第七話 フードのお客様が、また来てくれました。
翌日の二十時。
フードのお客様が、また来た。
今日も護衛を二人連れて、一番奥の席に静かに座った。
あたしは昨日と同じように迎えた。
「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」
「……おかえりなさいませ、というのは」
「お帰りになった方をお迎えする言葉です。何度来ていただいても、毎回新鮮にお迎えします」
フードの奥で、小さく息をのむ気配がした。
「……変わった店ね」
「ありがとうございます」
「褒めてないわ」
「存じております」
フードがこちらを向いた。少しの間があって、また前を向いた。
「……ミルクティーをちょうだい」
「かしこまりました」
※ ※ ※ ※ ※
ミルクティーをお出ししてしばらくすると、フードの人物が静かに口を開いた。
「ねえ、猫耳の子」
「はい」
「このお店、いつから?」
「五日前です」
「たった五日で、こんなに賑わうの?」
お店の中を見回す気配がした。今夜は十八人。常連の冒険者たちと、新しい顔もいくつかある。
「口コミのおかげです。最初に来てくださったお客様たちが広めてくださいました」
「……あなたが宣伝したんでしょう」
「ギルドには行きました。でも来てくれるかどうかはお客様次第です。アゼルの料理が美味しいから、みなさん戻ってきてくれるんだと思います」
「アゼル……あのマスターのことね」
「はい」
フードがカウンターの方をちらりと見た。
「あの人、昔から料理人だったの?」
あたしは少し考えてから答えた。
「詳しくは聞いていないんですが、昔は別の仕事をしていたみたいです」
「別の仕事」
「はい。でも今は料理が好きみたいで、毎日楽しそうに厨房に立っています」
フードの中で、何かを考えている気配がした。
「……そう」
それ以上は聞かなかった。
※ ※ ※ ※ ※
オムライスを運んだ時、今日は聞かれる前に言った。
「今日はどんな絵にしますか?」
少しの間があった。
「……蝶」
「蝶ですね。かしこまりました」
ケチャップで蝶を描いた。羽を二枚、触角を細く。バラより難しかったけど、なんとかそれらしくなった。
「……今日も上手ね」
「ありがとうございます」
「練習したの?」
「昨日の夜、閉店後に練習しました」
フードが動いた。こちらを見ている。
「……わたくしのために?」
「また来てくださるかもしれないと思って」
沈黙。
「……馬鹿ね」
「そうかもしれません」
「わたくしが来るかどうかなんて、わからないでしょう」
「来てくださいましたよ」
また沈黙。
今度は少し長かった。
「……ええ。来たわね」
それだけ言って、フォークを手に取った。
※ ※ ※ ※ ※
閉店間際、お客さんがほとんど帰った頃。
フードの人物はまだ席にいた。
ミルクティーを三杯飲んでいた。
あたしが四杯目を持っていくと、フードの奥から声がした。
「……ねえ」
「はい」
「あなたは怖くないの?」
「何がですか?」
「権力者に目をつけられること。この街で営業するのに、邪魔をされること」
遠回しな言い方だけど、意味はわかった。
あたしは少し考えてから、正直に答えた。
「怖いですよ」
「……そう」
「でも、怖いからってやめる理由にはならないかなって」
「どうして」
「このお店が好きだから。アゼルの料理が好きだから。来てくれるお客様たちの顔が好きだから」
テーブルの上で、フードの人物の手が少し動いた。
「……あなた、追放されたのに」
「はい」
「それでも、この街にいるの」
「追放されたのは街の外に出ろってことですよね。このお店は街の中にあるので、問題ないかなと」
しばらく、沈黙が続いた。
それからフードの奥から、小さな音が聞こえた。
笑い声だった。
ほんの少しだったけど、確かに笑った。
「……あなた、変わってるわ」
「よく言われます」
「褒めてないわよ」
「存じております」
またくすっと笑う声がした。
フードの人物は席を立って、お会計をした。
出口に向かいながら、今日は振り返って言った。
「また来るわ」
昨日と違った。
昨日は宣言じゃなくて、確認するような言い方だった。
今日は——来ると決めた人の声だった。
「お待ちしております、ご主人様」
扉が閉まった。
カウンターからアゼルが出てきた。
「マミ」
「うん」
「……あの人に、優しくしすぎるな」
「どういう意味?」
アゼルは少し迷ってから言った。
「……昔、少しだけ知ってる」
それ以上は言わなかった。
あたしも深く聞かなかった。
アゼルには、アゼルのペースがある。
ただ一つだけ聞いた。
「嫌いな人?」
アゼルは少し考えてから、首を振った。
「……嫌いじゃない」
それだけだった。
それだけで十分だった。
今夜のメイド喫茶オスティウムは、静かに幕を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
フードのお客様が二日連続で来てくれました。
「また来るわ」のひとこと、昨日との違い、感じていただけましたか?
そしてアゼルの「優しくしすぎるな」という言葉……彼の過去に何があったのか、少しずつ明かされていきます。
次回、マリー様がついにフードを外す日が来るかもしれません。
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