第28話
「こ、この土塊は…?」
「中は空洞かな。地下に居られないならば、地上を土で囲う…か。面白い発想だね。」
モニターに映し出された土の塊を、一目でトンネルと見抜いたアシタは、嬉しそうに口角を上げた。一方のミゾレは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
「君の作戦の一部が、既に瓦解しかけているのだが、どうするのかね?」
ミゾレは苛立ちの為か、言葉の端々に刺々しさが現れる。現在のアキト達は、外界からの空気を遮断している為に、灰吹蛇の攻撃はすぐには届かず、地上に出ている為に木登蚯蚓の包囲から脱出していた。地上に追い出し、ガスを吸わせて気絶させると言う作戦が上手く行っていない事は、素人の目にも明らかであった。
「大丈夫。このままトンネルを造っては塞ぐを繰り返しながらの移動は時間がかかり過ぎる。これは時間稼ぎにしかならないよ。必ず彼等はあのトンネルから出て来る。その時が勝負さ。」
アシタの指摘の通り、トンネルをただ造るのでは無く、外界から隔離し続ける為に穴を塞ぎながらの移動は、速度が上がらない上に導術使いの負担が大きい。いくら土導術にかけては他種族の追随を許さない地竜種のディアであったとしても、このまま逃げ続けるのは困難であった。
(だけど、正直これほどまでの継戦能力を持っているとはね…。導子量も半端では無い。流石はあの地竜だ。アサテが執心するのもわかる気がするね。)
しかし、ディアは地下シェルターに於ける戦いから、そこまで時間を空けずに戦い続けている。それでなくてもまだ子供である為に、成竜と比較すると著しく戦闘力は劣る筈であり、更に今日は朝から頻繁に導術を使い続けている。その状態でも尚、導術の正確性は未だ変わらず、導子不足の兆しも見せない。圧倒的なポテンシャルを秘めているのは明らかであった。
『召喚術、土導術、水導術反応有り!来ます!』
「来るか!」
緊迫した声のアナウンスが流れた次の瞬間であった。モニターに映し出された土の塊は一気に爆ぜ、土塊や石の破片がドーム状に飛散し、無差別に周囲の生物に襲いかかる。土操導術・壁土破砕弾である。
「攻撃か?」
「…と、見せかけた牽制だね。本命は次だ。」
アシタの言葉に、ミゾレはモニターを注視する。するとその中から、小さな土の山と『三体の銃を持った甲冑』が現れ、山の傾斜面に対して左手に、三方向に別れて走り出す。アシタの用意していた灰吹蛇や、木登蚯蚓、噛み付いた相手の四肢の骨を砕いて行動不能にする気導術を得意とする『骨折犬』達は、一体どれが本物なのか判断が付かず、取り敢えず身近な甲冑に襲い掛かる。
「これは…まさか『孤高騎士団』⁉︎」
「いや、違うね。」
ミゾレは混乱した。急に現れた三体の甲冑は、コウガのリビングアーマー・レギオンかと思ったのが、導術の使えない状態のコウガには無理である筈であったからだ。しかし、アシタはその甲冑達の異常性に逸早く気付いていた。ただ走るだけのその動きが、余りに単調過ぎていた為である。その時、『骨折犬』の一体が、甲冑の一体に飛び付いてそれを引き倒す。すると兜が外れ、その甲冑の中身が明らかになる。
「木偶人形…。『毒蜘蛛』か!」
それは、ヤクモが造った木偶人形であった。アキトに譲渡された物であり、人の匂いを出す事でアキトの所在を誤魔化す工夫と、単調な動きをプログラムする事でヤクモへの負担を極力減らす工夫とを凝らした物であった。しかも、『木登蚯蚓』の存在が逆に、木導術の不審な反応をカモフラージュして分かり難くしていた。
「こっちの兵器達、まんまと分散させられちゃったね。となると、次の一手は…。」
アシタはモニターに映されている小さな土の山を見つめた。すると、その土の山が急に崩れ、『六体の甲冑』が現れると、今度は右手方向に三体ずつに別れて走り出す。生物兵器達は最初の囮に釣られて左手方向に進んでしまった為に、今は数が少なくなっている方向であった。急いでミゾレが叫ぶ。
「木導術の反応を注視せよ!反応の無い個体が本命だ!」
『…有りました!水導術の反応も有ります!』
「恐らく、『女郎蜘蛛』の導術だろう。間違い無い!追跡せよ!」
『了解です!』
レーダー観測員から送られてくる情報により、木導術の反応が無く、代わりに水導術の反応の有る個体を特定する。それは二体の木導術反応の有る個体を引き連れ、一目散に駆けていた。そして、その動きは明らかに、他の甲冑の動きと違っていた。
「其奴だ!捕まえろ!」
ミゾレの号令に、生物兵器達は一斉に方向を転身し、駆けて行く。特に『骨折犬』の移動は素早く、甲冑を着込んでいる所為も有るが、逃げるアキト達は余り速度が出ない。そして、彼らの一番近くに居た個体が十数秒後には追い付き、その標的の頭に目掛け飛び掛かり、それを引き倒す。
「何だと⁉︎」
しかし、引き倒された甲冑の中に在ったのは、『木偶人形』であった。ミゾレは再び混乱する。木導術の反応は確実に出ていなかった。導術も無しに、機械仕掛けでも無い木偶人形が、躍動感の有る動きをする事など、普通はあり得なかったからだ。
「一体…何が…。」
「何、タネはすぐに出てくるさ。」
アシタに促され、ミゾレは再びモニターを注視する。すると、甲冑の中から何かが飛び出し、『骨折犬』に襲いかかった。意表を突かれた『骨折犬』は、反撃や回避する間も無くソレに纏わり付かれ、身動きが取れなくなってしまう。必死に暴れて振り払おうとするも敵わず、噛み付こうとしても届かない。周囲の仲間の犬達は、助け出す為に何とかそれに噛み付こうとするも、タイミングを合わせて犬の身体を盾にされてしまう為に、攻めあぐねていた。
「これは…。」
「水導術のスライムだね。木偶人形に取り付いて動かしていたんだ。」
「木導術の反応を追って来ると…踏んでいたのか…。」
木偶人形を動かすのは、何も木導術で無ければいけない訳では無い。木偶人形にカスミのスライムを取り付かせて動かす事により、木導術反応が無く、また水導術反応の有る甲冑を創り上げたのだ。
「フフ…上手い事、此方のレーダーを利用されているね。楽しませてくれる。」
「どう言う事だ…。甲冑の中に、奴は居ないと言う事なのか…?となると…。」
嬉しそうなアシタを尻目に、ミゾレは本物のアキトが何処に居るのかについて考えていた。他に木導術の反応の無い個体は無く、目ぼしい者が居なかった。そしてすぐに、甲冑達の影に隠れて、すっかり忘れ去られていた存在を思い出した。
「そう言えば…あの地竜は何処だ?召喚術で逃がされているのか?」
ミゾレはディアの居場所について、レーダー観測員に尋ねる。すると、其処から意外な答えが返って来る。
『土導術の反応から見て、現在は地中を移動中です。』
「何?普通に移動しているのか…方向は?」
『山の斜面から見て正面です。これは…あの毒蜘蛛が居る方向です。』
「そう来たか!」
ミゾレは、アキトの狙いがヤクモとの合流だと考えた。二度に渡る囮は全て、地中を進むディアをヤクモの元まで進ませる為の時間稼ぎであるとすれば辻褄が合う。一度地上に出てから再度地中に潜った事で、『木登蚯蚓』の包囲網を抜けて進む事が出来たのだ。それを隠す為の一連の行動であったと言う訳である。
「熱源反応は!」
『地竜を含めて…三つです!』
「しくじった!其方こそが本命だったか!急ぎ追い掛けろ!合流を許すな!」
ディアが合流さえ出来れば、土導術で『不尽火鼠』を炎ごと埋め立てる事が出来る上、『鉄砲鳩』の縁絶鋼製銃弾に対しても滅法強い。それによりヤクモの負担が減れば、彼が反撃に移れる可能性も出て来る。今までディアは護衛の為にアキトの側を離れる訳に行かなかったが、それならばアキト自身がヤクモの側に行けば良いだけの話である。
「距離的に見て合流するまでは、もう少し時間が掛かる筈…。アシタ殿、『毒蜘蛛』を遠ざけられ無いか?」
「もうやっているよ。反応を見てみなよ。」
ミゾレが、モニターに映されたヤクモの様子を見る。『鉄砲鳩』や『不尽火鼠』と必死に戦いながら、アキト達の居る方向から離れる方向に誘導されていた。木偶人形の操作の影響が、小さいながらも出て来ていたのだ。
「流石だな。対応が早い。」
「今の内に追い付かないとね。唯でさえ、此処までは相手の良い様にされているから。」
「当然だ。」
ミゾレはモニターを凝視する。土導術の反応目掛け、地上からは『骨折犬』が、地下からは『木登蚯蚓』が追い掛ける。そして、『木登蚯蚓』が追い付きそうになった時、急に動きが鈍ると同時に、その木導術の反応が明滅する。
「何だ?」
「導術を妨害されているね。地下に広めの空間を造って『木登蚯蚓』や木の根を露出、導術を妨害して移動を封じる。素晴らしいコンビネーションだ。」
それは、シルバーナの導子引導による『木登蚯蚓』の移動妨害であった。『木登蚯蚓』は自身の動き自体は遅く、木導術によって操作された木の根に乗って素早く地中を移動する形である為、導術を妨害されると動きが途端に鈍くなってしまうのである。更に、包囲網を突破されてしまった為、襲い来る方向は後方のみとなり、シルバーナでも容易に導子引導を当てて全体の動きを鈍らせる事が出来ていた。
「そんな悠長な事を言っている場合では無い!」
「大丈夫、これも所詮は時間稼ぎさ。今すぐは厳しくても、追い詰めつつ有るのには変わらないよ。『毒蜘蛛』の位置から見て、合流する前に追い付く事は出来るだろうね。」
アシタの見立て通り、ディアの造った地下空間以外の地中に居る『木登蚯蚓』は行動の制限を受けていない為、空間の中に出ない様に移動を続けて確実に距離を縮めていた。回り道にはなるが、シルバーナの導術が届かなければそれなりの速度は維持出来る為、二人を背負って走るディアへの負担を考えても、追い付くのにそう時間が掛からないだろうと思われた。
「良し、あともう少しだ。」
そして、シルバーナの妨害を持ってしてもいよいよ追い詰められて来たディアは、その背に二人を乗せたまま、仕方無く地上に逃げ出す。しかし其処には、丁度地上から追い掛けて来ていた『骨折犬』達が到着しており、土竜の如くに地上に出てきた間抜けな獲物を待ち伏せていた。そして、ディアが穴を掘って地上に出て来るそのタイミングに合わせ、一番近くに居た『骨折犬』の一体が飛び掛かる。
「良し。これで召喚術使いを捕ま…え…⁉︎」
ミゾレはまたも驚く。飛び掛かった『骨折犬』に対し、一人の人物が穴から飛び出して迎撃してきたからだ。その人物は犬に飛び掛かりながらその首を左手で鷲掴み、そのままの勢いで地面に叩き付けて犬の首の骨を砕きながら、手に持った銃を口を突っ込んで二発、脳天を綺麗に撃ち抜いて一瞬で絶命させた。
「こ、これは…!」
「フフフフ…此奴はしてやられちゃったね。」
ミゾレが狼狽えていると、その人物の姿がモニターに映された。それを見たミゾレは大いに驚く。その姿は明らかに筋骨隆々の大男であり、モニター越しにも身震いしてしまう程に凶悪な人相をしいていた。
「ミノリ…コウガ…。」
そう、それはアキトによって召喚されたコウガであったのだ。コウガは周囲の『骨折犬』達を鋭く睨むと、『骨折犬』達は思わず後退りしていた。しかし、それでも勇敢にもコウガ達に襲い掛かろうと犬達が身構えた次の瞬間、コウガとシルバーナ、そしてディアは跡形も無く消え去った。
「反応は!」
『召喚術反応有り!発信場所を送ります!』
「此処は…何だと⁉︎」
モニターに示された、アキトの召喚術反応の場所を見てミゾレは更に驚いた。それは、先程のスライム入りの甲冑が引き倒された所から更に先に進んだ所で、しかも丁度『木導術反応の有る甲冑』の居る場所を示していたのだ。
「ディアは土壁を!ルビィは先程までと同様にお願いします!」
「キュキュ!」
「はい!」
アキトによって召喚されたディアは、追っ手の追跡を邪魔する為の大きな壁を造り、シルバーナと共に安全圏である病院に転送された。そして、『浸身拘搦』のスライムを自身に取り付かせたアキトはライトを片手に、召喚した甲冑を着込んだコウガと、木偶人形を操っていたカスミのスライムと共に再び逃走を開始する。
「良し…此処までは、なから順調ですね。」
「さあ、先を急ぎましょう。アキト君。」
「わかりました。コウガ先生。」
実は、カスミのスライムが操る木偶人形と共に走っていた二体の甲冑の内の一体の中に、本物のアキトは居たのだ。そして、それをレーダーで確認したならば、その甲冑からは確かに『木導術の反応』が出ていた。
(相手は必ずレーダーの反応を見て判断して来ると思っていましたが、スライムを手放した状態での移動は、今考えても中々に危険な賭けでしたね…。全ての甲冑を無差別に攻撃されていたら、カモフラージュがバレてしまっていたでしょうし…。)
アキトは、自身の胸ポケットに挿してある、花弁の回っている花の位置を抑える。ヤクモから貰った花であり、木導術の反応を“わざと”発生させるデコイでもあった。最初の囮で、甲冑の中に木偶人形を仕込んで有ると相手に情報を与え、そして木導術の反応の無い甲冑を探す様に仕向けたのである。カスミの連絡用スライムも、水導術の反応でバレる可能性があった為に手放していた。
(甲冑を着て銃を持った状態で走り続けるのは中々に大変でしたが、何とか誤魔化す事が出来て良かった…。カスミ先生のお陰ですね。)
アキトは、木偶人形が入った甲冑を見る。其処には、カスミから所有権を移して貰った特殊なスライムが入っていた。言葉を伝える事や人体に侵入する事が出来ない代わりに、木偶人形や重い甲冑を自在に動かせる程の力を持つ為、隠密性は低いが戦闘に活用出来る代物である。
(しかし…これだけやっても、余り時間を稼げませんでしたね…。転送でルビィやディアは無事に逃がせましたが、これで僕の位置は完全に特定されてしまったでしょうし…間に合うか…。)
本当ならば、これまでの囮でもう少し時間を稼ぐ算段であったのだが、生物兵器達の動きが予想以上に速かった為に、本来想定していたよりも短い時間しか稼ぐ事が出来なかった。次の策が上手く機能するまでは、恐らくもう少し時間が掛かると踏んでいたアキトは、少しだけ不安に駆られる。
「大丈夫ですよ。貴方は必ず私が守ります。」
「先生…有難うございます。先生も絶対に死なせませんから!」
「ええ、お願いしますね。」
『ワタクシが居る事もお忘れ無く。』
「はい、頼りにしています。」
そのアキトの不安を感じ取ったのか、安心させようとコウガやカスミが話し掛ける。先程までは相手にバレる訳に行かないと、余計な言動を控えていたが、現在はアキトの居場所は完全に特定されてしまっている。思わぬ遠距離攻撃から少しでも身を守る為にと甲冑こそ身に付けているが、最早偽装の意味は無い為であった。
『さて、そう言っている内に、来ましたわよ!』
「もうですか…。やはり速い…!」
それは、急いで追い掛けて来た『骨折犬』の一団の到着であった。時間稼ぎの為の土壁をも、彼等の前には余り意味は無かった。『木登蚯蚓』の木導術に破壊されてしまい、精々十秒程度の時間稼ぎにしかならなかったのだ。
「此処は私が!」
『援護はワタクシにお任せなさい!』
「お願いします!」
すると、カスミが援護射撃をしながら、足留めの為にコウガは『骨折犬』の一団に突撃する。重い甲冑を着ているとは思えない程の速度で駆けると、的確な銃撃で『骨折犬』の胴体を次々に撃ち抜き、動きを鈍らせる。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!」
そのまま弾切れの銃を投げつけて一体の犬を怯ませ、即座に組み付いて首の骨をへし折り、そのまま別の一体に投げ付けこれを怯ませる。飛び掛かって来た別の一体の首を、下から逆手に掴んで反転させ、そのまま人間マフラーの要領で背骨を破壊する。その無防備に曝け出された犬の腹で別の一体の噛み付きを防御しつつ、噛み付いて来た犬の首を掴んで握り潰し、反対側の岩に脳天から渾身の力で叩き付けて一瞬で絶命させる。
「まだまだァアアアアアアアア!」
背後から襲い掛かる犬に対し、目の前の岩を駆け登って回避すると、岩にぶつかって動きが鈍った犬の頭の骨を、全体重を乗せた強力な踏付けで粉々に砕く。其処に襲い掛かった別の一体の攻撃を、身体を最小限傾けて躱すと同時にその足を摑み、振り回して別の犬に当ててそれを吹き飛ばす。そのまま振り回した犬を足から頭に持ち替え、別個体の犬の噛み付きに対して、直角に傾けた犬の頭で噛み付かせて互いの骨を破壊させる。
「ウラアアアアアアアアアアアア!」
相互に噛み付いて繋がった二体の頭の境目の上から、鉄槌打ちによって自身の膝に打ち落として同時に二体の脳を潰すや否や、即前転して別の一体の背後からの不意打ち攻撃を避ける。その勢いのまま、自身の前に出たその一体を後ろから組み付いてその場で裏投げ、続けて背後から襲い掛かって来た別の一体に綺麗にヒットさせると、身体を捻って前受け身を取りつつ即座にジャンプ、悶える二体の頭を両足で踏み潰した。
「うわぁ…。」
『ふふ…いつも若様の土狼の相手をなさっているだけあって、犬の相手はお手の物ですわね。それに、リビングアーマーのアシスト無しであの機敏さ…日頃の鍛錬は怠っていない様で何より。』
瞬く間に八体もの犬の命が奪われた光景に対し、アキトは大いに引いていた。さっきまでコウガの心配をしていた筈なのに、今は『骨折犬』達の方に同情を禁じ得なかった。教え子に引かれている事に全く気付かないコウガは、そのまま動物愛護団体も真っ赤になる事の間違い無い、見るも凄惨な光景を繰り広げていく。
『それにしても、流石はコウガ先生ですわ。全く容赦の無い攻撃、お変わり有りませんわね。』
「む、昔からあんな感じだったんですか…?」
『勿論、人相手なら死なない程度に抑えてますわよ?ただその代わりに、痛いと言う言葉が生温い程になるそうですわ。』
「お、おおう…。」
『コウガさんに散々に痛め付けられた方は漏れ無く、コウガさんの顔を再び見ただけで失禁する事請け合いだそうですわよ?アキトさんも、先生を怒らせない様に呉々もお気を付けなさいな。』
「…ええ、肝に銘じています…。」
カスミの言葉に、アキトは身震いしながら応えた。
『おや、流石にそろそろ不味くなって来ましたわね。準備なさい。』
「え?」
カスミの指摘に、アキトがコウガの方を振り向くと、何やら彼の動きがおかしい。良く見ると、コウガの足元から木の根が生えて彼の足に絡み付いて動きを制限していたのだ。『木登蚯蚓』の木導術攻撃である。身動きが上手く取れなくなったコウガ目掛け、まだ何とか生き残っていた『骨折犬』の一体が飛び掛かる。
『今ですわ!』
「召喚!」
「助かります!」
しかし、その犬の牙はコウガを捉える事は出来なかった。勿論、それをさせじとアキトが召喚術でコウガを逃したからである。同時に、新たに召喚した銃をコウガに持たせ、再び遠くから攻撃が出来る状態にする。
「ディア!ルビィ!」
アキトはディアを再び召喚すると『骨折犬』達の足下から自分達近くまでの地面を崩させる。同時にその攻撃で露出した『木登蚯蚓』や木の根に導子引導を当て、導術を使えない状態にした所に、ディアの投石攻撃で蚯蚓を次々潰して行く。コウガ達に生物兵器達が追い付きそうになっては同じ事を繰り返し、敵の戦力を削ぎながらジワジワと撤退する。
「く…あと…もう少しなんですが…。」
戦闘自体は優位に進める事に成功していたが、それでも次から次へと襲い来る『骨折犬』と『木登蚯蚓』の群れは増え続け、次第に対応仕切れなくなって行った。リビングアーマーと言う不死身の大軍を使用した圧倒的な物量によって敵を押し潰して行く戦法を得意とするコウガは、自身の戦法と似たそれをその身に受けて、改めてその厄介さに舌を巻いていた。
「はあ…いつもなら、こんな物量作戦は私の十八番なんですよね…。」
『あら、珍しく弱音ですの?らしく有りませんわよ。コウガ先生。』
「いえね?普段、私ってこんな風にその…相手から見られているのかなって…思いましてね…。」
『…気付くのが二十年程遅いですわよ…。』
次々と襲い掛かる『骨折犬』を片手間に屠りながら、何とも場違いで今更な事を気にしているコウガに、彼をアシストするカスミのスライムは呆れた様に溜息を吐く音を出す。そんな彼等を他所に、アキトは次第に悪化して行く状況に焦りを感じていた。
「先生、そろそろ行けませんか?」
『まだですわ。もう少し距離を縮めなさい。まだ確実では有りませんわ。』
「く…しかし…。」
『逸る気持ちはわかります。ですがこれは最後の手段であり、使用すれば他の手が取れなくなる諸刃の剣でも有りますわ。成功率を上げる為にも、ギリギリまで我慢なさい。』
「はい…わかりました!」
カスミの励ましを受け、少しでも先に進もうと必死に走る。しかし、それでも限界は近付いていた。
『下です!』
「うわっ⁉︎」
急にアキトは何かに足を引っ張られ、地面に倒れ込む。見ると、足に木の根が絡み付いていた。『
木登蚯蚓』が遂にアキト達の足下まで辿り着いてしまったのだ。地上を行く『骨折犬』に対してはコウガの攻撃が効くが、地下に居る『木登蚯蚓』はディアとシルバーナのコンビでしか倒し難い上に、彼女らがまだ未熟な面もあり、思ったよりも数を減らせなかったのである。
「なんの!」
アキトは、木の根が絡み付いた甲冑の部分を脱ぎ捨てて脱出すると、即座に召喚により再び甲冑を着込む。同時に近くに召喚したコウガが銃撃で牽制している間に、アキトはその場を離れる。何とか窮地を脱しはしたが、いよいよ進退極まった事をヒシヒシと感じていた。カスミは、遂に決断を下す。
『…致し方有りません。まだ少しばかり危ないですが、あの手を使いますわよ!』
「「わかりました!」」
カスミの号令が出るや否や、アキトは自身の甲冑を転送して身軽になると同時に、コウガと閃光手榴弾を交差召喚する。強烈な閃光と爆音が生物兵器達を狼狽えさせている間に、アキトの近くに来たコウガは、アキトの背中を渾身の力で突き飛ばす。
「うわああああ!召喚!」
『お兄様!お願い致します!』
コウガの突き飛ばしの勢いを利用して一気に加速したアキトは、そのままヤクモの木偶人形を召喚し、目の前の木に接触させて衝撃を吸収、その人形を足場にして一気に木を駆け登る。すると、木偶人形から蔦が巻き出てその木に絡まり、同時にその木の枝が動き出す。ヤクモが木偶人形を印に、その木を導術で支配したのである。
「先生!」
「行きますよ!」
アキトは木の頂上から手前側にジャンプすると同時にゴーグル、酸素ボンベを着用し、伸びてきた木の枝が自身を掴むのを確認するや否や、コウガとカスミ操る木偶人形を自身の側に召喚、そのまま自身を掴ませる。三人分の重さがかかり、それを掴む木の枝は大きくしなる。
「転送!」
そして、コウガと木偶人形を同時に病院へと転送する。彼等分の重さを失った木の枝は弾かれた様にアキトを高速で夜の空高く放り投げた。体重を乗せた分、その反動も大きく、投げられたアキトは高々と空を舞う。地下や地上を行く生物兵器達は、空を行く事は出来ない為、飛んで行くアキトに追い付く事は出来ない。これこそ、アキト提案した最後の逃走手段『人間大砲』である。
(うううわああああああああああ!)
その勢いの強さに、アキトは少しだけ後悔したのだが、必ず無事にシルバーナ達の元に帰ると誓ったその想いは決して消えたりはしない。しかし、己の全てを掛けたアキトの賭けを嘲笑うかの様に、何かが行く手を遮るかの様に現れた。それは、灰色で蛇の頭の形を取る、明らかに異常な雲であった。そして一瞬だけだが、アキトは何かを発見した。
(あ、あれは…!)
それは明らかに機械化された鳩に乗った、灰色の蛇であった。『鉄砲鳩』と『灰吹蛇』である。アキトの逃走経路に空路を予期したアシタが、先回りして罠を仕掛けていたのだ。しかも、直前まで隠れていた為に、アキトはすぐに気付く事が出来なかった。
(不味い…⁉︎)
空中では、アキトは自由には動けない。そのまま、毒ガスで出来た雲の中に突っ込む他に無い。しかも、口を塞いだとしてもそれを抉じ開ける様にしてガスは入り込み、一息でも吸えば昏倒する。急いでアキトは、カスミのスライムを召喚して口元を塞ぐ。
「ぐむ!」
何とか間に合って、すぐに昏倒する事は避けられたが、それでも無理やりにでもアキトの口に達しようと、何十本もの雲の渦がドリルの様にスライムの身体を抉っていく。その間にもアキト達は失速し、次第に高度が下がって行く。
(この…ままだと…!)
アキトは焦る。灰吹蛇の攻撃は蛇の様にしつこく、また鉄砲鳩の縁絶鋼はカスミのスライムの天敵である。もしもスライムに縁絶鋼を当てられればスライムは消滅し、直後に灰吹蛇の毒ガス攻撃をもろに受けて昏倒するのは必至であった。しかし、状況を打開する策をすぐに思い付く事が出来ない。何かを考えて行動するには、余りに時間が無かった。
(…ルビィ…ディア…先生…。)
アキトは諦めては居なかったが、然りとて暴れてどうこう出来る相手で無い事。最低限、大事な人達を皆無事に逃がせている事に対する安堵感も手伝って、アキトは安らかに目を閉じる。全てを為すがままに任せ、『その時』を待った。
「満たせぬ心よ吹き荒べ。荒ぶる願いよ身貫け。天に満した愚かな己、墜とした想いに風を見よ!風操導術・天満愚風!」
それは刹那の出来事であった。アキト達に襲い掛かっていた雲や蛇、鳩までもが、音も無く全て綺麗に消えてしまったのだ。目を瞑っていたアキトは、何かが起こったのかすらも気付かなかったが、実はそれらは一瞬の内に、アキト達の遙か後方へと吹き飛ばされてバラバラになっていた。
『アキトさん。もう宜しいですわよ。』
「ふう…何とか間に合いましたか。」
カスミに促されたアキトはゆっくりと目を開ける。自分を救ってくれた人物を探そうとしたが、上手く見付からない。それでも、その人物が放ったであろう柔らかな風に包まれて、アキト達が地上に無事に着地した時、やっとその人物を見付ける事が出来た。
「ああ、此処に居たんですね。」
『ふふ、定刻通りの到着ですわね。もっと早く到着しても宜しかったのですよ?コチヤ先生。』
「はあ…はあ…無茶…言わないで下さいよ…。これが限界ですよ、カスミ先生。」
それは、公安捜査庁の妨害を持ち前の存在感の無さで潜り抜け、車すらも霞む程の速度で山の中を疾走して来たコチヤであった。ヤクモによってアキトが放られた方向、それはレン達の乗った車が向かって来ている方向であったのだ。




