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第二十六話 遠くから、お客様が来てくれました。

朝の仕込みの時間。


市場から戻ったあたしは、手に見慣れない野菜を持っていた。


「アゼル、これ見て」


「……何だ」


「市場のおじさんに教えてもらった。他国から入ってきた新しい食材らしい」


アゼルが野菜を手に取った。


濃い緑色で、細長い形をしている。


匂いを嗅いで、少し目を細めた。


「……香りが強い。スパイスに近い」


「食べられる?」


「切ってみる」


アゼルがナイフを入れると、断面は鮮やかな黄緑色だった。


一切れ口に入れた。


少しの沈黙。


「……苦い。でも、後から甘みが来る」


「面白い味?」


「……面白い。工夫次第で化けるかもしれない」


あたしは少し嬉しくなった。


「新メニューに使える?」


「試してみる価値がある」


「やった」


アゼルが少し笑った。


「マミは新しいものが好きだな」


「アゼルも好きでしょ」


「……そうかもしれない」


「絶対そう」


アゼルの耳が少し赤くなった。


---


※ ※ ※ ※ ※


---


その日の夕方。


見慣れない顔のお客様が来た。


服装が、この街の人たちと少し違う。


色使いが鮮やかで、布の質感も異なる。


他国の方だ、とすぐにわかった。


「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」


男性が少し驚いた顔をした。


「……おかえりなさいませ、というのは」


「お帰りになった方をお迎えする言葉です。何度来ていただいても、毎回新鮮にお迎えします」


男性がゆっくりと笑った。


「……なるほど。噂通りだ」


「噂、ですか?」


「この街に来る前に、旅の商人から聞いた。猫耳のメイドがいる不思議なお店があると」


あたしは少し驚いた。


「他国まで、噂が届いているんですか?」


「ああ。旅の商人は情報が早い。特に、珍しいものの話は」


男性が席に座りながら言った。


「この国に来たのも、半分はここに来てみたかったからだ」


「半分は?」


「もう半分は仕事だが」


男性が笑った。


あたしも笑った。


「ありがとうございます。せっかく来ていただいたので、精一杯おもてなしします」


---


※ ※ ※ ※ ※


---


男性の名前はレオンといった。


隣国の商人で、この街には仕入れの仕事で来たらしい。


「メイド喫茶というのは、どういう意味だ」


「メイドがお給仕するお店です。このお店では、お客様を主人として、心からおもてなしします」


「主人として、か」


「はい。身分や職業に関係なく、ここではどなたでもご主人様です」


レオンさんが少し考えてから言った。


「……面白い考え方だな」


「そうですか?」


「俺の国では、身分で扱いが変わる。平民が貴族と同じ場所で食事することはない」


「このお店は違います。冒険者も、貴族も、他国の方も、みなさん平等です」


レオンさんが、お店の中を見回した。


確かに、今夜のオスティウムには色々なお客様がいた。


常連の冒険者のおじさん。


若い女性のお客様たち。


商人風の男性。


そして、隅の席にはジャン様がこっそりオムライスを食べていた。


四銃士とただの旅人が、同じお店で同じ料理を食べている。


「……不思議な光景だ」


「これがオスティウムです」


レオンさんが、静かに言った。


「魔炎のバイソンステーキを頼んでいいか。商人仲間からも聞いてきた」


「今日分はあと二食あります。ご予約いただいていたお客様がキャンセルされたので」


「それは運がいい」


「かしこまりました」


---


※ ※ ※ ※ ※


---


アゼルがテーブルの前に立った。


指先に橙色の炎が灯った。


レオンさんが、じっと見ていた。


じゅわっという音。


香ばしい匂い。


お皿が置かれた。


レオンさんが一口食べた。


長い沈黙。


「……これは」


「はい」


「どうやって作るんだ」


あたしが説明した。


低温調理のこと。魔法の炎で仕上げること。二人で考えたメニューであること。


レオンさんは静かに聞いていた。


「前の世界の知識と、この世界の魔法を合わせたのか」


「はい」


「それは、あなたたちにしかできないメニューだ」


「そうだと思っています」


レオンさんがもう一口食べた。


それから、静かに言った。


「このお店の噂を、俺の国にも持って帰る」


「ありがとうございます」


「次に来る時は、仲間を連れてくる」


「お待ちしております」


レオンさんが笑った。


温かい笑顔だった。


---


※ ※ ※ ※ ※


---


閉店間際。


常連のおじさんが帰り際に言った。


「マミちゃん、今日は他国の人が来てたな」


「はい。旅の商人の方でした」


「噂が広まってるんだな」


「みなさんが広めてくださったおかげです」


おじさんが少し照れた顔をした。


「俺も、行く先々で話してるからな。アゼルの料理がうまいって」


「ありがとうございます」


「マミちゃんの接客もうまいって言ってるぞ」


「おじさん」


「うん?」


「大好きです」


おじさんが真っ赤になった。


「……な、なんだよ急に」


「本当のことですので」


おじさんはしどろもどろになりながら、お店を出ていった。


扉が閉まってから、カウンターからアゼルが出てきた。


「……大好きって言い慣れてるな」


「え?」


「おじさんに」


「本当のことだから」


アゼルが少し間を置いてから、言った。


「……俺にも言ったな。以前」


あたしは少し驚いた。


「覚えてたの?」


「覚えてる」


「いつ?」


「色々言ってくれた。耳が赤くなるところも、全部好きだって」


あたしの顔が熱くなった。


「……それはアゼルへの告白だったんだけど」


「わかってる」


「なんで今更言うの」


「……また言ってほしかった」


あたしは少し固まった。


アゼルが、静かにこちらを見ていた。


真剣な目だった。


「アゼル」


「うん」


「……大好きだよ」


アゼルの耳が、真っ赤になった。


「……ありがとう」


「素直だね、今日」


「……たまには」


あたしは笑った。


アゼルも、少し笑った。


---


※ ※ ※ ※ ※


---


閉店後、二人でカウンターに並んで座った。


アゼルがミルクティーを二つ作ってくれた。


「アゼル」


「うん」


「今日、他国の人が来てくれた」


「ああ」


「オスティウムの噂が、ここより遠くまで届いてる」


「そうだな」


「すごいね」


「……マミと一緒に作ったから」


「アゼルの料理があるから」


「両方だな」


「うん、両方」


二人でミルクティーを飲んだ。


甘くて、温かかった。


「アゼル」


「うん」


「女王様が動き始めても」


「うん」


「このお店には、街の人も、他国の人も、みんないてくれる」


「ああ」


「だから大丈夫だよね」


アゼルは少し間を置いてから、静かに言った。


「……大丈夫だ」


「うん」


「マミがいるから」


あたしの胸が、じわっと温かくなった。


「……アゼルがいるから、でしょ」


「両方だな」


「うん、両方」


今夜のオスティウムは、遠くの国まで繋がっていた。


小さなお店が、少しずつ、世界に広がっていく。


それが、嬉しかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

他国からのお客様、来てくれましたね!

「噂通りだ」という言葉、じわじわきませんでしたか?

そして「また言ってほしかった」……アゼル、素直になってきましたね(笑)

次回、街全体がオスティウムを愛し始める話が続きます。そして、女王様の動きが少しずつ具体的になってきます。

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