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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第35話

一見何処にもある極めて普通のアパートの地下、何十台もの最新式のコンピュータが整然と設置されている秘密の部屋に、人影が二つあった。一人は片耳にヘッドホンを当てながら画面を見つめ続けるこの部屋の主ことカキエモンであり、彼の背後に立つもう一人は彼の姉のイナであった。


「首尾はどう?カキ。」

「上々で御座るよ。姉上。」


カキエモンが見つめる画面には、ある部屋に報告に来た部下らしき男を、その上司らしき男が怒鳴り付けている光景が映し出されていた。何処かしらの建物の監視システムをクラッキングして、その映像を盗んだ物であった。


「このいかにも偉そうな態度の男がそうなの?」

「左様。公安捜査庁長官のコシノ・ヒヨウで御座る。どうやら、姉上達を追跡していた者達との連絡が付かなくなった事で、部下をこっ酷く叱っている様で御座るな。連帯責任だの懲罰房に入れるだのなんだのと、中々に理不尽な事を言っているで御座るよ。」


カキエモンがクラッキングしたのは、公安捜査庁の防犯管理システムであり、その映像に映る男はコシノ・ヒヨウとその部下であった。音量を小さくして、ヒヨウの五月蝿い怒鳴り声を聞き流しながら、カキエモンは呆れた様に溜息を吐いた。


「全く…他人の失敗は許さず、自分の失敗は隠す。その責任を他所に擦りつけるだけ擦りつけておいて、その責任を押し付けた相手を理不尽に罰する。本当に、絵に描いたような外道で御座るな…。見ていて反吐が出そうで御座る。」

「そうね。だったら、その行いに思いっきり高い利子を付けて返して頂こうかしら。身辺調査の方はどう?」

「言うよりも、見た方が早いで御座るな。」


カキエモンが別の画面を指差す。イナがそれを見ると、そこにはヒヨウの数々の隠蔽している犯罪が事細かに記され、更に証拠となり得るデータが纏められていた。カキエモンやキツネの他の密偵達が秘密裏に収集した物である。


「殺人教唆は勿論の事、略取誘拐に脅迫、逮捕監禁致死傷、横領や賄賂に偽証…枚挙に暇が無いで御座るよ。しかもこれは、今正に証拠を隠滅しようとしている物のみで御座る。この程度、氷山のほんの一角でしか無いで御座ろうな。」

「良くもまあこんなにも…人って此処まで汚くなれるのね…。呆れて物も言えないわ…。」

「全く同感で御座るよ。此奴が昔に犯した犯罪は、残念ながら証拠が全て消されている為に立証も叶わない御座ろうが、それでもこれほどの罪状が証明出来る程の埃が出て来たで御座る。闇の深さがわかろうと言うものぞ。」

「これは、しっかりと“掃除”をしなきゃいけないわね。人の誇りを忘れた生ゴミは、金に集る蠅の餌にも勿体無いわ。せめてなるべく償却させて、国の肥やしとして役立てましょう。キツネ様に報告を。」

「御意。」


カキエモンは怪しく笑うと、ヒヨウの犯罪を証明する為に収集した証拠のデータのコピーを、一つも残さずキツネに送信する。


「ところでカキ、キツネ様が貴方の情報を売った関係で、貴方の隠れ家に公安捜査官が押し入ったと思うけど、其方は上手く行ったかしら?」

「手筈通り、慌てて逃げた様にして大体の証拠は置いて来たで御座るよ。『パーシモン』として実際に活動した記録も、厳重に隠した様に見せ掛けて、その上で発見させたで御座る。今は確信を持って、その資料に記された偽の暗号を頼りに『ハズレ』を捜索しているで御座ろう。」


カキエモンはまた別のモニターを見る。そのモニターには、ある廃墟近くに在る監視カメラの映像が映し出されていた。そして其処には、一般人を装い、『パーシモン』らしき人物を捜索している公安捜査官らしき複数の怪しい人影があった。


「此処に来たって事は…上手い事、騙せたみたいね。」

「物の序でに、某が『パーシモン』として接触していた犯罪組織を其処に誘導して、彼等と上手くバッティングする様に仕向けて置いたで御座る。高い税金を払っているので御座るのだから、最低限の仕事はして貰おうぞ。」

「…って、言っている間に始まったわよ。」


イナが腕を組んだまま、画面を顎で指す。其処には、不意打ちで銃弾の雨に晒される公安捜査官達の姿が映されていた。やがて銃弾の雨が止み、辺りに充満した砂埃が収まるにつれ、その中から大きな氷塊が現れた。柄の悪そうな男達の驚きの声が上がるや否や、氷塊から氷麗が大量に打ち出されて、襲撃者の男達に襲い掛かる。男達は足を凍らされ、次々と拘束されていった。


「……ヤクザ程度じゃ手も足も出ないわね。腐っても公安捜査官、流石に戦闘力が高いわ。これは、相手するヤクザの皆さんもお気の毒な事。同情はしないけどね。」

「まあ、某の情報を聞き出す為にも殺しはしないで御座ろう。元々消す予定の者達でも無く、偽装する時間も惜しい今では、殺すのは寧ろ悪手。奴等にとっては、殺すには価値が無さ過ぎるで御座る。」

「善人は問答無用で殺す癖に、悪人は殺さないなんてなんか不公平ね。」

「姉上、その発言は如何なものか。悪人であろうと簡単に殺されて良い理由にはならぬで御座ろうて。無論、善人は言わずもがなでは御座るが。」

「わかっているわよ。ちょっと、言いたくなっただけ。」


善悪の基準で判断するのでは無く、自分の都合、損得のみで相手の生死を決める。ある意味では当り前の事ではあるし、自分達も似たような事をしてはいたが、此処まで露骨な光景を見ると如何しても腹が立つ。せめていつかは報いを受けさせようと誓って、その怒りを心に仕舞い込んだ。


「さて、もうそろそろ全滅で御座るかな。逃げ果せたのは僅か数名。重畳重畳。」

「でも、時間稼ぎには余りならなかったわね。」

「元より期待はして居らぬ。ただ、この騒ぎに駆け付けれる様に警察を誘導して置いた故、これで彼等は更に時間を食うで御座る。これ以上の追跡は厳しく、一旦は中断で御座ろうな。」

「貴方も随分と用意周到になったわね。少しばかり、キツネ様に似てきたかしら。」

「冗談でも、それは止めて欲しいで御座るよ。」


カキエモンが溜息を吐きつつモニターを別画面に切り替えた時、彼のパソコンにメールが入る。噂をすればで正しくキツネからの物であり、『先の証拠は有難く使わせて貰いましょう。』と言う旨の連絡であった。一先ずの仕事を無事に終えたカキエモンが一息吐くと、イナがペットボトルを差し出す。


「お疲れ様。地下シェルター施設のクラッキングの件然り、相変わらず仕事が早くて助かるわ。はいこれ、差し入れの緑茶。好物でしょ?」

「これはかたじけのう御座る。まあ、某にはこれしか取り柄が無い故、此処で活躍せねば何処でしようと言うものぞ。それに今回は、キツネ殿の策のお陰でかなり容易だったで御座るし。」

「『コシノ・ヒサメに爆弾を仕掛ける偽の映像に、コンピューターウイルスを仕込む』だったかしら。」

「左様。食えぬ餌に猛毒の針を仕掛けて獲物を釣り上げようとは、相変わらずの酷い悪知恵。仕掛ける相手が卑劣な輩でなければ、本気で軽蔑している所で御座る。」


キツネは、ヒヨウを納得させる為にカキエモンに作らせた偽映像に、更にクラッキング用の特殊なコンピューターウイルスを仕込むように命じていた。ヒヨウがそれを確認する為に公安捜査庁のコンピューターで再生すれば、そのまま感染すると言う計画である。


「でも、あの建物の全てのコンピューターには最新式のセキュリティソフトが入っていた筈よ。スキャンされて検出されなかったの?」

「デュッフフフフ。姉上、某の可愛いウイルスちゃんが、その程度の物に引っ掛かると本気で思っているで御座るか?」

「どうでも良いけど、その笑い方止めて頂戴。気色悪いわ。」

「そうもきっぱり言い切られると、寧ろ清々しいで御座るな。」


カキエモン特製のコンピューターウイルスは、少し性能が良い程度のネットワーク・セキュリティなど物ともしない。そうとも知らないヒヨウは、最新式のセキュリティソフトが入った『公安捜査庁』の自分のコンピューターを使用した結果、それへの感染を許してしまっていた。それによって、公安捜査庁本部のメインコンピュータ及び防犯システムをカキエモンが乗っ取る事が出来たのだ。


「ヒヨウの奴、きっとキツネ殿の脅しに焦ったので御座ろう。迂闊にも、自身のコンピューターを映像の確認に使用したで御座る。セキュリティが有ると言う慢心や、外部での確認は万が一にも映像の流出の可能性が有ると思ったので御座ろうな。」

「キツネ様は、其処までヒヨウの動きを読んでいたのかしら。一応、念の為に私が裏で待機していたけど、直々に動く必要は全く無かったわ。」

「ある程度は予想していたので御座ろうな。内々で秘密裏に処理しようとする奴等の気質を、逆手に取ったので御座る。加えて、本来なら活用する事無く隠滅する筈であった証拠をこんな形で利用するとは…本当にキツネ殿は抜け目無いで御座るよ。」

「奴めがキツネ様の願いに少しでも共感出来ていたなら、キツネ様が表向きに公表した事を覆しかねない様な、そんな証拠を公開する気が無い事位、すぐにでもわかったでしょうにね。」


キツネは、ヒヨウが裏でエミリオ達やシラサギと繋がっていた事を公表する気は最初から無く、寧ろ隠蔽するつもりでいた。しかし、キツネはそれを使ってヒヨウを脅して罠に掛け、多くの譲歩を引き出し、更にその証拠の隠滅の手間までヒヨウに押し付けた。ヒヨウとの交渉は、キツネにとっては正に一方的に得な物であったのだ。


「にしても、まさか『あの証拠』まで向こうに渡すとは、幾ら頭の固いコシノ本家の説得の為とは言え、些か驚いたで御座るな。カスミ殿に知られれば、恐らく大層怒られるで御座ろうに。」

「そうね。でも、キツネ様にも、何かお考えが有るのでしょう。」

「確かにそうやも知れぬで御座るが……。姉上、幾らキツネ殿の事が大好きだからと言って、余りに盲目的に信用し過ぎるのも、如何な物かと思うで御座るよ。」


カキエモンの言葉に驚いたイナは、口に運んでいた緑茶を思わず吹き出しそうになり、それを無理やり飲み込んだが為に気道に緑茶が侵入、思い切り咳き込んだ。


「ガハッ!ゲホッ!ゴホッ!」

「姉上。精密機器は水気に弱いで御座る故、其方に向けて咳き込まないで欲しいで御座る。」

「な、何を急に言い出すのじゃ⁉︎わ、妾がキツネ様に対して恋煩っておるなどと戯言を申すで無い!」

「落ち着かれよ姉上。思いっ切り地が出ているでは御座らぬか。此処まで酷く取り乱すのは、正に図星だと白状している様な物ぞ?」

「ぬ、ぬぬぬぬぬぬ主が無礼な事を申すからじゃあ!」


取り乱すイナをカキエモンは冷静に諭すが、イナの動揺は治らない。その姿が余程面白かったのか、カキエモンはキツネの様な意地悪そうな笑顔になる。


「無礼も何も、事実で御座ろう?」

「否!断じて否!誰があの様な腹黒き殿方など!」

「ふむ、そうで御座るか。では、姉上はキツネ殿の事が嫌いで御座るのか。」


カキエモンの質問にイナの勢いは急速に減速、言葉も若干しどろもどろになる。


「べ、別に其処まで言うては居らぬ…。き、嫌いでは…無い…が、別に特段好いておる訳では…。妾達は一応、表向きはキツネ様の部下なのじゃ。例え仮初めとて、君主の命に異を唱えるのは、些か憚られると思っただけじゃ…。」

「そうで御座ったか。それは大変失礼致した。…ところで姉上、実はキツネ殿にとある噂がまことしやかに囁かれておってな?何でも、頻繁に外務省に参られるとある女性と、中々に良い雰囲気であるとの…。」

「何⁉︎それは真か!何処の不届者じゃ!名を申せ!妾自ら天誅を!」


イナは、カキエモンの話がまだ終わらない内に彼に詰め寄る。その顔は鬼気迫り、カキエモンの襟元を掴んで強く揺する。頭を強く揺す振られたカキエモンはイナを宥めながらも、態とらしく疑問を投げ掛ける。


「天誅とは、これまた穏やかでは御座らんな。何をそんなに焦っているので御座る?キツネ殿の事は別に好きでは無いので御座ろう?なら、別にキツネ殿が誰と情を交わそうと、姉上には全く関係の無い話で御座ろうに。」

「ぐ…そ、そうかも知れぬが、騙されているのやも知れぬでは無いか…。これは、純粋に一部下として、上司を心配しているだけじゃ…。」

「それならば大丈夫で御座ろう。相手の方は別に素性の知れぬ者では無く、また良からぬ考えなども持っていないで御座るよ。それにキツネ殿は、悪しき女に騙される様な不甲斐無い男では無いで御座る。姉上が心配する必要は全く無いで御座るよ。」

「ぬ、ぬう……。」


カキエモンの冷静な反論に、旗色の悪くなったイナは言い訳を言うのを止め、急に頭を下げてカキエモンに頼み込んだ。


「カキ……頼む。後生じゃ、相手を教えてくれ…。せめて、人となりだけはこの目で見て確認したいのじゃ…。それでもしも…妾も納得の行く者であれば…妾は…。」

「確認して如何するつもりか?そんな、他人の情事を覗き見する様な所業、部下として、いや人として如何な物かと思うで御座るよ。そうは思わぬで御座るか?姉上。」

「くぅ…うう…うえ、うぇぇぇん!」


ついに、イナは泣き出してしまった。まるで子供の様なその泣き方にカキエモンは驚き、少しやり過ぎたと後悔した。


「あ…姉上、何も泣く事は無いで御座ろうに…。大人気無いで御座るよ…。」

「じゃって…じゃってぇ…。」

「安心するで御座る。キツネ殿はその女性と実際に付き合っている訳では御座らぬ。その方には立派な夫や息子も居るで御座るし。ただの噂に尾鰭が付いて、一人歩きしているだけで御座るよ。」

「何?そ、それは真…か…?」

「左様。それに、某は別に『キツネ殿が女性と付き合っている』などとは、一言も言って居らぬでは御座らぬか。相変わらず、姉上はキツネ殿の事で弄ると面白い反応をするで御座るな〜。」


カキエモンが其処まで言った所で、イナは漸くカキエモンに揶揄われていた事に気付いた。見る見る内に、恥ずかしさと怒りで顔が朱に染まって行く。


「お、おのれカキエモン!妾を謀ったか!」

「謀ったとは人聞きが悪いで御座るな。某は飽くまで噂が有ると宣ったのみぞ。それを姉上が勝手に勘違いしたで御座るよ。」

「だ、だとしても、言い方が色々と誤解を招き易いではないか!あ…あれでは、あたかもキツネ様がその女と付き合っているかの様で、妾は…妾は…!」

「いつもながら、姉上はキツネ殿の事が関わると冷静さを欠き勝ちで御座るな。もっと精進召されよ。冷静に考えられぬから、こんな単純な引っ掛けにも掛かってしまうので御座るよ。昨日の姉上の様に。」

「うぐっ⁉︎」


カキエモンの言葉に、イナは先程までの勢いが再び一瞬にして消え失せ、バツが悪そうに彼から目を逸らした。カキエモンは、イナがキツネにカマを掛けられ、アキトと自分達とに関係が有る事をキツネに気取られてしまった事に対して、これからは気を付ける様にと暗に忠告していたのだ。


「いや…それは、誠に済まぬとは思っておる…。」

「過ぎた事を責めるつもりは御座らぬ。どうせ、あのキツネ殿に対して何時までも隠し通せるとは思っておらなんだ。ただ、少しばかりタイミングが悪過ぎたで御座る。よりにもよって、キツネ殿の策謀が本格化するであろう今、この時期に知られてしまうとは…。」


キツネは、例え信用出来ない相手に対しても、その過去を無理やり聞き出そうとはしない。元々、キツネ麾下の諜報部隊には訳ありの人材が多く、またキツネ自身も自分の過去を語りたがらない為に、互いに一定の線を引いてそれ以上の深入りをしない事が暗黙の了解となっている。しかし、『使える』とキツネが感じれば話が違って来る。


「姉上も良く存じておろう。我等『アラカミ』が、どの様な経緯で今に至るのか。キツネ殿は恐らく、我等とアキト殿との繋がりについて薄々勘付いておろう。正確な事がわからなくとも、それだけで十分に、アキト殿は利用価値が高いと考えている筈。勿論、我等に対する牽制の意味でもまた然り。」

「それは…そうであるやも知れぬが…。」

「その上、アキト殿はアビス王国穏健派の重鎮に大層気に入られてしまったで御座る。かのフェルミ卿は、シルバーナ様の婿としてアキト殿を迎え入れようと考える程の気に入り振り。シルバーナ様も俄然その気になって居られる。もう、キツネ殿は決してアキト殿を手放さないで御座ろうな。」


アキトの立場は、アビス王国とヨミ国とを繋ぐのに既に重要な物になっていた。元々、シルバーナがアキトの事を気に入った時点で、キツネにとってアキトは充分に活用価値が高かったのだが、イナ達との繋がりを察したキツネなら、自分の想定以上の価値がアキトには有ると踏んでいるだろうとカキエモンは推察する。


「更に言えば、アキト殿は政府の人間でも諜報員でも無い民間人で御座る。我等の様な諜報員は目立ってはいけないが為に、表では思うように動けぬ。それに公の人間では、アビス王国の事情に深入りさせるにはリスクが高い。だが、アキト殿にはその心配が無い。これが何を意味するのか、姉上にもわかるで御座ろう。」


アキトは諜報員では無いので、『表』で自由に行動が出来る。そして政府の人間では無いと言う事は、アキトの失敗をヨミ国の失敗にしない様に持って行き易いと言う事でもある。つまり、キツネにとっては『表』で大っぴらに動かし易く、かつ何か問題が起きれば全てをアキトの独断として切り捨て易いと言う、非常に扱い易い『駒』でもあるのだ。


「キ、キツネ様はその様な冷酷非道な御方では無い!」

「それは某も承知しているで御座る。簡単には見捨てない事も、なるべく失敗しない様に裏から支援しようとする事も。しかし、それでも庇い切れない場合、キツネ殿は容赦無くアキト殿を切り捨てようぞ。被害を最小に抑える為ならば、あの御仁はそれ位の事、顔色一つ変えずに遂行するで御座る。」


カキエモンは、冷静にキツネの性格を分析する。それは、イナもまた感じていた所を見事に言い当てていた。イナは悲しそうに俯き、苦しそうに言葉を絞り出す。


「……そうならぬ様に、妾は精進しよう。それが妾の勤め。せめてもの償いじゃ…。」

「某も極力協力するが、それでも絶対に大丈夫とは言い切れぬ。……本来なら、そもそもアキト殿をこの件に関わらせる事こそあってはならなかったので御座る。アキト殿には、この国で極普通の一般人として、平穏で幸せに暮らして欲しかったのだが…。」

「それは、本当に申し訳無いと思っておるのじゃ…。」

「済まぬ。某も少し言い過ぎたで御座るよ。…しかし解せぬな。姉上の導術ならば、そもそも二日前の作戦決行の夜、学園の寮の裏山でアキト殿とシルバーナ様を邂逅させる事を未然に防ぐのも可能であった筈。……何かあったで御座るか?」


カキエモンの問いに、イナは急に神妙な顔付きになる。


「カキ…お主は伝えて置かねばならぬな。ただし、これは一切他言無用。キツネ様にも伝えるべきでは無いじゃろうて。」

「……何かあったので御座るな?しかも、相当な事とお見受けする。」

「あったと言うべきか、無かったと言うべきか…。あの日の夜、『学園の生徒にシルバーナ様を発見させる』とのキツネ様の御達し故に、寮の裏山までシルバーナ様を誘導して来た。其処までは上手く行っていたのじゃ。」

「しかし、其処に運悪くアキト殿が現れてしまったと。」

「うむ。アキト君を関わらせたく無かった妾は、何とか彼とシルバーナ様とを会わせぬ様にと術を使用した。シルバーナ様は空腹で意識を失っていたが為に、致し方無くアキト君に向けて術を発動したのじゃが…。」


イナの声には、戸惑いの色が濃く滲んでいた。その驚きの表情は、とても信じられないとでも言いたげであった。


「アキト君の行動は全く変わらなかった。そしてそのまま山中を進み、シルバーナ様を見付けてしまったのじゃ。妾がシルバーナ様を運ぼうとも思ったのじゃが、下手に動いて妾の存在を敵に気取られる訳にも行かず…。その後は主の知る通りじゃよ…。」

「……術を失敗したのでは御座らぬのか?調子が悪かったとか。」

「いや、それまでもアビス王国の強硬派工作員などを上手く誘導する事は成功していたのじゃ。その後も別の標的に使用して、ちゃんと術が発動している事も確かめた。だが、再びアキト君に秘密裏に術を使用しても、結果は同じであったのじゃ。」


イナの言葉には、嘘偽りは無い様にカキエモンには感じられた。そして、その事実を知ったカキエモンは、頭を抱えた。


「それが本当で御座れば、かなり厄介な事になったで御座るな…。」

「のう…。カキ、アキト君に妾の術が効かなかったのは、やはり『あの事』が関係しているのでは無かろうか…。」

「まだ判断材料が少な過ぎるで御座る。状況証拠のみで判断するのは、些か早計ぞ。だが、或いはその可能性も…。いや、寧ろそう考えた方がしっくり来るのは否めぬ…か。」


カキエモンは部屋の中にある、一つのコンピュータの画面を見つめた。其処にはアキトの顔写真と、その少し変わったプロフィールが詳細に記されていた。


「…何にせよ。我等のすべき事は変わらぬ。ただ…義を果たすのみ。」


カキエモンは眉間に皺を寄せつつ目をキツく閉じ、呻くように呟いた。その様は、まるで何かに祈っているかの様であった。









「まさか、ヤクモさんが逮捕されてしまうだなんて…。」


アキト達全員が枕投げで疲れ切っていた所に現れたヤクモは、自分がどう言う立場に置かれてしまったのか、これからどうなるのかについてアキト達に簡潔に説明した。そして、アキト達の驚きも冷めやらない内に、やって来た警官に連れられて行ってしまった。勿論、召喚契約も忘れずに解かされていた。


「クロ叔父さんなら大丈夫だろ。カスミ叔母さんだってついてんだから。」

「確かに、嫌疑不十分ですぐに釈放されるだろうとは言っていましたが…。」


それと入れ替わる様に、カスミが派遣した警官達が警護の為にやって来たので、彼等に外の見張りを任せる事にした。更に念の為にと、レンは土狼を何十体と呼んで旅館内を隈無く巡回させた。そして、アキト達はある大部屋に集まって就寝の準備をしていた。


「懐かしいぜ。爺ちゃんも昔は良く、暴れて壊して捕まって釈放されてを繰り返していたからな〜。最近は無くなったけど、時々リン叔母さんも捕まってたしなぁ。クロ叔父さんも昔はやんちゃだったから、捕まった経験は有るって言ってたし。もう身内が捕まる事なんて慣れっこだぜ!」

「慣れっこって…。そんな状態で、学園長ってよく学園の経営が出来ていますね…。」

「いやぁ…まあ…周りのお陰って言うか…。本当、俺ん家は色んな人に助けて貰ってんのよ…。」


学園長は周囲に迷惑こそかけるものの、人柄故か不思議とその人望は厚い。今までも何度も暴走して周囲に迷惑を掛けて来たが、その度に彼の周囲に居る優秀な人材や、他の多くの名家との強い繋がりが、彼を支えて来ていた。


「だけどな?俺はそんな爺ちゃんが嫌いじゃねぇんだ。向こう見ずで無茶ばっかりだし、迷惑も沢山掛けっちまうけど、本気で人の為に怒って行動してるんだってわかるからな。そこにゃ、計算も何もありゃしねぇ。自分が損するとか得するとか、そんな後の事なんて少しも考えねぇんだ。」


学園長が怒るのは、その大体が理不尽な目に遭っている者達の為である。勿論、学園の生徒や家族も非常に大事に思っている。そしてその上で、更に困っている者達の為に怒り、自らの損得など考えずに体が勝手に行動に移してしまう。その人柄が、彼の高い人望の一因ともなっていた。


「……凄い人ですね。僕も尊敬します。」

「おう!あんがとな!爺ちゃんのその心意気は、孫としての自慢なんだぜ。まあ、無謀な行動に出ようとする時は、大体クロ叔父さんに押さえ付けられちまうから、格好良い姿はあんまし見られねぇんだけどな。あんまりにも周囲に迷惑を掛けちまうのは、確かに頂けねぇし。」

「それでも、その生き様には憧れます。僕の両親にもそう言うお人好しな所があって、そんな両親をとても尊敬しているので、出来れば僕もそう在りたいと思っているんですが…。いかんせん、後の事を考えてしまうんです…。」


アキトの両親もまた義に厚く、見返り無く人を助ける事を良しとし、そして余り後の事を考えない豪放磊落な性格をしている。そんな両親を見て育ったアキトは、その生き方に憧れを抱いていた。しかし、その性格が原因で貧乏な生活を強いられている事も有り、そして大事な妹にひもじい思いをさせない為にもと、現実的に考える癖が付いていたのだ。


「ん〜。ま、余り気にすんなよ。勿論、突っ走ってそれで正解ならそれに越した事はねぇが、間違っちまう場合だってあるんだ。そんな時に後ろで冷静に判断して、手綱を引っ張ってくれる人が居てくれると助かるんだぜ。ブレーキ役だって、時には必要なモンさ。」

「そうで…しょうか…。」

「おうともよ。それと、これだけははっきり言えるぜ。アキトは両親の事を心から誇りに思っているだろ?なら、それを誇りに思えるアキトの心は…『良い物』を『良い』って思えるその心は『本物』だ。『本物』だったら、それが叶わない訳がねぇぜ。絶対に、いつかなりたい自分になれるさ。俺はそう信じてるぜ!」


レンは右拳を突き出して元気一杯に笑った。その無邪気な子供の様な、快活で屈託の無い笑顔を見て、アキトは心に暖かい物が溢れて来るのがわかった。アキトもその右拳を突き出してレンのそれに軽く当てると、はにかみながら『有難う』と礼を言った。


「キュイキュイ!」

「お兄さん。レン様。此方は終わりました。」

「ああ、お疲れ様です。」


レンとアキトが話していると、其処にシルバーナとディアがやって来る。アキト達が寝る為の準備を始めた際に、彼女らも手伝いたいと志願したので、アキトは彼女らに布団を敷くのを依頼していたのだが、それが終わったので戻って来たのだ。


「如何でしたか?翼手や尻尾を使って作業をして見た感覚は。」

「えっと…やはり慣れていない作業は難しかったです。ディアちゃんも手伝ってくれなかったら、もっと時間が掛かっていたでしょうし…。もっともっと頑張らないと…です。」

「キュルピッピ!」


アキトはシルバーナ達に布団を敷く作業を依頼する際に、彼女達に翼手や尻尾を使って作業をして見る様にと言った。彼女達に、其れ等を使った動きに慣れて貰う為である。ディアは、尻尾を動かすのに慣れていた為にスムーズに作業を進められていたが、シルバーナは翼手等を使う事に慣れていなかった為に、作業に多少の時間を取られていた。


「初めてだから仕方ありませんよ。ですが、綺麗に敷けていますね。これだけでも、ルビィの頑張りが良く伝わって来ますよ。有難う、ルビィ。ディアも有難うね。」

「あう…あ、有難う御座います…。」

「キュイキュイ〜!」


その分、丁寧な仕事を心掛けていたらしく、布団は綺麗に敷かれていた。アキト達の使う物だから妥協したくないと、その一心で努力した賜物であった。その気持ちを感じ取ったアキトは、シルバーナ達を優しく撫でて感謝し、自分達の努力が認められた彼女達は、嬉しそうな笑顔を見せた。


「さて、そろそろ就寝の時間ですが、さっきまでの枕投げで汗をかいてしまいましたね。またお風呂に入って、もう一回着替えましょう。はい、これ新しい替えの服です。」

「ジコク、ゾウチョウ、念の為にルビィちゃん達に付いて、周囲を見張っていてくれ。」

「「ルオン!」」

「お兄さん。レン様。有難う御座います。行こう、ディアちゃん。」


アキトは召喚術で呼び出した新しい着替えをシルバーナに手渡し、レンはジコクとゾウチョウを戦闘用形態(二メートル超の巨大狼)で呼び出して彼女達の護衛とした。シルバーナはレンとアキトに感謝して、ディアを伴って仲良く風呂場に向かって行く。ディアは風呂に入る必要は無いのだが、シルバーナとなるべく一緒に居たいらしく、彼女にピッタリと寄り添っていた。


「……僕、もっと強くなりたいです。あの子達を…守りたいから。」


仲良く歩くシルバーナ達を優しい眼差しで見つめながら、アキトは呟いた。すると、それを聞き付けたレンが、元気にアキトを励ました。


「大丈夫だぜアキト。大事な人が居る奴はな?それだけでとても強くなれんだぜ。そして、その大事な人の為なら、もっと強くなれるんだ。だから、アキトは今も強ぇし、もっともっと強くなれる!」

「…有難う。そうですね。あの子達の為なら…僕は…。」

「おう、その意気だぜアキト。俺も…もっと強くなる。昨日の俺みたいな、大事な人を助けたくても助けられねぇなんて、そんな情けねぇのはもう勘弁だから。…もう二度と、大事な家族を奪われたくねぇからさ。」

「ええ、本当に………その通りですね。」


レンの言葉を心の中で反芻したアキトは、再びシルバーナ達の後ろ姿を見た。その瞳には、非力であった為に守れなかったかつての安息を、今度こそ何が有っても守り抜くと言う、悲壮な覚悟が宿っていた。

取り敢えず、これで三部は終わりです。

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