第二十二話 魔法と料理を、組み合わせてみました。
朝の仕込みの時間。
あたしはメモ帳を広げてカウンターに座っていた。
アゼルが横を通りながら、ちらっと見た。
「何を書いてる?」
「新メニューのアイデア」
「また?」
「また。だって、リリウムに負けたくないから」
アゼルが少し笑った。
「マリーのお店、最近また新しいメニューを出したらしい」
「知ってる。昨日マリーお嬢様が自慢しに来た」
「自慢しに来たのか」
「うん。すごくいい笑顔で」
アゼルが苦笑した。
「……相変わらずだな」
「でもあたしも対抗したい」
あたしはメモ帳を見た。
書いてあるのは一行だけだった。
魔法×料理×現代の知識
「ねえアゼル。魔法の炎って、温度をどこまで細かく調整できる?」
アゼルが手を止めた。
「……かなり細かくできる。炎の色が変わるほど低温から、鉄を溶かすほど高温まで」
「じゃあ、すごく低い温度で長時間、一定に保つことはできる?」
「できるが……それが料理に関係するのか?」
あたしは身を乗り出した。
「関係する。すごく関係する」
※ ※ ※ ※ ※
「前の世界に、低温調理って技術があったの」
「低温調理?」
「お肉って、高い温度で一気に焼くと、表面は美味しそうに見えるんだけど、中の水分が逃げてパサパサになることがある」
「……それは感じてた。火加減が難しい」
「でも、低い温度でじっくり時間をかけて熱を通すと、お肉の中の水分が逃げないまま、全体がやわらかく火が通るの」
アゼルが少し目を細めた。
「……時間はどのくらいかかる?」
「素材によるけど、一時間から長ければ数時間」
「数時間、一定の温度を保つのか」
「うん。前の世界では専用の機械があったけど、アゼルの魔法なら再現できると思う」
アゼルはしばらく考えた。
料理人として、本気で考えている顔だった。
「……試してみる価値がある」
「でもそれだけじゃない」
「何がある?」
あたしはにやっとした。
「低温でじっくり火を通したお肉を、お客様の目の前で魔法の炎で一気に表面だけ焼く」
アゼルが少し目を丸くした。
「……表面だけ、か」
「そう。中はもう完璧に仕上がってる。最後の仕上げだけ、目の前でやる。音と香りと炎のパフォーマンスで、食べる前から期待させる」
アゼルはしばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「……マミ、それはすごい」
褒められた。
アゼルに、料理のことで。
あたしは思わず、また身を乗り出した。
「やってみよう?」
「ああ」
「今日から試作しよう?」
「ああ」
「アゼルが魔法で低温を一定に保って、あたしが時間を管理する。二人で作るメニューだよ」
アゼルが、静かにうなずいた。
「……二人で作るメニュー、か」
「うん。マミ考案、アゼル魔法担当」
「……悪くない」
※ ※ ※ ※ ※
試作が始まった。
アゼルが両手のひらを広げて、薄い青白い炎を出した。
「この温度でどうだ。触れるくらいの熱さだ」
「もう少し上げてみて。体温よりちょっと高いくらい」
炎の色が少し変わった。
「……これくらいか」
「そう、それ。その温度を一定に保って」
アゼルがバイソンの塊肉を鍋に入れて、その周りを魔法の炎でゆっくりと包んだ。
外からじわじわと熱が伝わっていく。
あたしは時間を数えた。
三十分。
一時間。
「アゼル、疲れてない?」
「……魔法を一定に保つのは、集中がいる。でも大丈夫だ」
「無理しないで」
「マミの方が心配性だな」
「心配してるんだよ」
アゼルが少し笑った。
一時間半後。
アゼルが鍋から肉を取り出した。
見た目は、何も変わっていないように見える。
でも、触れてみると、全体が均一に温かかった。
「……中まで火が通ってる」
「切ってみて」
アゼルがナイフを入れた。
断面が現れた。
全体が均一なピンク色だった。
ぷっくりとした、水分をたっぷり含んだ断面だった。
「……きれいだ」
アゼルが静かに言った。
料理人の目だった。
「でしょ。ここからが仕上げ」
あたしはお皿を用意した。
「アゼル、今度は高温の炎で表面だけ一気に焼いて」
「どのくらいの時間だ」
「十秒から十五秒。片面ずつ」
アゼルが指先に、今度は濃い橙色の炎を出した。
さっきとは全然違う。
強くて、鋭い炎だった。
肉の表面に当てた瞬間、じゅわっという音が響いた。
香ばしい匂いが一気に広がった。
十秒。
ひっくり返して、また十秒。
お皿に盛った。
「……食べてみてくれ」
あたしはフォークで一切れ取って、口に入れた。
「……っ」
言葉が出なかった。
「どうだ」
「……アゼル」
「うん」
「これ、今まで食べた中で一番おいしい」
アゼルが少し目を細めた。
「本当に?」
「本当に。外はカリッとして香ばしくて、中がやわらかくてジューシーで、お肉の甘さが全部残ってる。なんか、全部が完璧に重なってる感じ」
アゼルが一切れ口に入れた。
沈黙。
長い沈黙だった。
「……マミ」
「うん」
「これは、俺一人では作れなかった」
「どうして?」
「低温調理の発想は、この世界にない。マミの知識がなければ思いつかなかった」
「アゼルの魔法がなければ再現できなかったよ」
「……二人で作ったんだな」
「そう。二人で作ったメニュー」
アゼルはしばらく断面を見ていた。
それから、静かに言った。
「……名前をつけよう」
「何にする?」
アゼルが少し考えてから、言った。
「……魔炎のバイソンステーキ」
「シンプルだね」
「料理の名前はシンプルでいい。食べた時に納得できればいい」
あたしは笑った。
「それもアゼルらしい」
「褒めてるのか?」
「褒めてるよ」
アゼルの耳が、少し赤くなった。
※ ※ ※ ※ ※
その夜、魔炎のバイソンステーキをメニューに加えた。
常連のおじさんが目を輝かせた。
「魔炎のバイソンステーキ? なんだこれ」
「目の前で魔法の炎で仕上げます。でも、仕込みに時間がかかるので、一日に出せる数が限られます」
「数が限られる?」
「はい。今日は五食だけです」
おじさんは即座に言った。
「一食くれ」
アゼルがテーブルの前に来た。
すでに低温調理で仕上げられた肉を手に取り、指先に橙色の炎を出した。
お店の中が静かになった。
じゅわっという音。
香ばしい匂いが広がった。
十秒。ひっくり返して、また十秒。
お皿に盛って、テーブルに置いた。
おじさんが一口食べた。
何も言わなかった。
しばらく、ただ食べていた。
全部食べ終わってから、おじさんが口を開いた。
「……マミちゃん」
「はい」
「これ、どうやって作ったんだ」
「マミのアイデアとアゼルの魔法を組み合わせました」
「二人で作ったのか」
「はい」
おじさんはまた少し黙ってから、言った。
「……いいコンビだな、本当に」
あたしは少し照れながら、次のテーブルに向かった。
残り四食は、あっという間に売り切れた。
閉店後、売上を計算しながらあたしは言った。
「アゼル、大成功だよ」
「……五食しか出せなかった」
「それが逆にいいんだよ。限定があると、また食べたいって思う」
「……そういうものか」
「そういうもの。明日は予約制にしよう」
アゼルが少し考えてから、うなずいた。
「……わかった」
「アゼル」
「うん」
「魔法、使ってよかったでしょ」
アゼルはしばらく間を置いてから、静かに言った。
「……ああ」
「どんな気持ちだった?」
「料理で魔法を使うのは」
少しの沈黙。
「……よかった。マミと一緒に作れて、よかった」
あたしは思わず笑った。
「それが聞きたかった」
アゼルの耳が、また少し赤くなった。
今夜のオスティウムに、二人だけのメニューが生まれた夜だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
低温調理×魔法の炎、いかがでしたか?
マミの現代知識とアゼルの魔法が合わさった、二人だけのメニューです。
「これ、俺一人では作れなかった」……アゼルらしい、素直な言葉でした。
そして一日五食限定……次回、予約制の新しいオスティウムが動き出します。ある人物もこっそり視察にやってきて……!
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