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第十五話 気づいてしまいました。

 朝の仕込みの時間。

アゼルがスープを作っている。

あたしはテーブルを拭きながら、その背中を見ていた。

昨夜からずっと、同じことを考えている。


 アゼルが好き。


昨日、思わず口から出た言葉。

お店のパートナーとして、という意味だと思っていた。

でも、本当にそれだけだろうか。

グラスを磨く時に目が行く。

料理を褒められると嬉しくなる。


「ただいま」と言って帰ってきた時、胸が温かくなった。


 指が触れた瞬間、心臓がうるさくなった。


「……あ」


 声が出た。


「どうした?」


 アゼルが振り返った。


「な、なんでもない」

「また顔が赤い」

「……暑いんだと思う」

「今朝は寒いくらいだけど」

「そういうこともある」


 アゼルが少し首を傾けた。


「……本当に大丈夫か?」

「大丈夫」

「熱があるなら、今日は休んでいい」

「熱はないから大丈夫」


 アゼルはもう一度あたしを見てから、スープに戻った。

あたしは深呼吸した。

わかってしまった。


 アゼルのことが、好きだ。

パートナーとか、仲間とか、そういう意味じゃなくて。


 もっと、ちゃんと、好きだ。

困った。

本当に困った。




※ ※ ※ ※ ※




 その日の営業中、あたしはいつも以上に動き回った。

考えないようにするには、忙しくしているのが一番だ。

お客様の顔を見て、注文を取って、料理を運んで、笑顔を作って。


 それでも、厨房からアゼルの気配がするたびに、少し心臓がうるさくなった。

やっかいだな、と思った。


 お店の大切なパートナーだ。

変に意識して、ぎこちなくなったら困る。


 このお店が好きだから。


 アゼルと一緒に作ったこのお店を、守りたいから。

だから、この気持ちはそっとしまっておこう。


 そう決めた。

 決めたのに。




※ ※ ※ ※ ※




 夜の営業が落ち着いた頃、あたしは厨房でパフェの仕込みをしていた。

果物を切っていたら、ナイフが滑った。


「っ」


 左手の指先を、少し切ってしまった。

大したことはない。でも血が少し出た。


「マミ」


 気づいたらアゼルが隣に来ていた。

あたしの手を取って、傷を確認した。


「大丈夫か」

「大したことないよ、ちょっとだから」

「ちょっとでも、ちゃんと手当てしろ」


 アゼルは棚から布を取り出して、あたしの指先にそっと巻いた。

大きな手だった。

料理人の、少し硬い手だった。

丁寧だった。


「……痛いか?」

「痛くない」

「無理するな」

「無理してない」


 アゼルがあたしの手から目を上げて、顔を見た。

近かった。

思ったより、近かった。

心臓が、うるさい。


「……マミ」

「うん」

「最近、どこか変だ」

「……そう?」

「グラスをずっと磨いてたり、顔が赤かったり、今日も何度か上の空になってた」


 全部見られていた。


「……気のせいじゃないですか」

「気のせいじゃない」


 アゼルはあたしの手を、まだ持ったままだった。


「何か、あったか?」

「……ない」

「俺に、言えないことか?」


 あたしは少し黙った。


「……言えないことじゃないけど」

「じゃあ」

「言いにくいことかな」


 アゼルが少し眉を寄せた。


「……俺が何かしたか?」

「してないよ」

「じゃあ誰かに何か言われたか?」

「言われてない」

「じゃあ」

「アゼルのせいじゃないから、安心して」


 アゼルはしばらくあたしを見ていた。

それから、静かに言った。


「……マミが笑ってないと、お店が暗くなる気がする」


 あたしは少し驚いた。


「……そんなことないよ」

「ある」

「アゼルの料理があれば、お店は明るいよ」

「両方必要だ」


 あたしは、アゼルの顔を見た。

真剣だった。

いつもの、感情をあまり表に出さないアゼルが、真剣な顔であたしを見ていた。


「……マミに、笑っていてほしい」


 胸が、いっぱいになった。

あたしはしばらく黙っていた。

それから、笑った。

作った笑顔じゃなくて、自然に出た笑顔だった。


「……笑えた」

「うん」

「よかった」


 アゼルが、ほっとしたような顔をした。

その顔を見て、あたしはもう一度思った。

やっぱり、好きだ。


 でも今はまだ、それでいい。

この距離でいい。

このお店で、毎日隣にいられるなら。




※ ※ ※ ※ ※




 閉店後、売上を計算していると、アゼルが温かいミルクティーを持ってきた。


「……飲め」

「ありがとう」


 一口飲んだ。

甘くて、温かかった。


「アゼル」

「うん」

「このお店、続けようね」

「……当たり前だ」

「ずっと」


 アゼルが少し間を置いてから、答えた。


「……ずっと」


 その一言が、今夜一番温かかった。

窓の外では、星が静かに光っていた。


 向かいのリリウムも、もう消えていた。


 今夜のオスティウムは、静かで、温かくて、あたしの大好きな場所だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

マミが気づいてしまいましたね。

「やっぱり、好きだ」……でも今はまだ、この距離でいい、というマミの選択、伝わりましたか?

アゼルの「マミに笑っていてほしい」……不器用だけど、確かな気持ちですよね。

次回、四銃士の動きが本格化し、オスティウムに危機が迫ります。

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