第六話 まさかのVIP、いらっしゃいませ。
五日目の夜。
お客さんは十五人になっていた。
口コミの力はすごい。ギルドの冒険者たちが仲間を連れてきて、その仲間がまた別の仲間を連れてくる。気づけばお店は毎晩にぎやかになっていた。
「アゼル、今日もオムライス追加でお願い」
「わかった。卵があと六個」
「足りる?」
「ぎりぎりいける」
厨房とホールの間でそんなやりとりをしながら、あたしはテーブルを回った。
常連になりつつある冒険者のおじさんが手を上げた。
「マミちゃん、今日の絵はなんにしようか」
「何がいいですか、ご主人様」
「うーん、竜でたのむ」
「竜ですね、挑戦してみます!」
ケチャップで竜を描くのはなかなかの難易度だったけど、なんとかそれらしいものが描けた。おじさんは大笑いしながら「上手い上手い」と言ってくれた。
この時間が、好きだ。
そう思った瞬間だった。
入口の鈴が、鳴った。
※ ※ ※ ※ ※
扉が開いた。
フードを深くかぶった小柄な人物が、そっと入ってきた。
後ろに二人、護衛らしき人物がついている。
フードの隙間から見えたのは、黒いゴスロリのドレスの裾だった。
あたしの心臓が跳ね上がった。
わかった。絶対にわかった。
でも、気づかないふりをした。
「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」
フードの人物がぴくっと動いた。
「……ご主人様?」
「はい。このお店ではお客様のことをそう呼ぶんです」
「わ、わたくしを……ご主人様と?」
「もちろんです。どうぞ、こちらへ」
一番奥の、落ち着いた席に案内した。護衛の二人は入口近くのテーブルに座ってもらった。
「お飲み物はいかがですか。ミルクティーがおすすめです」
「……ミルクティーとは」
「紅茶にミルクを合わせたものです。このお店特製のブレンドです」
正確にはアゼルが試行錯誤して作り上げたブレンドだ。この世界の茶葉とスパイスを組み合わせた、甘くて香り高い一杯。
「……いただくわ」
フードは外さなかった。
あたしもあえて外すよう促さなかった。
※ ※ ※ ※ ※
ミルクティーをお出しすると、フードの中からそっと手が伸びてカップを持った。
一口。
また一口。
「……おいしい」
ぽつりと、本音が漏れた。
あたしはにっこり笑った。
「ありがとうございます。お食事はいかがですか。今日の看板メニューはオムライスです」
「たまご、で包んだ料理?」
「はい。仕上げにケチャップで絵を描きます。何がよろしいですか?」
「……え? 絵を、描いてくれるの?」
「はい。ご希望があれば何でも」
フードの奥で、なにか考えているのがわかった。
しばらくして、小さな声が聞こえた。
「……バラ」
「バラですね、かしこまりました」
アゼルにオムライスを頼んで、仕上げのケチャップを持った。
バラを描くのは練習していた。花びらを一枚一枚、丁寧に。
お皿を置いた時、フードの奥から「あ」という小さな声が聞こえた。
「……本当に、バラだわ」
「いかがでしょうか」
「……きれい」
また本音が漏れた。たぶん本人も気づいていない。
フォークを手に取る前に、フードの人物はしばらくオムライスを見ていた。
描いたバラを、壊したくないのかもしれない。
あたしにはわかった。メイド喫茶のケチャップアートって、最初はみんなそうなんだ。食べ物なのに、なんだか惜しくなる。
「食べても、また描きますよ。何度でも」
フードがこちらを向いた。
「……また、来てもいいの?」
「もちろんです。いつでもお待ちしています、ご主人様」
※ ※ ※ ※ ※
一時間後、フードの人物は静かに席を立った。
お会計をして、出口に向かう。
扉に手をかけたところで、立ち止まった。
振り返らないまま、小さな声で言った。
「……猫耳の子」
「はい」
「このお店……悪くないわ」
それだけ言って、扉を開けて出ていった。
護衛の二人がついていく。
鈴が鳴って、静かになった。
カウンターの中からアゼルが出てきた。
「……来たね」
「うん」
「気づいてた?」
「最初から」
アゼルは少し笑った。
「どうする?」
あたしは窓の外、遠くなっていくフードの後ろ姿を見ながら言った。
「何もしない。また来てくれるのを待つだけ」
アゼルが意外そうな顔をした。
「……怒ってないの? 追放されたのに」
「怒ってるよ。でも、お客様は平等に迎えるのがメイド喫茶だから」
それに——。
「あのお姫様に、このお店を好きになってもらえたら。それが一番のざまぁじゃない?」
アゼルはしばらく黙っていた。
それから、今日一番の笑顔で言った。
「……マミって、すごいな」
あたしはスカートの端をつまんで、一礼した。
「ありがとうございます、ご主人様」
最後まで読んでいただきありがとうございます!まさかのVIPのご来店でした……!
「悪くないわ」のひとこと、じわじわきませんでしたか?マミの「好きになってもらうのが一番のざまぁ」という考え方、いかがでしたでしょうか。
次回、あの方が素性を明かさないまま常連になっていきます。面白いと思っていただけたら、ぜひ**★評価とブックマーク**をよろしくお願いします!
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