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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第34話

「我慢は身体に毒ですよ。そろそろ吐いてスッキリしたら如何でしょうか?」

「はあ…はあ…。だから…何度も言っている様に、我々はただ、此処に夜景を見に来ただけです!私有地に無断で入った事は謝りますが、それ以外に疚しい事なんて一つも有りませんよ!」


休んで体力を回復したレンが、再びアキト達を誘って全力で枕投げをしていた頃、ヤクモは別荘の地下深く、非常に頑丈で完全防音な壁に囲まれた部屋に居た。近くには、ヤクモに拘束され尋問を受けている、一般人を名乗る怪しい男達ーー公安捜査庁のヒヨウ配下の私服捜査官達が居た。


「貴方達は一般人では有りません。特殊な訓練を受けているでしょう?そんな事、貴方達の仕草一つ見ればすぐにわかりますよ。」

「そんな…違いますよ…。お願いします、信じて下さい…。」

「…私は、最初に言いましたよね?嘘をついたら罰を与えますと。そして貴方達は、誓って嘘は吐かないと仰って承諾しました。嘘をついた貴方達には、約束通りのペナルティを課します。」

「が…ギアアアアアア⁉︎」


男達は様子見の為にほんの少し別荘に近付いた所で、周辺のヤクモ操る木々達に襲われた。警戒こそしていたが、上司のヒヨウの脅しに冷静さを失い、焦ってヤクモの領土に踏み込んでしまったのが悪手であった。また、権力の有る公安捜査庁の人間が襲われる事はまず無い為に、それに胡座をかいて油断してしまっていた所もあった。


「ふふふ、良い声ですね。さあ、貴方達は本当は何者で、何をする為に此処に勝手に潜入してきたのか…正直に言う気にはなりましたか?」

「わ…わかった…言うから…少し待ってくれ…。我々は…どの国かは言えんが、ある国のスパイだ。此処には、ヨミ国の導術使いの実態を調べに来た。ヤクモ・クロガネ…貴方が腕利きの導術使いと言う情報を入手し、その調査をしに此処に…ガアアアアア⁉︎」

「見え透いた嘘ですね。私に偽の情報を渡したいのなら、もう少し増しな嘘を吐きなさい。」

「う、嘘じゃ無い…本当…グアアアア‼︎」


そして、全員見事にヤクモに拘束されて別荘に移送、地下にあるヤクモ専用の拷問部屋に閉じ込められて今に至る。一般人を装ったが見破られ、別の国のスパイと言う尤もらしい設定もすぐに見抜かれてしまった。公安捜査庁の者だと正直に言って脅しを掛けようとも考えたが、キツネと繋がっている可能性が高いヤクモにそれを悟られる訳には行かない為に、それも出来なかった。


(騙し切るのは…厳しいか。それに…このままでは不味い…。さっきから、頭が上手く働かない…恐らく、自白剤か何かを盛られて…しまったか。このままでは、白状してしまうのも時間の問題…斯くなる上は…!)


そして男達は、自分達の身体の異変に気付く。注意力が散漫となり、不用意な言葉が口をついて出て来ようとしているのだ。ヤクモが何かを仕掛けた事は明白であった。そしてそれは、彼等に最期の手段を採らせるのに充分な理由となった。


「おっと、危ないですね。」

「ふごあ⁉︎」


ヤクモが蔦を操って彼等の口を塞いだ。彼等が俯いたまま、一斉に舌を噛んで自決しようとしたからである。此処で死ねば情報を守るだけで無く、事件に発展させてヤクモに責任を取らせる事が出来ると踏んでの判断であった。しかしその決死の行動は、ヤクモによっていとも簡単に防がれてしまった。


「フフゴ!フガフゴ!」

「そう命を粗末にする物ではありませんよ。これはまた、お仕置きが必要の様ですね。今度は少しばかりキツめですよ?」

「ゴ、ゴオオオオオオオ⁉︎アアアアアア‼︎」


思わず気が狂うのではと錯覚する程の激痛が、彼等の全身を駆け巡る。痛みには慣れている筈の彼等でさえ、思わず泣いて許しを請いたいと本気で思わせる程に、その痛みは激しかった。


「これが嫌なら学習なさい。それとも、貴方達の秘密は、貴方達が死んでまで守らねばならない物なのですか?」

「ガ…ガガゴガガガ…‼︎」


男達は、挫けそうになる気持ちを気力で保たせ、残り少ない力を振り絞って反抗する。コシノ家に逆らわない為に、決して屈する訳には行かなかったのだ。その強い意思を感じ、ヤクモは嬉しそうに嗤った。しかしその瞳は正に、獰猛な野獣のそれであった。その嗜虐心に満ちた瞳に、男達は全身が総毛立つ。


「ふふ…そうですか。これは久し振りに根性の有る、尋問のし甲斐の有る方達ですね。相当に訓練を受けていらっしゃるのでしょう。これは…とても…長くなりそうですね…楽しみですよ…。」


ヤクモの纏わり付く様な甘ったるい声が、男達の耳からするりと入り込んで心を侵食して行く。唯の尋問なら耐えられた。そして、本当に心が折れた様に見せ掛けて嘘の情報を流してやろうとも考えていた。しかし、ヤクモが彼等を『ただただ痛め付けたいだけ』と言うのなら話は違って来る。


「これだけ私を愉しませて下さるのですから、簡単の手放すつもりは有りませんよ?大丈夫です。貴方達は上質な玩具…決して誰かに壊させませんし、自壊もさせません。ずっと…ずっと…私の玩具…。」


終わりの無い苦痛に晒され続け、しかし壊れる事すら許されず、そして決して報われないだろうと言う最悪な絶望が、男達の心に植え付けられる。そしてその絶望は、男達の不安と恐怖を糧にして芽吹き、抗う力を吸い取りながら育ち、やがて綺麗な黒い花を咲かせるであろう。


「さあ…もっと頑張って抗いなさい。簡単に手折れては面白く有りません。その強い瞳…とても綺麗です。もっと…もっと輝かせて下さい…咲き誇って下さい。僭越ながら、私がそのお手伝いをさせて頂きます…。」


男達の呼吸は浅く速くなり、目は血走り、身体は金縛りにあったかの様に強張る。それでも耐えねばと言う気力を、最後の一滴まで絞り尽くし、奇跡を信じて出来るだけ長く抵抗しようと歯を食い縛った。その様子に更に喜んだヤクモが、彼等を真綿で絞め殺す様にゆっくりと遊び尽くそうとした時、不意に頭中に声が響く。それはカスミの声であった。


『…お兄様。お愉しみの最中、失礼致しますわ。』

「カスミですか。…急ぎですか?今この場で話せない様な内容ですか?」

『はい。でなければ、お兄様のお愉しみの時間に水を差す様な、愚かな真似などする筈が御座いませんわ。』

「わかりました。少々名残惜しいですが…まあ、愉しみを後にとっておくのも悪くは無いでしょう。」


ヤクモの言葉に、男達は安堵の溜息を密かに吐いた。例え一時であろうとヤクモが側を離れると言う事が、何よりも嬉しかったのだ。しかし、ヤクモはそんなに甘い男では無い事を、彼等は知らなかった。


「それでは皆様。私は用事が出来ましたので、此処で一先ず失礼致します。ですが、それでは皆様も退屈なさってしまわれるでしょう。細やかですが、退屈凌ぎの玩具を用意致します。」


ヤクモは地下室に安置してある木偶人形を操り、男達の側に一体づつ来させた。非常に嫌な予感に男達が慄いていると、木偶人形から何本もの蔦が生えて、縛られて身動きが取れない男達にゆっくりと巻き付いて覆って行く。


「ゴ、ゴアアアアア⁉︎」


男達は口を塞がれたままに叫んだ。全身に隈なく、まるで何千何百もの小さな虫が皮膚の下を這いずり廻っているかの様な、非常に気持ち悪い感触に襲われた為だ。思わず鋭利な刃物で全身を掻き毟りたい衝動に駆られるが、身動き一つ取れず何も出来ない。


「虫の動きを参考にした全身マッサージ人形です。繊細な触覚や足の動きまで本物以上に再現して見たのですが、その反応なら上手く行った様ですね。如何です?面白いでしょう?」

「ゴア!ゴア!ゴアアアアアアア!」


男達はヤクモの言葉など聞いてはいなかった。それよりも何よりも、兎に角掻き毟りたかった。まるで気が触れてしまったかの様に、それしか考えられなかった。しかしすぐに、その感触は治まる。見ると、先程まで細かく動いていた蔦が動かなくなっていたのだ。だが、それは決してヤクモの慈悲などでは無かった。


「言ったでしょう?貴方達を壊すつもりは全く無いと…。」

「ア…アア…!」


男達の正気を出来るだけ長く保たせ続ける為の、ただの息継ぎに過ぎなかったのだ。すぐにまた耐えがたい程に気持ちが悪い感触が全身を襲い、男達はまたも発狂したかの様に暴れようとするが、全く動けない。最早、心は殆ど折れかけていた。


「それでは皆様、暫しのお別れです。」

「ガ…ゴガギグガガガ!(お待ち下さい!話します!全て正直に話しますから助けて下さい!)」

「何か仰いたいのですか?そのままでは何と言っているのか良く分からないのですが、自決なさろうとする方達の猿轡は外す訳には参りませんので、悪しからず。」


ヤクモは意地悪く嗤いながら、男達の懇願を一蹴した。男達の瞳には、最早絶望の色しか映らなかった。


「それでは皆様、またすぐにお会いしましょう。その時は改めて、心が壊れない程度に…存分に味わい尽くして差し上げますよ。ふふふふふふ……。」


ヤクモは踵を返し、男達の悲痛な叫び声が響く、そんな阿鼻叫喚地獄の様な凄惨な状態の地下室から出て行った。









『ふふ…流石はお兄様。あの方達、すっかり心が折れておりましたわ。』

「もう少し、歯応えが有ると思ったのですがね。少しばかり残念ですよ。まあ、壊れない程度にもう少しだけ遊んだら、解放して差し上げましょう。今ならまだ、『雇い主』に対して裏切りを働いていませんからね。」


地下の別の部屋に移動したヤクモは、自身の体から分離したカスミのスライムと会話をしていた。


『ですが宜しいのですか?あれ程の尋問、正当な理由が無くては訴えられかねませんわよ?』

「ふふ、カスミもわかっているでしょうに。彼等は私有地に無断で侵入し、そして本当の身元も目的も明かしていません。更に、此方にはアビス王国の要人であるシルバーナ様がいらっしゃるのですよ?」

『ふふふ、その隠すつもりが全く無い白々しさ。素敵ですわ…お兄様。』


ヤクモは彼等の身元も目的も見当がついていた。しかし、それでは彼等を尋問出来ないので、敢えて彼等の素性や目的を知らないと言う体でいたのだ。そのままならば、彼等はシルバーナを襲いに来たテロリストである『かも知れない』ので、尋問する事に正当性を持たせる事が可能なのである。


更に言えば、彼等にとっての此処での出来事は、キツネに気取られる可能性(尤も、既にキツネにバレてはいるが)もある為に、出来れば公にしたくない事であった。そして彼等の身体には証拠となり得る様な大きな怪我もない上、心は完全に折られて居る為にヤクモに逆らう事はまず出来ない。つまり、ヤクモを訴える事は彼等にとって余り利益が無い上に至難の技であり、まず心配する必要の無い事であったのだ。


「それで、要件は何ですか?」

『お兄様に、至急お報せせねばならない事が三つ御座います。』

「何でしょう。」

『一つ目…お兄様に森林法違反、及び非現住建造物等放火罪の嫌疑がかけられました。現在、逮捕状が発行され、捜査官が数名其方に向かっております。もう二十分もすれば到着するかと。』


それは、アシタの生物兵器が起こした山火事と、それによって燃えてしまった家屋の件で、ヤクモが逮捕される言う報せであった。犯人(?)である生物兵器は跡形も無く消え失せてしまったので、事件の責任は代わりにヤクモ達に負わされる事になる為である。


「それは大変ですね。早急に応対の準備をして置きましょう。それと、捕らえたあの方達はしっかりと地下に隠しておきますので、後で回収をお願いします。」

『わかりましたわ。ワタクシが責任もって預からせて頂きます。』

「それにしても…失火では無く放火ですか。確かに私の力不足で、あの火鼠達に古民家への放火を許してはしまいましたが、これはまた大きく出ましたね。」

『ええ…全く。ワタクシの派遣した者達に証言をさせますので、嫌疑はすぐにでも晴れるとは思いますが…。暫くは勾留される可能性が高いと思いますわ。ワタクシの力が及ばず…申し訳御座いません…。』


カスミは口惜しそうに謝る。本来なら、警察に対して強い権限を持つカスミの口添えで、ヤクモ達に嫌疑がかかる事すら無い筈であった。実際に昨日の事件も、一般人に死者や重傷者が出なかったのも有るが、ヤクモ達は刑事罰に問われる事無く済んでいる。しかし、今回は逮捕状が発行されてしまっていた。


「その様子、貴女でも干渉出来ない方が裏で動いた様ですね。」

『ご明察恐れ入ります。イズモ・ギシン…彼の者が独断でお兄様の逮捕を決定しました。』


イズモ・ギシンは、カスミの夫であるイズモ・アシナが所属する派閥と争う別の派閥の重鎮である。カスミでも容易には口出しが出来ない存在であり、また彼の判断によって逮捕状が発行出来てしまう位の強い権限を持つ人物でもあった。


「私を逮捕して、その血縁である貴女…そしてその夫のアシナ様の足でも引っ張るつもりでしょうか?それにしては、少しばかりやり方が稚拙で、乱暴過ぎる気がしますね。」

『ええ、証人が複数も居るのに、謂れ無き罪状で逮捕するなど…。不起訴処分となる事は目に見えて明らかである筈。いくら誤認逮捕は違法で無いとしても、あからさま過ぎて怪しいですわ。他に…何か狙いが有るやも知れませんわね。』

「となると…私の逮捕は、勾留による私の拘束こそが目的。何かをするのに、私の存在が邪魔と言った所でしょうか。」

『ええ、恐らくは。』


勾留される間は、導術を使えない様に専用の手錠を掛けられ、逃亡も出来ない様にとアキトとの転移契約も切らされる。しかし、法的な強制力がある為に断る事は出来ない。つまり、ヤクモは完全に無力化されてしまうのである。


「そして問題は、相手がその状態で一体何をする気なのか…ですね。」

『それはまだわかりかねますが、ワタクシの方で秘密裏に調査致しますわ。』

「お願いします。……呉々も慎重に行動して下さいね。」

『言われずとも重々承知しておりますわ。お兄様の方も、どうかお気を付け下さい。導術を封じられている間に、向こうが何か仕掛けてくるやも知れませんので。手練れの者を監視兼護衛として派遣しますが、油断は禁物ですわ。』


ヤクモの力が制限されるのは、アキト達の戦力低下のみならず、当然ながらヤクモの自衛手段が強く制限される事を意味する。監視の目がある為に、目立つ事をして来る可能性は低いであろうが、ヤクモ自身に何かを仕掛けるのなら絶好の機会である。相手の目的に目星がつかない内は、あらゆる可能性に目を配るべきとヤクモ達は考えていた。


「それと、大旦那様達の事も心配です。私が逮捕勾留されてしまうと、大旦那様や若様のお世話…もとい制御出来る者が居なくなってしまいますからね…。しっかりと言いつけてはおきますが…果たして問題行動を謹んで頂けるかどうか…。」

『……難しいですわね。頭では理解為さっていても、もしも家族や友を傷付けられる様な事が起きれば、大旦那様も若様も完全に周りが見えなくなってしまわれますから…。コウガ先生、コチヤ先生でも大旦那様を押さえつけるのは至難の技でしょうし…。』

「妻のリンなら大旦那様の御息女ですし、若様も頭が上がらないので、『暴走しない様に監視していて下さい』と言えれば、それが一番良かったのですが…。」

『…義姉様も一緒になって暴走する様が目に見えるようですわ…。』

「『はあ……。』」


ヤクモの妻のリンもまたオオカミ家の例に漏れず、義に篤く、また暴走し易い。学園長やレンが怒る事なら、彼女もまた怒るであろう事は想像に難くなかった。兄妹は、一番の懸念が身内の暴走であると言う不甲斐無さに、改めて情け無い気持ちになる。しかし、嘆いていても仕方が無いので、学園長の暴走を抑える最後の切り札を切る事に決めた。


「……致し方有りません。オハリの叔父上に大旦那様の制御を依頼しましょう。あの方なら、大旦那様の手綱を上手い事握って下さる筈。」

『叔父上ですか…。確かにそれしか無いとは思いますが、また御迷惑をお掛けしてしまいますわね…。』

「背に腹は代えられません。私が勾留から解放された暁には、十分な御礼を致しましょう。」


ヤクモやカスミの叔父であるオハリ・カンランは、学園長を厳しく律する事が出来る数少ない人物である。学園長にとっては幼少の頃からの幼馴染であり、また学園長が問題を起こす度に親以上に厳しく叱り続けて来た為に、彼が決して頭が上がらない人物でもあった。まさに、学園長の暴走を止めるには最適の人選である。


「若様には…ビビアを監視に付けましょうか。フレナには、姉の手伝いをしっかりする様に伝えて置きます。それと、リンにはヒサメ様の事もお願いせねばなりませんね。」

『ワタクシもなるべくお手伝い致しますわ。オロチやオリツにも命じて、若様の行動のフォローをさせます。』


ビビア、フレナはヤクモとリンの娘達であり、オロチとオリツはカスミとアシナの長男、長女である。幼少の頃よりレンと親交が有り、本当の兄弟姉妹の様に仲が良い。そして、そのいずれもが親の才能を確かに受け継いだ才媛達である。


「それは大変頼もしいですね。ただ、大旦那様に仕える私の子達ならいざ知らず、イズモ家に嫁いだ貴女や、いずれイズモ宗家の跡取りになるであろう前途有望な貴女の子達に、余り他家の為に苦労をさせたくは無いのですが…。」

『何を仰いますのやら。ワタクシは、イズモに嫁いだ今でも、心ではお兄様と共に大旦那様に仕える者を自負しておりますのよ?それにあの子達だって、若様の事は本当に気に入っているんですもの。そんな事を苦労だなんて、少しも思いませんわよ。』

「…感謝しますよ。カスミ。」

『御礼には及びませんわよ。』


ヤクモは少し微笑んだ。それに応えるかの様に、スライムはその柔らかなジェル状の身体をゆったりと揺らした。


「あと、アキト様達に約束した、戦闘訓練のお手伝いをする約束を果たす事が出来なくなりそうなので、私の代わりをコウガ様にお願いしようと考えています。護衛の方は…コチヤ様とキツネ様の御助力に期待しましょう。」

『ワタクシの方からも支援致しますわ。コチヤ先生に負担をかけ過ぎるのも何ですし。それに余りにあの腹黒狸に任せ過ぎてしまうと、色々な面で後が怖いですから。』

「ふふ、確かにそうですね。頼みましたよ、カスミ。」

『任されましたわ。』


キツネがイズモを警戒する様に、カスミもまたキツネを警戒していた。彼は様々な所で暗躍し、そして自身の影響力を伸ばし続けている為だ。特に此処最近の彼の力の伸ばし具合は危機感を感じる程で、更に彼が有する私設諜報部隊は、詳細はわからないが兎角優秀であるとカスミは感じていた。


(あの男は、幾つもの切札を隠し持って居ますわ。その過去も良く分からず、未だその力は底を見せず、全容を推し量る事が出来ません。上辺は下手に出ていても、虎視眈々と相手の油断を狙い続けるあの姿勢…少しでも隙を見せれば、喰われるのは此方ですわ…。)


ヨミ国の行政にはイズモやコシノ、ケノやミノリ等の幾つかの名家が、裏から大きな影響力を及ぼしている。しかし、キツネ自身は名家の出身でも無く、また何処かの名家に所属している訳でも無いとされているのにも関わらず、外務省を裏から操り、彼独自の勢力を築き上げ、そして名家にも劣らない影響力を持つに至っている。


(かと言って、彼の情報収集能力は非常に高く、実際にかなり役に立っています。怪しいからと言って、此処で手を切るには余りに惜し過ぎますわ。…此方から手を切りたくないと考えてしまっている時点で、彼奴の術中に嵌っているのも同然ですが。はあ…あの耳障りな嗤い声の幻聴が聞こえますわ…。)


カスミはキツネの意地悪そうな笑顔を思い浮かべ、思わず顰め面をした。スライムにその表情は反映されないが、その感情による微妙な動きの変化をヤクモは目敏く見付ける。


「…カスミ、私は貴女を心から信用しています。」

『ええ、わかっておりますわ。…急に如何しましたの?』

「貴女は幼少より少しばかり、一人で心配をし過ぎる傾向が有ります。私が逮捕される事で、貴女の責任がより大きくなるでしょうが、余り気負い過ぎない様に。貴女の実力を信用していない訳ではありませんが、困ったら私を頼りなさい。話し相手位にはなれるでしょう。」

『……ええ、承知しておりますとも。ですが、ワタクシももう充分な大人、若様と同い年の息子まで育て上げたのですわよ?少しばかり、過保護が過ぎますわ。』

「いえいえ、幾つになっても妹は妹。兄は心配をする物なのですよ。老婆心ながら、言わせて下さい。」

『はあ…わかりましたわ。有難く頂戴致します。』


例え信頼していても、それでも大事な妹の心配をしてしまう。そんな過保護な兄の言葉を、カスミは呆れ半分嬉しさ半分で受け取った。すると、キツネの事やアキトの事を気にして、重くなりつつあった心が幾分か楽になる。ヤクモが気にかけてくれたお陰である事が、カスミにはすぐにわかった。


(あらあら…これではお兄様の言う通りではありませんか。本当に、ワタクシの事は何でもお見通しですわね。流石はワタクシの自慢のお兄様。)


カスミは少しだけ微笑み、そして兄に甘えてばかりではいけないと改めて気を引き締めた。


『では、二つ目の報せです。召喚術反応を追跡していた捜査官達が、アサテが潜伏しているであろう廃墟を発見したのですが、そこで何者かの襲撃を受けて退却しました。幸い死者は出ませんでしたが、数名が深手を負ってしまった為に捜索を断念。今はイナバ様の病院で治療を受けております。』

「ふむ…やはり、向こうの迎撃態勢は整っていましたか。思った通り、一筋縄では行かないと言う事ですね。死者が出なかったのが不幸中の幸い…ですか。」

『その報せを受け、ワタクシは急ぎ増援を送りましたが、彼等が到着した時には、その場所は既に…もぬけの殻となっておりました。召喚術反応も其処までで途切れていますし、他に手掛かりになりそうな物は全て焼却処分されて居り…申し訳ございません。』


カスミは言葉の端々に口惜しさを滲ませながらも、アサテ追跡の任務の失敗をヤクモに伝えた。準備を万全に整えてからの突入を想定していた為に、余り近付き過ぎない事を厳命しており、実際に捜査官達はそれを忠実に守っていた。しかし、アサテ側の索敵能力はそれ以上であり、潜伏していた捜査官達を逆に襲い、一時撤退している間にまんまと逃げ果せてしまったのだ。


「過ぎた事を悔やんでも仕方有りませんよ。それよりも、今は相手の情報を少しでも得られた事を喜びましょう。索敵能力は、かなり高いと見て宜しいですね。なら、次から更に慎重に事を進めれば良いだけです。それと、襲撃者の特徴などはわかりましたか?」

『そうですわね…。捜査官達の話を整理した結果、その襲撃者達の見た目は一言で言って異形ですわ。丁度、先程ワタクシ達が相手した輩の様な…。』

「なるほど…ではやはり今回、公安捜査庁を裏で手助けしたのは『神淵ノ端求社』でしたか。ヒサメ様の言葉は、『嘘から出た真実』となりましたね。」

『…まだ何の確証も得られて無いので断定は出来ません。ただ、何らかの繋がりが有る可能性は高いと思いますわ。』


カスミの派遣した捜査官達を襲ったのは、異形の導物達であった。そしてそれは、アキト達に襲い掛かって来たそれと似ており、両者の間に全く関係が無いとは考えにくかった。


「……今回の私達への襲撃は、もしかしたら時間稼ぎを狙っていたのかも知れないですね。」

『まさか…ワタクシ達の注意や戦力を他に逸らしておいて、自分達が逃げ出す為の隙を…?』

「実際の所、今回の事件で私も貴女も大旦那様達も、全員が此方に釘付けにされました。もしも何も無かったなら、私や大旦那様がすぐにでも召喚術にて其方に出向き、その異形達に対して迎撃していたでしょう。」


捜査官達が襲撃を受けたのは、丁度アシタの生物兵器達がアキト達を攻撃している最中であった。その時カスミはアキト達の方に付きっ切りとなっており、また何人もの実力有る捜査官がアキト達の方の増援に向かっていた為に、対応が不十分となっていたのだ。そのタイミングはまるで示し合わせたかの様に丁度良く、偶然であるとは思えなかった。


「彼等の介入は、我々の追跡を振り切る為の物だとすれば。」

『タイミングを見計らい、コシノを隠れ蓑にして間接的に私達の命を狙う…いえ、その素振りを見せるだけで、危な気無く目的を達成出来ますわ。』

「更に言えば、コシノの戦力や権力を大いに利用出来ます。上手くすれば私達の内の誰かを始末し、それを以って劣勢のコシノに恩を売り、そしてその罪を隠蔽させる事も可能ですね。」

『成功すれば更なる成果…失敗しても最低限必要な成果を得られる…と。なるほど、奴等が介入するには絶好の機会ですわ。これが腹黒狐だったら、まず見逃しませんわね。』


ヤクモとカスミは、その丁寧な言葉の端々に激しい怒りを滲ませていた。大事な家族を奪った輩に対する怒りもあったが、それ以上に、そんな輩の良いように振り回された自分達の不甲斐無さに、何よりも憤怒していたのだ。


「……私もまだまだ修行が足りませんね。」

『ワタクシもですわ。更なる精進に励まねば。』


そして、自分達の力に更に磨きをかける事を互いに誓い合う。


「そう言えば、捜査官の事で思い出したのですが。昼間の病院での事件の時、コウガ様とその御家族を連れ去った車両を追跡しようとした方達が居りましたよね?」

『ええ、ワタクシの命で追いかけさせた者達ですわね。尤も、途中で妨害を受けてしまい全く役に立ちませんでしたが。それが何か?』

「あの方達に襲い掛かって追跡を妨害して来たのも、やはり異形だったのですか?」


ヤクモは、昼間の事件でコウガ達を救出する為に派遣された部隊が襲われた件についても、その生物兵器の関与を疑った。『神淵ノ端求社』が何時から介入していたのかはわからないが、アキト達を連れて来る前に事件を解決させたく無い筈である。ならば、その襲撃も彼等の手による物では無いかと考えたのだ。


『……いえ、彼等の話を聞く限り、それはローブを纏っていてしっかりとは見えなかったそうですが、形は完全に人の其れであったと。人の形をした改造導物の可能性も有りますが。』

「人…ですか。まさか、奴等の構成員?」

『それはまだわかりませんが、少なくとも私達に友好的では無いのだけは確実ですわ。お兄様もお気を付け下さい。』

「わかりました。その方の特徴は?」

『身長は凡そ二メートル弱。ローブの上からでもわかる程に体格はがっしり。顔には片目の鉄仮面をしており、一瞬だけ見えた髪は青色。警察のデータベースには登録されていない雷導術の使い手で、しかもかなり実力は高いとの事でした。』

「非登録の導術使い…つまり『モグリ』ですか。わかりました。」


ヤクモは気を付けるとは言ったものの、カスミから齎されたその襲撃者の特徴だけでは様々な偽装が可能である為に、何に気を付ければ良いのかについて具体的な事は何も言えない。精々、公式に導紋を登録されている人物はそれとは違うだろう程度の物でしかない。


「有難うございます。私も気を付けますね。この情報は、若様達にも伝えて置きましょう。」


しかし、それでもヤクモはカスミに感謝した。警戒すべき相手が居る、しかもかなりの使い手であると言う情報は、守る側からして見れば確かに有益な物である為だ。そう言った様々な情報が手に入るのも、偏にカスミがイズモの中で大きな権力を握っているからに他ならない。


「さて、そろそろ時間も押して参りましたね。最後の報せを伝えて下さい。」

『…そうですわね。お兄様、これを伝える前に予め注意をお願いしたいのですが、この情報は非常に重要ですので、呉々も内密にお願い致しますわ。』

「……ええ、約束しましょう。」


カスミの何時にも無く真剣な言葉に、ヤクモもまた真剣な顔付きとなる。そして、ヒソヒソとカスミから伝えられた事に柄にも無く大いに驚き、目を見開いた。


「…それは本当ですか?確実なんですね?」


ヤクモには滅多に見られない、少し取り乱したかの様な口調でカスミに問い返した。


『ええ、確かですわ。でなければ、こんな情報をお兄様に伝える事など出来ません。』

「そうですか……。やっと…やっと…。」


そして、カスミが情報は確実だと言い切った事に、ヤクモは左手で目の辺りを押さえた。呻く様に漏れた言葉には、期待や安堵が篭っていた。まるで、長年探し求めていた財宝の手掛かりを、やっとの事で見付けたかの様な、そんな感極まったかの様な言葉であった。


「…カスミ、この事は他の誰にも話していませんね?」

『勿論ですわ。証拠のデータは全て抹消。担当した捜査官には固く口止めをして置きました。この事を知るのはワタクシとお兄様、それとワタクシの息の掛かった一部の者だけです。』

「特に、コウガ様には決して伝わらぬ様お願いします。普段は冷静なあの方でも、もしもこれを知ってしまわれたら、間違い無く御一人で無理やりにでも捜索しようとなさるでしょうから。」

『ええ、ギリギリまで伏せて置きますわ。』

「……ですが、コウガ様のお気持ちも良くわかります。私も、どうにも自分を抑えられる自信が有りませんよ。」


ヤクモは居ても立っても居られないとばかりに、一気に周囲に蔦を張り巡らせる。もしも誰かがヤクモの元に来たら、逆に捕まってしまうであろう。明らかに、これからヤクモを逮捕しに来る者達に対する敵対的行為であった。


『お気持ちはわかりますが、どうか暫くは大人しくなさっていて下さいませ。ワタクシの方で秘密裏に準備を進めます。万全な状態で挑まねば、折角のチャンスを不意にしかねませんわ。』

「…口惜しいですが、仕方有りませんね。」


カスミの諌めに、ヤクモは本当に悔しそうに蔦を消す。元々、逮捕に抵抗する意思は無かったのだが、行動せずには居られないと言う想いが昂ぶってしまい、導術を使ってしまったのだ。


「ならば、其方は貴女に任せます。しかし、必要となればすぐにでも私を呼びなさい。脱獄でも何でもして、一刻も早く駆け付けますので。」

『御冗談を。ワタクシが手を回してちゃんと解放させますので、それをお待ち下さいませ。要らぬ罪を犯すおつもりですの?』

「なに、目的を果たした暁には、きちんと大人しく罪を償いますよ。」


ヤクモの、普段の彼では考えられない程に物騒な発言に、カスミは大きな溜息を吐く。


『やれやれ…。お兄様、それでは大旦那様や若様の事を言えませんわよ?』

「ふふ、私にとっての敬愛する父と息子なのです。私が似てしまうのも、無理は無いでしょう?」

『ふふふ、そうでしたわね。そしてそれは、ワタクシも同じですわ。』


カスミは笑う。彼女もまた冷静では居たが、ヤクモと全く同じ気持ちであったのだ。ヤクモは自分そっくりの妹に笑みを返し、そのまま目を瞑る。そして、本当に心から嬉しそうに呟いた。


「絶対に…何処かで必ず…生きていらっしゃると…信じておりました…。絶対…絶対に助け出して見せます。『旦那様』…!」


ヤクモはゆっくりと瞼を開き、笑みを作る。その視線は鋭く、笑顔は般若の様に凶悪な物であったが、不思議にもそれは何処か優しくもあった。








「ーーとまあ、こんな感じだったんだよ。」


暗い夜道を走る大きなトレーラーの助手席に座る男が、運転する男に親しげに話し掛けていた。


「そうですか。それはお疲れ様でした。」

「いやいや、そんな大した事でも無いさ。僕はこの子達の指揮をとっただけだしね。」


助手席に座る男、それはアシタであった。帽子を外してその端正な顔を月明りに晒したアシタは、親指でトレーラーの荷台を指差す。其処には生物兵器達(不尽火鼠は増え過ぎてしまった為に、自爆させて消滅させた。)と、殺されてしまったそれらの残骸が、所狭しと詰め込まれていた。


「それでも充分な成果を出されましたよ。それにしても、今日にも捜査の手がアサテ様の所に及ぶだろうと言うアシタ様の予想、見事に的中しましたね。」

「昨日の事件で、向こうにはアサテの位置をある程度絞り込まれてしまったからね。斥候程度は接近してくるだろうと思っていたら、案の定さ。念には念を入れて、早めに準備を始めていて正解だったね。」


アシタの一番の狙いはやはり、カスミの放った捜査官達の追跡からアサテを逃す事にあった。しかし、何の対策もせずに迎撃しても、更なる増援をすぐに呼ばれ、騒ぎも大きくなってしまうだろうとアシタは考えた。そこで、公安捜査庁がアキト達を捕まえようとしている計画に加担して、アキト達を苦戦させる事で注意を其方に誘導し、追跡を振り切る隙を作り上げたのだ。


「これで暫く間、アサテの方は大丈夫だろう。彼にはもっともっと、誰もが欲しがる様な高品質で、誰でも扱える簡単便利な殺人兵器…失敬、『商品』を開発して貰わなきゃね。ただ、今回は少々出費が嵩んじゃったけどね。」

「ですが、一番の目的は見事に達成し、更に兵器達の戦闘データも取れました。報酬の受け取りを拒否したのも、金銭の動きから追跡されない為でもあるのでしょう?それを恰も『相手』の為と見せ掛けて、その信頼を得る…お見事でした。」

「フフフ…そうでも無いさ。」


トレーラーを運転する男の言葉に、アサテは醜い笑顔を浮かべて嗤う。


「しかし、代わりに私の召喚術の反応が多く残されてしまいましたね。反応を調べれば、警察に登録されている私の情報は向こうに伝わってしまいます。アサテ様の方からの追跡を振り切れても、私の方からの追跡が新たに開始されるでしょう。」

「ああ、確かにそうだね。」

「コシノ・ミゾレ率いる公安捜査庁に反応を偽装させるとアシタ様は仰っていましたが、彼等は結局、完全に偽装出来る程の余裕は残せませんでした。如何致しましょう?此処は私を捨て駒にするのが得策と思いますが。」


運転する男は、生物兵器の運搬を行っていた召喚導術使いであった。彼の情報は警察に登録されているので、召喚術の反応の検索を掛ければ彼の身元、顔や特徴等がわかる。すぐに居場所を知られる事は無いものの、もしも導紋を調査されれば、それは決定的な証拠となる。こうなってしまった場合、その召喚導術使いを切り捨てる事が最良の手段である。


「いや、君はまだ切り捨てないよ。」

「その様子…何か、お考えが有るのですね?」

「フフ…まあ、そんな大した物じゃ無いよ。僕を愉しませてくれた彼等への、ちょっとした御褒美ってだけだから。」


相変わらず、綺麗な顔を醜い笑顔で台無しにしたまま嗤い続けるアシタに、召喚導術使いの男は怪訝そうな顔をする。


「まさか…私に召喚術を使わせたのは、わざと導紋を残させる為…。私を、『義父上』や『クロ兄さん』を誘き出す為の餌にすると言う事ですか?」

「フフ、流石にわかるかい?まあ、もしも簡単に負けちゃう様な期待外れだったなら、御褒美はお預けにするつもりだったけどね。どうだい?久し振りに『家族』に会えるかも知れない気分は。」


アシタは嗤いながら召喚術使いの男を見る。三十代後半位のその男は、纏う雰囲気は少し気弱そうな優男の印象を与えるものの、アスリートを思わせる健康的な小麦色の肌と引き締まった体を持っていた。そして、その顔は何処か『レン』に似ていた。


「懐かしいですね。もうかれこれ十二年になりますから。きっと義父上もクロ兄さんも大層御立腹でしょう。まだ六つ位だったレンやその下の子は、私の顔など忘れているかも知れませんね。」

「フフ、彼等の所に戻りたいかい?」

「滅相も御座いません。私は『神淵ノ端求社』に忠誠を誓っておりますので。」

「そうかい、それを聞いて安心したよ。それじゃ、もう暫くは宜しく頼むよ。『オオカミ・キョウギ』君。」


アシタは一際大きく嗤うと、トレーラーの窓を開ける。そして、ひんやりと冷たい夜道の風を顔に浴びながら、星が輝く綺麗な夜空を見上げた。其処には、様々な星達の中でも一際大きく輝く、綺麗な月があった。


(さあ、君達の捜し物は此処に居るよ。これで少しはやる気になったろう?追い掛けて来なよ。捕まえてみなよ。怒り狂い給え。暴れ壊し給え。そしてもっと僕を愉しませてくれ。期待しているよ?『神月』の諸君。)


アシタはその美しい月に向かって挑発的な笑みを浮かべた。そしてその月明りは、アシタの醜悪な笑顔を煌々と照らし出していた。それはまるで、アシタを睨み付けているかの様であった。


(それに、『アラカミ・アキト』君か。彼もまた、僕を愉しませてくれそうだね。フフフ…ああ、今から愉しみだよ。どんな風に料理してあげようかな…。)


アシタは視線を落として暗い夜道の先を見る。その虚ろな瞳に、まるで全ての光を吸い込んでしまうかの様な暗く深い闇が映る。彼はただ『明日』を見つめていた。しかし彼の瞳には、暁の暖かな光など、その一筋も映りはしなかった。

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