第三話 異世界初のオムライス、完成しました。
まずはケチャップから作ることにした。
「トマト、玉ねぎ、ニンニクを刻んで鍋で炒める。そこにシナモン、クローブ、胡椒、唐辛子を入れて、塩と酢で味を整えながら煮込むだけ」
「……材料は全部ある。でも、野菜をそこまで煮込んだことはなかったな」
アゼルは腕まくりをしながら言った。
「やってみて。アゼルなら絶対できる」
「そう言われると断れないな」
アゼルは手際よく野菜を刻み始めた。包丁さばきが美しい。リズムが一定で、迷いがない。この人、本当に料理が好きなんだろうな、と思った。
フライパンに油をひいて、野菜を炒める。
すぐに甘い香りが広がった。
そこにスパイスを投入した瞬間——お店の中がぱっと変わった。
トマトの酸味とスパイスが混ざり合う、複雑で豊かな香り。
「……なんだこれ」
アゼルが手を止めた。
「いい匂いでしょ。これがケチャップの香りだよ」
「料理でこんな香りが出るなんて、知らなかった」
鍋の中でぐつぐつと煮込まれていくうちに、だんだんとろみが出てきた。スプーンで少し掬って、アゼルに差し出す。
「味見してみて」
アゼルはそっと口に含んだ。
一秒。
二秒。
「……うまい」
ぽつりと言った。それだけだったけど、目が少し丸くなっていた。料理人が本気で驚いた時の顔だ、とあたしは思った。
「でしょ。これがケチャップ。次はチキンライスを作るよ」
※ ※ ※ ※ ※
バターの代わりにミルクをひいたフライパンに、ご飯とチキンを入れて炒める。
この世界のお米は少し粒が大きいけど、炒めると香ばしくなるのは同じだ。チキンはワニみたいなウロコがついていたので正体は謎だけど、味は鶏肉に近い。
そこに自家製ケチャップを投入。
じゅわっという音とともに、甘酸っぱい香りが立ち上った。
「混ぜて、全体に絡めて——はい、チキンライス完成」
アゼルがひとくち食べた。
「……これだけで食事として出せる」
「でしょ。でもこれはまだ中身だよ。次が本番」
溶き卵をフライパンに薄く広げる。
この世界の卵はあたしの顔より大きかったので十分の一だけ使った。薄焼き卵がふんわり仕上がったところで、真ん中にチキンライスをのせて——くるっと包んでお皿に盛る。
最後に、ケチャップでハートを描いた。
「……はい。オムライスです」
アゼルはしばらく黙って見ていた。
「食べ物に絵を描くのか」
「メイド喫茶の定番なの。ハートが基本だけど、名前を書いたり、似顔絵を描いたりもする」
「……似顔絵」
「上手い人はすごく上手いよ」
アゼルはフォークでオムライスをひとくち切って、口に運んだ。
また沈黙。
今度は少し長かった。
「……マミ」
「うん」
「これ、絶対売れる」
断言だった。料理人としての確信が込められた声だった。
あたしは思わず笑った。
「でしょ! 一緒にがんばろうね、アゼル」
アゼルはちょっと照れたように、でも嬉しそうに、小さくうなずいた。
※ ※ ※ ※ ※
午後になって、アゼルが板切れに炎の魔法で文字を刻んだ。
「メイド喫茶『オスティウム』、か」
「入口や玄関っていう意味なの。誰でも気軽に入れるお店にしたくて」
「いい名前だ」
小さな看板だけど、お店の入口に取り付けると、なんだかぐっと本物らしくなった。
営業時間は十五時から二十三時。定休日は月曜日。最初は小さく始めて、少しずつ育てていく。
十五時になった。
あたしはメイド姿に変身して、カウンターの前に立った。
入口の鈴が鳴るのを待った。
——鳴らなかった。
十六時になった。
——鳴らなかった。
十七時。十八時。十九時。
ずっと鳴らなかった。
「……ノーゲスだ」
業界用語が自然と出た。お客さんがゼロ、という意味だ。
アゼルはカウンターの中でケチャップの改良を続けていた。黙々と、でも楽しそうに。
この人、本当に料理が好きなんだな。
「落ち込んでる?」
アゼルが聞いてきた。
「ううん。わかってたから」
本当にそうだった。お店って、開けたら自動的にお客さんが来るわけじゃない。最初は誰も知らないんだから、来るわけがない。
「明日から一個ずつ、必要なものを作っていこう」
「……うん」
「まず看板メニューのオムライスを完璧にして、それからチラシを作って、お客さんに声をかけて」
「マミって、こういうこと慣れてるの?」
「前の世界でレストランで働いてたから。オープンってこんなもんなんだよ。準備万端で迎える方が珍しいくらい」
アゼルは少し意外そうな顔をした。
「……なるほど」
二十三時、閉店。
お客さんゼロのまま、メイド喫茶オスティウムの初日が終わった。
でも、不思議と気持ちは沈まなかった。
明日がある。アゼルの料理がある。あたしの変身スキルがある。
絶対に、あのお姫様をあっと言わせてみせる。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
初日はノーゲス……でも、これからです!
アゼルのオムライスへの反応、料理人らしくてよかったでしょうか?
次回、ついに最初のお客様が!
果たしてどんな人物がやってくるのか、お楽しみに。
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