第二十四話 謎のお客様の、正体がわかりました。
翌日の夕方。
あたしは予約帳を確認しながら、開店準備をしていた。
今日の魔炎のバイソンステーキの予約、八食全部埋まっている。
昨日と同じように、開店十分で埋まった。
「アゼル、今日も八食分の仕込み、よろしく」
「わかった」
「無理しないで」
「言った」
「毎日言う」
「……わかってる」
アゼルが少し、口角を上げた。
最近、こういう小さな表情が増えた気がする。
あたしはそれが嬉しくて、でも顔に出すと照れくさいので、次のテーブルを拭きに行った。
※ ※ ※ ※ ※
十九時頃。
昨日と同じ男性が来た。
今日も一人で、護衛は外に置いてきていた。
「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」
男性が少し笑った。
昨日より、表情が柔らかかった。
「……また来た」
「お待ちしておりました」
「昨日の予約を」
「承っております。ユージィン様、でよろしいですか」
男性が少し目を細めた。
「……名乗った覚えはないが」
「マリーお嬢様からお話を伺いました」
男性が、静かに笑った。
「……マリーが話したか」
「はい。お兄様がこっそり視察に来るかもしれないと」
「こっそりのつもりだったが」
「マリーお嬢様はよく話されますので」
ユージィン様が少し苦笑した。
「……妹には敵わないな」
「一番奥の席にご案内します」
「頼む」
※ ※ ※ ※ ※
席に着くと、ユージィン様は昨日と同じようにお店の中をゆっくりと見回した。
「昨日より、よく見える気がする」
「緊張が解けましたか?」
「……少しな」
ミルクティーをお出しすると、ユージィン様は一口飲んでから言った。
「マミ、といったな」
「はい」
「マリーからよく聞いている」
「恐れ入ります」
「褒めていた。珍しいことだ。マリーが人を褒めるのは」
あたしは少し笑った。
「最初は追放されましたけど」
ユージィン様が少し目を丸くした。
「……それを本人の前で言えるのか」
「事実ですので」
「マリーに言ったのか」
「はい。マリーお嬢様も認めてくださいました」
ユージィン様はしばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「……マリーを変えたのは、このお店だと思っている」
「マリーお嬢様が自分で変わったんだと思います」
「そうかもしれない。でも、きっかけはここだ」
あたしは何も言わなかった。
ユージィン様が続けた。
「マリーは昔から、人を信じることが苦手だった。母上……女王の影響で、周りを信頼できなかった」
「……そうですか」
「このお店に来るようになってから、マリーの顔が変わった。笑うようになった」
あたしはマリー様の顔を思い浮かべた。
最初にフードで来た時の、警戒した目。
「悪くないわ」と言って帰った夜。
「また来るわ」と言った声の変化。
「マリーご主人様」で笑った顔。
「……嬉しいです」
「だから、確認しに来た」
「何をですか?」
ユージィン様はあたしをまっすぐ見た。
「このお店が、本当に信頼できる場所かどうか」
※ ※ ※ ※ ※
しばらく沈黙が続いた。
あたしはユージィン様をまっすぐ見返した。
「どうでしたか」
「……昨日一日見ていた。お客様への接客。アゼルの料理。お店の雰囲気」
「はい」
「今日も見ている」
「はい」
「正直に言う」
ユージィン様が、静かに続けた。
「……信頼できると思った」
あたしは少し、目が熱くなった。
「ありがとうございます」
「だが」
「はい」
「これから、面倒なことが起きるかもしれない」
あたしは少し表情を引き締めた。
「……どういうことですか」
「このお店の評判は、街の外にも広まっている。他国の商人、旅人、そして……王族にも」
「はい」
「母上が、動き始めている」
女王様。
その名前が出た瞬間、あたしの胸の中で何かが緊張した。
「……女王様が?」
「マリーがこのお店を気に入っていることを、母上は快く思っていない」
「どうしてですか」
「母上にとって、マリーは自分の管理下に置くべき存在だ。マリーがここに心を許していることが、面白くないのだと思う」
あたしは少し考えてから、聞いた。
「ユージィン様は、どうしたいんですか」
男性が少し目を細めた。
「……マリーの味方をしたい」
「それは、このお店の味方をする、ということですか」
「そうなる」
あたしはしばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「……ありがとうございます」
「礼はいい。ただ」
「はい」
「何かあった時に、俺に知らせてくれ」
「わかりました」
ユージィン様がミルクティーを飲み干した。
「それと」
「はい」
「魔炎のバイソンステーキを頼む」
あたしは思わず笑った。
「かしこまりました。アゼルを呼んできます」
※ ※ ※ ※ ※
アゼルがテーブルの前に立った。
ユージィン様がアゼルを見た。
「……アゼルといったな」
「はい」
「マリーからも、よく聞いている」
アゼルが少し、表情を変えた。
「……そうですか」
「マリーが信頼している数少ない人間の一人だ」
アゼルは何も言わなかった。
ユージィン様が続けた。
「過去に何があったかは聞いている。だが、今のマリーを見ていれば、あなたがどういう人間かはわかる」
「……」
「マリーは人を簡単に信じない。そのマリーが、あなたとマミを信頼している」
アゼルが静かに言った。
「……マリーには、迷惑をかけた」
「マリーは気にしていない」
「俺は気にしている」
ユージィン様が少し笑った。
「……真面目だな」
「料理を、作ります」
アゼルが指先に炎を出した。
濃い橙色の炎が、テーブルを照らした。
じゅわっという音。
香ばしい匂い。
ユージィン様が、その様子をじっと見ていた。
お皿が置かれた。
一口食べた。
長い沈黙。
「……これは」
「はい」
「どうやって作るんだ」
あたしが説明した。
低温調理で中まで火を通すこと。最後に魔法の高温の炎で表面だけを仕上げること。前の世界の知識とアゼルの魔法を組み合わせたこと。
ユージィン様は静かに聞いていた。
「……二人で考えたのか」
「はい。二人で作ったメニューです」
ユージィン様がもう一口食べた。
それからアゼルを見た。
「……うまい」
アゼルが静かにうなずいた。
「ありがとうございます」
ユージィン様が、ゆっくりと言った。
「このお店には、ここにしかないものがある」
「はい」
「マリーが通う理由が、わかった気がする」
※ ※ ※ ※ ※
閉店後、二人で片付けをしていた。
「アゼル」
「うん」
「ユージィン様、どう思った?」
「……信頼できる人だと思う」
「あたしも」
「マリーの兄なら、マリーと似たところがある」
「不器用なところが?」
「……そこじゃない」
「どこ?」
「大切なものを守ろうとするところだ」
あたしは少し考えてから、うなずいた。
「そうだね。マリー様も、ユージィン様も、大切なものを守ろうとしてる」
「ああ」
「女王様が動き始めてるって言ってたね」
「……聞いてた」
「怖い?」
アゼルは少し間を置いてから、答えた。
「……怖くないとは言えない」
「正直だね」
「でも」
「うん」
「マミがいる。ユージィン様が味方してくれる。マリーもいる。ジャン様も、アンリ様も」
アゼルが静かに続けた。
「……一人じゃない」
あたしは少し目が熱くなった。
「うん。一人じゃない」
「だから、大丈夫だ」
あたしはアゼルの横顔を見た。
過去を抱えながら、でも前を向いている人の顔だった。
「アゼル」
「うん」
「一緒に守ろうね。このお店」
「……ああ」
「ずっと」
「ずっと」
今夜のオスティウムは、新しい味方を得た夜だった。
でも同時に、新しい嵐の予感もあった。
それでも、今夜は温かかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
謎の男性の正体はユージィン様、マリー様のお兄様でした!
「信頼できると思った」……じわじわきませんでしたか?
そして女王様が動き始めているという情報が。
嵐の前の静けさが続いています。
アゼルの「一人じゃない」という言葉、これまでの積み重ねが感じられましたか?
次回、マリー様がユージィン様の来店を知って、複雑な顔をしに来ます(笑)
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