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本城玲子は黙ってない ~最強の嫁・本城玲子の半生~  作者: 上板橋喜十郎


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第九章 策士嫁 第一節

 秀樹と結婚して一年ほど経った頃。

お義父さんが亡くなった。

それをきっかけに、

「お義母さんと同居しよう」

という話になった。

私は義親との同居に関して、過去に地獄を見ている。

だから正直、かなり警戒していた。

でも秀樹のお義母さん――美保さんは、結婚前からずっと優しかった。

料理を褒めてくれたり、

「玲子さんが来てくれて本当に良かった」

と言ってくれたり。

だから私は、

(今度は大丈夫かもしれない)

と思ってしまった。

とはいえ怖かったので、

「まずはお試し同居にしない?」

と提案。

秀樹も了承してくれた。

 それから少ししてお試し同居一ヶ月目。

結論から言う。

美保さんは怪物だった。

秀樹の前では天使。

でも私と二人きりになると悪魔。

人格が切り替わる。

最初は本当に混乱した。

でも、一週間もすると分かった。

完全にわざとだ。

秀樹が出勤した瞬間から始まる。

「本当に気が利かないわね」

「そんな事も分からないの?」

「秀樹が可哀想」

「子供も産めない癖に」

「役立たず」

延々。

本当に延々。

十時間近く続く。

しかも秀樹が帰宅すると、ピタッと止む。

 そしてニコニコし始める。

最初は、

(私が悪いんだ)

と思おうとしていた。

でも、流石に限界だった。

このままじゃ、また壊れる。

だから私は決めた。

――私も悪魔になる。

 ある日。

 私は美保さんがいない隙に、秀樹へ言った。

「ねえ、ここだけの話……お義母さん、病気じゃないかな?」

 秀樹が驚いた顔をする。

「え? どうして?」

「あのね、突然豹変するのよ。別人みたいに」

「前に有名人のお母さんがこうなって、調べたら悪性脳腫瘍だったって話聞いた事あるの」

「万が一病気なら、早期発見の方がいいと思うの」

秀樹の顔色が変わる。

「どう豹変するんだ?」

「明日録音する。それ聞いて判断して」

もちろん、既に録音は始めていた。

以前買ったICレコーダー。

 朝八時。

秀樹が出勤してから録音開始。

そこから秀樹の帰宅まで、十時間以上。

罵声。

嫌味。

悪口。

人格否定。

嫌がらせ。

今日は特に楽しかった。

私が妙に素直だから、美保さんがどんどん調子に乗る。

私は内心ワクワクしていた。

(夜、秀樹へ聞かせるの楽しみだな)

私が少し返事を遅らせる。

すると美保さん、さらにヒートアップ。

「玲子!!聞いてるなら返事しなさい!!」

そして。

私と秀樹で使っていたペアマグカップの私の方だけ壁へ叩きつけた。

ガシャーン!!

私はわざと怯えた声を出す。

「す、すいません……」

「本当に済まないと思ってるなら土下座しろ!!土下座!!」

流石にそれは無理だった。

あんなクソババアに土下座なんか絶対嫌だ。

私が黙っていると、また食器をガシャーン。

私はさらに相手がイラつくような態度を取る。

わざと。

計算して。

怒らせる。

そして丁度いいタイミングで。

玄関が開いた。

秀樹帰宅。

美保さん、即座に天使モードへ切り替わる。

「どうしたの?」

秀樹が割れた食器を見る。

すると美保さんは優しい声で言った。

「これは玲子さんが手を滑らせたのよ」

「玲子さん、怪我しないよう気を付けてね」

怖っ。

「はい、お義母さん」

私も演技する。

 そして夜。

美保さんが寝た後。

私は秀樹へ録音を聞かせた。

秀樹の顔色がどんどん青くなる。

私はそこで、隠し持っていたメンソールクリームを目の下へ塗った。

自然に涙が出る。

「やっぱり……お義母さんは……」

私は泣いた。

もちろん演技だ。

 翌朝。

出勤前、秀樹が言った。

「友達の医師にレコーダー聞かせて相談してくる」

「早くしてね。出来るだけ早く」

私は“義母を心配する優しい嫁”を完璧に演じた。

重要なのは、“嫁いびり”だと気付かせない事。

もし秀樹が、嫁いびりだと気付いたら

(これは嫁姑問題だ)

「仲良くしよう」

「歩み寄ろう」

とか言い出す可能性がある。

そんなの冗談じゃない。

だから私は徹底的に、

“病気を心配する嫁”

を演じた。

冷静な第三者を巻き込んで美保さんを自爆させるつもりだった。

 その後。

秀樹からメールが来る。

『大学病院勤務の友人と会ってる』

『おふくろ、吐き気を伴う頭痛を訴えた事あるか?』

『めまいは?』

『視野狭窄は?』

『至急返信頼む』

私は即返信。

『全部ありません』

さらに私は、その日。

実家や、美保さんの兄弟達へ泣きながら電話した。

「お義母さん、病気かもしれないんです……」

美保さんを善人だと思い込んでる連中全員へ相談した。

そして美保さん本人へ。

「明日、親戚の皆さん呼んでお食事会しましょう」

「お義母さんの好きな物、何でも作りますから」

と言うと、美保さんは凄く嬉しそうだった。

完全に、

“同居歓迎会”

だと思い込んでいる。

 翌日。

食事会メンバーは豪華だった。

私の実父母。

母方の叔母。

この叔母、脳腫瘍手術経験者で現在健康体。

つまり“脳腫瘍経験者枠”。

さらに美保さんの長兄夫妻。

長年単身赴任しており、現在は年金分割離婚を恐れている人。

その妻。

義母達の母親を介護し看取った結果、

「私の人生、介護で終わった」

と愚痴る人。

さらに次兄夫妻。

この人達はとにかく空気を読む。

そして。

秀樹の友人の医師夫婦。

夫は内科医。

大人しい。

妻は皮膚科医で、かなりサバサバしている。

 私の武器はICレコーダー二台。

一台は全データ。

もう一台は、特に酷い部分を十五分ほどに編集した物。

私は前日からほとんど寝ていなかった。

掃除。

料理。

キッシュ作り。

客用椅子準備。

全部一人。

鏡を見ると、顔がボロボロだった。

むしろ私の方が病人みたいだった。

一方、美保さんは朝から超ご機嫌。

朝シャン。

服選び。

完全に主役気分。

 部屋からドライヤー音が聞こえる頃。

秀樹が起きてきた。

「もし、お袋に病気が見つかったらどうする?」

「母方の叔母さんに有名病院紹介してもらいましょう」

「じゃあ……もし何でもなかったら?」

一瞬。

私は沈黙した。

(来たな)

脳が高速回転する。

そして答えを出した。

「病気じゃないなら、それに越した事はないよね」

「でも……考えたくないけど、お義母さんのあの様子は病気が原因としか思えないの」

「悪性腫瘍じゃなくても、何か病気があるとしか思えないのね」

秀樹は少しだけ、失望した顔をした。

多分、

『元気ならそれでいい』

『これからも仲良くやっていこう』

みたいな答えを期待していたんだろう。

でも無理だ。

人間の尊厳を毎日削られて。

ニコニコ同居なんて出来る訳がない。

私はおにぎりを皿へ並べながら言った。

「簡単だけど、お義母さんと朝ご飯食べてね」

「今朝はおにぎりでごめん」

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