第九話 ライバル宣言、されました。
翌々日の昼下がり。
営業時間前の十四時頃、お店の掃除をしていると、入口の鈴が鳴った。
営業は十五時からだ。
アゼルが厨房から顔を出した。
「誰だろう」
あたしが扉を開けると——マリー様が立っていた。
今日はフードなしだった。
黒いゴスロリドレス。白い肌に深紅の瞳。
昼の光の中で見ると、夜とはまた違う印象だった。
後ろには護衛が二人。でも昨日より、少し距離が遠い。
「……営業時間前だったかしら」
「十五時からですが、マリーお嬢様のためなら開けます」
「……そう」
マリー様はまっすぐ入ってきた。
※ ※ ※ ※ ※
一番奥の席に案内すると、マリー様は席に座る前にお店の中をゆっくり見回した。
昼間のオスティウムは、夜とは雰囲気が違う。
陽の光が窓から差し込んで、テーブルの木目がきれいに見える。アゼルが磨いたグラスが光っている。小さな花をさした花瓶が、各テーブルに一つずつ置いてある。
昨日の夜、閉店後にあたしが飾った。
「……花、置いたのね」
「昨日の夜に。お店が明るくなるかなと思って」
「どこで摘んできたの」
「お店の裏の路地に咲いていたので」
マリー様は小さな花瓶をじっと見ていた。
「……野の花じゃない」
「はい。でも可愛いので」
マリー様はふっと息を吐いた。笑いをこらえているような、そうでないような。
「……変わってるわ、やっぱり」
「ありがとうございます」
「褒めてないわよ」
「存じております」
マリー様が席に着いた。
※ ※ ※ ※ ※
ミルクティーをお出しすると、マリー様は一口飲んでから言った。
「マミ」
「はい」
「今日は用があって来たの」
「はい」
「聞く気がある?」
「もちろんです」
マリー様はカップをテーブルに置いて、あたしをまっすぐ見た。
深紅の瞳が、真剣だった。
「このお店と、勝負したいの」
あたしは少し驚いたけど、顔には出さなかった。
「……勝負、ですか」
「わたくしも、メイド喫茶を作る」
「……!」
「あなたのお店の向かいに。正式な許可を取って、きちんとしたお店を」
向かい。
お店の向かいといえば、今は空き店舗になっている場所だ。広くてきれいな建物で、以前は何かのお店だったらしい。
「……どうして勝負を?」
マリー様は少し間を置いてから答えた。
「あなたのお店が好きだから」
「……それで勝負を挑むんですか」
「好きだから負けたくないの」
あたしは思わず笑いそうになった。
なんて正直な人なんだろう。
「わかりました。受けます」
「……あっさりしてるわね」
「勝負を受けるのと、負けるのは別の話ですので」
マリー様の目が細くなった。
「……言うじゃない」
「マリーお嬢様のお店が出来たら、この街のメイド喫茶がもっと盛り上がりますよね。それはあたしにとっても嬉しいことです」
「……わたくしに負けても?」
「負けないつもりです」
マリー様がふっと笑った。
「……面白いわ、あなた」
※ ※ ※ ※ ※
しばらくして、マリー様がカウンターの方を見た。
アゼルが厨房で仕込みをしている。
「……アゼルは」
「はい」
「このお店を続けるつもりなの」
「そのつもりだと思います」
「……そう」
マリー様の声が、少しだけ変わった。
何かを言いかけて、やめたような間があった。
あたしは何も聞かなかった。
しばらくして、マリー様が立ち上がった。
「それじゃあ、宣戦布告よ、マミ」
「受けて立ちます、マリーお嬢様」
「負けないわよ」
「こちらこそ」
マリー様は出口に向かった。
扉に手をかけたところで、ちらりとカウンターを見た。
アゼルがそちらを向いていた。
二人の目が合った。
一秒。
二秒。
マリー様が先に視線を外した。
「……ではまた、マミ」
「お待ちしております、マリーお嬢様」
扉が閉まった。
カウンターからアゼルが出てきた。
いつもより少し、静かな顔をしていた。
「……聞いてた?」
「聞こえてた」
「向かいにお店を作るって」
「……うん」
「アゼル、大丈夫?」
アゼルは少し考えてから、静かに言った。
「……大丈夫」
でも目が少し遠かった。
あたしはそれ以上聞かなかった。
ただ、一つだけ言った。
「負けないよ、アゼル。一緒に」
アゼルはあたしを見て、少しだけ笑った。
「……うん。一緒に」
その日の十五時、メイド喫茶オスティウムはいつも通り開店した。
向かいの空き店舗に、翌日から工事の音が響き始めるのは、もう少し後の話だ。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
マリー様からのライバル宣言、来ましたね!
「好きだから負けたくない」……マリー様らしい正直さが出せたでしょうか。
そしてアゼルとマリー様の目が合った瞬間……二人の間にある「昔の話」、少しずつ近づいてきています。
次回、向かいに新しいメイド喫茶の工事が始まります。いよいよライバル店との対決が本格化していきます!
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