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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第33話

「あっと、もうこんな時間ですか。」


キツネと別れたアキトが時計を確認すると、もう既に夜の九時を回っていた。一連の騒動で一日中振り回されていたアキトには、時間の経過はあっと言う間に感じられ、今一実感が湧いていなかった。


「今から帰るとなると、また結構遅くなってしまいますか…。」

「アキト様、それなら今晩は此処にお泊りになっては如何でしょうか。」


そんなアキトに、ヤクモが泊まっていく事を進言する。今から帰って入浴したり寝支度を整えたりすれば、何だかんだで就寝は夜遅くになってしまう可能性が高い。ならば、丁度明日までは学園が臨時休業であるから、此処でゆっくりして行けば良いとヤクモは言う。


「え?良いんですか?」

「はい。此処には客人用の立派な入浴施設や、多くの寝室が有りますからね。手入れも行っておりますので、ちゃんと利用も可能ですよ。寝泊まりする部屋の十や二十、簡単にお貸し出来ます。」

「二十って…桁がおかしいですよ…。此処に来た時にも思いましたが、何でそんな豪華な旅館クラスの別荘を建てちゃったんですか…。」

「元々、此処は旅館だったのですよ。ただ、余りに辺鄙な所に建ててしまわれたのがいけなかったのか、経営破綻をなさってしまわれましてね。困っていたオーナーの方を大旦那様が見かね、それを高値で買い取って改造し、今の状態になったのです。」

「ああ、そう言う事ですか。」


特に、この周辺の山々の景観を気に入っている学園長などは良く泊まりに来るらしく、その為に手入れはしっかりと行き届いていた。また時々は、物好きな登山客などに格安で部屋を貸したりもしているとの事であった。実は『隠れ宿』として、その筋ではそれなりに有名であったりもする。今日は偶々客が居なかった為、アキト達の貸し切り状態であった。


「ルビィとディアは如何でしょうか?僕としては、ヤクモさんの御言葉に甘えようかと思っていますが。」

「私に異存は有りません。」

「キュキュ!」

「ではヤクモさん、此処に泊めて下さいますか?」

「わかりました。お部屋を用意致しましょう。」


アキトは、別荘に泊まって行く事に決めた。すると、その決定を聞いたレンが大いに喜ぶ。


「お?アキト此処に泊まってくって?よっしゃ!俺とゲームして遊ぼうぜ!」

「若様?アキト様はお疲れでいらっしゃいます。余りアキト様に御迷惑をお掛けするのは如何な物かと存知ますが。」

「う…。いや、ちょっとだけ…ちょっとだけなら良くねぇ?別荘とは言え、アキトを俺ん家に泊めんの初めてだし、アキトのバイトが忙しくて一緒に遊ぶ機会全然無かったし、やっぱ友人とのお泊まり会ってテンション上がるし!」

「いえ、お泊まり会って…一体幾つなのですか…。小学生ですか若様は…。」

「御歳十八!立派な高卒!現役学園一回生!…ってイテテテテ⁉︎」


懲りもせずにまたヤクモに縛られるレンに、アキトは苦笑いを浮かべた。しかし、そのままにして置くのも忍びなかったので、アキトはヤクモに頼んでレンを解放して貰い、一時間だけと言う制限付きでレンと遊ぶ事に決めた。


「がっはっは!そう来なくっちゃあな!やっぱアキトは話がわかるぜ!」

「先日の御誘いを断った埋め合わせも有りますしね。ですが、一体何をするんですか?」

「んー、やっぱり旅館でお泊りっていったらアレだろ?枕投げ大合戦‼︎」

「あはは…レン君らしいですね。」


やはり発想が小学生並みだなと、少しだけアキトは思ってしまったが、それは口にしなかった。一方のレンは、自分の意見がすんなり通ってかなり御満悦の様子であった。


「じゃあ決まりだ!お風呂上がりに、この旅館の一番の大広間に集合!ルビィちゃんやディアも一緒に枕投げしようぜ!」

「あ…えっと、宜しいのですか?」

「キュイ?」

「当たり前だぜ!人数は多い方が楽しいからな!俺も二匹の土狼を使うから、三対三のチーム戦をやろうぜ!」


そこでアキトが驚く。レンが土狼を使って枕投げをすると言い出したからである。


「ええ⁉︎土狼使うんですか⁉︎」

「おうよ。使うのはジコクにゾウチョウだ。二匹とも結構、枕投げ強ぇんだぜ?俺なんていつもタコ殴りよ。」

「いや、そう言う問題じゃ…。それに、いつも土狼達と一緒に枕投げしているんですか…?」

「ああ。叔父さんの訓練の一貫でな。枕を石に見立てて、目標に当てたり逆に避けたりする練習を、土狼達と一緒にやってんだ。枕だったら当たっても怪我し難いからさ。訓練の中じゃ珍しく、これが結構楽しいもんでな。」


レンは腹心の土狼の内の二匹、ジコクとゾウチョウを庭の土を使って呼び出す。二匹とも、枕投げと聞いて嬉しそうに目を輝かせ、尻尾を振っていた。まるで早くやりたいとでも言いた気であり、実際にディア経由のシルバーナの翻訳によれば、そのままの事を言っているらしかった。


「確かに、遊びながらの訓練と言うのは良いかも知れませんね。ルビィ、ディア、一緒にやりましょう。」

「ええ、わかりました。ですが、えっと…それって、どうやるのですか?」

「ん?嬢ちゃんは枕投げ知らねぇの?」

「はい…。枕はわかるのですが、それを投げた事は無くて…。」


シルバーナは生まれてこの方、物心が付いた時からフェルミ公爵家で大事に育てられ、躾等の教育もしっかり受けて来ていた。その為、枕は寝る際に頭の下に敷く物と言うイメージが定着しており、投げて遊ぶなどと言う発想など無かったのだ。


「そうか…まあでも仕方無ぇな。簡単だから、その時にやり方を教えるぜ。」

「若様、張り切るのは良いのですが、呉々も旅館を備品を破壊しないで下さいね?」

「おう、任しといてくれ。俺が今まで、そんな大きな物を破壊した事が有ったかってんだ。」

「累計で窓ガラスを五百と少し、障子を凡そ千枚破り、天井や壁、床に到っては数え切れない無数の歪みや凹みを作っておいて、それでどの口が信用しろと仰っているのですか?」

「うぐ…と、兎に角任せてくれ!じゃあアキト!俺は早速お風呂入って来るからよ!アキトも急げよな!」


そう言うや否や、レンはジコクに跳び乗ってゾウチョウを引き連れて共同浴場へと駆けて行った。その横顔は、とても良い笑顔であった。それを見たヤクモは困った様に首を振ったが、その口元はとても嬉しそうであった。相変わらずのレンの行動に呆れはするが、それ以上に彼がとても嬉しそうなのが、ヤクモには喜びであった。


「アキト様。若様が申し訳ございません。」

「ふふ、大丈夫ですよ。僕としては、レン君らしくてとても良いと思います。」

「そうですか…。若様は、本当に良い御学友をお持ちになられましたね。アキト様、これからも若様の事を宜しくお願い致します。」

「いえいえ、此方こそです。それに、僕は寧ろ御礼を言いたい位なんですよ。僕の、大切な友達になってくれたんですから。」


アキトは満面の笑顔でヤクモを見た。ヤクモも、それに優しく微笑み返したのだった。










各自入浴が終わり、動き易い格好に着替えたアキト達が全員、宴会用の大広間(広さ凡そ五百畳)に集まる。其処には旅館の備品である大量の枕(かなり質が高く丈夫な物)が満遍なく配置されていた。ジコクやゾウチョウはサイズが通常の大型犬程度に抑えられた状態となり、フリスビーの要領で互いに枕を投げ合い、ウォーミングアップを始めていた。


「良し。規則は大体わかったかい?」

「はい。要はこの枕を投げたり振り回したりして、相手に当てれば得点になるんですね。そして、相手の枕は自分の枕で防御が出来て、落ちた相手の枕は掴んで良くて、落ちている枕は持てる限り持って良いと。」

「おうよ。それと、導術は基本使用しない。疲れたら無理せず部屋の角で休む。相手に怪我させたり部屋を壊したりしない程度に加減する。これを破ったら反則負けだぜ。」

「キュイキュイ!」


レンの説明に、シルバーナとディアは納得して頷く。若干緊張気味ながら、期待の眼差しでアキトを見た。まるで、遊びの許可を得ようとする子供の様な可愛らしい仕草に、アキトは笑顔で頷くと、それぞれが所定の配置につく。


「さあ、始めますか。」

「いよっし!じゃあ、行くぜ!最初は少し手加減するが、慣れて来たら本気で行くからな!気張ってくれよ!」

「はい!頑張ります!」

「キュイキュイ!」

「「ルオオオオオオオオオン‼︎」」


ジコクとゾウチョウの遠吠えを合図に、一斉に全員が動き出す。初心者であるアキト達は、取り敢えずは手近な枕を拾っては、レンや土狼達に投げ付けて見た。しかし、距離もそれなりに空いており、また枕自体がそこまで速度を出して投げる事が出来ない為に、レン達には簡単に避けられてしまう。


「がっはっは!相手の動きの制限もせずに、それだけ離れた所からその程度の弾幕を張っても、簡単に避けられるだけだぜ!良し、一丁俺がお手本を見せてやる!ジコク!ゾウチョウ!いつもの感じで俺に合わせろ!」

「「ルオオオオオオオオオオン‼︎」」


レンは土狼達に命じると、両手に枕を一つずつ掴んでアキトに突撃する。土狼達も其々が枕を咥えると、レンの後ろを追随する。


「行くぜアキト!俺達の連携、とくと御覧じろォ!」

「ちょ、ちょっと、目が本気ですよ!」


狼狽えるアキトに目掛け、レンが先制の枕を投擲する。アキトは手に持った枕でそれを叩き落すが、直後に別の枕が二つ、左右別々の方向から飛んで来る。二手に別れた土狼達が放った物である。思わず横に跳んでそれを避けると、それを見計らったかの様に別の枕が飛んで来た。アキトの体勢が崩れた所を狙ってレンが放った二つ目の枕である。


「うわ⁉︎」


アキトは不安定な体勢から、飛んで来た枕に対して半ば無理矢理に枕を投げ当て、その軌道を逸らす。そして、床の枕の上に前受け身を取り、その枕を掴みながら横回転し、そのままの勢いで立ち上がって構える。


「良くぞ今のを避けた!流石は俺の親友…いや、枕投げの永遠のライバル!」

「ま、待って!これって遊びだよね⁉︎何でこんなに本気なの⁉︎」

「がぁっはっは!遊びは遊ぶモンじゃねぇ!本気になるから遊びなんだぜ!」

「ごめん!ちょっと意味わかんない!」


レンの思わぬ気合の入れように、アキトは困惑の声を上げる。しかし、レンはそれに全く取り合わない。完全にゲームモードに入っていた。普段は狼達とだけで枕投げをしていたので、別の対戦相手が出来た事に非常に喜んでいたのだ。目が子供の様に輝いているが、しかしそれは何処か狩りを楽しむ狼の様にも見えた。


「枕を相手に当てるには、まずは相手の動きを鈍らせる事が重要だぜ。充分に動ける状態だと、さっきの俺みたいに避けられちまうからな。それと唯闇雲に投げちゃいけねぇ。相手の近くに落ちた枕は、基本的に相手に利用されちまう。それを考えて計画的に枕を投げるのが肝だぜ!」

「わかりますが…最初から求めているのが高過ぎませんかね…。」

「心配無いぜ!慣れてくりゃ、狙う位置やタイミングの見極めで、相手を上手い事誘導する事も出来る。オススメは防御し難い足元と、視界が塞がれる顔だぜ。上手い事相手を振り回せれば、隙は必ず現れる。其処を見逃さず、また躊躇せずに投げる。これだけでかなり上達するからな!」

「……うん。レン君の枕投げに対する情熱だけは良くわかったよ。」


レンが如何に本気で枕投げをしているのかを良く理解したアキトは、遊び半分のつもりではあったが、本気で相手をする事がレンに対する礼儀だと感じた。そして、確かにこれは訓練になりそうだとも思い、シルバーナ達の立ち回りにも良い影響がありそうだと、前向きに考えた。


「……わかりました。僕も本気で行きます!」

「おう!そう来なくっちゃ面白くねぇ!掛かって来なァ!」

「取り敢えず、ルビィ達にはまだ大変だと思うので、少しばかり僕とだけ相手してくれませんか?」

「ん?ああ、構わねぇよ。だが、大丈夫か?そんな事言ってると、後悔するぜ!」

「大丈夫です。お願いします。」


アキトはレンと三対一の戦いを申し込むと、レンは快くそれに応じた。続いて、アキトは自身の長い黒髪を背後に縛って動きの邪魔ならない様に纏め上げながら、シルバーナ達に声をかける。


「ルビィ!ディア!僕達の戦いを良く見ていて下さい!攻撃の仕方や防御の仕方で、出来そうな物を真似して下さい!」

「はい!頑張ります!」

「キュキュ!」


準備を終えたアキトはレン達に向き直る。既に枕を補充した彼等は、『いつでも来い』とでも言いた気に、少し離れた位置で枕を放り投げてはキャッチする事を繰り返していた。アキトは足元の枕をもう一つ持つと目を閉じ、精神を集中する。


「では…参ります!」


アキトは目を開くや否や、右腕に持った枕をレンに向かって投げた。しかし、先程と同様に簡単に避けられてしまう。そのままアキトは駆け出しながら、返す手で足元の枕を掴み、前傾姿勢で加速しながらレンに向かって突撃する。


「単身で真っ直ぐに突撃か!面白い!やれ!」


レンはジコクとゾウチョウに命じ、自身もまた枕を持って突撃する。ジコクとゾウチョウは左右に分かれ、アキトを挟み込む様にして枕を投げる。二方向から逃げ道を潰しながら、レン自身は接近してから投げる事で、アキトに避けられにくくするのを狙っていた。


「せいやァ!」


アキトは気合と共に、左手の枕を左から迫る枕に投げ当てながら、その勢いのままに左手に一回転する。そして、右から目前まで迫る枕に対しては、回転の勢いを利用しながら、右手の枕をその側面から当てて、近付いていたレンの顔面目掛けて弾き飛ばす。


「おおう⁉︎」


土狼の投げた枕を弾いて攻撃すると言う奇襲に一瞬怯んだレンは、思わず手に持った枕で防御してそれを防ぐ。しかしその直後、足に柔らかい物が勢い良く当たる感触を覚えた。枕を弾くと同時にアキトの放った枕ーー彼が元から持っていた方の枕が当たったのだ。顔面への攻撃を防御したが為に、足元が疎かになっていた所を狙われたのである。


「如何ですか?僕も中々にやるでしょう?」

「……がっはっは!こいつは良いぜ!面白い!もう手加減は無しだ!ガチで行くぜ!」

「「ルオオオオオオオオオオオオオ‼︎」」


レンは、アキトが思った以上に良い動きが出来ると知って更に喜ぶ。本気で戦う事が出来るとわかったからである。レンと土狼達は枕を拾い、笑顔でアキトに向かって投げる。足元、頭、背中と避け難い、または避けると隙が出来やすい所を重点的に攻める。


「ハアアア!」


アキトは枕を両手に持ち、横回転しながらジャンプする。足元への枕を跳んで躱しつつ、顔と背中への攻撃を両手に持った枕で弾く。そして着地の隙を狙われない様に、空中で枕の一つをレンの足元目掛けて放つ。


「ウオラアアアア!」


レンはそれを手に持った枕で叩き落し、そのまま身体を捻って即座に枕を放り投げるが、着地したアキトはそれを枕で下に弾いて掴み取る。そしてまた投げ返そうとした時、背後から何かが迫る気配に気付き、反射的に横に転がりながら枕を投げ付けてそれに当てた。何かと思って良く見てみれば、それは枕を咥えたまま体当たりを仕掛けて来たジコクであった。


「えええ⁉︎」


体当たりを仕掛けて来るとは思っていなかったアキトは非常に驚いたが、しかし相手は待ってくれない。続けて、転がった隙目掛けてゾウチョウが突撃して来たので、それを枕で防御して受け止めた。その勢いで後ろに跳んで転がりつつ枕を蹴って、巴投げの要領でゾウチョウを枕ごと弾き飛ばし、そのまま背後の枕の上で倒立して、その枕を取りながらアキトは立ち上がる。


「これって良いんですか⁉︎」

「おう!枕を持ってそのまま相手を叩くのも有りだからな。土狼の場合は、仕方無く持った形での体当たりになっちまう訳よ。何、枕の部分で当たれば問題無しだ!」

「成る程…わかりました!」


アキトは、再び枕を二つ拾ってレンに向かって突撃を仕掛ける。牽制はしなかった。枕を投げるのでは無く、直接持ったまま振り回して当てる戦術に切り替えたのだ。レンはそれを認めると、大きく笑いながら自身も手に持った枕を両手で振り回し、アキトに応戦しようと突撃する。


「ウラアアアア!」

「ハアアアアア!」


レンの、両手で上から振り下ろされる強力な枕の一撃を、アキトは右手で下からの振り上げで対抗する。しかし、それは見せ掛けであった。急ブレーキを掛けて自身の速度を殺しながら、振り上げの動作の途中で手首のスナップを効かして枕を投げる。速度を変化させる事で、レンの振り下ろし攻撃の狙いの位置をずらして避け、同時に枕を隙だらけのレンの足元に枕を当てる事に成功する。


「続けて行きます!」


アキトは、まだ持っている左手の枕で追撃を仕掛ける。今度は左上から右下にかけて、袈裟斬りの要領で鋭く振り抜く。それをレンは後ろに跳んで回避すると同時に、枕を投げ付ける。アキトが足元の枕を蹴り上げてそれを弾き、続けてレンの着地の隙を狙おうとした時、レンの左右に二つの影を捉えた。枕を咥え、今にも跳び掛からんとするジコクとゾウチョウであった。それに呼応するかのように、レンもまた不安定な体勢ながらも枕を投げて来た。


「ぬわっと⁉︎」


至近距離からの三方向同時攻撃では、流石に分が悪いと感じたアキトは攻撃を中断、背後に向かって低くブリッジする様に跳ぶ。その跳んだアキトの目の前を、三つの枕が交差する様に飛び交う。上手く避けれたかとアキトは思ったが、今度はそんな甘い攻撃では無かった。


「今だ!」

「な…⁉︎」


アキトは驚いた。目の前を三つの枕が飛んで行ったと思い、受け身の為に身体を捻ろうとした次の瞬間には、四つ目と思われる別の枕が目の前に飛んで来たからである。急いでアキトは枕で防御してそれを防いだが、それと同時に背中に柔らかい物がぶつかる。これまた別の枕であった。


「よっしゃあ!良くやったぜジコク!ゾウチョウ!やっとポイントゲットだ!」

「「ルオン!」」

「な、何を…?」


無事に着地したアキトは混乱していた。確かに枕は三つとも避けた筈であったし、土狼達は口に咥える関係上、枕は一つしか持てず、またレンも直前まで一つしか枕を持っていなかった。何処から別の二つの枕が飛んで来たのかわからなかったのだ。


「がっはっは!良くわかっていないみてぇだな。一応、昨日も似た様な技は見せていたんだが、少し難しかったか。んじゃ、ネタばらしだぜ!ジコク、ゾウチョウ!」


レンの合図に、二匹の土狼は枕を咥えて並走し、互いに相手に向かって投げる。そして、飛んで来た枕に対して、何と飛び上がって後ろ足で思い切り蹴り飛ばし、其れ等を空中でぶつけたのである。それを見てアキトはすぐに察した。つまり、別の枕を投げた訳では無く、ジコクとゾウチョウが交差する様に投げた枕を、互いにアキト目掛けて蹴り飛ばしたと言う事であったのだ。


「成る程、これはやられましたね。」

「おうともよ!何せ俺の自慢の狼達だからな。これ位当然よ。因みになんだが、もっと凄ぇ技も出来るんだぜ。お前達、アキトに見せてやれ!」

「「ルオオン!」」


レンの合図に、土狼達は壁に向かって駆け出す。そして、壁や天井、時には互いの身体を踏み台にして跳躍しながら、枕でキャッチボールをし始めた。枕や土狼が大広間の空間を三次元的に激しく飛び交うが、何処かにぶつかったり、また枕を落としたりなどしなかった。非常に息の合ったコンビネーションと、身体能力の高さを見せつけた。


「良し、こんなもんだな。戻って来い!」

「「ルオン!」」


レンの合図で曲芸を止めた土狼達は、レンの元に駆け寄った。レンは二匹を褒めながら撫で回し、二匹は全力で尻尾を振ってその嬉しさを表現する。


「此奴らと、後まだ紹介していないんだが別の二匹を合わせた四匹は、何百匹と居る俺の土狼達の中でも特に練度が高くてな。無数の障害物が飛び交う中で平然と動いたり、連携を取ったり出来るんだぜ。此奴らだったら、こんな芸当朝飯前よ。」

「へぇ、凄いですね…ってェ!土狼って何百匹も居るんですか⁉︎」

「あんましっかり数えてねぇから、正確な数までは良くわからねぇんだがな。大体んなもんだと思うぜ。今此処で顕現して見せても良いんだが、如何にせん狭くてなぁ。彼奴らを狭い所に閉じ込めるのも可哀想だし、また別の機会にでも纏めて紹介するぜ。」

「え、ええ…それは構わないのですが…。それと、まさか…とは思いますが、もしかして何百匹も同時に顕現出来るんですか…?」

「おう。そうだぜ。」


アキトは絶句した。自律機動型なので、自分の意識でもって其々を操作する必要性こそ無いものの、大量の土狼を同時顕現して維持する為の消費導子量が非常に大きい事には変わらない。それが可能と言う事は、つまりはそれだけ高い保持導子量を持っていると言う事を間接的に示していた。


「……レン君の保持導子量が、入学時の検査で既に学園一位だったと言うのは以前聞きましたが、まさか其処まで凄まじい物だったとは…。」

「そんなに驚く事かぁ?単に、馬鹿みてぇに保持導子量が高ぇだけだろ。何の自慢にもなんねぇよ。」

「それこそ自慢になる所ですよ…。」


保持導子量が高いと言う事は、それだけ消費導子量が大きい導術を多く使用出来ると言う事を示す。保持導子量が極端に低く、それこそ学園最下位のアキトにとって、導子量の低さは自身の術を大いに制限する枷であった為、自身と真逆なレンに対してアキトは羨ましいと思っていた。


「……悪いな。嫌味に聞こえちまったか?」

「あ、いえ、僕はレン君がそんなつもりで言ったのでは無いと、わかっているつもりですよ。」

「そうか…。気を遣わせちまったな。」


レンの調子は、申し訳無さそうな物となる。しかしそれは謝る為では無く、それでも自分の姿勢は変わらないと言う事に対してであった。


「でも、やっぱり俺はこの事を自慢する気にはならねぇ。」

「ですが、充分に評価される項目ですよ?」

「……これは、はっきり言って体質だ。俺は努力して来た訳でも無く、最初からこれだけの導子量を持っていた。何の苦労もしねぇで手に入れたそれに、一体どれ程の価値が有るってんだ?確かに、色々と影響する所は有るかも知れねぇ。だがな、それが其奴の価値になるだなんて、俺は欠片も思っちゃいねぇ。」


レンは、真剣な目でアキトを見る。飽く迄も己の価値観を述べるだけであって、決してアキトを慰める為に言っているのでは無いと、無言でそう言っていた。


「俺は、俺の保持導子量を他人に隠す気はねぇ。だが、敢えてひけらかす気もねぇ。それが唯の、気に留める必要もねぇ事だと思うからだ。だから、アキトに対してそれを自慢する気はねぇし、変に気を遣って隠したり、同情したりもしたくねぇ。それこそ、その相手を愚弄しているってモンだと、俺は思うから。」


レンの考えは、自身の体質から来る物に対しては、何も思わずに自然体でいるべきだと言う事であった。努力でどうしようも無い部分に関して一喜一憂したり自慢したりする事は、彼には愚かに感じられたのだ。故に、アキトの保持導子量が極端に少ない事に対しても、決して変に気にしたりしないと決めていた。


「一人一人、最初から持っている物が違ぇのは当たり前だ。誰一人同じ奴がいねぇみてぇにな。だったら、共通しているのは其々のスタートラインから、どんだけ頑張ったかだけだ。それが人の価値になるんだと、俺は思ってる。だから、俺が努力して得た結果は、良くても悪くても俺の『自慢』なんだ。」


レンは、努力した事に対して評価すべきだと思っていた。そして更に、努力の結果に対して、その良し悪しには拘らなかった。努力し行動した事そのものに価値が有ると考えていたのだ。努力を怠らず、然りとてその結果に拘らず。それこそが彼の重要なポリシーであった。


「そして俺は、例え結果が伴わなくても、それでも頑張る奴等が好きだ。『結果が全てだ。それは綺麗事だ。良い子ぶるな。持たない人間の気持ちもわからない癖に。』とか、非難されようともな。だから、俺はアキトの召喚術は好きだぜ。アキトが本気で頑張っているって事が、その術に滲み出ているからな。それを見ると、俺も頑張らねぇとって元気付けられるんだ。」

「あはは、有難う。でも、僕のはそんな大した物じゃ無いよ。」

「言っておくが、世辞とかじゃねぇからな?導術ってのは、自分を写す鏡だ。導術を見れば、其奴がどんなに頑張っているのかがわかるんだ。だから俺には、アキトが本気で召喚術を学んでいる事や、召喚術がそんなアキトに応えてくれているって事もわかる。そして少なくとも俺は、それこそがアキトの本当の価値だろうって思う。」


アキトは、レンの言葉がアキトを元気付ける為に言ったのでは無く、本心から出た物だと理解した。そして、それがわかって更にレンに感謝した。だから、アキトも自身の体質を気にしない事に決めた。憂いても仕方の無い事は気にせず、努力出来る所を努力して行こうと心に誓った。


「良し!じゃあ、僕ももっと努力します!」

「よっしゃ!その意気だぜ!流石は俺の親友!」

「それじゃあ、レン君!」

「おう!もう一試合行くぜェ!」

「「ルオオオオオオオオオオオオン‼︎」」


心機一転したアキトは、今の彼に出来る事、つまり親友との遊びを懸命に行った。それこそが、大切な親友への恩返しになるのだと、アキトは思ったのだ。









「ハア…ハア…如何…でしたか…?ハア…参考に…ハア…なりましたか…?」

「え、ええ、少しだけ…。」

「キュ、キュウ…。」


汗だくのアキトが、息を切らしながらシルバーナ達に問い掛けた。かれこれ十分間も休み無く、一人と二匹を相手に全力で枕投げをし続けていた為、体力にはある程度自信があったアキトも、肩で息をする程度には消耗していた。レンも疲れ果てて仰向けに倒れており、土狼達がその汗を舐めて拭き取っていた。


「ふう…済みませんでしたね。貴女達を放っておいて、此方だけで勝手に盛り上がってしまいました。」

「いえ、お兄さんが楽しそうに枕投げなさる姿は、その…見ていて、あの…とても良かった…ですから…。」

「そうですか。少しは参考になれて良かったですよ。」

「…と言いますか、この匂いが…。」

「どうかしましたか?」

「な、何でも有りません!」


シルバーナは自らの煩悩に唆されておかしな事を言いかけたが、途中で正気に戻って何とか誤魔化した。その様子を一瞬アキトは怪訝に思ったが気に留めず、一息つくためにと床に座る。すると、ディアが急にアキトに飛び付き、その顔を舐め始めた。


「キュイキュイ!」

「うわ!ディ、ディア⁉︎急にどうしたの⁉︎」

「えっと…ジコク様とゾウチョウ様の真似をしているみたいです。」

「キュキュ!」


それは、レンの土狼達が主人の汗を舐めて拭き取っているのを見て、自分もそうしたいと感じた為の行動であった。アキトはディアに押し倒され、為すがままに顔を舐め回される。きめ細やかな砂で出来た舌の肌触りはとても心地良く、自然とアキトはディアを撫でていた。ディアは気持ち良さそうに尻尾を振る。


(……ちょっと、羨ましい……。私も、アキト様の汗を…舐めたい…って!何て事を考えているのですか!私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ァアアアアアア‼︎)


そのディアの姿を見てシルバーナも変な気を起こしそうになったが、急いで正気を引っ張り戻す。そして、その恥ずかしさの余り、また煩悩を退散する為に、手に持った枕で頭を何度も叩く。山羊の角が邪魔して上手く叩けなかったが、少しだけ気分を有耶無耶に出来た。しかし、それを側で見ていたアキトとディアは、彼女の急なその奇行に驚く。


「ちょ!どうしたんですか⁉︎急に自分の頭を叩き出すだなんて!」

「キュイイ⁉︎」

「はうあ!ち、違うんです!これは別に私が変な事を考えてそれで恥ずかしくなってそれを無理矢理誤魔化そうと試みたとかそんなのでは無いんです!信じて下さい!」

「わかりましたから一旦落ち着いて!」


いつにも無い早口で捲し立てながら弁明するシルバーナの、その真っ赤になった必死な形相は鬼気迫る物があったが、アキトに宥められて落ち着いて来ると逆に真っ青になり、酷く後悔した顔で体育座りをする。またもアキトの前で醜態を晒してしまった事が、とてもショックであったのだ。


「ルビィ…本当に大丈夫?熱とか無い?具合悪く無い…?」

「はい…大丈夫です。大変お見苦しい所をお見せしました…。」

「無理しないで下さいね?もし、体調が優れないのだとしたら、すぐに言って下さいね…?頑張り過ぎないで下さい…。僕は貴女が無理する所は見たくありません…。」

「あわわ!違うんです!無理とかじゃ無いんですぅ!」


しかしアキトは、唯々シルバーナの体調を心配していた。そしてシルバーナは、自分自身の悄気る姿が、更にアキトを申し訳無く思わせてしまうと言う事にやっと気付き、平静を保つ事が如何に重要なのか身に染みて理解した。


「そ、それじゃあ次は、私達が!」

「キュキュ!」

「ああ、ちょっと待って。少しだけ、僕の話を聞いて下さい。実は、レン君の土狼達と戦ってみて、ちょっと思った事が有るんです。」


何とか自分が大丈夫である事をアピールする為に、シルバーナはディアを伴って枕投げに参加しようとするが、それをアキトが止める。シルバーナ達は何かと思って振り返った。


「何でしょうか?」

「僕達には両手が有り、土狼達には大きな口が有ります。そうなると、自然と戦い方に違いが出てきます。僕達は両手で枕を二つ持って投げたりするのが得意なのに対し、狼達はしっかり咥えたまま体当たりするのが得意となる訳です。」

「はい、確かに。」

「つまり、身体構造の違いによって、得意な戦い方に違いが出て来るんです。ルビィ達には、僕達の戦い方を見て学んでと言いましたが、僕達人族の戦い方を学ぶよりも、寧ろ貴女達の特徴を活かした戦い方を考えた方が良いのではと思いました。」


アキトは、レン達との枕投げを全力で行いながら、一方で如何にしてシルバーナ達の戦闘訓練に活かそうかと考えてもいた。そして冷静に考えて見て、アキトやレンの戦い方は人族の、土狼達は狼特有の物であり、それをそのままシルバーナ達に当てはめるのは不適切であると結論付けていた。


「それでは、私達はどの様に立ち回れば宜しいのでしょうか?」

「はい。それを考える為にも貴女達の事をもっと良く知りたいので、幾つか質問します。宜しいですか?」

「は…はい!何でも聞いて下さい!何でも答えます!」

「キュキュ!」

「それじゃあ、まずはルビィから。その尻尾や翼手って、自由自在に動かせるんですか?」

「はい。動かしてみますね。」


シルバーナは、自身に生えている翼手と尾を動かす。かなり複雑な動きも可能なようで、翼手は腕の様に、尻尾はまるで蛇であるかの様に、その動作は滑らかであった。


「へぇ、これは凄い。こんなに良く動く物なんですね。」

「ええ。翼手も尻尾も、物心付く頃から有りますので、手足の様に自在に動かせるんです。…まあ私の場合、空も飛べないのでこの翼手は殆ど使う機会も無いのですが…。」


山羊型導族と言っても山羊なのは角だけで、鉤爪が三本も付いている蝙蝠に似た翼手や、先端に返しが付いた細長く強靭な尻尾が有る為に、その姿形は何方かと言えば悪魔に近い。しかし、悪魔と言う言葉は不適切であるとして、山羊型と言う名称を使用していた。本来なら翼は、翼の有る導族ならば使用出来る『飛行用導術』の為に必要な器官ではあるのだが、シルバーナの場合はその導術が使えない為に無用となっていた。


「翼手を動かす力は?どの位長く動かせますか?強度や伸縮は?」

「えっと…力はちょっとした風を起せる程度。時間は休み有りで大体半日。強度的には骨格は樫の木、皮は象皮程度で、翼手は広げれば両手を横に広げた位、小さく折り畳めば掌より少し大きい位でしょうか。余りしっかり使って来なかったので、自信は有りませんが…。」

「いえ、充分です。と言うか、思っていたよりも高性能なんですね。」

「はい。私の種族は、翼手に関しては利便性を選んで進化して来たらしいので。感覚も一応有りますが、痛みに関しては鈍いですし、もがれても生え替わる様になっているそうです。代わりに、鳥型導族の方達程の速度は出ません。」

「生え替わる⁉︎これは凄い!」


アキトはシルバーナの翼手の特徴を聞いて驚いた。そして、これを利用しない手は無いと感じた。


(腕よりもリーチも長く丈夫で痛みも少なく、力もそれなり、その上生え替わるのなら…腕を使うよりも明らかに強い。これは本格的に、翼手を使った戦い方を考えるべきですね。)


特にシルバーナの場合、飛行用導術が使えない為に、他に翼手の使い道が無い。ならば、戦闘に用いて傷が付いても、さしたる不便には繋がらない。彼女用の武器として活用するには打ってつけであった。


「じゃあ、次は尻尾に関してですね。」

「えっと…長さは翼手と同じ位の伸縮が可能で、力は私の脚力より少し弱い程度ですね。関節は無いので、蛇の様にかなり自由に動かせます。」

「ふむふむ。これもまた中々に良い性能ですね。」

「はい。此方は、時々ですが使う機会があります。木の上に跳んだ時に、枝に巻き付けたりして命綱の様に出来るんです。物に巻き付けて持ち上げる事も出来ます。はしたないので、その様な使い方は殆どして来ませんでしたが。」

「なるほど。あと、まさかとは思いますが…尻尾を切られた時に、また生えて来たりとかは…流石にないですよね?」

「あの…済みません…出来ます…。」


シルバーナの答えに対し、アキトはまたも驚いた。切っても生え替わるのならば、懸念事項である『敵に掴まれた場合』『毒を受けた場合』における対処が非常に楽になる為だ。即座に切り落とすには慣れが必要で有るが、『切っても生える』とわかっている場合とそうで無い場合では、対応の速度が格段に違って来る。


(これは朗報ですね。尻尾や翼手は、普通の人には無い器官。其処から放たれる攻撃は予想を付け難い上に、いざとなれば切り捨てられる。これと更にルビィの頑丈な角、それに山羊型導族特有の優れた脚力が有れば…良し!)


アキトは、シルバーナの戦闘訓練における育成方針に一定の目処を付け、心の中でガッツポーズを取る。そして、笑顔でシルバーナに礼を言った。


「有難う、ルビィ。貴女の事、良くわかりました。」

「い、いえ、この程度の事、御礼を頂くまででもありません。」

「いえいえ、答え辛い内容もあったでしょうが、正直に言ってくれて嬉しいですよ。それに、貴女はとても良い身体をしていますから。将来有望だと思いまして。」

「良い…身体…⁉︎はうう!いえ…お気に召して頂けたのなら…幸いで…す…。」


アキトは、シルバーナの全身には武器となる器官が沢山有り、徒手空拳の使い手として将来有望であると言う意味で言っていた。しかし言葉が足らず、またかなりませているシルバーナの頭は、違う意味で捉えてしまった。そして湧き上がる煩悩を抑えつけるのに必死になってしまい、アキトのその後の説明は全く耳に入らなくなる。


「…と動く事で、貴女の身体に有る様々な武器を自在に操る訓練とします。飽くまでも楽しむのが前提ですが、それを少し念頭に置いて枕投げをしてみましょう。わかりましたか?」

「……え?は!はい⁉︎」

「はい。では次にディアですね。ルビィ、通訳をお願いしますね。」

「キュイキュイ!」


その為、アキトが詳しく説明していた部分を完全に聞き逃してしまっていた。シルバーナは焦る。アキトが大事な話をしているにも関わらず、肝心の自分はと言えば、隙あれば膨らもうとする妄想と煩悩を抑えつけていただけであった為である。


(ああああ!私の大馬鹿ァアアアアアア!)


しかし今更、聞き逃したからもう一度とは言い出せなかった。聞き逃した理由が、余りにも情けなかったからである。だが、アキトを心配させたくないが為に、顔に出す訳にも行かない。シルバーナは笑顔を作り、見せ掛けの平静を保ち続ける他には無かった。


(…仕方有りません。後でディアちゃんにこっそり聞いて、ディアちゃんが覚えている部分だけでも教えて貰いましょう…。ああ…なんて情けない…。これでは、アキト様の奥様になるなど、夢のまた夢です…。)


完璧な作り笑顔のままに通訳を行いながら、シルバーナは心の中で盛大に溜息を吐いた。









ディアとアキトの会話の通訳を終えたシルバーナは、まだ少し息を切らしているアキトに休む様に進言する。それを承諾したアキトに対して、シルバーナは自身の練習を口実にしてディアを伴って少し離れた位置まで移動し、そこでそれとなくディアからアキトの話の内容を聴いた。


(キュキュ…キュイキュイ…。)

(はい…はい…有難うディアちゃん…。助かりました…。)

(キュキュ!)


製造の難しい縁絶鋼を創る事の出来るディアは、やはり物覚えが良く、シルバーナが聞き逃してしまった部分もしっかりと覚えていた。シルバーナは恥をかかずに済んだ為に安堵し、また機会が有ればディアに何か御礼をしようと心に決める。


(ですが…これは本当に卑怯な手段です…。だから、こんな事は今回限りです!アキト様に見合う淑女になる為にも、私…頑張ります!)


改心を誓ったシルバーナは早速、自身の決意を示すのも兼ねて、張り切って枕投げの練習を始めた。


「えっと…先ずは翼手から…と。この鉤爪で枕を掴むんですよね。確かに動かせますけど、上手く掴めるかな…?」


シルバーナは両翼手に付いた鉤爪をまるで指の様に動かして、近くの枕を掴んで空中にゆっくり放り投げる。すると、その枕は意外にも綺麗な円を描いて垂直に飛び上がった。落ちて来たそれを、シルバーナは再び翼手で掴もうとするが、おっかなびっくりしてタイミングが合わなかったのか、両翼手をすり抜けてしまった。


「ああ、惜しい…。ですが、練習すれば何とかなりそうです。良し、もう一回。」

「キュキュ、キュイキュルッピ!」

「うん。ディアちゃんも練習だよね。こっちはもう大丈夫だよ。有難うね。」

「キュイキュイ!」


シルバーナから少し離れたディアは、アキトからのアドバイスの一つである、『尻尾による戦い方』の練習を始めた。地竜の尻尾はやはり土で出来ているのだが、その土を操作すればかなり自由に伸縮が可能である。そして何か有ればその時にはトカゲの尻尾宜しく、簡単に『切り捨てる』事が可能である為、武器としてアキトは最適と判断したのだ。


「キュッキュルッピピ〜!キュッキュルッピピ〜!」


ディアは陽気に歌いながら、尻尾で枕を掴んで振り回す。そのしなやかに且つ素早く動く尻尾は正に鞭の様で、尻尾の先端が巻き付いた枕は目で追うのがやっとである程に速く、しかし床には強く当てていない事から制御力がかなり高い事もわかる。


「ディアちゃん凄い!」

「これは素晴らしいです。ディアにはこんな才能があったんですね。」


シルバーナやアキトに褒められて気を良くしたディアは、更に難しい技に挑戦する。


「キュッフッフ!キュイキュイイイ!」


ディアは、尻尾で掴んでいた枕を真上に投げ上げると同時に、二つ目の枕を口に咥える。更に床に有る三つ目の枕を尻尾で掴んで投げ上げるや否や、前脚を使って二つ目の枕を前方斜め上方向に放った。そして、落ちて来た最初の枕を尻尾でキャッチして再度振り回し、次に落ちて来た三つ目の枕にそれを当てて弾き飛ばし、見事に二つ目の枕に空中で命中させた。


「これは凄い!レン君の土狼の真似をしたんですね!」

「キュキュ!」


ディアは、土狼達の動きを良く観察していた。その中には、ゾウチョウが放り投げた二つの枕を、枕を咥えたジコクが最初の枕を蹴り飛ばして二つ目の枕に当てながら、更に咥えた枕を投げて最初の枕に当てると言う高度な連携技が有った。完全な再現は出来ないが、ディアなりのアレンジを加えて挑戦し、見事に成功させたのだ。


(ディアは人語を解す高導物…物覚えが良いのはわかっていましたが、ここまで応用力が有るとは思いませんでした。これは伸び代が凄そうですね。)


技をただ見て覚えるだけでなく、自分なりの特徴を活かした技に変化させる。これはただの導物ではほぼ不可能な高等技術であるため、それが可能なディアの非凡さを如実に表す結果となった。将来的には、シルバーナと連携させる事を考えていたアキトにとって、これはかなりの朗報でもあった。


(戦況は常に変化します。基本に忠実なのも良いですが、其れだけで全てに対応は出来ません。応用力が有るのなら…その応用が不安定にならない様に、基礎を徹底的に固めて地力を底上げして行くのが吉か。)


ディア自身のセンスが良いとよく理解出来たアキトは、ディアには徹底的に基礎訓練を積ませようと決めた。そして次にシルバーナの様子を見ると、シルバーナはディアに負けじと翼手を上手く操作出来る様に訓練していた。


「フッ!ハッ!セイッ!」


最初こそ多少ぎこちなかった翼手の動きも、少しの練習でかなり改善されていた。元々手足の様に自由に動かせていた為、其れで物を掴むと言う動作に慣れてしまえば後は簡単であったのだ。本人の頑張り屋な性格による真剣な練習もあってか、見る見る間に動作が滑らかになって行く。


「次は尻尾です。こっちなら…!」


次にシルバーナは、尻尾を使って枕を掴む。此方はすんなりと掴む事が出来た。別の用途であろうと翼手よりも頻繁に使って来た為に、その扱い方には慣れている様子であった。そしてシルバーナは、歩きながら尻尾で枕を拾って翼手に渡してそれを投げると言う、アキト考案のコンビネーションの練習を行う。


(これは…結構難しい…。)


尻尾で拾う枕は基本的に背面で見辛い位置に有り、それを確認しながら歩くと自然と動きがぎこちなくなってしまう。其々の動きを余り意識しない様に自然に連携させるのが肝である為、慣れるにはまだ練習が足りなかった。しかし、その動作にも次第に慣れ、片方の翼手のみに意識を向ければ自然に尻尾と連動出来る様になる。


(少しぎこちない動きですが…これなら上々ですね。練習も本気で取り組んでいますし、センスも有るのか思っていたよりも上達が早い。これは…もしかしたら化けるかも知れませんね。)


感心しながらアキトが見ていると、ふとした拍子にそれに気付いてしまったシルバーナは、アキトに良い所を見せようとして、翼手を使いながらも更に尻尾を使って枕を持ち上げる。そして、ディア宜しく複雑な技を披露しようと変に意気込む。


「それっ!うわ⁉︎あう‼︎」


しかし、アキトの期待に応えたいと言う焦りにも似た緊張の中で力み過ぎ、更に難しい技に練習も無しでいきなり挑戦したのがいけなかったのだろう。尻尾に翼手が見事に絡まり、バランスを崩して盛大に転けてしまう。幸い、枕の上に倒れ込んだ為に怪我は無かったものの、余程恥ずかしかったのか、そのまま顔を突っ伏した状態で動けなくなっていた。


「……考えて見れば、いざと言う時に上手く動ける様に、精神の鍛錬もまた必要になりますね。さて、何をしたら良いでしょうか。」


アキトは、心配してやって来たディアに慰められているシルバーナを気遣って、その醜態を見ない様にそっと目を逸らした。そして、虚空を見つめて小さく呟いたのだった。

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