表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/70

第十九話 嵐が、やってきました。

 その日は、朝から空が重かった。

雲が厚く、光が弱い。

仕込みをしながらアゼルが言った。


「……今日かもしれない」

「うん」

「来たとしても、マミは普通にしていてくれ」

「普通に?」

「いつも通り、接客してくれ」

「わかった」

「怖かったら、厨房に入っていい」

「入らない」


 アゼルが少し苦い顔をした。


「……マミはいつもそう言う」

「だって本当のことだから」


 アゼルはしばらくあたしを見てから、静かに言った。


「……俺がいる」

「うん」

「何があっても、俺がいる」


 あたしは少しだけ、胸が温かくなった。


「ありがとう、アゼル」

「礼はいらない」

「言いたいから言う」


 アゼルが少し目を細めた。

それから、仕込みに戻った。




※ ※ ※ ※ ※




 十七時を過ぎた頃だった。

お店の中は常連のお客様たちで賑わっていた。

おじさんがいつものオムライスを食べている。

若い女性客がパフェを楽しんでいる。

冒険者の仲間たちが笑い合っている。


 そこに、扉が開いた。

甲冑の音がした。

二人の騎士が入ってきた。

四銃士の紋章。

あたしは一瞬だけ息をのんで、すぐに笑顔を作った。


「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」


 お店の中が、少し静かになった。

常連のおじさんたちが、騎士たちを見た。

騎士の一人が、あたしを見下ろした。

背が高くて、鋭い目をした男性だった。


「……ここがオスティウムか」

「はい。何名様ですか?」


 騎士は少し驚いた顔をした。


「案内する気か」

「お客様でしたら、ご案内します」

「俺たちが誰かわかっているか」

「四銃士様ですよね。アンリ様とジャック様でしょうか」


 二人が顔を見合わせた。


「……わかっていて、迎えるのか」

「お客様はみな平等ですので」


 しばらく沈黙が続いた。

お店の中は静まり返っていた。

それを破ったのは、常連のおじさんだった。


「マミちゃん、こいつらが仕入れを止めさせた奴らか?」

「……おじさん」

「違うのか?」


 アンリ様と呼んだ騎士が、おじさんを見た。


「……貴様は」

「ただの客だ。でもな、このお店に世話になってる。マミちゃんにもアゼルにも。文句があるなら俺たちも聞く」


 お店の中のお客様たちが、ざわっと動いた。


「俺もそう思う」「うちの娘がいつもお世話になってる」「何しに来たんだ」


 常連のお客様たちが、騎士たちを取り囲むように立ち上がった。

アンリ様が少し顔色を変えた。

その時、厨房からアゼルが出てきた。




※ ※ ※ ※ ※




「アンリ様。ジャック様」


 アゼルの声は静かだった。

でも、お店の中に響いた。

二人の騎士がアゼルを見た。


「……アゼル」

「お客様たちに迷惑をかけるつもりなら、外で話しましょう」

「逃げるのか」

「逃げません。ただ、ここはお客様の場所ですので」


 アンリ様が一歩前に出た。


「お前がここで料理人などをやっているとは思わなかった。四銃士だったお前が」

「今は料理人です」

「なぜ戻らない。お前の力があれば」

「俺の居場所は、ここです」

「……マリー様を傷つけておいて、のうのうと生きているのか」


 お店の中が、また静かになった。

アゼルは少し間を置いてから、答えた。


「……俺がマリーを傷つけたことは、本当のことです。それは一生、消えない」

「だったら」

「でも、マリーは今、楽しそうにしています」


 アンリ様が黙った。


「それを見られるなら、俺はここにいてもいいと思っています」

「……勝手なことを言う」

「そうかもしれません。でも、ジャン様はわかってくれました」

「ジャンが甘いだけだ」


 アゼルは静かに続けた。


「アンリ様。ジャック様。俺を許せないのはわかります。でも、このお店は関係ない。マミは関係ない」


 あたしは少し驚いた。

アゼルが、あたしの名前を出した。


「マミは異世界から来て、このお店を作って、マリーとも仲良くなった。それはマミ自身の力です。俺の過去とは無関係です」


 アンリ様がアゼルからあたしに視線を移した。

あたしはまっすぐ、アンリ様を見た。


「……お嬢さん」

「はい」

「怖くないのか」

「怖いです」

「それでも、ここに立っているのか」

「このお店が好きだから」


 アンリ様はしばらくあたしを見ていた。

それから、ジャック様を見た。

ジャック様は黙ったまま、お店の中を見回していた。

常連のお客様たち。

アゼルの料理。

あたしのメイド姿。

小さな花瓶。

磨かれたグラス。

ジャック様が、静かに言った。


「……アンリ」

「何だ」

「このお店、悪くない」


 アンリ様が目を細めた。


「……ジャックまで」

「マリー様が来ているのは知っていた。マリー様がそこまで通うお店なら」

「それは」

「俺たちは、マリー様を守るために四銃士になったんじゃないか」


 しばらく、沈黙が続いた。

アンリ様がアゼルを見た。


「……お前を許したわけじゃない」

「わかっています」

「でも」


 アンリ様は少し間を置いてから、続けた。


「……今日のところは、引く」


 あたしは息をのんだ。


「マリー様が認めたお店に、俺たちが手を出すのは筋が違う。それだけだ」


 アンリ様は出口に向かった。

ジャック様がついていく。

扉に手をかけたところで、アンリ様が振り返った。

アゼルを見た。


「……アゼル」

「はい」

「お前がここにいることを、俺はまだ認めていない」

「……はい」

「だが」


 アンリ様はしばらく黙ってから、続けた。


「……料理は、うまそうだった」


 それだけ言って、出ていった。

扉が閉まった。

鈴が鳴って、静かになった。




※ ※ ※ ※ ※




 お店の中が、どっと動いた。

「よかったな」「びびったぞ」「マミちゃん、大丈夫か」


 常連のおじさんが立ち上がってあたしの肩を叩いた。


「よく立ってたぞ、マミちゃん」

「……おじさんたちが立ち上がってくれたから」

「当たり前だろ。このお店の客だからな」


 あたしは少し目が熱くなった。


「……ありがとうございます」

「礼はいらん。オムライスをもう一個くれ」

「かしこまりました、ご主人様」


 笑いが起きた。

緊張がほぐれた。

いつものオスティウムが、戻ってきた。




※ ※ ※ ※ ※




 閉店後、二人で片付けをしていた。

あたしはアゼルに言った。


「アゼル、大丈夫?」

「……ああ」

「アンリ様に、色々言われてたから」

「覚悟していた」

「辛くなかった?」


 アゼルは少し間を置いてから、答えた。


「……辛かった。でも、言うべきことが言えた」

「うん」

「マミの名前を出したのは、勝手だったかもしれない」

「勝手じゃないよ。嬉しかった」


 アゼルがこちらを見た。


「嬉しかったのか」

「うん。アゼルが、あたしのことをちゃんと見てくれてるんだなって」


 アゼルはしばらくあたしを見ていた。


「……見てる」

「うん」

「ずっと、見てる」


 あたしの心臓が、うるさくなった。


「……アゼル」

「うん」

「それって、どういう意味?」


 アゼルは少し間を置いた。

長い沈黙だった。

それから、静かに言った。


「……マミはどう思う?」


 あたしは少し笑った。


「それを先に聞くんだ」

「……俺が言って、迷惑だったら困る」

「迷惑じゃない」

「……本当に?」

「本当に」


 アゼルがあたしを見た。

真剣な目だった。


「……マミ」

「うん」

「俺は」


 その時、扉が開いた。

マリー様だった。


「二人とも無事ね! アンリたちが来たって聞いて——」


 マリー様がお店の中を見て、あたしとアゼルを交互に見た。


「……何か、邪魔した?」


 二人同時に「邪魔してない」と言った。

マリー様が目を細めた。


「……絶対邪魔したわね」


 あたしは笑った。

アゼルも、少し笑った。


 今夜のオスティウムは、騒がしかったけど、温かかった。

アゼルの「俺は」の続きは、まだ聞けていない。

でも、きっとそう遠くない。


 そんな気がした。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

アンリ様とジャック様、来ましたね!

常連のおじさんたちが立ち上がってくれた場面、じわじわきませんでしたか?

「料理は、うまそうだった」……アンリ様、素直じゃないけど伝わりました(笑)

そしてラスト、アゼルの「俺は」の続き……マリー様に邪魔されてしまいましたね。

次回、その続きが聞けるかもしれません。

面白いと思っていただけたら、ぜひ**★評価とブックマーク**をよろしくお願いします!

応援が毎日の更新の力になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ