第二十話 聞けました。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「好きだ」、言えましたね!
「もう一回言って」のマミ、可愛くないですか?(笑)
アゼルの告白が「手を取る」だけというのも、アゼルらしくてよかったと思います。
「気の利いたことが言えない」……そのままでいいんだよ、アゼル。
マリー様の「遅かったわね」も核心をついてましたよね。
次回からは、オスティウムとリリウムのライバル対決が本格化しつつ、新たな展開が待っています。お楽しみに!
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翌朝。
あたしが二階から降りてくると、アゼルはもう仕込みを始めていた。
いつも通りだった。
野菜を刻む音。
スープを煮る匂い。
窓から差し込む朝の光。
「おはよう」
「……おはよう」
アゼルが振り返った。
少しだけ、いつもと違う顔をしていた。
何かを考えているような。
何かを決めているような。
「……マミ」
「うん」
「昨日の続き、話してもいいか」
あたしは少し驚いた。
アゼルの方から言い出すとは思っていなかった。
「……いいよ」
アゼルは包丁を置いた。
こちらを向いた。
真剣な目だった。
昨夜と同じ目だった。
「……昨日、言いかけたこと」
「うん」
「俺は、マミのことが」
※ ※ ※ ※ ※
外で鳥が鳴いた。
スープがぐつぐつと音を立てていた。
アゼルはそれでも、まっすぐあたしを見ていた。
「……好きだ」
静かな声だった。
お店の中に、その言葉だけが残った。
あたしはしばらく、何も言えなかった。
心臓がうるさかった。
顔が熱かった。
「……アゼル」
「うん」
「もう一回言って」
アゼルが少し目を細めた。
「……一回じゃ足りないか」
「足りない」
「……マミのことが、好きだ」
あたしは深呼吸した。
「……あたしも」
「うん」
「あたしも、アゼルのことが好き」
アゼルが少しだけ、ほっとしたような顔をした。
不器用な人が、やっと荷物を下ろせたような顔だった。
「……そうか」
「うん」
「……よかった」
「よかったって、それだけ?」
「……他に何を言えばいい」
あたしは少し笑った。
「じゃあ、あたしが言う」
「うん」
「アゼルが好きです。このお店が好きです。アゼルの料理が好きです。アゼルの不器用なところも、たまに耳が赤くなるところも、全部好きです」
アゼルの耳が、赤くなった。
「……全部見てたのか」
「全部見てた」
「……恥ずかしい」
「かわいいよ」
「……それは言わなくていい」
「言う」
アゼルはしばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「……俺も、全部見てた」
「何を?」
「グラスを五分磨いてるところ。顔が赤くなるところ。指が触れた時に動きが止まったところ。一人でお店を守ってる時の顔。笑ってる時の顔」
あたしは少し目が熱くなった。
「……全部見てたんだ」
「ずっと、見てた」
「それって、いつから?」
アゼルが少し考えてから、答えた。
「……最初から」
「最初って、いつ?」
「猫耳と尻尾が生えてた日から」
あたしは思わず笑った。
「それ、初日じゃない」
「……ああ」
「早いね」
「……マミが変わってるから」
「変わってるって」
「普通じゃない。良い意味で」
「良い意味ならよかった」
アゼルが少し笑った。
今朝の笑顔は、今まで見た中で一番柔らかかった。
※ ※ ※ ※ ※
しばらく二人で黙っていた。
でも、不思議と気まずくなかった。
むしろ、静かで温かかった。
「アゼル」
「うん」
「これからも、一緒にいてくれる?」
「……当たり前だ」
「ずっと?」
「ずっと」
昨夜と同じ言葉だった。
でも今朝の「ずっと」は、少し意味が違う気がした。
「……マミ」
「うん」
アゼルがカウンターから出てきた。
あたしの前に立った。
「手を出してくれるか」
「え?」
「いいから」
あたしは少し戸惑いながら、右手を出した。
アゼルが、あたしの手を取った。
大きな手だった。
料理人の、少し硬い手だった。
丁寧だった。
「……これでいいか」
「何が?」
「俺には、気の利いたことが言えない」
「うん」
「指輪とか、花束とか、そういうのも苦手だ」
「知ってる」
「だから、これだけだ」
あたしはアゼルの手を、少し握り返した。
「……これで十分だよ」
「本当に?」
「アゼルらしくて、好きだよ」
アゼルが少し安心したような顔をした。
「……マミ」
「うん」
「よろしく頼む」
あたしは笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
※ ※ ※ ※ ※
その日の仕込みは、いつもより少し時間がかかった。
二人ともたびたび手が止まったから。
アゼルが野菜を刻んでいる時、あたしがじっと見ていたら。
「……見すぎだ」
「だって好きだから」
アゼルの耳が赤くなった。
あたしがグラスを磨いていたら、アゼルがこちらをちらっと見て、目が合った。
「……何?」
「別に」
でもアゼルの耳はまた赤かった。
二人でそれに気づいて、少し笑った。
何も変わっていないようで、何かが変わった朝だった。
※ ※ ※ ※ ※
十五時、開店。
いつも通り、鈴が鳴った。
最初に来たのは、常連のおじさんだった。
「よう、マミちゃん。今日も元気か」
「はい、とても元気です」
「なんか、いつもより元気そうだな」
「そうですか?」
「顔が明るい。何かいいことあったか?」
あたしは少し笑った。
「……秘密です」
おじさんが首を傾けた。
「秘密か。まあいい。オムライス頼む」
「かしこまりました、ご主人様」
いつも通りの接客だった。
でも、いつもより少し、心が軽かった。
厨房からアゼルの料理の音がする。
その音が、今日はいつもより温かく聞こえた。
夕方、扉が開いてマリー様が来た。
あたしを見て、少し目を細めた。
「……何かあったわね」
「何もないです」
「顔に出てる」
「そうですか」
「アゼルは?」
「厨房です」
マリー様がカウンターの方を見た。
アゼルがこちらを向いた。
二人の目が合った。
マリー様が、ゆっくりと笑った。
「……そういうことね」
「何がですか」
「別に」
マリー様はいつもの席に座って、ミルクティーを頼んだ。
飲みながら、あたしに言った。
「……遅かったわね」
「何がですか」
「とぼけないで」
あたしは少し笑った。
「……そうですね。遅かったかもしれないです」
「まあ、よかったわ」
「マリーお嬢様」
「何?」
「ありがとうございます」
マリー様が少し首を傾けた。
「何に対して?」
「最初に来てくれたこと。このお店を好きになってくれたこと。色々と」
マリー様はしばらくあたしを見ていた。
それから、静かに言った。
「……わたくしこそ」
「はい」
「あなたたちのお店に来て、よかったわ」
マリー様はミルクティーを飲み干して、席を立った。
出口に向かいながら、振り返った。
「マミ」
「はい」
「来週のリリウムの新メニュー、負けないようにしなさい」
「受けて立ちます」
マリー様が笑顔で出ていった。
扉が閉まった。
鈴が鳴った。
カウンターからアゼルが出てきた。
「……マリーに気づかれたな」
「最初から気づいてたと思う」
「……そうか」
「マリー様、喜んでたよ」
「……そうだといいけど」
「絶対そうだよ」
アゼルが少し笑った。
その笑顔を見て、あたしも笑った。
※ ※ ※ ※ ※
閉店後。
二人でカウンターに並んで座った。
アゼルがミルクティーを二つ作ってくれた。
「アゼル」
「うん」
「このお店、続けようね」
「……当たり前だ」
「ずっと」
「ずっと」
あたしはミルクティーを一口飲んだ。
甘くて、温かかった。
窓の外では、星が静かに光っていた。
向かいのリリウムも、明かりが灯っている。
ライバルがいる。
常連のお客様たちがいる。
アゼルがいる。
このお店がある。
異世界に来て、最初は右も左もわからなかった。
猫耳と尻尾が生えて、お姫様に追放されて、お金も住む場所も何もなかった。
それでも今、こんなに温かい場所にいる。
「アゼル」
「うん」
「異世界に来て、よかった」
アゼルがあたしを見た。
「……俺も」
「何が?」
「マミが来て、よかった」
あたしの胸がまた、じわっと温かくなった。
今度はもう、それが何なのかわからなくて戸惑うことはなかった。
知っている。
ちゃんと、知っている。
今夜のオスティウムは、今まで一番温かかった。
でも、これはまだ始まりだ。
明日もアゼルの料理がある。
明日もお客様が来る。
明日もマリー様がライバルでいてくれる。
明日も、このお店がある。
それだけで十分だった。




