表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/70

第十八話 日常が、戻ってきました。

 翌朝、市場に行くと、果物屋のおじさんが笑顔で迎えてくれた。


「マミちゃん、来てくれると思ってたよ」

「いつも通りお願いできますか?」

「もちろん。昨日、騎士様が来て、余計なことを言ったと謝ってくれたよ」


 あたしは少し目が熱くなった。


「……そうですか」

「うちも、マミちゃんのお店がなくなったら困るからね。いつも娘が世話になってる」

「こちらこそ、いつもありがとうございます」


 七軒全部回った。

全部のお店で、いつも通りの仕入れができた。

最後のおばさんが言った。


「マミちゃん、よかったね。何があったか知らないけど、応援してるよ」

「ありがとうございます」


 あたしは帰り道、少しだけ空を見上げた。

青かった。


 異世界に来てから、何度も空を見上げたけど、今日は特別青い気がした。




※ ※ ※ ※ ※




 仕入れが戻ったことをアゼルに報告すると、アゼルは静かにうなずいた。


「そうか」

「全部のお店で買えた」

「……よかった」

「アゼルのおかげだよ」

「ジャンのおかげだ」

「アゼルが向き合ったからジャン様が動いてくれたんだよ」


 アゼルは少し黙ってから、言った。


「……そうかもしれない」


 珍しく、素直に受け取ってくれた。

あたしは少し嬉しくなって、新しい果物をカゴから取り出した。


「今日、新しい果物も仕入れてみた。これ」

「……見たことないな」

「市場で見かけて。オレンジっぽい色で、甘い香りがして」


 アゼルが果物を手に取って、匂いを嗅いだ。


「……確かに甘い」

「パフェに使えないかな」

「切ってみよう」


 アゼルがナイフを取り出した。

薄く切ると、中は鮮やかな橙色だった。

一切れ口に入れたアゼルが、少し目を丸くした。


「……甘くて、少し酸っぱい。面白い」

「でしょ! クリームと合いそう」

「ああ。試してみる価値がある」


 二人で試作を始めた。

いつもの朝が、戻ってきた。




※ ※ ※ ※ ※




 その日の営業は、久しぶりに全メニューを出せた。

常連のおじさんが目を輝かせた。


「おお、全部戻ったか」

「はい。今日から通常営業です」

「よかったよかった。で、新メニューは?」

「実は今日、新しいパフェがあります」

「なんだ、もうあるのか」

「橙色の新しい果物を使いました。甘くて少し酸っぱくて、クリームとよく合います」

「食べる食べる」


 おじさんはオムライスの後にパフェを頼んでくれた。

一口食べて、また目を丸くした。


「……なんだこれ、うまい」

「ありがとうございます」

「アゼルの奴、また新しいもの作りやがって」

「二人で考えました」

「そうか。マミちゃんのアイデアか」

「半分ずつです」


 おじさんが笑った。


「いいコンビだな、お前たち」


 あたしは少し照れながら、次のテーブルに向かった。




※ ※ ※ ※ ※




 夕方、若い女性のお客様が友人を三人連れて来てくれた。

先日、仕事で疲れていた時に来てくれた方だった。


「また来てくれたんですね」

「友達に話したら、絶対行きたいって言われて」

「ありがとうございます」


 友人の方たちは、お店の中を見回して口々に言った。


「かわいい」「雰囲気いい」「メイドさんだ」


 あたしは四人を案内しながら、それぞれに声をかけた。


「今日のおすすめは新しいパフェです。橙色の果物を使っていて、甘くて少し酸っぱい味です」

「食べたい」「私も」「全員パフェにしよう」


 四人分のパフェを作りながら、あたしは思った。


 このお店が好きだ。

この場所が好きだ。

お客様の笑顔が、アゼルの料理が、この小さなお店が。


 全部、好きだ。




※ ※ ※ ※ ※




 閉店間際。

扉が静かに開いた。

マリー様だった。


 今日は一人で来た。

護衛もいなかった。


「……一人ですか?」

「たまにはいいでしょ」


 マリー様はいつもの席に座った。

ミルクティーを頼んで、静かに飲んでいた。

しばらくして、言った。


「……今日のお店、いつもより賑やかね」

「仕入れが戻ったので」

「そう」

「マリーお嬢様のおかげもあります。力を貸すと言ってくれたこと、嬉しかったです」

「別に大したことはしていないわよ」

「それでも」


 マリー様は少し黙っていた。


「……アゼルは?」

「厨房です」

「そう」

「呼びましょうか」

「……いい。今日はマミと話したくて来たの」


 あたしは少し驚いた。


「あたしと?」

「そうよ。何か変?」

「変じゃないけど、珍しいなと思って」


 マリー様がふっと笑った。


「……ねえ、マミ」

「はい」

「このお店、最初に来た時と全然変わったわ」

「そうですか?」

「あの時は、小さくて、薄汚くて、でも何かがあった」

「今は?」

「今は、小さくて、きれいで、もっと何かがある」


 あたしは少し笑った。


「薄汚くはなかったと思いますけど」

「あったわよ」

「……アゼルに言ったら傷つくので内緒にします」


 マリー様がまた笑った。


「……そうね。内緒にしましょ」


 二人でしばらく笑った。

マリー様と、こんなふうに笑えるようになるとは、最初は思っていなかった。


「マリーお嬢様」

「何?」

「このお店に来てくれて、ありがとうございます」

「……追放した相手に言われるとは思わなかったわ」

「あたしも言うとは思っていなかったです」


 マリー様はしばらくあたしを見ていた。

それから、静かに言った。


「……わたくしこそ、ありがとう」

「何がですか?」

「このお店が、わたくしを変えてくれた」


 あたしは何も言えなかった。

マリー様は席を立って、出口に向かった。

扉に手をかけたところで、振り返った。


「マミ」

「はい」

「来週、うちのお店で新しいメニューを出す。負けないようにしなさい」

「受けて立ちます」


 マリー様が笑顔で出ていった。

扉が閉まった。

カウンターからアゼルが出てきた。


「……聞いてた?」

「少しだけ」

「マリー様、変わったよね」

「……ああ」

「アゼルのおかげだと思う」

「マミのおかげだ」

「どっちもだよ」


 アゼルが少し笑った。

二人でしばらく、静かなお店の中にいた。

温かかった。

穏やかだった。


 でも、あたしの胸の中で、何かがひっかかっていた。

嵐の前の静けさ、というやつかもしれない。

根拠はない。


 でも、この穏やかさが、長くは続かない気がした。




※ ※ ※ ※ ※




 閉店後、アゼルが言った。


「マミ」

「うん」

「一個、話しておかないといけないことがある」


 あたしは顔を上げた。

アゼルの表情が、真剣だった。


「……ジャンと話した時に、聞いた」

「うん」

「四銃士の中に、まだ納得していない人間がいる」

「アンリ様とジャック様?」

「ああ。ジャンが止めると言ってくれたが、二人がどう動くかはわからない」

「……そっか」

「最悪の場合、また圧力がかかるかもしれない。それだけじゃなく、直接お店に来るかもしれない」


 あたしは少し考えてから、言った。


「来たら、いらっしゃいませって迎える」


 アゼルが少し目を細めた。


「……本気か?」

「お客様はみな平等だから」

「相手は騎士だぞ」

「騎士様でも、うちのオムライスは美味しいから」


 アゼルはしばらくあたしを見ていた。

それから、小さく笑った。


「……マミらしいな」

「褒めてる?」

「褒めてる」


 あたしは少し嬉しくなった。


「じゃあ、来た時のために、新しいメニューも考えておこうか」

「騎士向けのメニューか」

「大盛りオムライスとか」

「……需要があるかもしれない」


 二人で少し笑った。

でも、笑いながらも、あたしの胸の中では何かが静かに身構えていた。


 来るなら、来い。

このお店は、あたしとアゼルで守る。


 今夜のオスティウムは、穏やかで、温かかった。

でも、その温かさの向こうに、何かが近づいてきている気がした。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

日常が戻って、新しいパフェも完成して、マリー様とも笑い合えて……温かい話だったと思います。

でもラストのアゼルの言葉、気になりましたか?

アンリ様とジャック様が、まだ動いています。

次回、いよいよ嵐がやってきます。

面白いと思っていただけたら、ぜひ**★評価とブックマーク**をよろしくお願いします!

応援が毎日の更新の力になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ