第十六話 お店に、圧力がかかってきました。
その日は朝から、嫌な予感がしていた。
理由はわからない。
ただ、空気が少し違う気がした。
仕込みをしながらアゼルに言った。
「なんか今日、変な感じがする」
「変な感じ?」
「うまく言えないんだけど、空気が重いというか」
アゼルは少し考えてから、窓の外を見た。
「……俺も感じてた」
「やっぱり」
「気のせいかもしれない」
「アゼルが気のせいかもって言う時は、気のせいじゃないことが多い」
アゼルが少し苦い顔をした。
「……そうかもしれない」
二人で少しの間、窓の外を見た。
向かいのリリウムは今日も準備をしている。
街はいつも通りだ。
でも、どこかが違う。
※ ※ ※ ※ ※
昼過ぎ、ギルドの受付嬢が青い顔で飛び込んできた。
「マミさん! 大変です!」
「どうしました?」
「四銃士のアンリ様とジャック様が、この辺りの店主たちを呼び集めて……オスティウムと取引するなって、言ってるらしくて」
あたしは手が止まった。
「……取引するな、というのは」
「食材の仕入れも、備品の購入も、全部断るように圧力をかけてるみたいで」
アゼルが厨房から出てきた。
受付嬢の話を聞いて、静かな顔をしていた。
怒っているわけじゃない。
でも、目が少し鋭かった。
「……そうか」
「アゼル」
「マミ、今日の仕入れに行ってきてくれるか」
「一緒に行く?」
「俺が行くと、相手が断りにくくなる。マミが一人で行った方が、本当のことがわかる」
あたしは少し考えてから、うなずいた。
「わかった」
※ ※ ※ ※ ※
市場に行った。
いつも仕入れている果物屋のおじさんが、あたしを見て困った顔をした。
「マミちゃん……ごめんね」
「断られますか?」
「騎士様たちに言われてしまって。本当は売りたいんだけど」
「わかりました。無理しないでください」
次のお店も、同じだった。
その次も。
七軒回って、七軒全部断られた。
最後のお店で、店主のおばさんが申し訳なさそうに言った。
「マミちゃんのお店、うちの子も好きでよく行くんだよ。本当にごめんね」
「気にしないでください。巻き込んでしまってすみません」
あたしは笑顔で言った。
でも、帰り道は少し足が重かった。
※ ※ ※ ※ ※
お店に戻ると、アゼルが待っていた。
あたしの顔を見て、全部わかったようだった。
「全滅か」
「うん」
「そうか」
アゼルは少し黙ってから、言った。
「マミ、今日の営業は」
「する」
「材料が」
「在庫がある。今日一日は大丈夫」
「明日は」
「明日のことは明日考える」
アゼルがあたしを見た。
「……怖くないか」
あたしは少し考えた。
怖い。
正直に言って、怖い。
仕入れが全部止まったら、営業できなくなる。
お客様が来られなくなる。
アゼルと作ったこのお店が、なくなってしまうかもしれない。
「怖いよ」
「だろう」
「でも、怖いからって閉めたくない」
「マミ」
「前に言ったじゃない。怖いからってやめる理由にはならないって」
アゼルは少しの間、あたしを見ていた。
それから静かに言った。
「……俺が、解決する」
「え?」
「この問題は、俺が作ったものだ」
「どういうこと?」
アゼルは少し間を置いてから、続けた。
「四銃士がこのお店に圧力をかけるのは、マミのせいじゃない。俺のせいだ」
「……アゼルの過去と関係あるの?」
「ある」
あたしは黙って聞いた。
「俺が四銃士を辞めた理由は、剣が嫌になったからだけじゃない」
「……うん」
「マリーのことが、関係している」
あたしの心臓が少し跳ねた。
「マリー様と、何かあったの?」
アゼルはしばらく黙っていた。
厨房の明かりの中で、遠くを見るような目をしていた。
「……昔、マリーを守る立場にいた。でも、守り切れなかったことがある」
「守り切れなかった」
「俺のせいで、マリーが傷ついた。だから四銃士を辞めた」
あたしはアゼルの横顔を見た。
ずっと抱えてきたものが、その顔に滲んでいた。
「……それで、四銃士たちはアゼルを恨んでるの?」
「一部はそうだと思う。特にジャンは」
「でもジャン様は、このお店を大切にしろって言ってた」
「……ジャンは複雑なんだ。マリーのことを大切に思っているから、俺を許せない部分もある。でも、マリーが今楽しそうにしているのも、見えている」
あたしは少し考えてから、聞いた。
「アゼルは、マリー様のことを」
「……大切に思っている。妹みたいなものだ」
妹。
その言葉を聞いて、あたしの胸の中で何かがほっとした。
それに気づいて、少し恥ずかしくなった。
「……そっか」
「マミ」
「うん」
「ごめん。マミを巻き込んでしまった」
あたしは首を振った。
「謝らないで。アゼルが話してくれてよかった」
「……マミ」
「それに、一人じゃないから」
アゼルがこちらを見た。
「あたしがいるから。一緒に解決しよう」
アゼルはしばらくあたしを見ていた。
それから、静かに言った。
「……ありがとう」
今夜のアゼルの「ありがとう」は、いつもより少し、重かった。
※ ※ ※ ※ ※
営業が始まった。
在庫の食材でできる限りのメニューを出した。
いつもより少ないメニューだったけど、常連のお客様たちは何も言わなかった。
ただ、いつも通り食べて、いつも通り笑ってくれた。
閉店間際、常連のおじさんが言った。
「マミちゃん、何かあったか?」
「……少し、困ったことが」
「そうか。俺たちにできることがあれば言えよ」
「ありがとうございます」
「このお店がなくなったら困るからな。俺たちも守るぞ」
あたしは思わず、少し目が熱くなった。
「……ありがとうございます、ご主人様」
おじさんは照れたように笑って、帰っていった。
閉店後、あたしはアゼルに言った。
「ねえアゼル」
「うん」
「このお店、みんなが好きでいてくれてる」
「……そうだな」
「だから絶対、守ろうね」
アゼルは静かにうなずいた。
「……ああ」
その夜のオスティウムは、いつもより少し、静かだった。
でも、確かな温かさがあった。
明日、どうなるかはわからない。
でも今夜は、それでよかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ついにお店に圧力がかかってきました。
七軒全部断られたマミ……でも「怖いからってやめる理由にはならない」、マミらしいですよね。
アゼルとマリー様の過去も、少し明かされました。
「妹みたいなものだ」……マミがほっとしたの、気づきましたか?(笑)
次回、アゼルが動き始めます。過去と向き合う覚悟を決めた男の話です。
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