第七章 話の通じない男 第三節
翌週末。
私は内藤さんと昼にデパートで待ち合わせをした。
内藤は少し嬉しそうだった。
前回の居酒屋の件で、多少距離が縮まったと思っているらしい。
実にめでたい頭だと思った。
「今日は何を見ますか?」
「そうだな。君に似合うものを選びたい」
私は内心、
(うわぁ……)
と思いながら笑顔を貼り付けた。
そして、その日は徹底的に買わせた。
ブランド物のバッグ三つ。
服五着。
靴まで買わせようか迷ったが、流石にやりすぎると警戒されそうなのでやめておいた。
内藤さんは会計の度に顔を引きつらせていたが、
「婚約者ですし」
と言うと、無理して笑っていた。
そして買い物が終わると、私はさっさと帰った。
夜。
案の定、電話がかかってきた。
「もしもし」
「来週なんだけど……」
「来週は私の趣味に付き合ってくれませんか?」
すると少し間があった後、
「……分かった。良いよ」
と返ってきた。
そして翌週。
最寄り駅で待ち合わせ。
私は内藤を、そのまま駅前のパチンコ屋へ連れて行った。
「え……?」
内藤が固まる。
「趣味って……パチンコ?」
「そうですよ! さ、行きましょう!」
私は元気よく店内へ入った。
内藤は終始、居心地悪そうだった。
そもそも興味が無いのが丸分かりで、座っていても全然楽しそうじゃない。
私は適当に打ちながら、時間を潰す。
三時間ほど経った頃。
内藤はベンチで項垂れていた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……大丈夫。そろそろ行こうか」
「何言ってるんですか!?」
私は大げさに驚いた。
「負けてる分を取り返さなきゃ帰れませんよ!」
ちなみに私は二万円くらい勝っていた。
「え……まだやるの?」
「もちろん!」
「さ、内藤さんも打ちましょうよ!」
すると内藤は嫌そうな顔で言った。
「僕、ギャンブル嫌いなんだ」
私はわざとらしく驚いた。
「え!?そうだったんですか!?それはすみません!」
「じゃあ、内藤さんは帰っていいですよ!」
「え?」
「私は負けた分取り返すまで帰れませんから!」
そう言って、再び台へ戻る。
しばらくしてベンチを見ると、内藤の姿は消えていた。
私は店内を軽く探した。
当然いない。
なので景品交換して普通に帰った。
その夜。
また電話。
「もしもし」
「今日はすみません。ギャンブル嫌いだって知らなかったから」
「いや……いいよ」
声に疲れが滲んでいた。
「その代わりと言っては何だけど、来週は静かな喫茶店で話をしたいんだ」
「良いですよ」
「じゃあ十時に駅前で待ち合わせで」
そして翌週。
十時ちょうどに駅前へ行くと、内藤は既に来ていた。
「待ちました?」
「いや、ついさっき来たところだよ」
嘘だなと思った。
「じゃあ近くの喫茶店に行こうか」
「ええ」
店へ入り、コーヒーを注文。
内藤さんは少し安心した顔をしていた。
多分、
(今日はまともに会話できる)
と思っていたんだろう。
そして内藤さんが切り出した。
「この前買ったバッグや服、気に入らなかった?」
「前回も今回も使ってないみたいだけど」
私はニコッと笑った。
「そんな事ないですよ!気に入りましたよ!」
内藤さんの顔が少し明るくなる。
「どれも高値で売れましたから!」
「え?」
固まった。
「全部オークションで売ったんですよ」
「結構な金額になって助かりました!」
「ネットワークビジネスのノルマと、新興宗教のお布施が足りなかったから!」
内藤さんの顔色が、目に見えて悪くなった。
「え……?」
「ネットワークビジネスって……マルチ商法でしょ?」
「そうですよ!」
私は笑顔で答える。
「あ、そうだ!一緒にやりましょうよ!上手くいけばかなり儲かるみたいですよ!」
「い、いや……僕はそういうのは……」
「あと……新興宗教もやってるの?」
「そうですよ!」
私は前のめりになった。
「じゃあ内藤さんも入信しましょうよ!幸せになれますよ!」
「来週はネットワークビジネスの事務所か、新興宗教の本部行きましょう!」
「どっちが良いですか!?」
内藤さん、完全に引いていた。
「いや……ゴメン、今日は帰るよ」
「また連絡する」
そう言って逃げるように店を出て行った。
私はコーヒーを飲みながら、
(やっと効いてきたか)
と思っていた。
数日後。
松元先生から電話が来た。
「はい、本城です」
「弁護士の松元です。内藤さんから連絡がありました」
「慰謝料三百万円を支払って婚約破棄したいそうです」
「そうですか」
私は平然と答えた。
でも内心、かなりスッキリしていた。
実は。
婚約した翌日。
私はこっそり内藤の同僚へ電話していた。
『もしもし。本城と言いますが、内藤さんの同僚の方ですか?』
『ああ、アーバンプロモーションの?』
『そうです。実は内藤さんと婚約する事になったんですけど、嫌いなものとか聞いておきたくて』
『直接聞いても良いんですけど、言いづらい事もあるかもしれないから』
すると同僚の人は、妙に気まずそうな声で答えた。
『え……あいつと婚約したんですか……』
『そうですね……食べ物だとチーズが嫌いですね』
『あとギャンブルが嫌い』
『それから……昔、友人がマルチやってて裏切られたって言ってました』
『両親が宗教にハマってて、学生時代かなり苦労したらしいです』
『そうですか。ありがとうございます』
私は電話を切った後、
(勝った)
と思った。
後日。
私は改めて中西法律事務所を訪れた。
「松元先生、ありがとうございました」
松元先生は苦笑していた。
「あの話の通じない内藤さんから婚約破棄を言わせるなんて、どんな手を使ったんですか?」
「相手の嫌いな事を徹底的にリサーチして、“絶対に関わりたくない女”を演じただけですよ」
松元先生は思わず吹き出していた。
「流石ですね」
そう言って封筒を差し出してくる。
「こちらが慰謝料の三百万円になります」
「ありがとうございます」
すると松元先生が思い出したように言った。
「そういえば、内藤さん退職したらしいですよ」
「そうなんですか」
私は少し考えた後、ぼそっと呟いた。
「……私も退職しようかな」
「企画から外されましたし」




