第十八話 日常が、戻ってきました。
翌朝、市場に行くと、果物屋のおじさんが笑顔で迎えてくれた。
「マミちゃん、来てくれると思ってたよ」
「いつも通りお願いできますか?」
「もちろん。昨日、騎士様が来て、余計なことを言ったと謝ってくれたよ」
あたしは少し目が熱くなった。
「……そうですか」
「うちも、マミちゃんのお店がなくなったら困るからね。いつも娘が世話になってる」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
七軒全部回った。
全部のお店で、いつも通りの仕入れができた。
最後のおばさんが言った。
「マミちゃん、よかったね。何があったか知らないけど、応援してるよ」
「ありがとうございます」
あたしは帰り道、少しだけ空を見上げた。
青かった。
異世界に来てから、何度も空を見上げたけど、今日は特別青い気がした。
※ ※ ※ ※ ※
仕入れが戻ったことをアゼルに報告すると、アゼルは静かにうなずいた。
「そうか」
「全部のお店で買えた」
「……よかった」
「アゼルのおかげだよ」
「ジャンのおかげだ」
「アゼルが向き合ったからジャン様が動いてくれたんだよ」
アゼルは少し黙ってから、言った。
「……そうかもしれない」
珍しく、素直に受け取ってくれた。
あたしは少し嬉しくなって、新しい果物をカゴから取り出した。
「今日、新しい果物も仕入れてみた。これ」
「……見たことないな」
「市場で見かけて。オレンジっぽい色で、甘い香りがして」
アゼルが果物を手に取って、匂いを嗅いだ。
「……確かに甘い」
「パフェに使えないかな」
「切ってみよう」
アゼルがナイフを取り出した。
薄く切ると、中は鮮やかな橙色だった。
一切れ口に入れたアゼルが、少し目を丸くした。
「……甘くて、少し酸っぱい。面白い」
「でしょ! クリームと合いそう」
「ああ。試してみる価値がある」
二人で試作を始めた。
いつもの朝が、戻ってきた。
※ ※ ※ ※ ※
その日の営業は、久しぶりに全メニューを出せた。
常連のおじさんが目を輝かせた。
「おお、全部戻ったか」
「はい。今日から通常営業です」
「よかったよかった。で、新メニューは?」
「実は今日、新しいパフェがあります」
「なんだ、もうあるのか」
「橙色の新しい果物を使いました。甘くて少し酸っぱくて、クリームとよく合います」
「食べる食べる」
おじさんはオムライスの後にパフェを頼んでくれた。
一口食べて、また目を丸くした。
「……なんだこれ、うまい」
「ありがとうございます」
「アゼルの奴、また新しいもの作りやがって」
「二人で考えました」
「そうか。マミちゃんのアイデアか」
「半分ずつです」
おじさんが笑った。
「いいコンビだな、お前たち」
あたしは少し照れながら、次のテーブルに向かった。
※ ※ ※ ※ ※
夕方、若い女性のお客様が友人を三人連れて来てくれた。
先日、仕事で疲れていた時に来てくれた方だった。
「また来てくれたんですね」
「友達に話したら、絶対行きたいって言われて」
「ありがとうございます」
友人の方たちは、お店の中を見回して口々に言った。
「かわいい」「雰囲気いい」「メイドさんだ」
あたしは四人を案内しながら、それぞれに声をかけた。
「今日のおすすめは新しいパフェです。橙色の果物を使っていて、甘くて少し酸っぱい味です」
「食べたい」「私も」「全員パフェにしよう」
四人分のパフェを作りながら、あたしは思った。
このお店が好きだ。
この場所が好きだ。
お客様の笑顔が、アゼルの料理が、この小さなお店が。
全部、好きだ。
※ ※ ※ ※ ※
閉店間際。
扉が静かに開いた。
マリー様だった。
今日は一人で来た。
護衛もいなかった。
「……一人ですか?」
「たまにはいいでしょ」
マリー様はいつもの席に座った。
ミルクティーを頼んで、静かに飲んでいた。
しばらくして、言った。
「……今日のお店、いつもより賑やかね」
「仕入れが戻ったので」
「そう」
「マリーお嬢様のおかげもあります。力を貸すと言ってくれたこと、嬉しかったです」
「別に大したことはしていないわよ」
「それでも」
マリー様は少し黙っていた。
「……アゼルは?」
「厨房です」
「そう」
「呼びましょうか」
「……いい。今日はマミと話したくて来たの」
あたしは少し驚いた。
「あたしと?」
「そうよ。何か変?」
「変じゃないけど、珍しいなと思って」
マリー様がふっと笑った。
「……ねえ、マミ」
「はい」
「このお店、最初に来た時と全然変わったわ」
「そうですか?」
「あの時は、小さくて、薄汚くて、でも何かがあった」
「今は?」
「今は、小さくて、きれいで、もっと何かがある」
あたしは少し笑った。
「薄汚くはなかったと思いますけど」
「あったわよ」
「……アゼルに言ったら傷つくので内緒にします」
マリー様がまた笑った。
「……そうね。内緒にしましょ」
二人でしばらく笑った。
マリー様と、こんなふうに笑えるようになるとは、最初は思っていなかった。
「マリーお嬢様」
「何?」
「このお店に来てくれて、ありがとうございます」
「……追放した相手に言われるとは思わなかったわ」
「あたしも言うとは思っていなかったです」
マリー様はしばらくあたしを見ていた。
それから、静かに言った。
「……わたくしこそ、ありがとう」
「何がですか?」
「このお店が、わたくしを変えてくれた」
あたしは何も言えなかった。
マリー様は席を立って、出口に向かった。
扉に手をかけたところで、振り返った。
「マミ」
「はい」
「来週、うちのお店で新しいメニューを出す。負けないようにしなさい」
「受けて立ちます」
マリー様が笑顔で出ていった。
扉が閉まった。
カウンターからアゼルが出てきた。
「……聞いてた?」
「少しだけ」
「マリー様、変わったよね」
「……ああ」
「アゼルのおかげだと思う」
「マミのおかげだ」
「どっちもだよ」
アゼルが少し笑った。
二人でしばらく、静かなお店の中にいた。
温かかった。
穏やかだった。
でも、あたしの胸の中で、何かがひっかかっていた。
嵐の前の静けさ、というやつかもしれない。
根拠はない。
でも、この穏やかさが、長くは続かない気がした。
※ ※ ※ ※ ※
閉店後、アゼルが言った。
「マミ」
「うん」
「一個、話しておかないといけないことがある」
あたしは顔を上げた。
アゼルの表情が、真剣だった。
「……ジャンと話した時に、聞いた」
「うん」
「四銃士の中に、まだ納得していない人間がいる」
「アンリ様とジャック様?」
「ああ。ジャンが止めると言ってくれたが、二人がどう動くかはわからない」
「……そっか」
「最悪の場合、また圧力がかかるかもしれない。それだけじゃなく、直接お店に来るかもしれない」
あたしは少し考えてから、言った。
「来たら、いらっしゃいませって迎える」
アゼルが少し目を細めた。
「……本気か?」
「お客様はみな平等だから」
「相手は騎士だぞ」
「騎士様でも、うちのオムライスは美味しいから」
アゼルはしばらくあたしを見ていた。
それから、小さく笑った。
「……マミらしいな」
「褒めてる?」
「褒めてる」
あたしは少し嬉しくなった。
「じゃあ、来た時のために、新しいメニューも考えておこうか」
「騎士向けのメニューか」
「大盛りオムライスとか」
「……需要があるかもしれない」
二人で少し笑った。
でも、笑いながらも、あたしの胸の中では何かが静かに身構えていた。
来るなら、来い。
このお店は、あたしとアゼルで守る。
今夜のオスティウムは、穏やかで、温かかった。
でも、その温かさの向こうに、何かが近づいてきている気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
日常が戻って、新しいパフェも完成して、マリー様とも笑い合えて……温かい話だったと思います。
でもラストのアゼルの言葉、気になりましたか?
アンリ様とジャック様が、まだ動いています。
次回、いよいよ嵐がやってきます。
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