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本城玲子は黙ってない ~最強の嫁・本城玲子の半生~  作者: 上板橋喜十郎


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第十章 盗聴の罠

 姑とのお試し同居を修羅場に変えて蹴った後、一年半ほどは平和な日々が続いた。

その間に子宝にも恵まれて、娘を出産した。

秀樹も娘を可愛がっていたし、以前のような優しい夫に戻ったように見えた。

だから私は、もう大丈夫なのだと思っていた。

しかし、ある日。

 自分の人生に強い絶望感を覚えた。

理由を一言で説明するのは難しい。

何となく、自分の居場所が世界から切り離されていくような感覚。

誰にも必要とされていないような感覚。

毎日が息苦しく、何をしていても楽しくない。

娘は可愛い。

でも、それとは別に、自分の中に黒い泥みたいな感情が溜まっていく。

 ある夜、私は秀樹に言った。

「今週末か来週末、一人にさせてくれる?」

秀樹は少し驚いた顔をした。

「どうした?」

「ちょっと疲れちゃって。少し一人で考え事したいの」

「……分かった。娘は見てるから、ゆっくりしてこい」

私は「ありがとう」とだけ返した。

 そして二週間後くらいの週末。

私は秀樹に娘を任せ、一人で車を走らせることにした。

バッグの中には、大切なお守りをたくさん入れて。

出発前。

 私は念のため車内を確認した。

軽く掃除もしながら、隅々まで視線を走らせる。

そして、さらに絶望感を噛みしめることになる。

私は深くため息をついた。

 向かった先は海。

当時、夏真っ盛り。

海辺は若い男女や家族連れで賑わっていた。

私はしばらく海を眺めていたが、段々と人恋しくなった。

誰でもいいから話を聞いて欲しかった。

ただ、それだけだった。

 だから私は、同年代くらいの女子グループへ声を掛けた。

「もし良かったら送ろうか?」

「暇だからドライブでもどう?」

今考えると、どう考えても怪しい人物である。

当然、断られた。

三組くらいに声を掛けたが案の定全部駄目。

 絶望感に追い打ちを掛けられ、私は車へ戻ろうとした。

すると後ろから声を掛けられる。

「すみません」

振り返ると、同年代くらいの男女グループ。

男二人、女二人。

私が怪しいけど、同時に凄く可哀想に見えたらしい。

「大丈夫ですか?」

「なんか、すごく辛そうだったから……」

私はそこで、涙ながらに今の辛い気持ちを少し話した。

「人生ちょっと疲れちゃって」

その人たちは優しかった。

「一人で抱え込まない方がいいですよ」

「絶対なんとかなりますって」

励まされているうちに、少しだけ気持ちが楽になる。

すると男子二人が言った。

「俺ら電車で来たんで、もし方向同じなら送ってもらえません?」

私は了承した。

そして二人を車へ案内した後、わざと大きめの声で念を押す。

「言っとくけど、私、既婚者だからね?」

「本当に親切で送るだけだからね?」

「本当は女の子が良かったんだからね?」

二人は苦笑いしていた。

「分かってますって」

「変な事しませんよ」

車内では会話が弾んだ。

……というより、男子二人がよく喋った。

塾講師をしているらしく、

「医学部行く子って本当に化け物ですよ」

とか、

「最近の受験事情は~」

とか。

 私はもっと自分の話を聞いて欲しかったのに、気づけば聞き役になっていた。

でも、その方が楽だった。

自分の事を考えなくて済んだから。

やがて一人目を送り届ける。

そして最後の一人を送り終えた後。

背後から一台の車が近づいてきた。

嫌な予感がした。

窓が開く。

「玲子!」

聞き慣れた声。

秀樹だった。

助手席には、哀れむような目で私を見る義母の美保。

秀樹と美保の顔を見た瞬間、一瞬頭が真っ白になった。

でも意外と冷静でいられた。

むしろ。

私の中で何かが吹っ切れた。

そして強い決意が生まれる。

(絶対に負けない)

私は車を降りた。

秀樹はニヤニヤしながら近づいてくる。

「何してんの?」

「何って、全部聞いていたくせに」

「お義母さんまで道連れにして、あなたはどこまで私を追い詰めるの?」

「言い訳すんじゃねえよ!この浮気女!」

美保も車を降り、私を罵倒する。

「玲子さん!なんでこんな事したの!?」

「秀樹ちゃんを裏切るなんて最低!」

傍から見れば疑われても仕方ない行動だった。

でも、やましい事は何一つない。

あんた達だって全部聞いていただろうに。

 ――さあ、反撃だ。

私はバッグから紙を取り出し、秀樹へ叩きつけた。

「あんたの浮気相手のせいでクラミジア感染させられたんだよ!」

お守り第一弾。

クラミジア診断書のコピー。

そして間髪入れず、お守り第二弾。

レコーダー再生。

音量はもちろん最大。

若い女の笑い声。

秀樹の甘ったるい声。

『玲子は馬鹿だから、適当に言いくるめて有利に別れてやる』

愛の言葉。

車内での行為の雑音。

かなり聞き取りやすく編集済みである。

愛の営みの雑音辺りで、美保が泣き始めた。

秀樹は腰を抜かし、ヒステリックに叫び始める。

私は淡々と説明した。

少し前から秀樹の態度がおかしくなった事。

クラミジア感染。

盗聴器。

浮気の録音。

そして。

「実はね、車に盗聴器とGPSが仕掛けられてた事、最初から知ってたんだよ」

秀樹の顔色が変わる。

「私が“一人になりたい”って言った時から、この日を待ってたんだよね?」

「嫁の浮気現場を押さえて、自分は被害者になって、有利に離婚したかったんだよね?」

「慰謝料も分捕って、新生活の資金にしたかったんだよね?」

この辺の会話も、全部録音済みだった。

三日前。

浮気相手との会話でベラベラ喋っていたのだ。

「ニヤニヤしてたのは、まんまと引っかかりやがったって思ってたからなんだよね?」

「ざまぁみろ」

最後に吐き捨てた。

 ちなみに秀樹。

わざわざ十万近くする盗聴器とGPSを購入していた。

しかも浮気相手の家へ届くようにして。

本当に計画的だった。

私はそのまま実家へ避難。

こんな事もあろうかと、最低限の荷物は既に送ってあった。

 数日後。

私は浮気相手の西野琴美へ連絡した。

「琴美、あんたクラミジアだよ」

その後、意気消沈した秀樹と、ビビって小さくなった琴美を連れて産婦人科へ。

結果は当然真っ黒。

しかも二人仲良く咽頭感染までしていた。

私はしてなかったのに。

二人にはほとんど症状が出ず、私だけ症状が出たのは、神様の悪戯だと思った。

 待ち時間。

私はちょっと琴美で遊んでしまった。

盗聴器でネタは大量に仕入れてある。

だから他の患者に聞こえるくらいの声で話しかける。

「琴美って、まだ大学生なんだよね?」

「大学生で不倫かぁ。可愛い顔してなかなかやるね」

琴美が俯く。

「クラミジア治ったら、また海の近くのホテル行くの?」

「お気に入りって言ってたよね。私も行ってみたいなぁ」

秀樹が真っ赤になる。

「琴美、車で致すのはダメよ。軽犯罪法に引っかかるからね」

私はことあるごとに、

「琴美」

「琴美」

と、秀樹と同じ呼び方で呼んでやった。

二人とも半泣きだった。

 今思うと、あの頃の私はかなり病んでいたと思う。

それから、しばらくして離婚。

証拠は十分。

慰謝料もしっかり頂いた。

 義母の件もあるので、秀樹側は何も言えず三百万円を一括で払ってきた。

ちなみに海でのナンパ。

あれは本当に、一人になりたいと思った時から予定していた。

ただただ、相談相手が欲しかった。

でも数日前、盗聴器で秀樹の意図を知った。

さらに当日、自分の車へ盗聴器が仕掛けられている事も確認した。

どうするか悩んだ。

けれど、やましい事をするつもりは無かったし、それなら逆に利用してやろうと割り切った。

すると事情を知った男女グループが、

「だったら逆に全部暴いた方がいい」

とアドバイスしてくれた。

「お守り持ってるなら尚更」

と。

そして本当にたまたま、電車で来ていた男子二人が鴨になってくれた。

他のみんなは車だった。

あの男女グループには今でも感謝している。

かなり危険な賭けだった。

でも、あれが無ければここまで綺麗に決着は付かなかったと思う。

後日、風の噂で秀樹と琴美が別れたと聞いた。

でも、もう何年も前の話だ。

その後どうなったのかは知らない。

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