第十九話 嵐が、やってきました。
その日は、朝から空が重かった。
雲が厚く、光が弱い。
仕込みをしながらアゼルが言った。
「……今日かもしれない」
「うん」
「来たとしても、マミは普通にしていてくれ」
「普通に?」
「いつも通り、接客してくれ」
「わかった」
「怖かったら、厨房に入っていい」
「入らない」
アゼルが少し苦い顔をした。
「……マミはいつもそう言う」
「だって本当のことだから」
アゼルはしばらくあたしを見てから、静かに言った。
「……俺がいる」
「うん」
「何があっても、俺がいる」
あたしは少しだけ、胸が温かくなった。
「ありがとう、アゼル」
「礼はいらない」
「言いたいから言う」
アゼルが少し目を細めた。
それから、仕込みに戻った。
※ ※ ※ ※ ※
十七時を過ぎた頃だった。
お店の中は常連のお客様たちで賑わっていた。
おじさんがいつものオムライスを食べている。
若い女性客がパフェを楽しんでいる。
冒険者の仲間たちが笑い合っている。
そこに、扉が開いた。
甲冑の音がした。
二人の騎士が入ってきた。
四銃士の紋章。
あたしは一瞬だけ息をのんで、すぐに笑顔を作った。
「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」
お店の中が、少し静かになった。
常連のおじさんたちが、騎士たちを見た。
騎士の一人が、あたしを見下ろした。
背が高くて、鋭い目をした男性だった。
「……ここがオスティウムか」
「はい。何名様ですか?」
騎士は少し驚いた顔をした。
「案内する気か」
「お客様でしたら、ご案内します」
「俺たちが誰かわかっているか」
「四銃士様ですよね。アンリ様とジャック様でしょうか」
二人が顔を見合わせた。
「……わかっていて、迎えるのか」
「お客様はみな平等ですので」
しばらく沈黙が続いた。
お店の中は静まり返っていた。
それを破ったのは、常連のおじさんだった。
「マミちゃん、こいつらが仕入れを止めさせた奴らか?」
「……おじさん」
「違うのか?」
アンリ様と呼んだ騎士が、おじさんを見た。
「……貴様は」
「ただの客だ。でもな、このお店に世話になってる。マミちゃんにもアゼルにも。文句があるなら俺たちも聞く」
お店の中のお客様たちが、ざわっと動いた。
「俺もそう思う」「うちの娘がいつもお世話になってる」「何しに来たんだ」
常連のお客様たちが、騎士たちを取り囲むように立ち上がった。
アンリ様が少し顔色を変えた。
その時、厨房からアゼルが出てきた。
※ ※ ※ ※ ※
「アンリ様。ジャック様」
アゼルの声は静かだった。
でも、お店の中に響いた。
二人の騎士がアゼルを見た。
「……アゼル」
「お客様たちに迷惑をかけるつもりなら、外で話しましょう」
「逃げるのか」
「逃げません。ただ、ここはお客様の場所ですので」
アンリ様が一歩前に出た。
「お前がここで料理人などをやっているとは思わなかった。四銃士だったお前が」
「今は料理人です」
「なぜ戻らない。お前の力があれば」
「俺の居場所は、ここです」
「……マリー様を傷つけておいて、のうのうと生きているのか」
お店の中が、また静かになった。
アゼルは少し間を置いてから、答えた。
「……俺がマリーを傷つけたことは、本当のことです。それは一生、消えない」
「だったら」
「でも、マリーは今、楽しそうにしています」
アンリ様が黙った。
「それを見られるなら、俺はここにいてもいいと思っています」
「……勝手なことを言う」
「そうかもしれません。でも、ジャン様はわかってくれました」
「ジャンが甘いだけだ」
アゼルは静かに続けた。
「アンリ様。ジャック様。俺を許せないのはわかります。でも、このお店は関係ない。マミは関係ない」
あたしは少し驚いた。
アゼルが、あたしの名前を出した。
「マミは異世界から来て、このお店を作って、マリーとも仲良くなった。それはマミ自身の力です。俺の過去とは無関係です」
アンリ様がアゼルからあたしに視線を移した。
あたしはまっすぐ、アンリ様を見た。
「……お嬢さん」
「はい」
「怖くないのか」
「怖いです」
「それでも、ここに立っているのか」
「このお店が好きだから」
アンリ様はしばらくあたしを見ていた。
それから、ジャック様を見た。
ジャック様は黙ったまま、お店の中を見回していた。
常連のお客様たち。
アゼルの料理。
あたしのメイド姿。
小さな花瓶。
磨かれたグラス。
ジャック様が、静かに言った。
「……アンリ」
「何だ」
「このお店、悪くない」
アンリ様が目を細めた。
「……ジャックまで」
「マリー様が来ているのは知っていた。マリー様がそこまで通うお店なら」
「それは」
「俺たちは、マリー様を守るために四銃士になったんじゃないか」
しばらく、沈黙が続いた。
アンリ様がアゼルを見た。
「……お前を許したわけじゃない」
「わかっています」
「でも」
アンリ様は少し間を置いてから、続けた。
「……今日のところは、引く」
あたしは息をのんだ。
「マリー様が認めたお店に、俺たちが手を出すのは筋が違う。それだけだ」
アンリ様は出口に向かった。
ジャック様がついていく。
扉に手をかけたところで、アンリ様が振り返った。
アゼルを見た。
「……アゼル」
「はい」
「お前がここにいることを、俺はまだ認めていない」
「……はい」
「だが」
アンリ様はしばらく黙ってから、続けた。
「……料理は、うまそうだった」
それだけ言って、出ていった。
扉が閉まった。
鈴が鳴って、静かになった。
※ ※ ※ ※ ※
お店の中が、どっと動いた。
「よかったな」「びびったぞ」「マミちゃん、大丈夫か」
常連のおじさんが立ち上がってあたしの肩を叩いた。
「よく立ってたぞ、マミちゃん」
「……おじさんたちが立ち上がってくれたから」
「当たり前だろ。このお店の客だからな」
あたしは少し目が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「礼はいらん。オムライスをもう一個くれ」
「かしこまりました、ご主人様」
笑いが起きた。
緊張がほぐれた。
いつものオスティウムが、戻ってきた。
※ ※ ※ ※ ※
閉店後、二人で片付けをしていた。
あたしはアゼルに言った。
「アゼル、大丈夫?」
「……ああ」
「アンリ様に、色々言われてたから」
「覚悟していた」
「辛くなかった?」
アゼルは少し間を置いてから、答えた。
「……辛かった。でも、言うべきことが言えた」
「うん」
「マミの名前を出したのは、勝手だったかもしれない」
「勝手じゃないよ。嬉しかった」
アゼルがこちらを見た。
「嬉しかったのか」
「うん。アゼルが、あたしのことをちゃんと見てくれてるんだなって」
アゼルはしばらくあたしを見ていた。
「……見てる」
「うん」
「ずっと、見てる」
あたしの心臓が、うるさくなった。
「……アゼル」
「うん」
「それって、どういう意味?」
アゼルは少し間を置いた。
長い沈黙だった。
それから、静かに言った。
「……マミはどう思う?」
あたしは少し笑った。
「それを先に聞くんだ」
「……俺が言って、迷惑だったら困る」
「迷惑じゃない」
「……本当に?」
「本当に」
アゼルがあたしを見た。
真剣な目だった。
「……マミ」
「うん」
「俺は」
その時、扉が開いた。
マリー様だった。
「二人とも無事ね! アンリたちが来たって聞いて——」
マリー様がお店の中を見て、あたしとアゼルを交互に見た。
「……何か、邪魔した?」
二人同時に「邪魔してない」と言った。
マリー様が目を細めた。
「……絶対邪魔したわね」
あたしは笑った。
アゼルも、少し笑った。
今夜のオスティウムは、騒がしかったけど、温かかった。
アゼルの「俺は」の続きは、まだ聞けていない。
でも、きっとそう遠くない。
そんな気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
アンリ様とジャック様、来ましたね!
常連のおじさんたちが立ち上がってくれた場面、じわじわきませんでしたか?
「料理は、うまそうだった」……アンリ様、素直じゃないけど伝わりました(笑)
そしてラスト、アゼルの「俺は」の続き……マリー様に邪魔されてしまいましたね。
次回、その続きが聞けるかもしれません。
面白いと思っていただけたら、ぜひ**★評価とブックマーク**をよろしくお願いします!
応援が毎日の更新の力になります!




