第二十六話 遠くから、お客様が来てくれました。
朝の仕込みの時間。
市場から戻ったあたしは、手に見慣れない野菜を持っていた。
「アゼル、これ見て」
「……何だ」
「市場のおじさんに教えてもらった。他国から入ってきた新しい食材らしい」
アゼルが野菜を手に取った。
濃い緑色で、細長い形をしている。
匂いを嗅いで、少し目を細めた。
「……香りが強い。スパイスに近い」
「食べられる?」
「切ってみる」
アゼルがナイフを入れると、断面は鮮やかな黄緑色だった。
一切れ口に入れた。
少しの沈黙。
「……苦い。でも、後から甘みが来る」
「面白い味?」
「……面白い。工夫次第で化けるかもしれない」
あたしは少し嬉しくなった。
「新メニューに使える?」
「試してみる価値がある」
「やった」
アゼルが少し笑った。
「マミは新しいものが好きだな」
「アゼルも好きでしょ」
「……そうかもしれない」
「絶対そう」
アゼルの耳が少し赤くなった。
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その日の夕方。
見慣れない顔のお客様が来た。
服装が、この街の人たちと少し違う。
色使いが鮮やかで、布の質感も異なる。
他国の方だ、とすぐにわかった。
「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」
男性が少し驚いた顔をした。
「……おかえりなさいませ、というのは」
「お帰りになった方をお迎えする言葉です。何度来ていただいても、毎回新鮮にお迎えします」
男性がゆっくりと笑った。
「……なるほど。噂通りだ」
「噂、ですか?」
「この街に来る前に、旅の商人から聞いた。猫耳のメイドがいる不思議なお店があると」
あたしは少し驚いた。
「他国まで、噂が届いているんですか?」
「ああ。旅の商人は情報が早い。特に、珍しいものの話は」
男性が席に座りながら言った。
「この国に来たのも、半分はここに来てみたかったからだ」
「半分は?」
「もう半分は仕事だが」
男性が笑った。
あたしも笑った。
「ありがとうございます。せっかく来ていただいたので、精一杯おもてなしします」
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男性の名前はレオンといった。
隣国の商人で、この街には仕入れの仕事で来たらしい。
「メイド喫茶というのは、どういう意味だ」
「メイドがお給仕するお店です。このお店では、お客様を主人として、心からおもてなしします」
「主人として、か」
「はい。身分や職業に関係なく、ここではどなたでもご主人様です」
レオンさんが少し考えてから言った。
「……面白い考え方だな」
「そうですか?」
「俺の国では、身分で扱いが変わる。平民が貴族と同じ場所で食事することはない」
「このお店は違います。冒険者も、貴族も、他国の方も、みなさん平等です」
レオンさんが、お店の中を見回した。
確かに、今夜のオスティウムには色々なお客様がいた。
常連の冒険者のおじさん。
若い女性のお客様たち。
商人風の男性。
そして、隅の席にはジャン様がこっそりオムライスを食べていた。
四銃士とただの旅人が、同じお店で同じ料理を食べている。
「……不思議な光景だ」
「これがオスティウムです」
レオンさんが、静かに言った。
「魔炎のバイソンステーキを頼んでいいか。商人仲間からも聞いてきた」
「今日分はあと二食あります。ご予約いただいていたお客様がキャンセルされたので」
「それは運がいい」
「かしこまりました」
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アゼルがテーブルの前に立った。
指先に橙色の炎が灯った。
レオンさんが、じっと見ていた。
じゅわっという音。
香ばしい匂い。
お皿が置かれた。
レオンさんが一口食べた。
長い沈黙。
「……これは」
「はい」
「どうやって作るんだ」
あたしが説明した。
低温調理のこと。魔法の炎で仕上げること。二人で考えたメニューであること。
レオンさんは静かに聞いていた。
「前の世界の知識と、この世界の魔法を合わせたのか」
「はい」
「それは、あなたたちにしかできないメニューだ」
「そうだと思っています」
レオンさんがもう一口食べた。
それから、静かに言った。
「このお店の噂を、俺の国にも持って帰る」
「ありがとうございます」
「次に来る時は、仲間を連れてくる」
「お待ちしております」
レオンさんが笑った。
温かい笑顔だった。
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閉店間際。
常連のおじさんが帰り際に言った。
「マミちゃん、今日は他国の人が来てたな」
「はい。旅の商人の方でした」
「噂が広まってるんだな」
「みなさんが広めてくださったおかげです」
おじさんが少し照れた顔をした。
「俺も、行く先々で話してるからな。アゼルの料理がうまいって」
「ありがとうございます」
「マミちゃんの接客もうまいって言ってるぞ」
「おじさん」
「うん?」
「大好きです」
おじさんが真っ赤になった。
「……な、なんだよ急に」
「本当のことですので」
おじさんはしどろもどろになりながら、お店を出ていった。
扉が閉まってから、カウンターからアゼルが出てきた。
「……大好きって言い慣れてるな」
「え?」
「おじさんに」
「本当のことだから」
アゼルが少し間を置いてから、言った。
「……俺にも言ったな。以前」
あたしは少し驚いた。
「覚えてたの?」
「覚えてる」
「いつ?」
「色々言ってくれた。耳が赤くなるところも、全部好きだって」
あたしの顔が熱くなった。
「……それはアゼルへの告白だったんだけど」
「わかってる」
「なんで今更言うの」
「……また言ってほしかった」
あたしは少し固まった。
アゼルが、静かにこちらを見ていた。
真剣な目だった。
「アゼル」
「うん」
「……大好きだよ」
アゼルの耳が、真っ赤になった。
「……ありがとう」
「素直だね、今日」
「……たまには」
あたしは笑った。
アゼルも、少し笑った。
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閉店後、二人でカウンターに並んで座った。
アゼルがミルクティーを二つ作ってくれた。
「アゼル」
「うん」
「今日、他国の人が来てくれた」
「ああ」
「オスティウムの噂が、ここより遠くまで届いてる」
「そうだな」
「すごいね」
「……マミと一緒に作ったから」
「アゼルの料理があるから」
「両方だな」
「うん、両方」
二人でミルクティーを飲んだ。
甘くて、温かかった。
「アゼル」
「うん」
「女王様が動き始めても」
「うん」
「このお店には、街の人も、他国の人も、みんないてくれる」
「ああ」
「だから大丈夫だよね」
アゼルは少し間を置いてから、静かに言った。
「……大丈夫だ」
「うん」
「マミがいるから」
あたしの胸が、じわっと温かくなった。
「……アゼルがいるから、でしょ」
「両方だな」
「うん、両方」
今夜のオスティウムは、遠くの国まで繋がっていた。
小さなお店が、少しずつ、世界に広がっていく。
それが、嬉しかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
他国からのお客様、来てくれましたね!
「噂通りだ」という言葉、じわじわきませんでしたか?
そして「また言ってほしかった」……アゼル、素直になってきましたね(笑)
次回、街全体がオスティウムを愛し始める話が続きます。そして、女王様の動きが少しずつ具体的になってきます。
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