第六十八話 元の世界のことを、考えました。
その夜、閉店後。
あたしはカウンターに一人で座っていた。
アゼルが横に来た。
「マミ」
「うん」
「一人でいるのは珍しいな」
「少し、考えてた」
「何を?」
あたしは少し間を置いてから、答えた。
「……元の世界のこと」
アゼルが静かに座った。
「……帰りたいか?」
「……わからない」
「正直に言っていい」
「うん」
あたしはしばらく考えた。
「帰れるなら帰れたかもしれない、という気持ちは、最初の頃はあった」
「今は?」
「今は、ここが好きだから、帰りたいとは思わない」
「……そうか」
「でも、元の世界に残してきたものがある」
「何を?」
「……心配してくれる人が、いるかもしれない。あたしがいなくなって、悲しんでいる人が」
アゼルは静かに聞いていた。
「それが、少し引っかかってる」
「……マミ」
「うん」
「元の世界に戻る方法は、たぶんある」
あたしは少し驚いた。
「……知ってるの?」
「黒猫に聞けば、わかるかもしれない。あの猫は、マミをこの世界に連れてきた存在だから」
「……そっか」
「帰りたいなら、俺は止めない」
「アゼル」
「でも」
アゼルが、静かに続けた。
「……帰る前に、もう一度考えてほしい。マミがここで作ったものを」
あたしはお店の中を見回した。
磨かれたグラス。野の花。ミクちゃんが磨いたテーブル。レイちゃんが整理した帳簿棚。シロちゃんが重ねた椅子。
常連のお客様たちが笑った場所。
マリー様が初めて笑った場所。
アゼルと一緒に作ったオムライスが並んだ場所。
「……ここが、あたしの場所だよ」
「ああ」
「元の世界にも、大切なものはある。でも」
「うん」
「ここにも、大切なものがある。アゼルがいる。みんながいる。このお店がある」
「……そうだな」
「だから、ここにいる。ここにいたい」
アゼルがあたしの手を取った。
「……ありがとう」
「何が?」
「ここを選んでくれて」
あたしは少し笑った。
「選んだんじゃなくて、ここが好きになったんだよ」
「……そうか」
「うん」
「それが一番、嬉しい」
今夜のオスティウムは、静かで、温かかった。
あたしの場所は、ここだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
元の世界への想い、正直に書きました。
「ここが好きになったんだよ」という言葉、マミらしいですね。
いよいよ次回、最終話の前回です!
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