第十一話 ライバル店が、オープンしました。
工事が終わったのは、十日後だった。
朝起きて窓を開けると、向かいの建物が見違えるように変わっていた。
白い壁に黒い縁取り。大きな窓にはレースのカーテン。入口には薔薇の彫刻が施された木製の看板。
メイド喫茶 リリウム
金色の文字が朝の光に輝いていた。
「……すごい」
思わず声が出た。
アゼルが横に来て、一緒に見た。
「……本気だな」
「うん」
「資金力が違う」
「うん」
正直に言って、圧倒された。
オスティウムは手作り感のある温かいお店だ。でもリリウムは最初から全てが整っている。プロが設計した内装、高級感のある看板、広い店内。
これは手強い。
でもあたしは深呼吸して、エプロンを結び直した。
「アゼル、今日も仕込みしよう」
「……うん」
※ ※ ※ ※ ※
リリウムのオープン日、街は朝から騒がしかった。
マリー様の名前で宣伝が行き届いていたのか、開店前から長い行列ができていた。
冒険者のおじさんが昼過ぎにオスティウムに来て、興奮気味に話してくれた。
「マミちゃん、向かいのお店すごいぞ。メイドが十人いる」
「十人!」
「全員かわいくて、制服も揃いで、内装も豪華で……なんか別世界みたいだった」
「行ってきたんですか?」
「覗いてみた。でもな」
おじさんはオムライスを一口食べてから、続けた。
「飯がいまいちだった」
「……そうですか」
「アゼルの料理に慣れちまったせいかもしれないけど、なんか、普通だった」
あたしはカウンターの中のアゼルをちらっと見た。
アゼルは黙って仕込みを続けていた。
でも少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。
「マミちゃんのとこは、やっぱりここじゃないとって思うもんな」
「ありがとうございます、ご主人様」
おじさんはまたオムライスを食べて、満足そうに笑った。
※ ※ ※ ※ ※
その夜、リリウムもオスティウムも満席だった。
街にメイド喫茶が二軒できたことで、今まで来たことのない層のお客様が増えた。
若い女性のお客様、家族連れ、貴族風の服装の方まで。
あたしは忙しく動き回りながら、でも一人一人のお客様をちゃんと見ていた。
グラスが空きそうな人。料理を迷っている人。少し疲れた顔をしている人。
「お疲れではないですか、お嬢様」
若い女性のお客様に声をかけると、驚いた顔をされた。
「……なんでわかったの?」
「少し肩が落ちていたので」
「……仕事で嫌なことがあって」
「そうでしたか。今夜はゆっくりしていってください。何かお力になれることがあれば」
女性のお客様は少し目を赤くして、でも笑ってくれた。
「……ありがとう。来てよかった」
閉店間際、その方はパフェを追加注文してくれた。
帰り際に「また来ます」と言ってくれた。
※ ※ ※ ※ ※
閉店後、売上を計算していると、扉が静かに開いた。
マリー様だった。
今日はリリウムの制服らしき黒いドレスを着ていた。いつものゴスロリより少し大人っぽい。
「……忙しかった?」
「おかげさまで。マリーお嬢様のリリウムのおかげで、街が賑やかになりました」
マリー様はカウンター席に座った。
「負け惜しみじゃないの?」
「本当のことです。リリウムがオープンしなかったら、今日の新しいお客様たちは来なかったと思います」
マリー様は少し黙っていた。
「……うちの料理、普通だって言われたわ」
「そうですか」
「悔しいわよ」
「当然だと思います」
「あなた、慰めないのね」
「事実ですから。でも、料理は改善できます」
マリー様がこちらを見た。
「……どういう意味?」
あたしは少し考えてから、思い切って言った。
「アゼルに、リリウムのシェフを指導してもらうのはどうですか」
静かになった。
カウンターの中のアゼルも、手を止めた。
「……なぜあなたがそれを言うの。ライバルでしょう」
「ライバルでも、マリーお嬢様のお店が美味しくなった方がこの街が楽しくなります。それにアゼルの料理を食べたら、絶対また来たくなりますよ、うちに」
マリー様はしばらくあたしを見ていた。
それからアゼルを見た。
「……アゼル」
アゼルがゆっくりこちらに出てきた。
「……俺でよければ」
マリー様の深紅の瞳が、少し揺れた。
「……なんであなたたちは、そんなに」
「そんなに?」
「……いいの。わかった。お願いするわ」
マリー様はミルクティーを一杯だけ飲んで、帰っていった。
扉が閉まってから、あたしはアゼルに言った。
「よかった? 勝手に決めちゃったけど」
アゼルはしばらく黙っていた。
「……マミ」
「うん」
「どうしてそうするんだ」
「え?」
「マリーのことが好きじゃないだろう。最初に追放された相手だ」
あたしは少し考えてから答えた。
「好きじゃなかったよ、最初は」
「今は?」
「……今は、なんか放っておけない」
アゼルが少し目を細めた。
「……マミって」
「うん?」
「……不思議だな」
それだけ言って、アゼルは厨房に戻っていった。
あたしはその背中を見ながら、少しだけ笑った。
アゼルに「不思議」と言われるのは、なんだか悪くない。
向かいのリリウムは、今夜も明かりが灯っていた。
ライバルがいる。
それが、思ったより嬉しかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
リリウム、オープンしました!
マリー様の本気、伝わりましたか?
そしてアゼルをマリー様のお店に紹介するマミ……「なんか放っておけない」という言葉、マミらしいですよね。
次回、アゼルがリリウムに指導に行く日。マリー様とアゼルの「昔の話」が、少しだけ明かされます。
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