第十話 ライバル店に負けないために、新メニューを考えました。
翌朝から、向かいで工事が始まった。
トンカントンカンという音がお店の中まで聞こえてくる。
仕込みをしながらアゼルが言った。
「本当にやるんだな」
「マリー様、本気だから」
「……どう思う?」
「すごいと思う。言ったその日に動けるって、なかなかできないよ」
アゼルは少し考えてから、うなずいた。
「……そうだな」
工事の音はしばらく続きそうだった。
あたしはエプロンの紐を結び直して、言った。
「ねえアゼル。新しいメニュー、考えない?」
「新メニュー?」
「マリー様のお店がオープンする前に、オスティウムをもっと強くしておきたい」
アゼルが腕を組んだ。
「何を作りたいんだ?」
「パフェ」
「パフェ?」
「グラスに色々重ねて盛り付けるデザートだよ。見た目が華やかで、メイド喫茶の定番なの」
アゼルは少し考えてから、厨房を見た。
「材料は何がいる?」
「クリーム、果物、スポンジ、あとはアイスクリームがあれば最高だけど……この世界にアイスってある?」
「氷を細かく砕いて、ミルクと砂糖を混ぜたものなら作れる」
「それで十分! やってみよう」
※ ※ ※ ※ ※
試作が始まった。
まずはクリームから。
この世界のミルクは濃厚なので、泡立てると日本のものよりしっかりしたクリームになった。砂糖を少し加えると、甘くて香り高い仕上がりになる。
「アゼル、このクリーム、すごく美味しい」
「そうか? 普通のミルクだけど」
「この世界のミルクが濃いんだと思う。日本のものより全然美味しい」
アゼルが少し照れたように、クリームをもう一度混ぜた。
次はスポンジ。
小麦粉と卵と砂糖を合わせて焼くだけだけど、アゼルはすぐにコツを掴んだ。一度失敗して、二度目には完璧なふわふわのスポンジが焼き上がった。
「さすがアゼル。飲み込みが早い」
「料理の基本は同じだ。熱の入れ方と、素材の扱い方」
「プロだ……」
「当たり前だろ」
アゼルがちょっと得意げな顔をした。
珍しい。
思わずじっと見てしまった。
「……何?」
「アゼルって、たまに子供みたいな顔するよね」
「……しない」
「した」
アゼルは何も言わずに、スポンジの確認に戻った。
耳が少し赤かった。
※ ※ ※ ※ ※
果物は街の市場で仕入れてきた。
この世界にはあたしの知らない果物がたくさんあって、全部試食してみた。
青くて星形のものは酸っぱかった。
赤くて丸いものは日本のいちごに近かった。
紫色の細長いものは甘くてジューシーだった。
「この三種類にしよう」
「組み合わせると見た目が綺麗だな」
「でしょ。パフェって見た目が大事なの。食べる前から嬉しくなるような」
アゼルがグラスに順番に重ねていく。
スポンジ、クリーム、果物、またクリーム、また果物——。
最後に氷を砕いたアイスをのせて、仕上げに小さな星形の果物を飾った。
二人でテーブルに置いて、眺めた。
「……きれいだ」
アゼルが静かに言った。
「でしょ!」
「料理で、こういうものを作ったことがなかった」
「どういうもの?」
「見て、楽しいもの」
あたしはアゼルの横顔を見た。
料理人としての目が、パフェをまっすぐ見ていた。
「アゼルの料理って、全部そうだと思うけど」
「……そうか?」
「オムライスのケチャップアートも、ミルクティーの色も、全部きれい。アゼルが作ると、なんでもきれいになる」
アゼルがこちらを見た。
少しの間、目が合った。
「……マミ」
「うん」
「大げさだ」
「本当のことだよ」
アゼルはまた前を向いて、パフェのクリームを少し整えた。
「……食べてみろ」
「え、いいの?」
「試作だから」
スプーンを手に取って、一口食べた。
クリームの甘さと、果物の酸味と、スポンジのふわふわが一度に来た。
「……おいしい」
「本当に?」
「本当に。アゼル、食べてみて」
アゼルがスプーンを手に取った。
一口。
また沈黙。
「……うまい」
「でしょ! 絶対売れる!」
「マミがそう言うなら、そうなんだろう」
「前も言ったけど、アゼルの料理のセンスが一番大事なの。あたしはアイデアを出すだけで、美味しくするのはアゼルだから」
アゼルはまた少し照れたような顔をした。
今度は耳だけじゃなくて、頬まで少し赤かった。
あたしはそれを見て、なんだかとても嬉しくなった。
※ ※ ※ ※ ※
その夜の営業で、パフェをメニューに加えた。
常連の冒険者のおじさんが一番最初に注文してくれた。
「なんだこれ、すごいな」
「パフェといいます。新メニューです」
「食べていいのか? なんか崩すのがもったいない」
「食べてください。また作りますので」
おじさんはおそるおそるスプーンを入れて、一口食べた。
「……うまい! なんだこれ!」
隣のテーブルから「俺も」「あたしも」という声が上がった。
その夜、パフェは十二個出た。
閉店後、売上を計算しながらあたしは言った。
「アゼル、パフェ大成功だよ」
「……そうだな」
「向かいの工事、まだ続いてるけど」
「ああ」
「でも、あたし全然焦ってない」
「どうして?」
あたしはお店の中を見回した。
アゼルが磨いたグラス。あたしが飾った野の花。常連のお客様たちが笑った場所。
「だって、このお店はもう、誰かに作られたんじゃなくて、あたしたちが作ったんだもん。それはマリー様のお店には真似できないから」
アゼルはしばらく黙っていた。
それから静かに言った。
「……マミ」
「うん」
「このお店、作ってよかった」
あたしは思わず笑った。
「あたしもそう思う」
向かいではまだ、工事の音が続いていた。
でも今夜のオスティウムは、どこよりも温かかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
パフェ、完成しました!
アゼルの「このお店、作ってよかった」……じわじわきませんでしたか?
向かいの工事はまだ続いています。
次回、マリー様のお店がついにオープンします。果たしてどんなお店になるのか……!
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