第22話
「お疲れ様です、ディア。協力有難う、ルビィ。」
「はい!お役に立てて嬉しいです!」
「キュキュ!」
アキトは、シルバーナを撫でながらディアを抱きしめた。ディアは嬉しそうに鳴き、シルバーナもまた喜んでいた。辺りはまだ炎が燻る焦土である為、そこだけかなり場違いな雰囲気を醸し出していた。
「あら?何でシルバーナちゃんが此処に居るの?」
「ああ、それは私から説明するわ。お母さん。」
何故かこの場に居るシルバーナに疑問を持ったアイビシアが呟くと、空を飛んでいたクロウリアが側に下りて来た。
「地竜のディアちゃんにトンネルを掘って貰って、其処に敵を誘き寄せたって話しは聞いていたでしょ?でも、地竜自体は導術に弱くて、もしも氷導術による攻撃を間違って受けちゃったら危なかったんだって。だけど、シルバーナさんは導術に対して有効な技を使えるって事で、彼女達を組み合わせて囮にしたそうよ。」
アキトは、ディアを単独で囮にするつもりは無かった。幾ら、土が凍るのを感知して避けられると言っても、まかり間違ったりする場合は有る為であった。もし、導術に接触してしまった場合、導術に弱い地竜では大きなダメージを受けてしまう。故に、氷導術をただの氷に変える事が出来、更に地竜の言葉を理解出来るシルバーナの存在は、ディアにとって頼もしい護衛となるのである。
今回はディアの感知能力の高さで殆ど出番は無かったが、最後に追い詰められた際の、トンネル内を凍らせる氷導術は、威力と速度がかなりの物であった為、シルバーナ無しでは導術がディアに届くまでに召喚が間に合うかどうか怪しい物であった。それだけでも、連れて来た甲斐はあったのだ。(召喚のタイミングを伝える役目であるカスミの、ちょっとした茶目っ気があった事は否めない。)
「あなたは、どうしてたの?」
「私はお兄さんと一緒に、ディアちゃんの造った地下空間の中に隠れていたわ。丁度、倒れていた敵の真下に位置どりして、レーダーに私達が居ないと誤魔化す様にしてね。でもディアちゃんが居ないと、地上の様子がわからなくて不安だからって、私がお兄さんの耳になって警戒していたのよ。」
一方、地上のトンネル入り口近くの地面の中で陣取る事は、地下に潜む為に敵から見つかりにくいものの、逆に自分の方からも上の様子がわからないと言う弱点があった。もしも敵が自分達に気付いて接近して来た場合に、予定を変更してディアとシルバーナを即座に呼び寄せる為にも、上の様子を耳で聴き取れるクロウリアを、アキトは手元に残したのである。
「中々…大胆な作戦ね。」
「うん。私も始めに聞いた時は、ちょっと驚いたわ。貴族の御嬢様を、まさか危険な囮役にするなんて…と思ってね。」
「まあ、普通は考えないわよね〜。」
「でも、危険になったら召喚術ですぐに避難出来るのと、頼りになる先生もしっかりと付いているから大丈夫だって。」
「確かに、カスミ姉さんの実力なら信頼出来るわね。私なんて導術の相性も有るけど、本気の姉さん相手じゃ手も足も出ないし。」
そこでクロウリアは、アキトに対して嬉しそうに話しているシルバーナの様子に聞き耳を立てる。
「それに…あの子、何か私と同じ感じがしたから…。思わず、反対出来なかったのよ。」
「ああ…成る程ね。」
「だからかな…。あんなに嬉しそうにしているのを聞くと、私も嬉しく思えるの。こう…応援したくなる気持ちが出て来るの…。」
クロウリアもまた、自身の身の危険を顧みず、何か親の役に立ちたいと常日頃から考えていた。盲目の自分に対し、勿体無い位の深くて大きな愛情を注がれている事に対して、何とかして恩返ししたいと言う想いがとても強かった。故にシルバーナの、アキトの役に立ちたいと言う強い想いに何処か、自分を重ねていたのだ。
「……私、あの子と…友達になれるかな?」
「当たり前よ。当然じゃない。きっと最高の友達になれるわ!」
「…えへへ、だったら良いなぁ…。」
クロウリアは、とても幸せそうな笑顔で小さく呟いた。その横顔を見たアイビシアはそっと、自然に流れ出ていた自身の嬉し涙を拭った。幸せそうな娘の姿に、心の底から喜んでいた。
(有難う…。アキト君、シルバーナちゃん…。)
そして、娘に幸せを与えてくれた仲睦まじい二人に、心の中で感謝を送った。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。」
丁度そこに、ヤクモに連れられた男達がやって来た。ヒサメとミキ、酷い状態のサキ、それを見て引いているヒサメの部下達であった。少し離れた所には、襲撃して来た公安捜査庁の武装隊員達が、全員纏めて縛り上げられて転がされていた。
「盛り上がっていらっしゃる所、大変申し訳ありませんが、そろそろ此処から脱出致しましょう。ヒサメ様の部下の方達も無事に納得して頂きました。後はアキト様に送って頂くのみです。」
「ああ、済みません。それじゃあ皆さん、早速契約しましょう。」
アキトが転移契約を結ぼうとした時、ミキが申し訳無さそうに前に出て来る。
「…本当に良いのか?俺は、君の恩師の一家を人質に取ったんだぞ?」
「だとしても、僕は此処であなたに死んで欲しいだなんて少しも思いませんよ。何より、助けるつもりじゃ無かったら、ここまでしてませんから。」
「そうか…。本当に今回は、済まなかった…。」
「僕に言うのは御門違いですよ。無事に全部が終わった後でしっかりとシアさんやリアちゃん、それにコウガ先生に謝って下さい。僕はそれで充分です。」
「…有難う、恩に着る。」
アキトは無事に全員と転移契約を結ぶと、ヒサメ以外の者達を病院へと転送する。特に、本家に殺されるのを待つのみであったヒサメの部下達は、任務こそ失敗したが、死地から生還した事に、転送先で安堵の溜息を吐いた。最後にヒサメを送ろうとした時、ヒサメは徐にアキトに頭を下げた。
「…俺が君にした事は、とても許される事では無い。それと、部下達に指示したのは全て俺の責任だ。だから…。」
「大丈夫ですよ。それより、ヒサメさんが御無事で何よりです。」
ヒサメは、アキトの言葉に驚いた。恨み言の一つでも言われる事を覚悟していたのだが、アキトは全く気にしていない様子であった為である。
「無事で良かった…か…。はは、まさか命を狙った者に、無事を喜ばれるとはな…。本当に…俺が愚かだった、と言う事か…。」
「ヤクモさんから簡単に事情は聴いています。ヒサメさんの行動も、仕方有りませんよ。これからを改めて貰えればそれで良いです。それより、今は生きている事を喜びましょうよ。」
「本当に…御人好しだな…。」
ヒサメは、何処までも相手を恨もうとしないアキトに、どうしようも無い呆れを覚えると共に、この様な優しい青年を殺そうとしていた自分を、深く恥じた。そして、改めてアキトに誓う。
「この恩は、必ず返す…!」
「ええ、しっかりと返して貰いますよ。だから、その為にも生きて下さいね。」
笑顔のアキトの優しい言葉に当てられ、思わず泣きそうになるのを堪えながら、ヒサメはアキトとしっかりと握手をした。そして、心からの感謝を胸に抱きながら、転送されて消えた。
(これで、やっとヒサメさんは救われたんですね…。)
ヒサメが転送されたその跡には、炸裂した爆弾の残骸だけが残されていた。アキトがヒサメを転送する際に、頭の中の爆弾の欠片を残して転送を行った為である。色々と思う所はあったが、純粋に一人の人間を救えた事が、アキトには嬉しかった。
「ルビィとディアは取り敢えず、レン君達の所に帰って居て貰いますよ。」
「はい!また何かあったらすぐ呼んで下さい!私もディアちゃんも、きっとお兄さんのお役に立って見せますから!」
「キュイッキュ!キュイッキュキュ!」
「ええ、頼りにしていますよ。…本当に、有難うね。」
アキトはディアとシルバーナを交互にしっかり抱き締め、レンの元へと送った。そして次に、クロウリアを見る。
「リアちゃんは如何しますか?もし契約を結んでくれれば、今すぐにでも、病院のコウガ先生の所に送れますけど。護衛はシアさんとヤクモさんで戦力的には充分ですし。心配しなくても、契約は後でちゃんと解きますよ。」
「う〜ん、如何しようかなぁ…?」
クロウリアは悩んでいるのか、側のアイビシアの腕をそれとなく触る。アイビシアは少しニヤけながらも、それに答える。
「良いんじゃない?リアの事を召喚術でどうこうしようだなんて、アキト君は別に思っていないでしょう?」
「ええ、勿論です。当たり前じゃ無いですか。」
「あっさり断言か…。リア、残念だけどあなた、女としての魅力が全く無いって…。」
「如何してそんな風に聞こえるのよ!」
召喚術の悪用方法の一つに、入浴中の女性契約者を召喚すると言う技が有る。アキトは勿論、そんな事を考えもしないし、何より犯罪である為、故意に行う事は絶対に無いが、タイミングが悪かったりすれば可能性は有る。故に、疚しい心が全く湧かないと言う事は、そんな期待は全くしていないと言う事を間接的に示している訳である。
「はあ…お母さんに聞いたのが間違いだった。まあ良いわよ、私決めた。お兄さん、私にも契約させて。」
「良いんですか?」
「疚しい事なんて考えていないんでしょ?なら、それで充分よ。それと、契約してもすぐには転送しないで欲しいわ。」
「え?」
「戦闘は無理でも、索敵にはきっと私の耳は役に立つ。お母さん達の邪魔にもならない様に頑張るし。邪魔になったら、その時に転送して貰えれば良い訳だしね。」
クロウリアは今回、耳を活用する機会を与えられた事が嬉しかった。それは、今までに無い程の充足感を彼女に与えており、もっと役に立ちたいとの思いを彼女から引き出していた。アキトはその姿を見て嬉しくなったが、同時に少しばかり不安を感じた。
(役に立とうとする気持ちが、かなり強い感じがします。無茶をしなければ良いのですが…。巻き込んでいる僕に、言えた義理では無いのは承知なんですけどね…。)
シルバーナを見ていても思っていたが、アキトは彼女らが余りに張り切り過ぎているのを心配していた。やる気が有るのは良い事なのだが、何せ命の危険が有る事態である。幾ら、将来危険な仕事に従事する事を目指していると言っても、基本的には危険になるべく近付かない事を心掛けて欲しいとアキトは思っていた。
「大丈夫よ、アキト君。娘のフォローは親の仕事、私がきっちり面倒見るから、此処はリアの意思を尊重してくれないかな?」
「シアさん…。はい、わかりました。」
アイビシアに促されて考えを改め、アキトはクロウリアと契約を結ぼうと彼女に近付いた時、ヤクモ、クロウリアが同時に何かを察した。
「ちょっと待って!何か来る!」
「これは…アキト様!」
不自然な風が吹いたなと思った刹那、アキトはヤクモによって勢い良く投げられていた。アキトは地面を転がりながら姿勢を立て直しつつ、鎧と銃を着用状態で召喚し、何が来たのか確認する。そして、“それ”と目があった。
(虎⁉︎何故この山の中に…それに、あれは…!)
それは、大きな虎であった。しかし、明らかに普通の虎では無かった。体高は優に二メートルを超える巨体、そしてその背中には大きな翼があったのだ。サーベルタイガーを思わせる、大きく長い二本の牙を剥き出しにし、暗闇に溶け込む黒と、雷を連想させる黄色の縞模様のその身体を、ゆっくりとアキト達に向ける。その足下の地面は、大きく抉れていた。
(さっきまで僕達が居た場所に…大きな穴、力は相当ですね。あれで殴られれば人の体程度、一溜まりも無いと。)
アキトは、自身の感情の熱を冷まして恐怖を完全に制御し、冷徹に周囲の状況を確認する。疑問などは次から次へと湧いて来るが、それに思考を割く余裕も無く、必要とも思わなかった為、その一切を切り捨てる。
(シアさんにリアちゃんは上手く空に逃げた様ですね。ですが、アレはきっと空も飛べる。油断は出来ない。先の攻撃を鑑みれば、その速度も相当の物。ヤクモさんはアレを挟んで向かい側、様子見していますね。虎が僕を狙う様なら、その背後から襲うつもりでしょう。)
ヤクモはアキトの召喚で、すぐに側に呼び寄せられる。故に、今の位置どりで出来る事を模索していた。虎らしき物は様子を見ているのか、アキトを凝視したまま動かない。
(アレは導物ですね。あの速さは、恐らく風導術による物。なら速度では勝てず、逃げ切れるとは思えない。ルビィに来て貰っても、動きを見切れなければ『導子引導』も外れる可能性が高い。空を飛ぶならディアでの攻撃は厳しい。さて、如何しましょうか。)
空ではアイビシアが燃えながら、化物虎の様子を見ていた。ヤクモは油断無く周囲に蔦を張り巡らせ、何時でも動ける様に態勢を整えていた。
(アレが故意に此処に投入されたのなら、恐らく何か目的があっての事。行動を見るに、恐らく目的は僕です。なら、僕が囮になって、ヤクモさんやシアさんの攻撃を上手く当てる様に誘導するのが妥当ですね。僕も隙を見て縁絶鋼製銃弾の入った銃を回収、微力ながら反撃しますか。)
アキトは自身の四肢の無事を確認しつつ、鎧を転送する。攻撃を一度でも真面に受ければ、鎧を着ていてもそれごと潰される。ならば身軽な方が良いと、アキトは判断したのだ。
「カスミ先生、ヤクモさんにシアさんとの通信、お願いします。」
『…ええ、お任せなさい。御武運を。』
アキトはヤクモやシアとの連絡を完全にカスミに任せ、また何か指示が有ればすぐに動ける様に構えながら、ヤクモと目で合図をする。その行動を見てアキトの意図を察したのか、その化物虎は大きく嗤う様に吠えた。
「グ…ゴアアアアアアアア!」
そして、その咆哮が終わるや否や、猛スピードで突撃を仕掛けた。
アキト達に化物虎が襲い掛かる少し前、トレーラーの中に有る椅子に腰掛けたアシタは、机の向かいに座るミゾレと話ていた。近くには、アシタが持って来た物と思われる、大きな転送陣の描かれた正方形の布が広げられていた。
「…契約が終わるまで、放って置いて良いのか?」
「ああ、そうだよ。」
「理由は?」
「“転移契約は絶対”…だからね。」
アシタは相変わらず涼しい顔で、ミゾレに答えた。
「これで標的は全員、あの召喚術使い君と契約を結ぶだろうからね。後は彼を捕まえさえすれば、標的の全員を残らず召喚出来ると言う訳だね。」
「一網打尽にすると言う狙いはわかる。だが、奴等は召喚術使いのガキ一人を守り切れば良いだけだ。戦力を集中させて、全力で守りに来るだろう。なら、今まで分散していた標的を各々守っていた時よりも対象が減る分、その難易度は下がる筈だ。」
「ああ、そうだね。でも、それをするだけの価値は有るよ。」
アシタの狙いは、標的全員をアキトと契約させる事で、アキトから全ての標的を芋づる式に捕まえる事にあった。ミゾレは、守るべき対象が減る分、ヤクモらが守り易くなる事を懸念していた。しかし、今のアキトを鹵獲して操る術さえ有れば、最も手っ取り早く、そして確実に、標的の全員を捕まえる事が出来る。
「確かに、君の兵隊達は一箇所に集まって戦おうとすると、互いの邪魔をしたり同士討ちの危険があったり、色々考慮しなければならない事が多くて動き難くなるのもわかる。だからこそ、相手が分散している内に数の利に任せ、各個撃破しようとしたんだよね。」
「…ああ、そうだ。」
「だけど、それでは討ち漏らす可能性が出て来る。何せ、相手が分散しているって事は、それだけ標的がばらけているって事だからね。どれかを討てても、別のがその隙に逃げ出す可能性が高い。それは君もわかっていただろうけど、彼我の戦力差を考えて、そうせざるを得なかった。」
「うむ…。」
ミゾレが連れて来た公安捜査官達は、何れも確かな訓練を受けた者達であり、決して素人集団などでは無かった。しかし、相手がそれを上回る実力を持っており、結託されれば勝ち目は無いと判断した為に、討ち漏らしのリスクを抱えてまで、確実に標的を一人でも多く斃せる可能性の高い方法を選んだ。
「だけど、本当は君だって標的を一人も逃したくは無いんだろう?」
「ああ。それは、聞くまでも無かろう。」
「フフ、そうだね。だから、僕はその願いを叶えようとしているって訳なんだよ。」
ミゾレは、自身が半ば諦めていた方法を、目の前の男が叶えて見せると言った事に、大いにプライドを傷付けられはした。だが同時に、その自信の高さに期待もしていた。
「また大きく出たな。だがその方法には、三つ程問題が有る。」
「君の兵隊達が手も足も出なかった実力者の彼等を突破し、生きたまま召喚術使い君を捕らえ、そして彼に大人しく標的を召喚させる必要が有ると言う点だね。」
「その通りだ。」
アシタの示した方法は、全ての目標を捕らえられる代わりに、その達成は困難に思われる物であった。ミゾレも考えていた方法ではあったが、実現性の低さから一種の賭けとしか思っておらず、早々に切ってしまった物である。
「まず、彼に大人しく標的を召喚させる方法、つまり彼を操る方法としては、此れを使う。」
「これは…。そうか、君達が造った物だったな。」
「正確には、改良しただけなんだけどね。」
アシタがいつの間にか所持していたビンを机の上に置くと、その中にはジッとしたまま動かない、大きく赤い百足の様な生物が居た。それは紛れもなく『機械化ムカイド』であった。
「これの効果の程は、君達も良くわかっているだろう?」
「ああ…。何せ、此奴の情報の漏洩を防ぐ為だけに、此処まで苦労させられているんだ。なのに、此奴の助けを借りなきゃならんとは、何とも皮肉な話だな。」
「フフ、まあまあ。でも今は、何を利用してでも…でしょ?」
「…わかっている。少し言いたくなっただけだ。」
ミゾレは、心情では大いに憚られても、仕方無いと納得する。その位、ムカイドの有用性を理解していた。
「そして、召喚術使い君を捕らえる方法は単純。召喚術使いの本体は戦闘に弱いからね。創造召喚で何かを生み出しても、それらを蹴散らし、本体を気絶させれば解決だ。護衛の彼等を突破するのも同じだね。つまり、圧倒的な『戦力』をぶつければ解決だよ。」
「…随分な自信だな。さぞ、さっきの虎らしき物の性能は高いのだろうな。」
アシタの提案は、ヤクモやアイビシア等の実力者をも退ける力で相手を倒し、アキトを気絶させて連れ帰ると言う至極簡潔な物であった。それを聞いたミゾレは、自分で有れば絶対に採れないだろう“力尽く”と言う手段に言及したアシタを試すかの様に、疑いの目を向けつつ皮肉を垂れる。しかし、アシタは飄々とした態度を崩す事なく続ける。
「まあね。それに、自社の製品は自信を持ってプレゼンするのが営業の基本だよ。誰も、営業担当すら怪しむ様な如何わしいモノなんて、買いたいとは思わないだろう?」
「フ…そうだな。だが、実績が有るかどうかもわからない相手なんだ。信頼の置ける筋からの紹介も無しに、そんな簡単に信じられると思うか?その自信の根拠も併せて見せてくれると、上に稟議も通し易くて助かるんだがな。」
「フフ、良い返しだね。此処で僕を簡単に信用する様な、そんな頭も覚悟も軽い様な奴だったら、どれ位ふっかけてやろうかと考えていたんだけどね。君にはその必要は無さそうで安心したよ。」
ミゾレは組んでいた足を組み直し、口角を上げて嗤った。ミゾレも、少しだけ相好を崩す。
「まあ、スペックなんかはデータで見せても良いんだけどね。君が欲しいのは、そんな表面的な情報なんかじゃあ無い。どんなに耳触りの良い口上も、たった一つの事実に劣る。君が欲しいのは、厳然たる最良の結果だ。」
「良くわかっているじゃないか。…なら、君は如何とする?」
「結果を示すよ。これからね。それを以って根拠としよう。本末転倒も良い所だけどね。」
「フ…本当にな。だが、往々にして投資と言う物は、リスクを抱えねば大きなリターンは得られない。世の中、そんな上手い話は無いと言う物だ。…わかった、君のその自信に賭けようじゃないか。」
正確には、どんな実績を示されようと、ミゾレはそれを信頼する気は無かった。アシタが見せた揺るぎなき自信、それこそがミゾレが求めていた物であった。つまり、アシタはミゾレの求めていた物を正に示したのである。
「良い覚悟だね。じゃあ、僕としても誠意を見せて、ある事実を教えておくよ。」
「事実?」
「あの虎じゃ、彼等には勝てない。」
「……そうか。」
アシタの衝撃の発言に対して、ミゾレは眉一つ動かさずにそれを受け止める。
「おや?驚かないのかい?」
「君の事だ。何の考えも無しに、そんな戯言を吐くとは思えないからな。それに、その為の召喚術だろう?」
「良いね。気に入ったよ、その冷静さ。フフフ、その通りさ。」
アシタはとても面白そうに、満面の笑みを浮かべる。
「僕が君に売るのは『結果』だ。兵器は、それを達成する為の手段でしか無い。僕は、何をしてでも君の目標を達成するよ。でも、それには少しばかり“高く”ついちゃうかも知れないけどね。」
「フ、商売上手だな。良いだろう、全て必要経費だ。全額此方で負担しよう。上は文句を言うだろうが、何とか説得して見せる。」
「フフ、剛毅だね。嫌いじゃないよ。」
「コストを渋れば、パフォーマンスもその分落ちる。掛けるべき所での出し渋りは、裁量権を持つ者にとっての怠慢だ。フ…済まない。少し不満が溜まっていたのでな?愚痴る様な事を言ってしまった。」
アシタに全面的に託す事を決めたミゾレは、作戦に関わる全てのコストを背負いこむ覚悟を示した。元々、金銭的にはかなり余裕が有る筈なのだが、根回しの(そして、何よりも私腹を肥やす)為に金銭の無駄遣いを『上』は禁じていただけの話であった為、根回しのコスト増大を抑えると言う名目なら大丈夫だろうとミゾレは判断した。
「それと、他に我々に出来る事は無いかね?」
「…なら三つ程、許可を貰うよ。」
「何だ?」
「一つは、隠蔽工作に関して。これは、僕の扱う商品達では不得手だし、僕もその事に関しては門外漢だからだね。それを、専門家の君達にお願いしたいんだ。何せ、僕の扱っている商品は非合法な物ばかりだから。」
「我々が隠蔽の専門家とは、とんだ皮肉だな…まあ、全く反論は出来んが。安心すると良い。君が言わずとも、我々としても今回の事件は完全に偽装するつもりだからな。物の序でと言う奴だ。」
ミゾレとしても、今回の事件は全てをサカキの所為に、必要と有ればアキトをも黒幕の一味とする偽装を行うつもりであった。アシタの要請は、手間が増える程度の認識でしか無かった為に、アシタの要請を快く引き受けた。
「二つ目は、君達の武器を一部、拝借したいと言う事だね。」
「それは構わんが…。あの獣に兵器が使いこなせるのか?」
「僕の商品の中にはそう言うのも居るけど、今回のは少し違うかな。ま、実際に見てのお楽しみと言う事で一つ、お願いするよ。」
「そう言う事なら、精々期待して待っているとしようか。」
アシタのふざけた態度にも、ミゾレは卒なく対応する。アシタが何を考えているのかわからずとも、それが自分達の利益となるなら、ミゾレは一向に構わなかった。
「それで、三つ目と言うのが、少し特殊だね。召喚術使い君の所に現在捕まっている、君の部下達や、この山の周辺に住む者達の命に関する事だ。」
「命?」
「生物兵器と彼等との戦闘は激しいだろう。兵器達も本気を出して戦えば、周辺への被害は免れ得ない。それに巻き込まれたら、死んでしまうかも知れないと言う事さ。それに関して君の了承を得ておきたいんだ。」
最後の願いは、周囲への被害の容認であった。この提案は意外だったのか、ミゾレは少し驚いた様な声を上げる。
「ほう?まさか君から、そんな人の安否を気遣うような言葉が出るとはな。」
「フフ、本当にそう思うのかい?で、どうだろうか。難しいかい?」
「…まあ、彼奴らと殺り合うからな。元々、ある程度の被害は織り込み済みだ。俺の部下達も死を覚悟した奴等を連れて来ている。周辺への被害に関しては、偽装は少々難しいだろうが、何とか奴等の所為としよう。」
ミゾレは、部下や周囲の被害を省みはしなかった。目的の達成こそが最優先と言う彼らにとって、それ以外は全てコストであった。その様な考え方をする人間が大好きなアシタは、思わず歪みそうになる自らの笑みを抑える為に、手で口元を矯正する。
「そうかい。それを聞いて安心したよ。これで思いっ切り兵器達を動かせる。あと、多分騒ぎが大きくなれば、それを聞き付けた『神月』の他の戦力が此方にやって来る。そうなれば、病院の方は警備が結構、手薄になるね。」
「…フ、成る程な。大いに結構、素晴らしい。」
「ただ…残念ながら、僕の方は流石にそっちまで手が回らなくてね。」
「其方は此方に任されよ。幸い、俺の部下が何人か、まだ情報収集の為に病院の近くで待機している。…奴等が動いた後、隙を見て『狩り』をしよう。全快の奴ならいざ知らず、消耗している今なら絶好の機会だ。恐らく、警戒も解いているだろうしな。」
「フフ…頼んだよ。」
アシタの言葉にミゾレは薄く笑う。任務成功の為に様々な手段を講じようとするアシタの姿勢を、とても気に入っていた。そのミゾレの顔を見て次第に嗤いが込み上げて来たアシタは、一つネタをバラす事にする。
「ああ、そうだ。それと、君は一つ勘違いしている様だから、此処で訂正して置くよ。」
「勘違い…。それは何かね?」
「彼等が戦うのは、僕の兵器だけじゃ無い。色々な“しがらみ”もまた、彼等の敵なんだ。それも含めて、僕達の『戦力』なのさ。」
「しがらみ…?」
アシタは、ついに抑えきれなくなった歪んだ笑顔で、ミゾレを見る。
「こんな辺鄙な山の中に、羽の生えた獰猛な虎が現れるだなんて、物騒な事この上無いね。一体全体、誰が此処に連れて来れるんだろう……ね?」
「…成る程、これは中々に悪どいな。前言撤回、君は非道だ。俺も人の事を言えた義理では無いが、全く君には頭が下がる思いだよ。」
「フフフ、そんなに褒めないでくれ。照れてしまうじゃないか。」
アシタの本性を理解したミゾレは、その狙いもまた同時に理解出来た。そして、アシタに倣うように、冷たく嗤った。
「な…何故…。」
アキトは絶句した。化物虎が予想外の行動を起こした為だ。化物虎はアキトに向けて攻撃を仕掛けたと思った瞬間、別の方向に向けて勢い良く迷い無く、全力で突撃していた。
「何で其方を狙うんですか⁉︎」
化物虎こと『虎ニ翼』は、縛られて身動きが取れなくなっていた男達に目掛けて、その大きな前足から放たれる、絶命の一振りを振り下ろしていた。そう、化物虎の狙いはアキト達では無く、回避行動も取れず、また反撃も出来ない、無防備な『公安捜査官』達であったのだ。




