第十七話 アゼルが、動き始めました。
翌朝、アゼルは仕込みを済ませてから言った。
「今日、ジャンに会いに行く」
あたしは手を止めた。
「……一人で?」
「ああ」
「危なくない?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
アゼルがこちらを見た。
「……マミ」
「うん」
「俺が四銃士を辞めた時、ちゃんと話をしなかった。逃げるように出ていった」
「……うん」
「それがずっと、引っかかっていた」
あたしは黙って聞いた。
「このお店を守るためでもあるけど、それだけじゃない。ちゃんと、向き合いたい」
アゼルの目は真剣だった。
いつもの、感情をあまり表に出さないアゼルじゃなかった。
覚悟を決めた人の目だった。
「……わかった」
「お店は頼む」
「任せて」
「一人で無理するな」
「しない」
「困ったら閉めていい」
「閉めない」
アゼルが少し苦い顔をした。
「……マミはいつもそう言う」
「だって本当のことだから」
アゼルはしばらくあたしを見ていた。
それから、静かに言った。
「……必ず戻る」
「うん」
「待っていてくれるか」
あたしは少し驚いた。
アゼルが「待っていてくれるか」なんて言うのは、初めてだった。
「……待ってる」
アゼルはうなずいて、お店を出ていった。
あたしはその背中が見えなくなるまで、扉の前に立っていた。
※ ※ ※ ※ ※
開店前、マリー様が来た。
今日は制服じゃなくて、落ち着いた色のドレスだった。
「アゼルがジャンに会いに行ったわね」
「知ってたんですか?」
「朝、うちの前を通っていくのが見えた」
マリー様はカウンター席に座った。
「……止めなかったんだ」
「止める理由がなかったから」
マリー様が少し目を細めた。
「怖くないの?」
「怖いです」
「それでも」
「アゼルが決めたことだから」
マリー様はしばらく黙っていた。
「……あなた、アゼルのことが好きなのね」
あたしは少し固まった。
「……お店のパートナーとして」
「違うわよ」
「……」
「顔に出てる」
あたしは何も言えなかった。
マリー様がふっと笑った。
「別に責めてないわよ。ただ、わかりやすいなと思って」
「……そうですか」
「アゼルはどうなの」
「どうって」
「あなたのことを、どう思ってるの」
「……わからないです」
「本当に?」
「本当に」
マリー様はしばらくあたしを見ていた。
それから、小さく笑った。
「……二人とも、不器用ね」
「マリーお嬢様には言われたくないです」
マリー様が目を丸くした。
それから、声を上げて笑った。
珍しかった。
マリー様がこんなに笑うのは、初めて見た。
「……そうね。わたくしも人のことは言えないわ」
マリー様はミルクティーを一杯飲んで、立ち上がった。
「マミ」
「はい」
「今日、何かあったらリリウムに来なさい。力を貸すわ」
あたしは少し驚いた。
「……いいんですか。ライバルなのに」
「ライバルだから、正々堂々と勝ちたいの。卑怯な方法でつぶされたくない」
マリー様は出口に向かった。
扉に手をかけたところで、振り返った。
「……アゼルのこと、信じなさい。あの人は必ず戻ってくるから」
それだけ言って、出ていった。
※ ※ ※ ※ ※
十五時、開店。
今日も在庫の食材でできる限りのメニューを用意した。
常連のおじさんが一番に来てくれた。
「アゼルは?」
「今日は出かけています」
「そうか。マミちゃん、一人か」
「はい」
「なんかあったら言えよ」
「ありがとうございます」
おじさんはいつも通りオムライスを頼んでくれた。
ケチャップで大きなハートを描いた。
「今日はでかいな」
「元気が出るかなと思って」
「マミちゃんの方が元気出ないといけないんじゃないか」
あたしは笑った。
「おじさんが来てくれるから、元気です」
おじさんが照れた顔をした。
夕方になって、お客さんが増えてきた。
一人で回すのはきつかったけど、慣れてきていた。
昨日より、動きがスムーズだった。
一人一人の顔を見ながら、丁寧に接客した。
※ ※ ※ ※ ※
二十時を過ぎた頃。
扉が開いた。
アゼルだった。
少し疲れた顔をしていたけど、怪我はなかった。
「おかえり」
「……ただいま」
あたしはほっとして、でも顔には出さないようにした。
「どうだった?」
アゼルはカウンターに入りながら、静かに答えた。
「……話せた」
「ジャン様と?」
「ああ」
「うまくいった?」
「……全部じゃない。でも、言うべきことは言えた」
アゼルは少し間を置いてから、続けた。
「仕入れの件は、明日から解決するはずだ」
「本当に?」
「ジャンが、アンリとジャックを止めると言ってくれた」
あたしは少し目が熱くなった。
「……よかった」
「マミ、今日も一人でよく頑張ったな」
「アゼルこそ」
「俺は大したことはしてない」
「大したことだよ」
アゼルが少し首を傾けた。
あたしは続けた。
「逃げずに向き合ったんでしょ。それって、すごく大したことだよ」
アゼルはしばらくあたしを見ていた。
それから、静かに言った。
「……マミがいたから、できた」
「え?」
「一人だったら、また逃げてたかもしれない」
「……そんなことないよ」
「ある」
アゼルはまっすぐあたしを見た。
「マミがいるから、このお店がある。このお店があるから、俺は向き合えた」
あたしは何も言えなかった。
胸がいっぱいだった。
「……アゼル」
「うん」
「……ありがとう」
「俺が言う言葉じゃないけどな」
「どっちも言っていいんだよ」
アゼルが少し笑った。
今夜の笑顔は、いつもより少し、晴れやかだった気がした。
※ ※ ※ ※ ※
閉店後、二人で並んでカウンターに座った。
アゼルが温かいミルクティーを二つ作ってくれた。
「ジャン様、何て言ってたの?」
「……色々と」
「怒ってた?」
「最初はな」
「そうか」
「でも、最後は」
アゼルが少し間を置いた。
「……お前がそこまで言うなら、信じてやると言ってくれた」
「よかった」
「ああ」
二人でしばらく、ミルクティーを飲んだ。
お店の中は静かだった。
向かいのリリウムも、もう消えていた。
「アゼル」
「うん」
「一個だけ聞いていい?」
「何?」
「マリー様を守り切れなかったって言ってたじゃない」
「……ああ」
「それは、もう終わったこと?」
アゼルはしばらく考えてから、答えた。
「……終わったと思ってなかった。ずっと引きずっていた」
「今は?」
「今日、ジャンと話して……少し、楽になった」
「そっか」
「マリーも、今は楽しそうだと言ってくれた」
「うん。楽しそうだよ、マリー様」
アゼルが静かにうなずいた。
「……それで十分だ」
あたしはアゼルの横顔を見た。
過去を抱えながら、でも前を向いている人の顔だった。
「アゼルは、これからどうしたい?」
「これから?」
「うん。このお店で、これからどうしたいか」
アゼルは少し考えてから、あたしを見た。
「……マミと、続けたい」
シンプルな答えだった。
でも、今夜一番大事な言葉だった。
「……うん。一緒に続けよう」
窓の外では、星が静かに光っていた。
今夜のオスティウムは、どこより温かかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
アゼルが戻ってきました!
「マミがいたから、できた」……じわじわきませんでしたか?
マリー様の「二人とも不器用ね」、核心をついてましたよね(笑)
そしてラストの「マミと、続けたい」……アゼルなりの、大事な言葉だと思います。
次回、仕入れが戻り、オスティウムがさらに賑やかになります。でも、新たな波乱が……。
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