる』

「そこは否定しないんだ」

『しない』

少しだけ笑って電話を切った。

     ◇

 私は四谷にある松元法律事務所へ向かった。

駅前の大通りから少し入った場所にある雑居ビル。

以前来た時と変わらない。

エレベーターで上へ上がり、深呼吸してから扉を開けた。

「失礼します」

受付の女性が顔を上げる。

「佐伯玲子と申しますが、松元先生にお会いしたいのですが……」

「少々お待ちください」

受付の女性が奥へ消える。

待合スペースのソファーに座っていると、しばらくして奥の部屋から松元敬輔が出てきた。

「いらっしゃい。今日はどうしました?」

相変わらず柔らかい笑顔。

だが、その目は笑っていない。

仕事モードの顔だ。

「実はご相談が……」

「分かりました。では、こちらに」

応接室へ案内される。

以前と同じ部屋。

私はソファーへ腰掛け、出されたコーヒーに手を付けることもなく、これまでの経緯を説明した。

尚哉の行動。

興信所の調査結果。

盗聴器を見つけられたこと。

ホテルへ一人で入るという妙な慎重さ。

松元先生は途中で一度も口を挟まず、黙って聞いていた。

「……なるほど」

話を聞き終えると、松元先生は眼鏡を外して机に置いた。

「今まで数々の修羅場を潜り抜けてきた貴方をここまで手こずらせる相手とはね」

「笑い事じゃないですよ……」

「いや、褒めてるんですよ。普通ならもっと早い段階で証拠を消されてます」

「何かいい方法ありませんか?」

私は身を乗り出した。

松元先生は少しだけ考えるように顎へ手を当て、それから静かに言った。

「一つだけありますよ」

「本当ですか!? その方法って何ですか!?」

松元先生は小さく笑った。

「それは……」

     ◇

 それから一週間後。

珍しく自宅の固定電話が鳴った。

最近は営業電話くらいしか掛かってこないので少し驚く。

「はい、佐伯です」

『玲子か!?母さんが倒れた!』

父の慌てた声。

「本当!?大丈夫なの!?」

『命に別状は無いそうだが、最低でも一ヶ月は入院が必要だそうだ。それで、看病と家の家事の為にお前に帰って来て欲しいんだ』

「分かったわ」

『尚哉君にも話がしたいんだが代われるか?』

「ちょっと待って」

私は受話器を押さえてリビングへ顔を出した。

「尚哉ー!」

「どうした?」

「お母さんが倒れたの!それでお父さんが電話代わって欲しいって」

「分かった」

尚哉は少し驚いた顔をして受話器を受け取る。

「お久しぶりです。お義父さん。お義母さん、大丈夫なんですか?」

『おお、尚哉君。命に別状はないが最低一ヶ月は入院しなきゃならんそうだ。もしかしたら長引くかもしれん。それで看病と家事の為に玲子を借りたいんだ。大丈夫か?』

「分かりました。こちらは大丈夫です。お義母さんの看病してあげて下さい」

『ありがとう』

「それじゃ、また正月にでも」

『ああ、楽しみにしてるよ』

尚哉は電話を切り、私へ受話器を返した。

『尚哉君の了承も得たから、なるべく早く帰って来てくれ』

「分かったわ。それじゃ」

電話を切る。

「仕事はどうするんだ?」

「仕事用のパソコン持って行って向こうでやるわ。玲香ももうすぐ夏休みだし、ちょっと早いけど連れて行くわ。置いてっても貴方が大変だし、貴方が仕事行ってる間、一人にしておくわけにもいかないし」

「そうだな」

尚哉は素直に頷いた。

その表情を見ながら、私は心の中で静かに息を吐いた。

――本当に、何も疑っていない。

私は荷造りを始めた。

     ◇

 翌日、私は実家のある新潟県魚沼市へ向かった。

新幹線を使っても片道三時間以上。

簡単には帰ってこられない距離だ。

駅で別れる時、尚哉は優しい夫の顔をしていた。

「気を付けてな」

「うん」

「向こう落ち着いたら連絡して」

「分かった」

私は笑顔で手を振った。

     ◇

 その夜。

尚哉が仕事を終えて帰宅する。

家の中は真っ暗だった。

「……静かだな」

独り言を漏らしながら明かりを付ける。

そして、そのまま自室へ入ると、机の引き出しから何やら機器を取り出した。

黒い、小型の機械。

尚哉は慣れた手付きで電源を入れる。

玲子の仕事部屋を覗き込む。

「仕事用のパソコン持って行ったみたいだな」

そのままリビングへ。

機器をかざしながらゆっくり歩き回る。

ソファーの裏。

テレビ台の下。

観葉植物の陰。

そして。

「あった!」

尚哉はリビングに仕掛けられていた盗聴器を見つけると、躊躇なく踏み潰した。

バキッという小さな音。

壊れた盗聴器をゴミ箱へ放り込む。

それから更に家中を探し回り、数分後。

「他には無い様だな」

そう呟くと、ソファーへ深く腰掛けた。

そして。

ほくそ笑んだ。

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