第八章 ダミー弁当
内藤慎太郎との婚約騒動から半年後。
私は当時付き合っていた永嶋秀樹と結婚し、永嶋玲子になっていた。
秀樹は料理が趣味だった。
元コックという事もあり、料理の腕は本当に凄い。
味はもちろん、盛り付けまで店レベル。
週の半分くらいは、自分で弁当を作って会社へ持って行っていた。
私はそんな秀樹の弁当が好きだった。
見ているだけで幸せになる。
でも最近、職場のある女性社員が問題になっていた。
藤井香織。
三十代半ばの子持ち。
秀樹いわく、以前から距離感がおかしい人らしい。
「私と子供の分のお弁当も作って持ってきてよ」
「仕事終わったら夕飯作りに来ていいよ」
などと平気で言ってくる。
もちろん秀樹は断っていた。
それでも香織は懲りない。
秀樹が弁当を食べていると、横から勝手におかずをつまみ食いしてくる事まであったらしい。
秀樹が注意する。
周囲も注意する。
でも止めない。
そして、ある日。
ついに一線を越えた。
秀樹が共用冷蔵庫へ入れていた弁当箱を勝手に開け、中のおかずを盗み食いしたのだ。
しかも後から食堂へ来た秀樹へ向かって、
「頂いちゃいました~」
と、おかずを掲げて見せつけたらしい。
盗られたのは、私が作ったミニグラタンだった。
私は結構手間をかけて作っていた。
秀樹は無言でそのおかずを取り返し、そのままゴミ箱へ捨てたという。
その後、香織は泣き出したらしい。
でも秀樹は完全無視。
すると上司が、
「一応、謝ってきたんだし、明日には許してあげなよ」
とか言い出した。
秀樹は即答した。
「許したくないです」
その話を聞いた時、私は嬉しかった。
ちゃんと怒ってくれていたから。
食べて欲しい人に食べてもらえない料理って、やっぱり悲しい。
ちなみに香織は既婚者で、普段は社内販売の仕出し弁当を食べているらしい。
おやつを独占したがる事は以前からあったそうだが、他人の弁当にまで手を出した事は無かったという。
秀樹が、
「仕事上必要の無い会話はしたくない。今後は挨拶以外無視したい」
と言うと、上司も流石に納得。
香織へ、
「必要以上に話しかけるな」
とやんわり注意したらしい。
しかし。
その後、さらに気持ち悪い話を聞く事になる。
会社の家族同伴バーベキュー。
私は香織が怖かったので、出来るだけ距離を取っていた。
すると香織、他人のクーラーボックスを勝手に持ち去ろうとして止められたり、魚屋の発泡スチロール箱を丸ごと持ち帰ろうとしたりしていた。
さらに。
皆が二リットルペットボトルから紙コップへジュースを注いで飲んでいる中、香織だけ新品ボトルを開封。
直接娘へ飲ませ、そのまま持ち帰ろうとして止められていた。
完全に泥棒気質だった。
そして極めつけ。
香織、自分の娘へ耳打ちした後、その子を秀樹の所へ行かせたのだ。
「お兄ちゃんのお家、海の近くなんでしょ?今度のお休みに私とママを連れてって。私のパパ、お仕事でずっといないの。寂しいの。今日もパパいないし。お兄ちゃんみたいなパパが良いのにな」
私はドン引きした。
秀樹もドン引きしていた。
特に“お兄ちゃん”の部分。
秀樹は顔を引きつらせながら言った。
「おじさんは、おじさんの家族と旅行行くからごめんね。君のママとは絶対遊ばないから」
子供相手に、ちょっとムキになっていた。
私はその様子を見ながら、
(ふーん。あれがおかず泥ママね)
と思っていた。
そして翌日。
私は弁当を作った。
秀樹が出勤する前。
私は弁当箱と、ある物を秀樹へ渡した。
昼。
食堂で秀樹が弁当を食べていると、案の定香織が突撃してきたらしい。
「ちょっと! あのミートボール何!?」
「っていうか、何で弁当食べてるの!?ロッカーにあった弁当箱は!?」
秀樹は平然と答えた。
「ああ。やっぱり食べたんだ。妻の特製弁当」
「あっちは激辛デスソース入り、妻の特製ダミー弁当」
「僕が今食べてるのは、自分で作った本物の弁当」
香織は顔を真っ赤にして叫んだ。
「まだ口と喉がヒリヒリするわよ!!」
しかし、その直後。
急に顔色が変わった。
そして腹と尻を押さえながら、物凄い勢いで走り出したらしい。
午後。
社内がざわついていた。
「藤井さん、昼からずっとトイレ籠ってるらしいよ」
「やっと出てきたと思ったら、また駆け込んでた」
しばらくして香織が戻ってきた。
でも何か妙にモゾモゾしていて、椅子へ座ろうとしない。
「どうしたの?」
同僚に聞かれ、香織が小声で答える。
「ちょっと……お尻が……痛くて……」
秀樹は笑いを堪えるのに必死だったらしい。
そして帰宅後。
私は秀樹から、朝渡していた“もう一つの物”を受け取った。
小型隠しカメラ。
昔、義実家のDV証拠を押さえる為に購入したものだった。
録画データをパソコンで確認する。
そこには、合鍵でロッカーを開ける香織の姿が映っていた。
そして当然のように弁当箱を開封。
ミートボールを二つ、口へ放り込む。
ちなみに、あのミートボール。
下剤を練り込み、中へ激辛デスソースを大量注入してある。
ミートボールの甘めのタレで違和感へ気付くのを遅らせ、飲み込ませる事を重視した仕様だ。
口にもダメージ。
尻にもダメージ。
我ながら芸術点が高い。
香織の表情が本当に面白かった。
――しかし。
次の瞬間。
香織の手がロッカー内の財布へ伸びた。
そして中を確認すると、一万円札を一枚抜き取る。
その一部始終が綺麗に映っていた。
翌日。
秀樹がその映像を会社へ提出。
結果。
香織は解雇。
しかも窃盗なので、会社側は被害届を出す方針だった。
すると香織と、その旦那が青ざめて土下座してきた。
「示談でお願いします……!」
結局。
慰謝料百万円。
さらに、私と秀樹へ接触しないという念書を書かせる形で示談成立。
香織は最後まで、
「ちょっと借りただけなのに……」
とか泣いていたらしい。
秀樹は帰宅後、真顔で言った。
「玲子」
「何?」
「君を敵に回したくないって、改めて思った」
私は笑顔で答えた。
「安心して。秀樹にはやらないから」




