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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第4部 第1話

第4部開始です。どんどん新しい人物が登場して行きます。

翌朝、アキトは入院中のアイビシアに付きっ切りのコウガに連絡を入れ、シルバーナとディアとを先に病院に転送した後、レンと共に車(カスミが派遣した警官の覆面パトカー)に乗って別荘を出立し、アイビシアを見舞う為に病院に向けて走っていた。


「なあアキト、明日から学園始まるけどさ。今日、シア姉さんを見舞った後はどうするよ。」

「どうするって、何がですか?」

「決まってんだろ。コウガ先生ん家で訓練するって話さ。ここの所結構大変で、学園は休みだってのにアキトは碌に休んでねぇだろ?あんまりにも根詰め過ぎるのもどうかと思ってな。」

「今日位はゆっくりした方が良いって事?それなら大丈夫。昨日の夜はしっかりと食べてぐっすり寝る事が出来たし、バイトも全部辞めたから、体力なら充分に保つと思うよ。」

「そ、そうか…。」


アキトのあっけらかんとした言葉に、レンは頭を悩ませる。本心ではアキトに無理して欲しくなかったのだが、変に気を遣うのもアキトには逆効果だとわかっていたので、レンは尤もらしい理屈を付けようと考える。


「だけどさ。明日からの生活に向けての準備だって、同じ位重要だぜ。昨日、俺が造った檻をアキトに見せただろ?あれを家に入れるって作業もあるんだぜ?サイズは多分大丈夫だとは思うが、何か不備があったら手直しをする必要だって出て来るんだ。時間に余裕はあった方が良いぜ。」

「……そうですね。わかりました。」

「そう来なくっちゃな!明日への備えもこれまた修行!後顧の憂は断つに限るぜ!」


レンの言葉に、アキトは嬉しそうに頷いた。勿論、アキトはレンの狙いを見抜いていたが、それを指摘したりはしない。その思いやりの心にただ感謝をし、受け取る事で礼儀とするのを是としたのだ。


「ただ、その前に一度コウガ先生の御宅にはお邪魔したいですね。転送陣を描かせて貰いたいですし、リアちゃんにも僕から改めて説明したいんです。訓練はまた後日だとしても、その位は済ませて置きたいですから。」

「ええ、良いですよ。リア以外の子達も、改めてアキト君に礼を言いたいと言っていましたし、是非お願いします。」

「リアちゃんのお兄さんと妹さん達ですか。確かに、僕もこれからは先生の家には頻繁に行く事になりますからね。ルビィの保護者として、最初にしっかりと挨拶して置かないと。」


アキトは、自身が学園に行っている間、コウガの家でシルバーナを預かって貰おうと考えていた。最初は、仕事の時間に融通の効くヤクモに、シルバーナの護衛をお願いしようとしていたのだが、ヤクモが捕まってしまった為にその役を果たせず、その代わりとしてコウガの家族に白羽の矢を立てたのだ。


(アイビシアさんだったら強いですし、ルビィの事もきっと大事にしてくれます。傷は塞がったばかりではありますが、今日一日安静にしていれば、ほぼ全快になるそうですし。それに、ルビィも先生の御家族と仲良くなれれば、これからを楽しく過ごせるでしょう。)


コウガは学園の教師としての仕事がある為、シルバーナの護衛を任せる事は出来ない。カスミに頼んで警官を数名派遣して貰うのも良いが、余りに仰々し過ぎる。そこでアキトは導術の実力が高く、時間の融通がある程度効く専業主婦であり、また導族でもあるアイビシアに目を付け、コウガにその話を持ち掛けた。


(ただ…今のルビィは命を狙われ易い立場にあります。それを保護するのですから、危険は少なからず伴う…負担が大きくならない様にしないといけないですね。コウガ先生は『任せて下さい』と仰ってはいましたが…万が一の場合も有ります。ルビィが狙われなくなる為にも、僕が頑張らないと…!)


コウガの家族を巻き込む事を、決してアキトは良しとはしなかった。しかし、アキト達の事情を良く知っていて、尚且つ心から信頼が出来、また時間に融通の効く実力者ともなると、候補者は他に殆ど居ない。結局、シルバーナが単独で狙われるリスク、ヨミ国在住の導族と知り合いになれると言う利益などを鑑みて、コウガ一家の厚意に甘える事にした。


(ルビィが狙われなくなって来たら、リアちゃんの通っている『寺子屋』にも通わせましょうか?学費は確か、かなり据え置きでしたね。給食費は…お弁当で浮かせますか。教材は…僕のお下がりでギリギリ行…け…ないか。いえ、勉学は将来への大事な糧、節約すべき所ではありませんね。)


『寺子屋』は導族の子供(純導族、半導人問わず)用に設立された公的な教育機関(小中学校相当)であり、外務省や学園長の全面的な支援の下で運営されている。『収入の安い導族の子供達にも、しっかりとした教育を』をモットーとし、実用的で質の良い教育を安価で提供しているとの評判である。導術以外の事は疎かになり勝ちな導族にとっては、それ以外の知識を得る絶好の場所であり、また導族同士の交流の場を兼ねてもいた。


特に、アビス王国からの数少ない商船や連絡船の殆どを受け入れているソコネ県では、他県と比べて取り分け多くの導族が住んでおり、この『寺子屋』がそれだけ多く開校されている。現在はクロウリアやその妹のテネジアが通っており、其処に通わせればシルバーナの友人が増えるかもと、アキトは密かに期待していたのだ。


「おい、アキト。聞いてんのか?」


と、其処でアキトは自分がレンに呼ばれているのに気付いた。アキトは、必要経費などを如何にして減らせるかについての計算でフル回転していた脳味噌を一旦停止し、結局自らの以前の収入では赤字になると言う無慈悲な試算結果を弾き出した頭を諦観と共に切り替え、レンとの会話に思考を割いた。


「済みません。ちょっと集中していました。」

「何を難しそうな顔をしてんのさ。何か考え事か?」

「いえ、大した事じゃありませんよ。少し、計算していただけです。」

「計算ねぇ……。まあ、アキトが良いなら良いけどさ、程々にな。」


レンは『計算』と言う言葉に反応した。勉強を連想するその言葉に嫌悪感を抱き、それと同時に、アキトはまた生活費について悩んでいるんだろうなと考えて溜息を吐いた。アキトの生活になるべく口出しする事はしたくないとは思っていたが、余りに度が過ぎていたら、親友として注意して行こうと考えた。そんな親友の気も知らないアキトは、窓の外に目をやった。


「さて、病院が見えてきました。そろそろ着きますね。」


昨日もコウガを見舞いに来たその病院が、アキトの視界の端に映る。出来れば回避したいものの、これからは自身も危険な目に会い易くなる為、もしかしたら頻繁にお世話になるかもしれない。そんな複雑な思いと共に、その巨大な建物から視線を外した。









「アキト君!本当に有難う!」


アイビシアが居る病室にアキトが入るや否や、コウガは頭を深々と下げて大きな声で礼を述べた。その声がかなり大きかった為、アキトは思わず仰天する。


「ちょ!先生、病院で大声出さないで下さいよ…。」

「ああ、すみません。ちょっと…感極まってしまって…。」


コウガは大声を出した事を謝りながら、泣きそうになる顔を我慢する、その泣く子も失神する凶悪な顔をアキトに向けた。アキトは急いで周囲を見回し、病室の別の場所に居たシルバーナとディアには、その顔が見えていない事を確認する。レンは慣れているのか平然としていたが、コウガの顔を直視はしていなかった。


「コウガさん、その位にして上げて。アキト君が困っているじゃないの。」


何度もアキトに礼を述べ続けるコウガを諌める声が、病室のベットのカーテンの向こう側から聞こえた。直後にそのカーテンがスッと動き、大きな赤い羽根と綺麗な赤髪を持つ、患者着姿の女性の姿がアキトの目に飛び込んで来る。


「シアさん!良かった!意識が戻ったんですね!」

「うん、ついさっきだけどね。でも、身体の調子は良い感じ。流石は、医療系気導術使いの中でも屈指の名医と名高いイナバ先生の治療ね。身体の傷も殆ど目立たないのは、女性としては本当に助かるわ。」


アイビシアは、自身の羽根をはためかせたり腕を回したりして、その健在ぶりを示す。何発もの縁絶鋼製銃弾に貫かれた筈の其れ達には、全く傷痕が残っていなかった。


「シア、まだ起きたばっかりなんですから、もう少し安静に。そんな急に動くと身体に毒ですよ。」

「大丈夫よ。少し位は動かないと、身体が鈍っちゃうわ。それに、油断していると体型だってすぐに崩れちゃうんだもん。」

「そんな事を私が気にすると思いますか?それよりも、私は貴女の身体の方が心配です。これは夫として譲れない所です。」

「ふふ、有難う。貴方の妻になれて、本当に良かったわ。でもね?愛する夫の為に、この身をいつまでも美しく保ち続けるのが私の務め。これは妻として譲れない所よ?」

「シア……。」

「コウガさん……。」


そのままコウガとアイビシアは見つめ合い、互いに頬を赤らめつつ深い深いキスをする。シルバーナは顔を真っ赤にしながらそれを凝視し、ディアは何処か落ち着かない様子になり、のそのそとアキトの背後に隠れた。


「あー…先生、シアさん。お二人で盛り上がるのも良いのですが、此処には僕達が居ると言う事をお忘れ無く。」

「ああっと、すみません。シアの可愛い顔を見ていたらつい…。」

「やだもう、コウガさんったら!貴方の凛々しい顔も素敵よ!」

「………これは酷い。」


アキトは、これからシルバーナを預ける事になる相手に若干の不安を抱きながらも、取り敢えずシルバーナを呼び寄せて、燃え盛る夫婦の熱気から逃す。シルバーナはその熱に当てられたらしく、足元が少し覚束なかった。よろよろとアキトに近付くが、その目は虚空を見つめていた。


(ああ…あんな感じに…いつか…アキト様と…。)


彼女は、コウガ夫妻の仲睦まじい光景から、自らの妄想が暴走してしまっていた。アキトが話し掛けても何処か生返事な、その心此処にあらずといった様子を見たアイビシアは、シルバーナが何を想像しているのかを察し、少し意地悪な考えが浮かんだ。


「あらあら、子供には少しばかり刺激が強過ぎたかしら?でも、これも良い機会ね。いつかは素敵な旦那様と、こんな事をして愛し合うって知っておいた方が良いわ。その方が、きっと将来が楽しみになるからね!」

「おわ⁉︎」


そう言うと、アイビシアは不意打ち気味にコウガの顔を引き寄せてキスをした。その勢いのまま後ろに倒れこむと、ベットの上に仰向けとなったアイビシアに、コウガが覆い被さる様な格好となる。そして、まるでシルバーナに見せつけるかの様に熱烈なキスをした。シルバーナは再び顔を真っ赤にしてその光景を凝視する。


「シアさん、勘弁して下さいよ。子供の教育に良くないです。」

「あう⁉︎」


アキトは、シルバーナの背後から彼女の目を両手で塞いでその光景を遮りながら、アイビシアに苦言を呈する。一方のシルバーナは、先程までコウガ達の熱々振りを見せつけられて脳が熱くなっていた所に、更にアキトに触られた為にその興奮が加わって妄想が爆発、ついには頭がオーバーヒートしてしまった。


「ふふ、ごめんなさい。ちょっとふざけ過ぎちゃったわ。じゃ、この続きは夜にするわね。コウガさん…昨日はお預け貰っちゃったから、今とっても淋しいの。今夜は寝かさないわよ?」

「シア…流石にもう少し自重なさい。それに、今の貴女は怪我人なんですよ?幾らほぼ完治しているからと言っても、今日位は身体に負担の掛かる事は我慢なさい。」

「ええ⁉︎そんな殺生なぁ‼︎」


コウガの言葉に、アイビシアは絶句した。まるで世界の終わりが来たかの様な絶望の表情を浮かべた為、コウガは慌てて『少しだけなら』と言葉を訂正する。なんだかんだでコウガは愛妻家故にアイビシアに弱い。レンはその光景を見て苦笑しながら、ただただ呆れ返るアキトに話し掛ける。


「本当、コウガ先生とシア姉さんは夫婦仲良いよな。リン叔母さんの話じゃ、結婚当初から今までの十五年以上、ずっとこんな調子らしいんだぜ?」

「まさか僕の両親よりも凄いとは……なるほど、これはリアちゃんが苦労する訳ですね。僕も先生に対する印象が、ここ数日でかなり変わりましたよ。」

「そうか?俺は結構付き合い長ぇから、こっちの方が普通だと感じるんだけどな。仲良い夫婦と言えば、クロ叔父さんの所もそうなんだぜ。…て言っても、リン叔母さんの方が心底叔父さんに惚れ込んでいて、その勢いで叔父さんを振り回しているって感じなんだが。」

「え?あのヤクモさんが?」


あの大暴れする学園長を難なく縛り上げる程のヤクモが、まさか奥さんに振り回されているとは思わなかったアキトは、レンの言葉に驚いた。


「がははは、信じられねぇだろ。あのクロ叔父さんがタジタジなんだぜ?リン叔母さんは炎導術使いだから導術の相性は悪いし、自分が仕える主人の娘だから手荒に出来ないしで、叔母さんには滅法弱ぇんだ。ただ、爺ちゃんへの扱いだけは例外らしいけどな。」

「……なんて言うか、皆さん苦労しているんですね…。」

「ま、なんだかんだ言ってもさ。クロ叔父さんもリン叔母さんの事、本当に大切に思っているからな。そんな苦労だなんて思っちゃいないさ。そして、俺はそんな『家族』が大好きなんだ。」


レンは嬉しそうに笑う。釣られてアキトも笑った。どんな形であれ、仲が良い家族は良い物だなと、アキトは思う。その時、不意に裾を引っ張られた。何かと思って其方を向くと、不安そうなディアがアキトの服を咥えながら、尻尾で必死に何かを指していた。それを見て、アキトは自身の目の前に居る少女の様子がおかしい事に、やっと気付く。


「あ…ああ…うあ…。はう…あ…う…。」

「うわ!だ、大丈夫ですかルビィ⁉︎待っていて下さい!今すぐ医者を呼びますから!」

「アキト君!待って下さい!それは病気でそうなっているのでは有りません!」

「コウガさん!でもこれは、ある意味では立派な病気よ!しかも結構重篤な!」


アキトは、妄想の行き過ぎで前後不覚に陥ったシルバーナの為に、急いでナースコールを押そうとして、それをさせまいとするコウガ達とちょっとした小競り合いを繰り広げた。そして、その騒ぎを聞き付けた看護師に怒られ、アキト達は平謝りした。


「本当、お願いしますよ…他の患者さんもいらっしゃるのですから…。幾らイナバ副院長と懇意だからと言っても、限度が有りますからね…?」

「はい…はい…本当に申し訳有りませんでした…。以後気を付けますので…。」


呆れた顔をした看護師が病室から出て行くと、部屋は先程までと打って変わって静寂となる。何とも言えない気不味い雰囲気が支配する中、コウガが空気を変える為に咳払いをした。


「取り敢えず…私達の軽率な行動で、シルバーナ様に御迷惑をお掛けした事をお詫びします。さあ、シアも謝って。」

「ルビィちゃん、御免なさいね。私も悪ふざけが過ぎたわ。まさか此処まで反応するとは思わなかったのよ。」

「ああ…いえ…私の方こそ、お見苦しい所をお見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした…。」


アキトは、酷く申し訳無さそうにしているシルバーナに気にしないようにと言い、その頭を優しく撫でて元気付ける。実は彼の行動こそが、シルバーナの意識障害の一番の要因になっていたのだが、彼にそれを知る由は無い。結局、アイビシア達の行動がシルバーナには刺激的過ぎただけと言う結論に至るのみであった。


「僕の方こそ、すみませんでした。少し冷静さを欠いていましたね。ルビィの体調が心配でつい…次からは、もっと気を付けますので。看護師の方にも迷惑を掛けてしまいましたし。」

「そんな気にすんなよ。あの程度、怒られた内にも入らねぇって。俺なんて、小さい頃からクロ叔父さんに怒られまくって、今じゃ少し怒られた位じゃ全然反省しなくなったんだぜ!」

「それは流石に如何かと思うよ…レン君…。でも、有難う。」


レンの全然フォローになっていないフォローに、アキトは力無くツッコミを入れつつ礼を述べた。レンの励まし方はどうにもズレてしまっているのだが、自身を元気付けようとしてくれているのは理解出来るので、その気持ちにだけは感謝したかったのだ。


「さて、シアはまた夕方に迎えに来るとして…そろそろ私達も移動しましょうか。」

「そうですね。それじゃあシアさん、契約を解きますね。コウガ先生も一緒に解きますので。」

「ああ、そっか。怪我した時に契約して、そのままだったんだっけ。」


アキトはアイビシアとコウガに転移契約を解く事を申し入れた。元々、此処にはアイビシアの見舞いを兼ねて、契約解除をする為に来ていた。シルバーナやディアの様にアキトの庇護下に居るのならば兎も角、赤の他人が自らの生殺与奪を握っているのは、決して良い気分とは言えない。必要が無くなり次第契約を解く事は、召喚導術使いにとっての常識であった。


「結局、私達の良いように貴方を利用してしまいましたね。この御礼はいずれ必ずしますから。」

「大丈夫ですよ。僕だって先生達に助けられて居るんです。お互い様なんですから、そんなに気にする必要は有りませんよ。」

「有難うございます。それと…きっと貴方には大変なお節介になってしまうんでしょうが、リアの契約の方も…。」

「勿論解きますよ。安心して下さい。」


コウガは安堵の溜息を吐く。アキトを信用していない訳では無かったのだが、アキトの口から確約を貰えて安心した為であった。表には出さないが、実はコウガは転移契約に余り良いイメージを持っていない。故に、大事な娘がその契約をしている事に対して、非常に不安を感じていたのだ。


「それじゃ、解きますね。」

「お願いします。」


アキトは転移契約陣を描いた紙を召喚し、コウガとアイビシアの転移契約を解いた。確実に解けた事を確認する為に三回程度召喚を試し、召喚出来ない事、契約が解けた事を確かめる。そして、アイビシアに別れを告げたアキト達は、病室を出て行った。









「お待ちしておりました。若。」


アキト達が病院の出口に近付いた所で、不意にアキト達に声が掛かる。その方向を見ると十五、六程度の一人の身形を整えた少女がすました顔で佇んでいた。アキトはその顔に見覚えは無かったものの、レンとコウガには良く見知った顔らしく、すぐに反応する。


「おや、これはビビアさんではありませんか。此処で会うとは奇遇ですね。」

「おいおい、こんな時間に何でこんな所に居るんだよ。しかも、クロ叔父さんみたいな格好をしてるしさ。高校はどうした?臨時休業中の学園と違って、お前の通っている所は今日も授業有る筈なんじゃねぇの?」


それはヤクモの長女、ヤクモ・ビビアであった。柔和な笑みを絶やさないヤクモと違い、ビビアの今の顔はまるで能面の様に固く、他者を不用意に寄せ付けさせない冷たい表情をしていた。全身を覆う黒の執事服は、アキト達よりも年下である筈の彼女の纏う雰囲気を大人びさせており、しっかりとした大人の女性の様にも見える。


「ご心配には及びません。高校は暫く間、暇を頂く事に致しましたので。」

「はあ⁉︎一体どうしたってんだよ!」

「此の場所での長い立話は病院の方に御迷惑です。もしお時間を割いて頂けるのでしたら、一旦場所を移し、其処で改めて説明させて頂きたく存じます。如何致しましょう?若。」

「俺は別に構わねぇが…。アキト達はどうだ?なんなら俺に構わず、先にコウガ先生ん家に行っていて貰っても良いんだが。」


レンの問い掛けに、アキトはコウガ達と相談し、特に急な用事は無いから一緒に話を聞いて行くと返事をした。


「という訳だ。ビビア、アキト達も一緒で構わねぇか?」

「ええ、構いません。私としても、若の御友人の方々とは是非ともお近付きになりたいと思っておりましたし、皆様と全く無関係な話でもありませんから。それでは皆様、此方へどうぞ。副院長の許可は既に得ております。」

「お、おう…準備が良いな…。」

「いえ、当然の事をしているまでです。」


ビビアはアキト達を伴い、わき目も振らずに淡々と歩く。そして目的の場所に着くと、其処はアキト達も見知った部屋であった。昨日もアキト達が使用した部屋、つまり副院長室である。其処の中に入り、昨日と同じようにソファーに座ると、すぐにアキト達の目の前にお茶とお茶請けが差し出された。


「私の為に貴重な時間を割いて頂き、誠に感謝致します。それでは改めまして、ご挨拶を申し上げます。私の名はヤクモ・ビビア。オオカミ家に仕えるヤクモ・クロガネの娘で御座います。アキト様にシルバーナ様、それとディア様ですね。以後お見知り置きを。」

「おや、僕達の事を御存知なのですか?」

「はい、父から話を伺っております。ある程度まで深い事情も存知ておりますが、これに関してはみだりに他言しない事を誓っておりますので、どうぞ御安心下さいませ。」


ビビアは一礼をしてから、アキト達と向かい合う様にソファーに座る。相変わらず表情は固かったものの、相手を突き放す様な雰囲気は幾分か和らいでいた。アキト達もそれぞれ自己紹介を終えると、それを見計らったレンが話を切り出す。


「さて、それじゃあ説明してくれるか。」

「承知致しました。若。」


ビビアは姿勢を正し、アキト達に向き合う。視線は満遍なくアキト達全員を見ていたが、気持ちレンの所は長めに見ている様な感じだなと、アキトは感じた。


「不測の事態にて私の父が使用人として満足に働けなくなったのは、皆様も御存知の通りです。しかし働けなくなったからとて、仕事の方が無くなる訳では御座いません。そこで父が仕事に復帰するまでの間、誰かが父の仕事を代わりに務める必要が出て参ります。」

「叔父さんの話じゃ、それをお前が手伝ってくれるって事だったな。」

「はい。父の仕事を間近で見て学んだ私ならば、それの大半は把握しておりますので、その大役を引き受ける運びとなりました。故に私は高校を一時休学し、此方の仕事に専念する事にしたのです。」

「いやいや、ちょっと待てよ。確か叔父さんの話じゃ唯の『手伝い』ってだけで、ビビアに高校を休ませてまで仕事をさせるって話じゃ無かった筈だぜ?皆で仕事を分担したり、やらなくて良いやつを省いたりすれば、其々の生活に支障が出ない程度になるだろうって俺は思っていたんだが。」


ヤクモの話によれば、彼の仕事は主に主人である学園長及びその孫の世話である。(学園長の屋敷の部屋を貸し与えている学園の生徒の世話は、人を雇って面倒を見させる事になっている。)レンとその妹であるルリも、自身の身の回りの事は一通り出来るので、ヤクモが居なくても多少不自由になるだけで、そこまで困らないだろうとレンは考えていた。


「ええ、その通りです。しかし私は、その上で必要と判断して、高校に暇を請いました。ご心配に及ばずとも成績・出席日数共に充分ですので、多少休んだ所で私の方には何の支障も御座いません。」

「いや、だから何でそれで態々お前が休みを取ったりまでする必要が有るんだよ…。」

「はっきりと申し上げねば、わかりませんか?若を補佐する為です。」

「え?俺に補佐なんて必要ねぇだろ?」


そこでビビアは、少しだけレンを睨む。その鋭い眼差しは父親のそれを彷彿とさせた。思わずレンはヤクモに怒られた時の事を思い出し、首を竦めて防御姿勢を取る。その様子はまるで何かに怯える子犬であった。


「相変わらず、若は御冗談がお上手で御座いますね。若には補佐が必要である事くらいは、良く御存知でいらっしゃいましょうに。」


ビビアにキツく睨まれ反論する事も儘ならないが、尚もレンは何か言いたそうであった。そんな彼の為にと、アキトは助け舟を出す事にした。


「あの…僕にはその理由がわからないのですが、出来れば教えて貰えたら嬉しいかな…と。」

「……わかりました。アキト様が其処まで仰るのでしたら、致し方有りませんね。」

「あ、有難う御座います……。」

「若に補佐が必要な理由……それは若が問題児であるからです。数多の教諭に叱られた事数知れず、毎日の様に関係各所に謝罪行脚していた日々…。そんな若を放置すれば、それこそ躾のなっていない犬の様に彼方此方に噛み付き、余計な問題を引き起こし兼ねません。補佐と言ってはいますが、寧ろ監視と言った方が正しいでしょうね。」


ビビアの口から、まるで堰を切ったようにレンに対する慇懃無礼な言葉が溢れ出す。その歯に衣着せぬ物言いにアキトは驚くも、当事者である筈のレンはあっけらかんとしていた。慣れているのか、まるで堪えていない様子であった。


「まぁ、確かにあの頃俺はちょっっっとばかしやらかし気味だったけど、今は反省して多少は増しになっただろ?それに、理不尽な事に対して怒るのは、別に間違っちゃいねぇと思うんだがなぁ…。」

「仰る事はわかりますが、だとしても物事には正しいやり方と言う物が御座います。気に入らないのなら手を出せば良いと言うのは、余りに発想が稚拙に過ぎると言わざるを得ません。その様な事だから、幾つになっても父に叱られるのです。」

「ぐ…返す言葉もねぇぜ…。」

「もしも若が、もう少し自制心と言う物をお持ちでいらっしゃったのであれば、私が此処までする必要も無かったのでしょうね…。若もあと少しで成人として扱われる年齢なのですから、もう少し我慢と言う物を身に付ける努力をなさって下さいませ。」

「努力は……しているんだぜ?」


レンが少しふざけて学園長の真似をすると、それまで能面の様に固い表情をしていたビビアが、打って変わって満面の笑みになる。それと同時にビビアの右腕から蔦が一気に伸びてレンを綺麗に縛り上げた。ビビアが扱う蔦はヤクモのそれと比べて幾分か太く、また所々に葉が付いているのが特徴的であった。


「大旦那様の真似を為さるのはお止め下さい。微妙に似ていらっしゃるのが癪に触ります。宜しいですか?私は父より、如何しても若が言う事を聞かなければ、多少手荒な事をしても良いとの許可を得ているのです。いい加減になさらないと縛りますよ?」

「い、いや、もう縛ってるじゃねぇか!それに俺に対して手荒いのは、別にいつもの事で…」

「若?」

「い、イタタタタタタ⁉︎悪かった!俺が悪かったって!許して下さいビビア様ァ!」

「うふふ、仕方有りませんね。」


レンの懇願を聴いて、ビビアはあっさりと彼を解放する。その笑顔が心無しか活き活きとしているのは、やはり父親の血の影響であろうか。人を縛っている時の彼の笑みに、それはとても良く似ていた。


「話が逸れてしまいましたね。皆様、貴重なお時間を頂戴しているのにも関わらず、こんな茶番をお見せしてしまった事を深くお詫び申し上げます。」

「ああ、いえ、此方は大丈夫ですので、気になさらないで下さい。」


アキトの言葉を聞いて、ビビアは改めて礼を言いつつ深々と頭を下げる。そして次に顔を上げた時には、先程までの能面の様な顔に戻っていた。


「若が多少の問題を起こそうと、平時であればまだ良いのです。若が問題を起こすのは日常茶飯事で御座いますし、其れ等に一々目くじらを立てていれば、此方の精神の方が擦り切れてしまいますので。」

「なんか…散々な言われようですね…レン君…。」

「何度も言うが、反省は本当にしているし、多少は進歩もしているんだぜ?現に、学園に入ってからは一回も問題起こしてねぇだろ?……まあ、前科があり過ぎて、俺の言葉に説得力が全然ねぇのは認めるけどな!」

「それは偉そうに言う事では御座いません。」


再びレンはビビアによって縛り上げられた。蔦に吊るされて空中でモゴモゴと暴れるレンを他所に、ビビアは淡々と話を進める。アキトも流石にレンのフォローを仕切れなかった。


「しかし今現在、皆様には『重要な仕事』が控えております。それを達成するのに余裕などある筈も無く、余裕があるなら更に備えをするべきなのです。そんな折、若が問題を起こして皆様に余計な手間を掛けさせたり、迷惑を掛けて足を引っ張る様な事があってはならないのです。」

「…ビビアさんも、知っているのですね。」

「ええ。父より、これは千載一遇の機会と聞いております。そしてその機会を決して逃さない為に、私には全力で支援して欲しいとも仰っていました。……私としても、これは長年の悲願。皆様には、是非とも勝利して頂きたく存知ます。」


ビビアは真剣な目付きでアキト達を見る。行方不明となっているレンの両親は、ビビアにとっての敬愛する伯母夫婦であり、且つ父が仕えるオオカミ家を継ぐ筈の者達であった。彼女もまた『神淵ノ端求社』によって大事な人を奪われていたのだ。その真剣な眼差しには、その悲壮が表れていた。


「ええ、わかりました。絶対に……勝ってみせますよ。ね?先生。」

「勿論ですよ。私も全力を尽くします。必ずや吉報を送り届けましょう。」

「私も頑張ります!」

「キュイッキュン!」

「モガンモガミガ!(おう!俺に任しときやがれってんだ!)」


アキトを皮切りに、コウガやシルバーナ、ディアやレンもその期待に堪えると誓う。その姿を見て、ビビアはレンを解放しつつ深々と頭を下げ、『どうぞ…宜しくお願い致します…。』と小さく答えた。その言葉には、様々な強い感情が込められていた様に感じられた。


「そして、先の話の続きとなるのですが、若の補佐として抜擢された私の方にも一つ、大変遺憾ながら問題が御座います。」

「問題…それは何ですか?」

「私は父と同じ様に木導術を扱うのですが、離れた所の木々を操る技術が未熟なのです。父ならば、家で雑用をこなしながらも遠くの木々を操り、暴れる若を縛り上げる事も簡単に出来るのですが…。私は未だその境地に至っておりません。私の不徳の致す所と、猛省している次第です。」


実際には、ヤクモの技はその何れもが相当に高いレベルの熟達が必要な物である為、アキト達よりも若いビビアが其処に至る事は殆ど不可能に近く、彼女に至らぬ所など無かった。しかし、他人に厳しく自分には特に厳しくを是とするビビアは、それを言い訳になどしなかった。


「なるほど…だから高校を休む事にしたんですね。拘束される時間を極力減らし、レン君の側をなるべく離れない様にする事で、様々な事態に即座に対応出来る様にと考えたのですか?」

「左様に御座います。そして、特に危険だと考えているのは、若の近くに不特定多数の身内以外の者が居る時…つまり学園にいらっしゃる時及びその登下校時で御座います。すると、私が高校に通っている暇など無いと言う帰結に、自然に到達すると言う訳です。」

「……え?て事はもしかして、学園にも来る…のですか?」

「はい。と言うよりも、それこそが一番の目的なのです。既に父には話を通しておりますし、カスミお姉様やコチヤ様、大旦那様にも許可を得ました。あとはコウガ様にも許可を頂ければ、特例で学園に聴講生として在籍する事が可能となります。如何でしょうか、許可して頂けますか?コウガ様。」


ビビアはコウガの方を向き、許可を願う。コウガが少しだけレンを見ると、彼は微妙に首を細かく横に振って止めてくれと訴えていたものの、即座に彼の顔中に蔦が綺麗に巻かれて沈黙する。彼を無言で縛ったビビアの笑顔が何とも言えず怖く、それ以上に怖い顔を持つコウガでも、その笑顔に抗う術は無かった。


「……学園長が良いと仰っているのに、一教諭でしかない私に、それを反対する事など出来はしませんよ。ビビアさんを聴講生として学園に迎え入れる事を、特別に許可しましょう。」

「有難う御座います。それでは、早速明日より私も若のお供をさせて頂きます。もしも何か問題を起こす素振りを少しでも見せたなら、問答無用で縛りますので。そのつもりでお願い致しますね?若。」

「うう…畜生…。そんな特例を簡単に決めちまうなんて、爺ちゃんも本当に孫に甘いっつうか適当過ぎっつうか…。俺が言えた義理じゃねぇんだけどよ…。」


ビビアの蔦からは解放されたものの、これから暫くの間は常にビビアが自身の行動を監視する為に付いて回ると言う事になってしまったレンは、祖父ロウガの適当さ、そして何よりこれから来たる不自由な毎日を憂いて、大きな溜息を吐いた。


「これで一先ず、私の話は終わりで御座います。何か質問等は御座いますでしょうか。」

「ええと、僕は取り敢えず大丈夫ですかね。」


アキトが問題無いと答えると、他の皆も全員が頷いた。


「それでは、この話し合いはこれにて終了で御座いますね。私の為に皆様の貴重な御時間を割いて下さった事、改めて感謝申し上げます。」

「いえいえ、此方こそ。」

「よぉっし!堅っ苦しい話は終わり終わり!こう座って難しい話を聞いてばかりじゃ肩が凝って仕方ねぇ。コウガ先生ん家に早く行こうぜ!」


話が終わったと聞いたレンは、途端に元気を取り戻した。いの一番に立ち上がり、アキト達に催促しながら出口に向かおうとする。アキト達もそれに追随する様に立ち上がった所で、それを止める声が響く。ビビアの声であった。


「……お待ち下さい。若。」

「ん?何だ?まだ何か用が有るのか?」

「私が何故此処に来たのか、それをまだお話しておりませんでしたね。」

「おわ⁉︎」


ビビアの右手から勢い良く蔦が伸びる。何か悪い事をした訳でも無いのにも関わらず、自身が縛られるとは思っていなかったレンは呆気なくそれに捕まり、グルグル巻きになって吊り下げられた。


「いきなりの失礼をお許し下さい。私が此処に来たのは、若をお屋敷に連れて行く為なのです。若が逃げ出さない様に、こうして捕獲させて頂きました。」

「な⁉︎いや、何でだよ!俺はこれからコウガ先生ん家に行って、それからアキトのアパートにだって行かなきゃなんだぜ⁉︎家に帰っている暇なんて無いぜ!」

「私は父より、若の補佐と言う仕事を賜りました。補佐とは『人を助けて、その“務め”を果たさせる』と言う事に御座います。これは宜しいですね?」


ビビアは、空中でもがくレンに近寄りつつも問い掛ける。無理やり蔦を振り切る事はほぼ不可能であると、それまでの体験からイヤと言う程に実感しているレンは、暴れるのを止めてビビアの方を見る。


「お、おう…知っているぜ。だが、だからどうしたってんだ?補佐…つうか俺の監視をするって話だろ?なら、お前も俺達と一緒に来りゃ良いだけの話だぜ。俺が家に帰る必要なんざ…。」

「若は、導力開発総合学園の生徒です。学園に通う者の『務め』とは、学生の本分とは本来、何であるのか…私の父の指導を受けていらっしゃる若ならば、流石に御理解頂けるかと。」

「え…おいおい…いや、ちょ!ちょっと待ってくれ!そ、それはま…まさかァッ!」


ビビアは、何処からともなく複数の本及び書類を取り出してレンに見せた。それは、学園で使用している教科書類であった。それを見せたビビアの顔は笑顔となり、それを見せられたレンの顔は真っ青になる。


「父から聞きましたよ?若、またも提出用課題を溜め込んでいらっしゃいますね?あれ程に父が口を酸っぱくして、早く終わらせる様にと散々言っていたのにも関わらず。」


ビビアは、その教科書及び複数の書類をコウガやアキトに手渡した。アキト達がその中を確認すると、空欄の目立つページが幾つも発見された。


「こ…これは前に私が出した課題ではありませんか!まだ全然進んでない!こっちは別の先生の担当している教科!またですか!折角、若様の懇願で提出期限を長めに設定していると言うのに!」

「ああ。これ、学園の入った当初の物ですね。最初の課題としては難しくて、結構時間を掛けて悩んだり、レン君に相談を受けた覚えが有ります。懐かしいですね……て言うか、まだやっていなかったんですか……。」

「い、いや、違う。これは違うんだ!俺はちゃんとやろうと思ったんだ!やろうとは思ったんだよ!信じてくれ、頼むゥ‼︎」


吊るされながらも必死に弁明をするレンに対し、コウガもアキトもその姿をただ冷ややかに見つめるのみであった。ビビアの言い分が正し過ぎて、レンを助ける気にもなれなかった。


「それでは皆様。この様に、若には外せない『用事』が出来てしまわれましたので、大変申し訳ありませんが、若と私は此処で一先ずお暇させて頂きます。若をしっかり監視して、必ずや課題を終わらせて見せますので。」

「有難う御座います、ビビアさん。教師である私が言うのも不甲斐無い物ですが、どうぞ宜しくお願いします。」

「いえいえ、コウガ様は教師として素晴らしい御方ですよ。ただ、少々甘過ぎる所は有ると思いますが。どうぞ、若の事にはお気を遣わず、もっと厳しくして頂いて結構ですので。」

「そうですか、それは助かりますよ。では、これからは遠慮無く行かせて頂きます。」


コウガのまさかの追い打ちに、レンの顔は更に真っ青になった。その絶望に染まる顔は、アキトは今まで一度も見た事無い程に酷く、一方のビビアはレンのその顔を見て更に紅潮していた。ご機嫌な様子のビビアは、レンを縛り上げたそのままで一礼し、アキト達も礼をして部屋を出て行く。


「ま、待って、待ってくれ!誰か助け…そ、そうだ!い、一緒に勉強を手伝ってくれ!ビビアじゃまだ習っていない範囲だ!先生やアキトが居てくれないと厳しいぜ!」

「ご心配には及びません。父や先生方に直々に教えを乞い、既に内容は理解しておりますので。皆様のお手を煩わせる必要は御座いません。私がマンツーマンで、手取り足取り懇切丁寧に御教えします。不肖な私にも理解出来たのです。若に出来ない道理は御座いません。」

「い、嫌だァ!勉強なんてしたくないィイ!俺はアキトと遊ぶんだァアアア!むぐお⁉︎」


必死に暴れて逃げようとするレンであったが、ビビアに口を塞がれ、更にキツく縛られ、ますます動けなくなって行く。アキトは少し申し訳なく思ったが、これもレンの為と、心を鬼にした。


「アキト様に依頼された件に関しては、別に時間を設けております。ただ、それ以外の時間はお食事とお風呂、トイレ、導術訓練の時間を除いて全てを勉学に費やして頂きますので、どうぞお覚悟を。……今夜は寝かせませんよ?」

「む、ムゴアアアアアアアアアアアアア‼︎」


レンの悲痛な叫び声は蔦に阻まれ、アキト達には届かない。ただその振動を蔦を通して感じたビビアだけ、その悲痛さを感じ取った。そして、心の底から湧き上がる何とも言えない喜悦を、存分に噛み締めたのであった。

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