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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第26話

『さて、どうやらあの熊さんが、お目覚めの様ですわね。』

「あの強力な爆弾を二発も真面に受けたのに、もう復帰出来るのですか?なんてタフさです…。」


大した時間も経過していないと言うのにも関わらず、化物熊がもう起き上がって来た事にアキトは驚きを禁じ得ない。しかし、カスミからは更なる驚きの事実を告げられる。


『いえ、気絶していたのは精々、十数秒と言った所でしたわね。』

「……え?」

『気絶したフリですわ。ワタクシが様子を聴きに行った時には、既に起き上がれる状態でした。ですが、ワタクシ達が様子を見に来ると踏んで、待ち伏せをしようとしていましたのよ。でなければ、ワタクシがさっさと寝首を掻きに行きましたわよ。』

「えええええ⁉︎」

『熊の癖に死んだフリとは、中々に小賢しいですが、お陰で良い時間稼ぎが出来ましたわ。相手の方からわざわざ貴重な時間を割いて下さるなんて、なんて親切なんでしょう。ふふふ…。』


カスミのスライムは意地悪そうな嗤い声を上げる。アキトは、化物熊の予想外の狡賢い行動と、それすら見抜いて利用するカスミの強かさに二重に驚いていた。


『ですが、流石にいい加減、相手も痺れを切らす頃合ですわね。まだ様子を伺っているみたいではありますが。』

「僕達は…如何しましょうか?」

『基本は逃げの一手ですわ。相手の頑丈さを鑑みれば、ワタクシ達の今の武器で簡単に倒せる物とは思えません。無理に倒さず、時間稼ぎに徹するべきですわね。』

「では、地上に出ますか?」


アキトは地上に出る事をカスミに進言する。化物熊は土導術の使い手であり、地面の中での戦いは得意中の得意である。ディアなら同等以上に立ち回る事が出来るが、相手の高い防御力を突破するには決め手に欠け、しかもアキト達は地中では大いに足手纏いである。このまま相手の得意なフィールドでの戦闘を続けるのは、下策に思えた。


『……いえ、上はなるべく避けましょう。相手が何か仕掛けている可能性が有りますから。』

「他の導物を嗾けて来ている可能性は、確かに有りますね…。わかりました。ならば…ディア、向こうに向かって広めの空間を造って下さい!」

「キュキュ!」


アキトは、ディアに化物熊の居る方向と反対方向に向けて大きく広い空間を造らせる。そして、シルバーナを一旦転送して逃しつつ、ライトを複数召喚してトンネル内を隈なく明るく照らしながら、転送陣を描いた紙と重しを召喚して、複数の場所に急いで置いていく。


「これで良し…。ディア、お願いします!」

「キュイッキュン!」


そして、アキト自身は駆け出しながら、化物熊のいる方向に向けてディアによる土導術攻撃を仕掛けさせた。壁を砕かずにそのままずらす事により、壁の向こう側の相手を不意打ちしつつ距離を離す技『土操導術・壁土圧壊』であった。


「ガオオオア⁉︎」


急に仕掛けられた攻撃に化物熊は面食らうが、それを受けて怯む程、柔では無かった。分厚い土壁の塊を強靭な前脚で破壊しながら無理やりに前に進み、反撃とばかりに無防備なディア目掛けて土導術の石弾を放つ。


「ルビィ!」

「はい!」

「グオオア⁉︎」


だが、それはシルバーナの術によって唯の石に変えられ、ディアはそれを食べて撃ち返す。化物熊は自身の攻撃を返された事に、その原因となったシルバーナを忌々しそうに睨んで石弾攻撃しようとするも、その前にアキトにより転送されて姿を消してしまう。


「グオオオオ!」

「ルガオオオ!」


そこで化物熊は、先に召喚術を使うアキトを動けなくさせようと突撃しようとする。しかし、ディアがそれをさせじと行く手を遮る。熊はそこを退けとばかりに、近接距離からディアに土導術で攻撃しようとする。


「交差召喚!目を閉じて!」

「ガオアアア⁉︎」


しかし、ディアに攻撃しようとした矢先に、アキトに交差召喚でディアと閃光手榴弾とを交換され、目の前で強烈な閃光が発生する。間近でかなりの光に晒された結果、目をやられて一時的に動きが止まってしまう。


「頭に石!足元崩して後ろに棘!」


その隙を逃さず、アキトは矢継ぎ早に指示を出す。ディアはトゲ付き石球を勢い良く飛ばして無防備な頭にぶつけ、同時にその足下の地面を崩して背後へ仰向けに倒れ込ませ、丁度其処に硬い石の棘を生やして後頭部をぶつけさせる。


「グオガオオオオオオオ‼︎」


重い体重の乗った後頭部への鋭い一撃は、頭を傷付ける事は出来なかったが、流石に衝撃が効いたのか、化物熊は苦しそうに呻く。頭を押さえて踞り、まだ上手く見えない目で恨みがましくアキト達を探す。


「ルビィに目潰しをして甚振ってくれた御礼です。いくら身体は頑丈でも、強烈な光に対する耐性は中々鍛えられませんからね。」


導術攻撃をしようとすれば妨害され、直接攻撃しようとすれば爆弾とすり替えられ、不意打ちで目潰しされて回避も出来無い所に、足下を崩されてこけさせられ、そして倒れた先に罠を張られる。もしも自分が相手の立場であったら、間違い無く泣いているだろうなとアキトはふと思う。


『ふふ、中々に鬼畜な連携攻撃…ウットリしちゃいますわ…。アキトさん、あなた中々に見所が有りますわね。』

「こんな時にまで、先生は一体何を言っているんですか…。」

『あなたの素養を評価して居るのですわ。実に嫌らしい攻撃がお好きな様ですわね。』

「いえ、別に好きな訳じゃ無いですよ…。ただ、必死なだけです。」


嫌らしいと言われるのには反論は出来ないが、そもそも相手が真面に戦って勝ち目が無いからこその、この卑劣戦法である。アキト自身がそれが好きな訳では決して無いため、其処だけは否定した。だが、どんな卑怯な事だろうと何でもやって生き足掻こうとする、その方針を変える気は更々無かった。


「ただ…これだけやっても、余り効いている様には見えないんですよね…。」

『本当にタフですこと。“穴熊”の見た目に偽り無しですわ。ただ、本来の熊よりも動きが幾分か鈍いのが、せめてもの救いですわね。』

「ここは相手の行動を完全に封じて、時間を稼ぐ他には無いですね。」

『敵の伏兵も居る可能性も有りますわ。周囲の警戒は任せてなさいな。』

「了解です。召喚!ディア!石檻作製!ルビィ!鏡を利用して下さい!」


続けてアキトはヤクモから貰った大きな鏡を複数手元に召喚し、ディアに指示して強固な石の檻で化物熊の周囲を囲み、それを土導術で破壊しようとするのをシルバーナに妨害させる。シルバーナからは死角となる化物熊の背後へは、予め仕掛けておいた転送陣に大きな鏡を転送する事で視界を確保し、完全に導術を防ぐ形に持って行く。


「良し…これで完成です。」


アキトは狙った形に、無事に持って行けた事に安堵する。化物熊の強力な引っ掻き攻撃による檻の損壊は防げないが、土導術では無い為にそれなりに時間は掛かる。故に檻が破壊されそうになっては、その外側に新たな檻を造る事で化物熊を閉じ込め続ける事が可能となる。


「ディア!目を狙って!」


更にディアには、化物熊の行動その物を妨害する様にと、外から小さく鋭い石を使った投石攻撃を、目の辺りを狙って絶え間無く仕掛けさせる。幾ら頑丈でも、視界を防がれると上手く動けないのは、先の事から学んでいた。ならば、そこを執拗に攻めれば良いだけである。


「グオオ!ガオオ!グアアアアオオオ‼︎」


単純で陰湿であるが、それ故に効果的なアキトの行動は、化物熊を激しく苛立たせる。必死に藻がいて足掻き、何とか檻を脱出しようとするその様は、見ていて余り気持ちの良い物では無かった。アキトは変な罪悪感に苛まれる。


「…何か…虐めている見たいですね…。」


化物熊は鏡を壊そうと石を投げるが、アキトに召喚で躱され、再び同じ位置に転送で戻される為に上手く行かず、アキト達の方に向けての投石は悉くディアが喰らう。アキトとシルバーナの導術発動の間隔はほぼ零秒と言っても過言では無く、狙える程の隙は見出せない。完全に打つ手無しの状態に追い込まれていた。


『檻に入って身動きが取れない相手に対し、相手の攻撃の届かない安全な場所から、延々と石を投げつけ相手が弱るのを待つ。そしてその石を投げ付けるのは手下に任せ、自身は高みの見物を決め込む。これが虐めで無くて何だと思っていらっしゃるの?』

「高みの見物なんて決め込んでませんよ…。しかし、改めて言われて見ると、確かに酷い絵面ですね…。」

『虐めと言うよりも、これは最早石打ちによる公開処刑ですわね。此処までするとは…正直、その鬼畜さには流石のワタクシも脱帽です。アキトさんには同族の匂いがしますわね。如何でしょう?今度、如何にして相手を痛め付けるかについて、ワタクシやお兄様と一緒に一晩中語り明か…』

「しませんから!」


カスミのおかしな発言に、やっぱりヤクモの妹なんだなと沁みじみ思いつつも、アキトは周囲の警戒を怠らない。


(シアさんを追い詰めたり、ヤクモさんを山の外に釘付けに出来る程のやり手なら、この程度で終わりの筈が有りません…。何処かで、何か仕掛けて来る筈…!)


アキトは天井を睨み付ける。地上の様子は此処からではわからない。しかし、確実に何か罠を張っているだろうと考え、天井を注視する。すると、その天井に僅かながら、小さなヒビが入るのが見えた。


「…何でしょうか?」

『この風の音…アキトさん!ガスですわ!』

「な⁉︎」


アキトはカスミの言葉に驚く。この狭い空間にガス攻撃は確かに効果的であり、即時対応が必要となる。無色のガスである為に何処まで侵食して来ているかもわからない。アキトは一瞬焦るが、すぐに落ち着いて対策を取る。


「ディアは投石中断!地中に逃げながら檻は造り続けて!ルビィ、召喚し直します!」

『相手は風導術でガスを操作しています!シルバーナさんは其方の無効化もお願いしますわ!』

「キュキュ!」

「はい!」


アキトの指示を受け、ディアは地中に潜り込みながら檻を造り続ける。シルバーナはアキトの居る場所に別のガスマスクと同時に召喚する事で、一瞬にしてガスマスクを装着させた。そして、シルバーナの導子引導により、毒ガスを操作していた風は霧散し、操作されなくなったガスは洞窟内に隙間無く充満して行く。


「ガ…オ…。」

「…ディア、檻を造るのはもう良いです。代わりに、あの天井の穴を念の為に塞いで下さい。後、絶対に地中からは出ないで、あの穴付近にも近付かないで下さい。」

「キュキュ。」


風による制御を受けられなくなったガスは、無差別に生物の意識を奪い去る。ガスを吸ってしまった化物熊は、碌に抵抗も出来ずに昏倒してしまった。どうやら致死性は無いらしいが、代わりに催眠効果は絶大らしく、間違えて吸い込めば即時に意識を失う事は必至であった。


「…あの熊を、こんなに簡単に昏倒させるなんて…。」

『かなり強力な、無色で即効性の催眠ガスですわね。一息でも吸ったらアウトですわよ。恐らく、風導術でガスマスクを無理やり外しながら、狙った相手にのみガスを吸わせるタイプの攻撃の様ですわね。』

「何て嫌らしい攻撃なんですか…。碌な対策も取らずに地上に不用意に出ていたら、完全に餌食でしたね…。」


もしもカスミが気付くのが遅れていたり、シルバーナの導子引導による風導術の無効化が無かったり、またコウガからガスマスクを譲り受けて居なかったなら、アキト達は完全に昏睡状態となっていたであろう。ギリギリながらも回避出来た事に一先ず安堵するが、相手の狡猾な攻撃に、他人の事を全く言えないがアキトは苦い顔をした。


「お兄さん!また天井に穴が空いて…!」

「今度は何を…?」


すると、ディアが埋めた穴以外に、また新たに天井に穴が開くのが見えた。またもガス攻撃かとアキトは考えたが、それはある意味で当たっていた。しかし、今度のガスは先のガスの様な無色では無く、真っ黒な煙であった。


『…煙幕ですわね。』

「導術は消せても、煙自体は消せません…。ルビィや僕達の視界を奪いに来ましたか…!」

『加えて、此方の酸欠を狙っていますわ。さて…どうしてくれましょう。』

「とにかく、穴を塞いで時間を稼ぎ続けます!ディア!」

「キュキュ!」


アキトはディアに指示し、天井に開いた穴を埋め続けさせるが、次々に穴が開いて行く為にキリが無い。次第に、洞窟内の見通しが悪くなって行く。ガスマスクも煙幕の煙を大量に吸って、フィルターが詰まりつつあった。


「…仕方ありませんね。丁度、洞窟内の酸素も尽きかけて来ていましたし…酸素ボンベを使います。」

『あら、そんなのも持っていらっしゃるの?』

「ええ、コウガ先生に頂きました。」

『さすが、相変わらずコウガ先生は用意が宜しい事ですわね。感心致しますわ。』


アキトはコウガから譲り受けた小型ガスボンベ(口に咥えるタイプの物で、長時間は保たないがその分軽くて場所を取らない。)を召喚して、自身とシルバーナに装着しているガスマスクと口との間に再召喚する事により、ガスの入り込む余地も無くボンベを装着する。


「これで酸欠は防げますが…。」

『シルバーナさんの術は視覚に依存。この空間内で術を無効化し続けるのは厳しいですわね。』

「そうで無くても、この暗闇の中で戦い続けるのは…。」

『…仕方有りませんわね。上に出るのは危険ですから、下へ場所を移しましょう。』


真上の地上には、風導術を操る導物が居る可能性が高く、不意打ちでシルバーナの視界の外から攻撃を仕掛けられると術を無効化出来ない。相手が待ち構え罠を張っている可能性の高い、真上の地上での戦いは、積極的にやるべきでは無いとアキト達は判断する。


「わかりました。ディア!前方斜め下に向けて山の麓の高さまでトンネルを!くれぐれも前には出過ぎない様にお願いします!ルビィはさっきの要領で僕に抱き付いてて!カスミ先生は周囲の警戒をお願いします!」

『わかりましたわ。』

「キュキュ!」

「あう…は、はひ…!」


アキトはディアに、下山する為の斜めの洞窟を造らせる。其処を滑り落ちながら後方を土で埋めて煙幕の侵入を防ぎつつ進んだ。公安捜査官達の創った、氷麗が複雑に入り組んだ地中を掘り進むのは思っていたよりも大変で、途中で何度も足止めを貰いながらも、何とか麓の位置まで辿り着く。


「さて…此処までは無事に来れましたが…。」

『氷の所為で、思ったよりも時間をかけられてしまいましたわね。敵もレーダー…恐らく導術検知の物を使っているでしょうし、もう外には敵が待ち伏せていらっしゃる可能性が非常に高いですわ。』

「…まだ、警察の増援は到着しないのですか…?」

『残念ながら、公安捜査庁の妨害工作に遭っています。大旦那様達も同様です。突破出来なくも無いですが、迂闊に手を出すと逮捕されかねないので厄介ですわ。』

「…そこまで手を回していましたか…。」

『何にせよ、此処に到着するまでは暫く時間が必要ですわね。この場所で時間稼ぎをしたい所ですが…どうやら相手は、それを許してはくれない様ですわね。』


カスミの嘆きと共に、偵察に出ていたディアからの報告が来る。やはり、何らかの怪しい物体の接近報告であり、しかも四方八方からアキト達を囲い込む様に複数が近付いて来ているとの事であった。また、どうやら木導術の使い手らしく、土導術での応戦は圧倒的に不利であると言う悪い報せもオマケに付いて来た。


「本当に…手際が良い事ですね。」

『此方の動きを読んで先回りして、此方に対して相性の良い術を使える伏兵を仕掛けるとは、嫌になる位に有能ですわ。しかも、態々此方に分かり易く、尚且つ此方に次の行動を考える時間が有る様にしている所を見るに、この状況を愉しんでいるみたいですわね。』

「このまま地中で戦うか…。それとも罠を仕掛けているだろう地上に出るか…。」

『全く!ワタクシは攻められるのは趣味ではありませんのに!』


このまま地上に出るのは危険だが、かと言って此処に留まり続けて、様々な方向から同時に攻撃を仕掛けられては、流石にシルバーナも導術を無効化し切れない。かと言って今地上に出るのも、罠の可能性から見て良い策と言う訳では無い。八方塞がりの中で、アキトは考える。


(如何したら良いんでしょう…。ですが、諦める気は有りません!此処は…こうなれば、周囲に多少の迷惑を掛けてでも…!)


そして、考えを手早く纏めたアキトは、意を決してカスミに話掛ける。


「カスミ先生。少し宜しいですか?」

『…泣き言だったらその口を塞ぎますので、そのつもりでお願いしますわ。』

「大丈夫です。そんな気は全く有りませんから。」


そして、アキトは自分の提案をカスミに示した。そしてカスミは、すぐに行動を開始した。









「全く…次から次へとキリが有りませんね…。早くアキト様達の元に向かわねばならないと言うのに…!」


山の中で、ヤクモは溜息を吐いた。山の麓の民家へと殺到する火鼠達の処理に追われ、中々アキト達を助けに行けないもどかしさに、少しだけ眉間に皺を寄せていた。本当なら、この場所を放ってでもアキト達を助けに向かいたかったが、火鼠を放置して行けば町への被害は甚大である。そしてその罪を擦り付けられれば、それを以って何かして来るだろう事は容易に想像がつく。


「ヤクモ殿!次の指示を!」

「十時の方向、約百メートル先の古い民家に鼠達が迫っています。放火される前に退治して下さい。」

「了解です!」


近くでは、火鼠を水導術で退治している警官達が、ヤクモの指示を受けながら鼠を退治していた。ヤクモの蔦(巻き付いても導術が使用可能な物)で空中を素早く移動させられながら、火鼠の群れに空から水導術を当てて退治して行く。火鼠に水導術はよく効く為に、駆除その物には苦労してはいなかった物の、その数の多さに疲れを見せ始めてはいた。


(彼らも導子切れを起こしつつ有りますね。そろそろ、限界でしょうか。しかし、増援が来るまでは、何とか保たせて貰いましょう。)


ヤクモは彼等に導術使用の際に、なるべく導子を節約する様に指示しつつ、外す量が少なくて済む様にと、火鼠の群れの近くまで運んでは術を使わせる様に工夫していた。その甲斐あってか、建物への被害は殆ど無かった。


「ヤクモ殿!六時の方向!また来ます!」

「わかっております。あなた方は気にせずに、自らの仕事を全うしなさい。」

「りょ、了解です!」


ヤクモは警官が指摘した方向を睨み付ける。見ると、見るからに大きな鳩が数羽、ヤクモ目掛けて突撃を仕掛けて来ていた。その鳩達は、明らかに改造されている事がわかる位に、身体の彼方此方が機械化されており、黒光りする金属製の筒が見えていた。縁絶鋼製銃弾を搭載した兵器、『鉄砲鳩』である。


「使うんだったら、鳩らしく豆鉄砲を使いなさい!そんな物騒な物、人様に向ける物では有りませんよ!」


ヤクモは、岩を蔦で操って機械鳩の銃弾を躱す。警官達も狙って来るため、其方への牽制も忘れずに行う。しかし、縁絶鋼に接触すれば木導術は無効化されてしまう為に、繊細な操作が要求されていた。


(全く…やり難いったら有りはしませんね。)


何とか反撃を行おうと試みるも、中々上手く事は運ばなかった。火鼠の動向を探りつつ、尚且つ警官達を守りながら適切な位置へと誘導し、そして自身すらも守りながらの戦いは、ヤクモが反撃に移る余裕を確実に奪っていたのだ。


「く…家屋への被害も…抑えきれ無くなって来てますか…。」


ヤクモへの機械鳩の攻撃は、確実にヤクモの集中力を削ぎ、少しずつでは有るが、古い民家への放火を許してしまっていた。すぐに消火して被害を最小限に抑えているものの、少しでも油断は出来ない状況であった。そんな折、不意にカスミから連絡が入る。


『お兄様。お忙しい所、失礼致しますわ。』

「要件は簡潔に。」

『人の匂いのする人形と花、それに投擲。』

「動作は?」

『人形の内一体は放置、他は銃を所持した状態で直進。花は花弁が回るだけ。投擲用の木とその方向は追って連絡致します。』

「わかりました。人形は先程森の木々で創った物の余りを全て…計八体をアキト様に。花はアキト様差し上げた物を用います。また何かあったらすぐに伝えなさい。」

『お願い致します。』


手早く会話を終えたカスミは、最後に一言だけヤクモに伝える。


『シアさんは、助かりました。』

「そうですか…助かりました。」


何よりも知りたかった情報が、最善の結果でもって齎されたヤクモは、安堵したかの様に少し口元を緩めた。


(これで、こっちに集中出来ますね。全部、守って見せますよ…必ず!)


そして、更にヤクモは口角を上げ、凶悪な般若の笑顔で眼前の敵を睨み付けた。









「イナバ先生!シアの…シアの容態は⁉︎」

「お母さんは…お母さんは大丈夫ですか⁉︎」


緊急手術室から出て来たイナバに、心配から部屋の外で忙しなく歩いていたコウガとクロウリアが詰め寄る。特にコウガのその顔は鬼気迫り、イナバと共に出て来た看護士達は余りの恐怖に慄く。


「まあまあ、愛する妻が心配な気持ちもわかるが、落ち着けよコウガ坊。それに嬢ちゃんもな。安心しろ、峠は越えた。今はまだ面会出来ないが、このまま安静にしてりゃ、後二日もすりゃ全快するぜ。」

「ほ、本当に…?」


手術室に入って大した時間も経たない内にイナバが出て来た事に対し、その余りの時間の短さに、まさか間に合わなかったのではと言う不安に駆られてしまっていたのだ。


「俺を誰だと思っているんだ?自分で言うのも何だが、どんなに重症な患者だろうと忽ち救っちまう様な気導術使いの名医様だぜ?信用しな。シア嬢はもう大丈夫だ。」

「よ…良かった…。本当に…良かった…!」

「イナバ先生…有難うございます…有難うございます!」


コウガとクロウリアは安堵から、か互いに抱き合って泣き崩れた。コウガの泣く顔は更に恐ろしく、周囲の看護士達は恐怖で泣きそうになっていた。見慣れているのか、イナバだけは平然としていた。


「いや、お礼は俺よりも、寧ろあの少年に言ってやれ。」

「え…。アキト君…ですか?」

「ああ…正直な所、シア嬢の傷はかなり深くてな。実は結構、危なかったんだぜ?あのままの状態で、もしも救出にもっと時間が掛かっていたら…俺でも救えていたかわからねぇ。死んじまったら、幾ら凄腕の名医でも助けられねぇからな…。」

「ええ…そうですね。アキト君が居てくれた事は、本当に幸運でした。」


大怪我等で一刻を争う状態では、一瞬で病院に怪我人を転移出来る召喚術は、運搬手段として最適である。今回はアキトが近くに居り、尚且つイナバの居る病院に転送陣があった為に、重傷のアイビシアを一瞬でイナバの元へと届ける事が出来た事が、アイビシアを無事に助ける事に大いに貢献していた。


「それに、俺の指示やカスミ嬢のスライムの支援も有りはしたが、応急処置の手際も仕上がりも、素人にしちゃあ上出来だった。医者の勉強でもしてたんじゃねぇのかって位にはな。お陰でシア嬢の状態が、想定していたよりも酷く無かったんで、結果的に手術が早く終わったんだよ。」

「そ、そうなんですか。」

「昼間の一件でも俺は助けられたし、今回も一つの命を救ったんだ。あの若さなのにしっかりしていて…凄ぇ奴だよ、あの少年は。良い生徒を持ったな、コウガ坊。」

「……はい!」


イナバはマスクを外して笑う。コウガも釣られて笑った。アイビシアが助かった事、そして自身の自慢の生徒を褒められた事が、コウガは本当に嬉しかった。


「それじゃあ、俺はそろそろ行くぜ。他の患者が、俺の診察を待っているからな。シア嬢は今は麻酔でぐっすりだから、そっとして置いてやりな。」

「ええ、本当に…有難うございました。」

「ああ。そう言えば、コイツの事を忘れていたぜ。」


イナバは徐に腕を伸ばすと、其処から液状の物体が浸み出して来た。カスミのスライムである。アイビシアの血が混ざって真っ赤になっては居たが、その動きに影響は無く、相変わらずウネウネと動いていた。


「“コイツ”の方は、お前が持っていた方が良いんじゃねぇか?少年の今の状況とか知りたいだろう?」

「はい。そうですね。まあ、ヤクモさん達が付いているので、大丈夫だとは思っていますが…。確認はしたいですね。」


アイビシアの事も心配していたが、同様にアキトの方も心配していたコウガは、アイビシアの方が一段落ついたので、アキトの方の状況について知ろうと考えた。そして、何か手伝える事が有るなら、喜んで引き受けようとも思っていた。


(まあ、導術も碌に使えない今の私に、何か出来る事があるかは微妙なんですがね…。妻を救ってくれた恩人の危機に対して、何も出来ないとは…大変、歯痒いですね…。)


コウガが少しばかり自分を卑下しながらも、カスミのスライムに語り掛けようとした矢先、急にスライムが大声で喋り出した。


『ああ!コウガ先生!丁度良かったですわ!』

「カスミ先生?どうかなさったんですか?」

『アキトさん達がピンチです!今すぐ手伝いなさい!』

「わかりました!」


コウガは即断であった。内容すら聞かなかった。反射レベルの速さでの回答に、カスミの方が逆に面食らう。


『え…と。流石に返事が速すぎませんかしら?契約内容の確認は重要でしてよ?』

「シアの命の恩人で尚且つ、私の大事な教え子であるアキト君の役に立てるので有れば、内容の確認なんて野暮な事に時間を掛けたりしません。何なら肉壁にしてくれたって恨みませんよ?」

『流石にそれは、アキトさんや家族が大変悲しむからお止めなさい。』

「冗談です。ただ、その位の覚悟は出来ていると言う事ですよ。」


口では冗談と言っていても、覚悟は本物であった。アキトを守って死ねるのなら、教師冥利に尽きると、本気で考えていたのだ。それを感じたのか、カスミは呆れた様な、それでいて何処か嬉しそうな溜息をついた。


『全く…家族バカのみならず、教師バカとは…。あなたの教え子と同じ位に大馬鹿ですわ。』

「褒め言葉はそれ位で結構ですよ。それに、カスミ先生だって他人の事は言えませんよ?」

『大きなお世話ですわ!』


声を荒げるカスミを無視しながら、コウガはイナバからスライムを受け取る。


「イナバ先生。本当に有難うございました。」

「おう。身体に気を付けて、存分に暴れて来い。呉々も死ぬんじゃねぇぜ。生きてさえいりゃ、どんな怪我だろうと俺が完璧に治してやるからよ。」

「済みません。お手数かけます。」

「良いって事よ。あの少年に宜しくな。」


再びコウガはイナバに一礼した。そして、召喚して貰う様にカスミに伝えようとした時、意を決した様にクロウリアがコウガの袖を引く。


「お父さん…私も手伝いたい!」

「リア…気持ちは有難いですが、あなたは此処で、やって貰いたい事が有るんです。」

「でも…!」


クロウリアは、コウガの言葉が、自分を危険な場所に行かせたくないが為の言い訳と思い、大人しく引き下がる事を躊躇した。大事な母を救ってくれた、大切な人の役に立ちたかったのだ。その意思を感じ取ったコウガは、大きな手でクロウリアの頭を優しく撫でる。その仕草で察したクロウリアの頬に、悔し涙が伝う。


「アキト君は必ず守って見せます。私も決して死にませんよ。だから、リアはそれを信じて下さい。そして出来れば、私のお願いを聞いてくれると嬉しいです。」

「…わかったわ。力不足な今の私じゃ、行ったって足手纏いだもんね。迷惑をかけて…大事な人が傷付くなんて…もう懲り懲りだし…。だから、だから…お父さん…アキトさんの事…お願い!」

「…ええ、約束しますよ。」


コウガは、聞き分けの良いクロウリアに感謝したが、その言葉の端々に感じる、自身に対する自責の念と自信の無さに、居た堪れない気持ちになった。後でしっかりと慰め様と思いながらも、今は兎に角、大事な娘と交わした大切な約束を、全力で守りに行こうと心に誓う。


「それで、私にお願いって何?」

「それはですね…。」


コウガはクロウリアにだけ聞こえる様に小さい言葉で話すと、クロウリアは了承してしっかりと頷いた。心無しか、元気になった様にも見えた。それを見て、コウガは満足したかの様に頷き返した。


「カスミ先生。大変お待たせしました。済みません、時間も無いのに…。」

『大丈夫ですわよ。今の時間を利用して、お兄様や大旦那様達への事情説明をピッタリ終えましたので。』

「気が利きますね。流石はあのヤクモさんの妹です。お兄さんに似て素晴らしい方ですね。」

『お、お、おお、煽てたって何も出はしませんわよ⁉︎』


コウガの言葉に、明らかにカスミは動揺する。カスミを揶揄うのならば、やはりこの手が一番だと思いながら、コウガはその場から消えた。

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