第八話 フードが、外れました。
三度目の来店は、七日目の夜だった。
一日空いた。
来ないかもしれないとは思っていなかったけど、来てくれた時はやっぱり嬉しかった。
「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」
「……ええ」
今日の返事は短かった。
いつもより少し、疲れているような気がした。
一番奥の席に案内して、ミルクティーをお出しした。
フードの人物はカップを両手で包んで、しばらく黙っていた。
あたしは距離を置いて、でもちゃんと見ていた。
何も聞かなかった。
メイド喫茶の接客で一番大事なのは、お客様が話したい時に話せる空気を作ることだ。無理に引き出そうとしない。ただ、そこにいる。
十分ほど経った頃、フードの奥から声がした。
「……疲れた時、ここに来たくなるのはなぜかしら」
独り言みたいな言い方だった。
あたしは静かに答えた。
「ここが、帰ってこられる場所だからじゃないですか」
フードがこちらを向いた。
「……おかえりなさいませ、ね」
「はい」
また少しの沈黙。
「……上手いこと言うわね」
「ありがとうございます」
※ ※ ※ ※ ※
オムライスを注文していただいた。
今日の絵は何にするか聞くと、少し考えてから言った。
「……星」
「星ですね。いくつにしますか」
「……三つ」
「かしこまりました」
ケチャップで星を三つ、丁寧に描いた。
大きいのと、中くらいのと、小さいのと。
お皿を置いた時、フードの人物がじっと見ていた。
「……大きさを変えたのね」
「全部同じ大きさより、可愛いかなと思って」
「……誰かに習ったの?」
「前の世界で通っていたお店で見ていました。職人さんみたいに上手い人がいて」
「前の世界」
「はい。あたし、この世界の人間じゃないんです」
フードの奥で、何かが動いた気配がした。
「……知ってるわ。猫耳と尻尾が生えているもの。この世界の人間じゃないって、すぐわかった」
「そうですか」
「怖くなかったの? 知らない世界に来て」
「最初はびっくりしました。でもアゼルがいたので」
「……アゼルが」
「はい。あの人がいなかったら、今頃どうなっていたか」
フードの人物はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと手を上げた。
フードに触れた。
あたしは息をのんだ。
※ ※ ※ ※ ※
フードが外れた。
黒いゴスロリドレス。
白い肌に、深紅の瞳。
整った顔立ちの、若いお姫様がそこにいた。
あたしはまっすぐ顔を見て、にっこり笑った。
「ようこそ、お嬢様」
マリー様が目を細めた。
「……驚かないの」
「存じておりました」
「最初から?」
「最初から」
マリー様はしばらくあたしを見ていた。
それから、ふっと力が抜けたように言った。
「……やっぱり変わってるわ、あなた」
「よく言われます」
「わたくしが誰かわかって、それでも普通に接客するの?」
「お客様はみな平等ですので」
「わたくしはあなたを追放したのよ」
「存じております」
「……腹が立たないの?」
あたしは少し考えてから、正直に言った。
「立ちますよ。今でも」
マリー様が少し驚いた顔をした。
「でも」
「でも?」
「マリー様がいなかったら、このお店は生まれなかった。アゼルと出会えなかった。常連のお客様たちとも会えなかった」
テーブルの上で、マリー様の手が少し動いた。
「……それは、強がりじゃないの?」
「半分は強がりです」
マリー様がまた目を細めた。
今度は、さっきと少し違う表情だった。
「……正直ね」
「嘘をついてもしょうがないので」
しばらく沈黙が続いた。
お店の中では常連の冒険者たちが笑い合っている。アゼルが厨房でフライパンを振る音がする。
マリー様はその光景をゆっくりと見回してから、静かに言った。
「……このお店、悔しいけど好きだわ」
「ありがとうございます」
「褒めてないわよ」
「存じております」
マリー様がくすっと笑った。
フードを外してから初めての笑顔だった。
※ ※ ※ ※ ※
帰り際、マリー様は立ち上がりながら言った。
「ねえ、猫耳の子」
「はい」
「名前、聞いてもいいかしら」
「マミです」
「マミ」
「はい」
「……わたくしはマリー。覚えておきなさい」
「はい、マリー様」
マリー様は少し眉を上げた。
「様はいらないわ」
「では、マリーお嬢様」
一瞬の沈黙の後、マリー様はぷっと吹き出した。
「……なによそれ」
「ご不満でしたか」
「不満じゃないけど……もう、いいわ」
マリー様は小さく笑いながら出口に向かった。
扉に手をかけたところで、振り返った。
「また来るわ、マミ」
今度は名前で呼ばれた。
「お待ちしております、マリーお嬢様」
マリー様は笑いをこらえるような顔のまま、扉を閉めた。
鈴が鳴って、静かになった。
カウンターからアゼルが出てきた。
いつもより少し、複雑な顔をしていた。
「……フード、外したんだね」
「うん」
「マミが外させたの?」
「自分で外してくれた」
アゼルは少し考えるような顔をしてから、静かに言った。
「……そうか」
それだけだった。
でもその二文字の中に、いろんなものが詰まっている気がした。
あたしはアゼルに聞いた。
「マリー様のこと、昔から知ってたの?」
「……少しだけ」
「仲良かった?」
アゼルはまた少し間を置いてから、答えた。
「……昔の話だ」
それ以上は言わなかった。
あたしも、それ以上は聞かなかった。
今夜のメイド喫茶オスティウムは、また静かに幕を閉じた。
でも昨日より少しだけ、何かが変わった夜だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ついにフードが外れました!
「悔しいけど好きだわ」のひとこと、いかがでしたか?
そして「マリーお嬢様」……マリー様が笑ってくれてよかったです(笑)
アゼルとマリー様の間にある「昔の話」、少しずつ明かされていきます。
次回、マリー様が素顔のまま昼間にやってくる日が来るかもしれません。
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