第十三話 なんか、アゼルのことが気になります。
朝の仕込みの時間。
アゼルが野菜を刻んでいる。
包丁の音が一定のリズムで続いている。
あたしはグラスを磨きながら、その音を聞いていた。
別に特別なことは何もない。
いつもの朝だ。
なのに、なぜかアゼルのことをじっと見てしまう。
横顔。包丁を持つ手。たまに前髪が目にかかるのを鬱陶しそうに払う仕草。
「……マミ」
「っ、はい」
「そのグラス、さっきから五分同じところ磨いてる」
「……気のせいじゃないですか」
「気のせいじゃない」
あたしはグラスを棚に戻した。
顔が少し熱い気がした。
おかしいな。
※ ※ ※ ※ ※
昼過ぎ、常連の女性客が二人来た。
最近よく来てくれる、街の商人さんの娘さんたちだ。
二人ともパフェが好きで、毎回違う果物の組み合わせを試してくれる。
「マミちゃん、今日のパフェは?」
「今日は紫の果物を多めにしました。甘みが強くて、クリームと合うんです」
「やった。あ、ねえマミちゃん」
「はい」
二人がにやにやしながら顔を見合わせた。
「マスターって、彼女いるの?」
あたしは手が止まった。
「……さあ、聞いたことないです」
「だよねー。なんか近寄りがたい雰囲気あるけど、かっこいいよね」
「料理も上手だし」
「マミちゃんはどう思う?」
「……お店の大事なパートナーです」
二人がまたにやにやした。
「それだけ?」
「それだけです」
「ほんとに?」
「ほんとです」
あたしは笑顔のままパフェを二つ持っていって、話題を変えた。
でも心臓が少し、うるさかった。
※ ※ ※ ※ ※
夜の営業が終わって、二人で片付けをしていた時だった。
アゼルが棚の上の瓶を取ろうとして、少し背が届かなかった。
あたしが隣に来て、一緒に手を伸ばした。
指が、触れた。
一瞬だった。
でも二人とも、動きが止まった。
「……ごめん」
先に言ったのはアゼルだった。
「大丈夫」
あたしも棚から離れた。
何でもなかった。本当に何でもなかった。
でも心臓がまたうるさい。
おかしい。おかしいな。
あたしはそっと自分の胸に手を当てた。
「マミ?」
「なんでもない」
「顔、赤い」
「暑いんだと思う」
「今夜は涼しいけど」
「……そういうこともある」
アゼルが少し首を傾けた。
何かを言いかけて、やめたような間があった。
「……そうか」
それだけ言って、また片付けに戻った。
あたしは深呼吸した。
落ち着け、あたし。
※ ※ ※ ※ ※
閉店後、一人でカウンターに座っていた。
アゼルは二階に上がっていた。
静かなお店の中で、あたしは天井を見上げた。
考えたくなかったけど、考えてしまう。
アゼルのことが、気になっている。
それはたぶん、最初から薄々わかっていた。
「猫耳、かわいいと思うけどね」と言ってくれた最初の日から。
「上手かったよ」と褒めてくれた夜から。
「ただいま」と言って帰ってきた時から。
でも、困る。
このお店はアゼルと二人で作っている。
変に意識して、ぎこちなくなったら嫌だ。
「……どうしよう」
誰もいないお店で、独り言を言った。
返事は来なかった。
当たり前だ。
あたしはため息をついて、窓の外を見た。
向かいのリリウムはもう消えている。
空には星がたくさん出ていた。
この世界に来てから、毎晩星がきれいだと思っていた。
でも今夜は特別きれいに見えた。
なんでだろう。
※ ※ ※ ※ ※
翌日の昼過ぎ。
ギルドから戻ってきた常連の冒険者が、少し険しい顔で入ってきた。
「マミちゃん、ちょっといいか」
「どうしましたか?」
「ギルドで変な話を聞いた」
男性は声を低くして続けた。
「四銃士が、この辺りの店を調べて回ってるらしい」
あたしの背筋が少し冷えた。
「……何のために?」
「わからん。でも、一軒一軒訪ねて、何か聞いて回ってるって話だ」
「このお店にも来ますか?」
「来るかもしれない。気をつけた方がいい」
男性はオムライスを食べながら、心配そうな顔をしていた。
あたしはにっこり笑って「ありがとうございます」と言った。
でも、胸の中で何かが引っかかっていた。
四銃士。
ジャン様は最初から複雑な雰囲気があった。
アゼルとの間にある何か。
マリー様との関係。
夜、アゼルに話すと、アゼルは少しだけ目を細めた。
「……そうか」
「何か知ってる?」
「……少しだけ」
「また少しだけ」
「ごめん」
あたしは首を振った。
「謝らなくていい。アゼルのペースで話してくれれば」
アゼルはあたしを見た。
少しの間、何かを考えるような顔をしていた。
それから静かに言った。
「……マミ、信頼してる」
「うん、あたしもアゼルを信頼してる」
「だから、もう少しだけ待ってくれるか」
「待てるよ」
アゼルはまた前を向いた。
でも今度は、少し肩の力が抜けているように見えた。
今夜のオスティウムは、いつも通り温かかった。
でも、遠くで何かが動き始めている気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「なんか、アゼルのことが気になります」……マミ、自分の気持ちに気づき始めましたね。
指が触れた瞬間、伝わりましたか?
そして四銃士が動き始めました。
アゼルの「信頼してる」という言葉、重みがありますよね。
次回、四銃士・ジャン様がオスティウムに再びやってきます。
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