第十四話 四銃士のジャン様が、また来ました。
翌日の夜。
営業が始まって一時間ほど経った頃、入口の鈴が鳴った。
扉を開けたのは、ジャン様だった。
前回と同じく甲冑姿だったけど、今日は雰囲気が違った。
前回は立ち会い検査という名目があった。
今日は——何も持っていない。
ただ、こちらを見ている。
「ようこそメイド喫茶オスティウムへ。ご主人様、おかえりなさいませ」
あたしはいつも通り笑顔で迎えた。
ジャン様は少し驚いた顔をした。
「……普通に迎えるのか」
「お客様はみな平等ですので」
「四銃士でも?」
「四銃士様でも」
ジャン様はしばらくあたしを見てから、カウンター席に座った。
カウンターの中のアゼルと、目が合った。
二人の間に、静かな空気が流れた。
「……アゼルさん」
「……ジャン様」
短い挨拶だった。
でもその二言の中に、長い歴史が詰まっている気がした。
※ ※ ※ ※ ※
「何になさいますか」
「……オムライスを」
「かしこまりました。お飲み物はいかがですか」
「ミルクティーを」
注文を厨房に通しながら、あたしはジャン様の様子を見ていた。
前回と同じく、無口だった。
でも前回と違うのは、ときどきカウンターの中のアゼルを見ていることだった。
観察するような目だった。
アゼルは黙って料理を作っていた。
オムライスが出来上がって、あたしがお皿を持っていった。
今日のケチャップアートは何にするか聞こうとしたら、ジャン様が先に言った。
「……剣を描いてくれるか」
「かしこまりました」
ケチャップで剣を描いた。
細くて、まっすぐな剣。
ジャン様がそれを見て、少しだけ表情が動いた。
「……上手いな」
「ありがとうございます」
「前回も思ったが、あなたの接客は自然だ」
「恐れ入ります」
「どこで覚えた」
「前の世界で、飲食店で働いていました」
「前の世界」
「はい。あたし、この世界の人間じゃないんです」
ジャン様はしばらくあたしを見てから、静かに言った。
「……知っている。猫耳と尻尾は、この世界にないものだ」
「そうですね」
「なのに、なぜこの街に留まる」
あたしは少し考えてから、正直に答えた。
「このお店が好きだからです。アゼルが好きだからです」
言ってから、少し驚いた。
自分の口から出た言葉に。
アゼルが好き。
それは、お店のパートナーとして、という意味だ。
たぶん。
きっと。
「……そうか」
ジャン様は静かにオムライスを食べ始めた。
※ ※ ※ ※ ※
食べ終わった頃、ジャン様がカップを置いて言った。
「アゼルさん」
厨房からアゼルが出てきた。
「……何ですか」
「少し、話がある」
「……今ですか」
「構わないか」
アゼルはあたしを見た。
あたしは小さくうなずいた。
アゼルがカウンターから出てきて、ジャン様の隣に立った。
あたしは少し離れたテーブルの片付けをしながら、聞こえないふりをしていた。
でも、聞こえた。
「……あなたは、いつまでここにいるつもりですか」
ジャン様の声は低かった。
「……俺の居場所は、ここです」
「そうですか。マリー様は、あなたのことを」
「マリーのことは、マリーが決めることです」
しばらく沈黙が続いた。
「……あなたが料理人になったと聞いた時、信じられなかった」
「今は信じてもらえましたか」
「……まだ、わからない」
ジャン様は席を立った。
お会計をして、出口に向かった。
扉に手をかけたところで、振り返った。
あたしを見た。
「……このお店は、良いお店だ」
「ありがとうございます」
「だから——」
ジャン様は少し間を置いて、続けた。
「……大切にしろ」
それだけ言って、出ていった。
鈴が鳴って、静かになった。
※ ※ ※ ※ ※
閉店後、二人で片付けをしていた。
あたしはアゼルに聞いた。
「ジャン様と、昔何かあったの?」
アゼルは少し間を置いてから、答えた。
「……昔、同じ場所にいた」
「同じ場所」
「四銃士の、一員だった」
あたしは手が止まった。
「……アゼルが、四銃士?」
「昔の話だ」
「どうして辞めたの?」
アゼルはしばらく黙っていた。
厨房の明かりの中で、遠くを見るような目をしていた。
「……剣を使い続けることが、嫌になった」
「嫌に」
「人を傷つけることが仕事だった。それが正しいことだと思っていた。でも、ある時から、わからなくなった」
あたしは黙って聞いた。
「料理は、人を喜ばせる。傷つけない。それが良かった」
「……そっか」
「馬鹿みたいだろう」
「全然」
アゼルがこちらを見た。
「馬鹿みたいじゃないよ。すごく、アゼルらしい」
「……アゼルらしい、か」
「うん。アゼルって、人を喜ばせることが好きなんだと思う。料理も、このお店も、全部そうだから」
アゼルはしばらく黙っていた。
それから静かに言った。
「……マミに言われると、悪くないな」
「褒めてるんだよ」
「……わかってる」
アゼルが少し笑った。
今夜の笑顔は、いつもより少し、柔らかかった。
あたしの胸の中の何かが、またじわっと温かくなった。
今度は、それが何なのか、少しだけわかってきた気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
アゼルが四銃士だったこと、驚きましたか?
「剣を使い続けることが嫌になった」……アゼルらしい理由だと思います。
そしてマミの「アゼルが好き」という言葉、自分でも驚いてましたね。
ジャン様の「大切にしろ」という言葉の意味、続きで明かされていきます。
次回、マミの気持ちがついに言葉になりそうです。
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