第19話
アキト達が銃弾の雨に撃たれていた頃、ヤクモとヒサメの居る場所にも同じ雨が降り注いでいた。ヤクモは慌てず、予め用意していた岩を盾にしてその銃弾の雨を凌ぐ。
「これは…そうか、俺を消しに来たか。」
「それに、向こうに上がっているのは…アイビシア様の炎導術ですか。となると…戦力を分散させて一度に叩きに来たと言う所ですか。」
ヤクモは、銃弾の雨を片手間に捌きながら、アキト達の居る山の方を見る。其処には、巨大な火柱が上がっていた。
「ヤクモ殿は、やはりわかっておられたのか。それで、迎え撃つ為に態と此処に待機していたと言う事か…。」
「予想はついておりましたので。ヒサメ様の殺害は失敗に終わりましたし、それは恐らく相手にも伝わっていると考えられますからね。ならば早速、彼等は直々に処分しに来るのではないかと。」
「その通りだ。ヤクモ殿。ここから少し離れた所、俺がさっきまで向かおうとしていた所だが、そこに我々の本隊が待機していた。問題が発生した際に、すぐ対処出来る様にとな。…恐らく、俺や部下、そしてあなた達を消し、その責任をサカキに全て押し付けるつもりだろう。」
「やはりですか。コシノ家の力を以ってすれば、その程度の偽装は訳無いですからね。おや?…どうやら、彼等は一時撤退したようですね。良い判断です。」
激しい横殴りの銃弾の雨を、ヤクモは岩で苦も無く全て受け切っていた。ヒサメへの攻撃も、彼自身は消耗していた為、ヤクモが代わりに防いでいた。やがてそれが止むと、それらを降らせていた者達の気配は既に無かった。
「…済まないな。また助けられた。」
「どういたしまして。」
「最悪の場合は、俺を…。」
「見捨てる気などは微塵も御座いませんので、悪しからず。」
ヤクモは、俯くヒサメに優しく言葉を掛ける。蜘蛛は、一度捕らえた獲物は逃さない。ヒサメをコシノ家に奪われるのは、ヤクモの誇りが許さない。必ず彼を生かして連れ帰ると、ヤクモは宣言する。その言葉に、ヒサメは小さく笑った。
「…ヒサメ様。私は彼らに応戦致します。…宜しいですね?」
「ああ、構わないさ。俺はもう…裏切り者だからな。しかも少しばかり、あの家の裏を知り過ぎている。本家も本気で俺を消しに来るだろう。だが、むざむざ殺されてやる義理は無い。こうなれば、あなた方に与し、何処までも本家に抵抗してやるさ。」
「覚悟の方は…。ふふ、『聞かぬが花』でしたね。」
「無論だ。」
ヒサメは、ヤクモ側に寝返る事に異存は無かった。口元は少し上がり、心無しか嬉しそうにも見えた。
「回復の具合は?」
「精々、一割弱程度といった所か。まだ、真面に戦えるまでは時間が掛かるが、多少の術なら何とか使えるだろう。サポートに回らせてくれ。」
「承知致しました。では、相手の指揮官の情報を頂けますか?」
「コシノ・ミゾレと言う男だ。一応、俺の兄に当たる人物で、コシノ家所縁の者の例に漏れず氷導術の使い手だ。実力的にはそれなりだが、あなたならそこまで警戒する必要の無い相手だろう。追い詰められると、手段を選ばなくなる傾向が有る。」
「了解しました。」
次にヤクモはスライムを身体に取り込み、カスミと連絡を取る。
「カスミ、状況は?」
『予定通り、シアさん達に攻撃の矛先が向き、私の部下へはコシノ家の方達の足止め人員を沢山頂いておりますわ。戦闘員は恐らく相当数を投入していると思われますが、今はまだ、サカキ幹部のお二人にまでは攻撃の手は伸びていませんわね。』
「上手く行きましたね。私の方で捕らえたヒサメ様の部下の方達も地下に隠しておいたので、皆無事です。サカキのお二人は此方で回収しましょう。召喚術で病院に転送して頂くのが一番早くて確実でしょうし、アキト様達との合流も視野に入れつつ移動します。カスミ、連絡は任せましたよ。」
『お任せあれ。』
ヤクモは立ち上がり、ヒサメを連れて悠然と歩き出す。未だ付近には公安捜査官達が潜んでいる筈だが、まるで先の銃撃など無かったかの様にその様は堂々としていた。
『大旦那様及びイナバ様への連絡は既に済んでおりますわ。』
「助かりますよ、カスミ。」
『それと、大旦那様より許可は得ておりますので。お兄様…存分に暴れて下さいませ。』
「ふふ…左様ですか。」
カスミの笑みを含んだ声が、スライムを通してヤクモの身体に響く。ヤクモの口元には不敵な笑みが浮かび、目付きは鋭く森を突き刺す。
「さて、お客様に歓迎の準備を……しなくてはいけませんね。」
(こ、怖ぇえええええええ!)
ヤクモの顔は、その丁寧な言葉にはとても似合わない凶悪な笑顔となった。ヒサメは自身が敵でなくなった事に安堵しつつ、邪魔をしない事を肝に銘じながら、その後をついて行ったのだった。
「危なかったわね。」
「び、吃驚しました…。」
アイビシアとアキトが呟いた。彼女達の周囲には、先程まで凍っていた筈の木々や大地が大きく抉れ、その分の土砂が周囲に塀を作る様に盛られていた。
「お母さん!そんな悠長に構えてないで!まだ敵は居るんだから!」
「わかってるわよ。でも、向こうもさっきの技を見て、暫くの間は様子を見るでしょ。」
「だったら!相手が何か対策を取って来る前に移動しないといけないでしょ!」
クロウリアは、緊張感の欠片も無いアイビシアを急かす。
「もう、リアったらせっかちね。覚えておきなさい?良い女ってのは、もっと心に余裕が有るものよ。あんまりにも男を急かす女は嫌われるわよ〜。あなたも“何かと早い男の人”は嫌でしょ?」
「お母さん!」
「はいはい、わかったわよ。リア、周囲の警戒お願いね。期待しているわよ?」
「まっかせといて!不審な物音が聞こえたらすぐに伝えるわ!」
アイビシアは、頼られて張り切るクロウリアを優しく見つめ、そしてすぐに顔を引き締める。敵に狙われない様に、目立つ赤い羽を畳んで慎重に歩き出すと、アキトもそれに追随する。
「ああ、そうだ。アキト君。」
「何ですか?」
「携帯を何処かに転送しておいて頂戴。通信を傍受されてるかも。電波で位置も特定されちゃう可能性が有るわ。」
「わかりました。」
アイビシアの言葉に、アキトは得心がいったかの様な表情をする。敵からの攻撃が思っていたより早く、また位置も的確過ぎた為に、何か此方の位置を探る方法が有ると考えていたからである。急ぎアキトは携帯を取り出し、自身の契約したアパートへと転送する。
「じゃあ、さっきの会話の内容は…。」
「相手に伝わっているかもね。」
「…そんな!じゃあ、先生達が狙われてしまうんじゃ!」
アキトは先の携帯での会話時、事件は終結したと思って気を緩めていた。その不用意な会話が敵に筒抜けであったかも知れないと言う可能性に狼狽える。敵に見捨てられ、それをアキト達が救い出した者達は、貴重な情報提供者である。相手方にして見れば、余計な事を喋る前に口封じに動くだろう事は容易に想像がついた。
「大丈夫、向こうにはコチヤ兄さんが居るからね。学園長先生は…活躍したら逆に病院が更地になっちゃうけど…強さだけは保証するわ。もしも向こうに襲撃があっても、生半可な戦力じゃあっと言う間に返討ちよ。それに、責任を押し付ける筈のテロリストが壊滅した今じゃ、そんな大胆な事はやりにくい筈だしね。」
「ですが、わざわざ…。」
「…サカキの幹部がカスミ姉さんに連絡したの。何方にせよ、通信が傍受されているなら、相手には既に病院の事も伝わっていたわ。コウガさんもその辺りは考えて、伝える情報は操作してる。私との会話の中の暗号で、そう言っていたわ。」
そこまで言うと、アイビシアは少し申し訳無さそうな顔をする。
「…ごめんなさいね。私達は、あなたを囮にしたわ…。」
「囮…?」
「本当なら、敵方に増援が有るとわかった時に、携帯への連絡は控えてすぐにでもあなたの携帯を転送させるべきだったの。でも、携帯の位置情報が傍受されているなら、あのままでは却ってサカキの二人が危なかった。彼らの位置は特定されている可能性が高かったから…。」
「…僕達への攻撃や、警察の増援の足止めに、向こうの戦力を割かせる様に…ですか。」
「ええ…。」
今、敵の目標は、アキト達、ヤクモとヒサメ、ヒサメの部下、ミキ達の四つに分かれている。その内、携帯を持っていたが為に位置情報が伝わっているであろう者達は、アキトにヤクモ、ヒサメ、ミキ、そしてサキである。(ヒサメの部下は、ヤクモが捕らえた際にその類いの物は捨てさせている。)そして、その中で戦力として最も貧弱なのはサカキの二人であり、狙われれば一溜りも無かった。
故に、コウガはアキトとの会話を通して、敵に警察の増援の情報、アキト達の位置情報を敢えて流しつつ、その場で待機する様に言ったのである。敵を分散させつつ、より厄介な存在から消させる様に仕向けたのだ。サカキの二人は消すべき存在ではあるが、戦力としては全く脅威では無い為、後回しにされるだろうと予想した為である。
そして、その予想は当たっていた。敵は、ヤクモ達とアキト達を最初に狙って来たのだ。しかし、事前にそれを予想していたヤクモはその攻撃を難なくいなし、アキト達への攻撃は、クロウリアの聴力やアイビシアの視力により早期に発見され、先の様に対処されたのである。
この作戦自体はカスミ提案の物である。様々な情報も含め、それを病院に転送された後からコウガは聞かされたのだ。大事な生徒であるアキトを囮にする事に、コウガ(過保護教師)は始め猛反対していたが、護衛に付けたアイビシアの実力、アキトの強くなりたいと言う想いを知っていたカスミ(スパルタ教師)に、これはアキトにとって強くなる大事なチャンスであると説き伏せられたのであった。
「だけど、どうかコウガさんを嫌いにならないで…あの人は…。」
「有難うございます。」
「え…?」
アイビシアは、急にアキトに礼を言われ、吃驚する。言い訳すら言ってもいないのに、何故礼を言われるのか理解出来ないと言った顔をしていた。
「僕は、出来るのなら誰にも死んで欲しくありません。サカキの方達もまた然りです。僕は、誰かに危険を押し付けて自分だけ安全に助かるよりも、全員で危険を共有してでも全員で助かる道を選びたいです。だから、その方法を選んでくれた事に感謝しているんです。先生の事も、嫌いになる事は絶対に有りません。僕の事を心配していてくれていたのは、さっきの電話でわかりましたし。」
「アキト君…。」
「お兄さん…。」
アイビシアもクロウリアも、アキトのその呆れる位に御人好しな言葉に驚いた。
(これは筋金入りね…。コウガさんが心配する気持ち、そして自慢に思う気持ちが良くわかったわ…。)
(本当に色んな意味で凄いわね…。でも、なんだか助けたくなっちゃうから不思議よね。ふふ!私も、もっと頑張らないとね!)
アイビシアもクロウリアも、親子らしく本当にそっくりな顔で笑っていた。そして、絶対にアキトを守って見せると互いに誓って気合を入れる。
「それで、此処からの脱出にはどう言うルートを通ったら良いですか?ディアに頼んで地中を進むルートや、アイビシアさん達を僕の転送で先に脱出して貰ってから動くルートなんかが有りますが。」
「う〜ん、取り敢えず、私達だけ先に脱出する訳には行かないかな。アキト君を守らないといけないしね。それに、相手は氷導術使いよ。地面ごと一気に凍らせて来る可能性が有るわ。地中じゃ私達は足手纏いだし、ディアちゃんだけなら何とかなっても、私達も…ってのは厳しいわね。」
「じゃあ…空路ですか?」
「えっと…此処は、陸路を行きましょう。」
空を飛ぶのが得意な鳥型導族である筈のアイビシアから、『陸路』と言う言葉が出て来た事で、アキトは申し訳無い気持ちで一杯となる。
「済みません…。もしも僕が飛べていれば…。」
「ああ!き、気にしないで良いのよ?アキト君には、アキト君にしか出来ない事が有るんだから!そこに私達、鳥型導族の得意技である飛行術まで使われちゃ、私達の立つ瀬がないわよ!それに、『危険は全員で共有する物』だからね!」
「…有難うございます。」
「どういたしまして。それに、多分向こうは狙撃銃も使って来るわ。空を飛んで行くのは何かと危険だから、これで良いのよ。」
アキトは、アイビシアの慰めにも浮かないままであった。アイビシアやクロウリアだけなら、飛んで逃げる事も充分に可能である。しかし、それにはアキトの存在が邪魔であった。背負って行くのも可能だが、速度がかなり遅くなり、また激しい動きも出来なくなるため、狙撃で撃ち落とされる可能性が高くなるのだ。
(また、足手纏いになってしまいますか…。致し方無いとはいえ、申し訳無い気持ちでいっぱいです。ルビィもこんな気持ちだったんでしょうか…。)
アキトは、不意に地面が盛り上がった際に、急ぎディアをシルバーナ達の元に送っており、同時にシルバーナには再び警戒をする様に伝えていた。導術による追加の攻撃の可能性を考えた為である。その時に聞こえて来た声はかなり張り切っていた。あれは『自分が役に立っている』事に対する安堵から来る物なのだろうとアキトはふと思った。
「それにしても、シアさん。僕らを守る為とは言え、これは少々やり過ぎだったのでは…?」
アキトは気分を切り替える為、周囲の状況を警戒しつつ見回しながら、その惨状に対する率直な意見を述べた。
「う〜ん、ちょっと火加減間違えちゃったかな?大技使うの、結構久し振りだからね〜。知らない間に、腕が鈍っちゃったわ。」
「お母さん…流石にこれは、ちょっとじゃ済まないと思うわ…。」
「大丈夫よ。吹き飛ばされた土の届く範囲には、人が居ないのはちゃんと確認していたから。」
「それはわかってるけど…。この山はもう滅茶苦茶よ…。」
アキト達が出て来たのは、凍った山のなだらかな斜面であった。その辺りに一部、凍った部分を取り囲む様に、直径数十メートルに渡る巨大なドーナツ状の抉れた大地と、それの更に外側に盛り土が現れていた。アイビシアは、襲い来る銃弾から自分達を守る為に、炎生導術・埋火噴火を使って周囲の地面を吹き飛ばし、その土塊で豪快に塹壕を形成したのだ。
「これだけ広範囲なのに、これ程の威力を維持出来ているとは…。いくら、導族は導術が得意といっても、威力が桁違い過ぎます…。」
「あらそう?でも、私より凄い人だって探せば居るわよ。それに、導力の消費が激しいから、余り広範囲に術を使うべきじゃないって話だし、言ってみればこれは悪いお手本よ?」
「…まあ、そうなのかも知れませんが…。」
炎導術は熱を発する導術であるが、高温状態を維持するには、発生範囲を極力絞り、且つ範囲外への熱の放出を抑える必要が有る。故に、しっかりと制御された炎導術は、実はかなり近くに居ても熱くない。ただし、余りに近過ぎるとやはり熱く、物体に炎を付加する場合も、その物体へ伝わる熱を上手に制御しないと物体が耐えられない。
アイビシアの放った物は、範囲外への熱量の放出こそ抑えられてはいたが、その範囲が余りに広く、また熱量そのものもかなり高い。消費導力は相当な物と考えられ、常人ならば発動出来ないか、出来ても暫く目眩や息切れで動けなくなるであろう。しかし、当の本人には疲れている様子は全く無かった。
(凄いですね…。ですが、炎導術は攻撃は得意ですが、防御に回ると厳しいと聞きますからね…。)
アキトは、アイビシアの実力を頼もしく思いつつも、全てを完全に任せるのには抵抗があった。炎導術は、攻撃技こそ凄まじい物が多いものの防御は拙く、攻撃を受ける側に回ると脆い所があった為だ。アイビシア自身は、その高い機動性を存分に発揮しての回避に特化しているが為に、其処まで防御技の必要性が無かったが、逆に対象を守る護衛任務には向いていなかった。
(敵は恐らく、導術も銃も使って来ます。使ってくるのが氷導術なら、炎導術のシアさんに分が有りますが、加えて銃弾までをも防ぐのは大変でしょうね。なら…少々危険ですが、ディアにも手伝いをお願いした方が良いですかね…?)
地竜のディアは、導術には不得手では有るが、銃に対しては無類の強さを誇る。過信は禁物だが、アイビシアと連携する事で互いの弱点を補い合えると考えた。実は、コウガも敢えては言わなかったが、アキトならディアの能力を活用するだろうと踏んでいた所もあった。
「ルビィ、聞こえていますか?」
『はい!』
「ディアに伝えて下さい。敵が銃を使用して来る様なら、ディアにも活躍して貰いたいと。」
『わかりました!』
アキトは、何時でもディアを召喚出来る様に準備しつつ、黒い大地の壁の隙間から、白銀の大地へと再び入っていく。途中、カスミからの連絡で、ヤクモはヒサメを仲間とした事、先にサカキ幹部の二人と合流する事、彼等及びヒサメの部下達と転移契約を結んで、病院に転送して欲しい事などを伝えられ、それも了承する。
「さあ、そろそろ敵も、再び攻撃を仕掛けて来る頃合いよ。みんな…気張って頂戴!」
「はい!」
「うん!」
アイビシアの号令に、アキトとクロウリアは元気良く返事をする。敵に見つかる事は念頭に入れていた。ヤクモとヒサメが上手くサカキの二人を回収するまで、アキト達もしっかりと囮として機能しなければならないからだ。
(絶対に…みんなで助かるんです!)
アラカミ・アキトは強欲である。救える命は全員救う。そこに妥協は一切無かった。
「…第一陣の攻撃は失敗したか。」
「はい。」
「部隊の状況は?目標から攻撃を受けたか?」
「目標からの反撃に備える為に、部隊は攻撃の成否問わず撤退させてあります。今の所は、目標からの明確な攻撃は確認されていません。」
ヤクモ達が移動を始めた頃、彼等のいた山を二つほど跨いだ所に巨大なトレーラーがあった。公安捜査庁の移動式司令部である。その中には、様々な重火器や電子機器が搭載されており、外側の壁は厚く頑丈に造られつつも、その重量を物ともしない強力なエンジンで一般車両以上の速度を誇る。その様相は、簡単な要塞であった。
「目標の状況は?」
「目標は全員、目印となる通信機を捨てた模様です。代わりに戦場監視レーダーを用いて追跡しておりますが、このまま深い森の中を逃げられると、振り切られる可能性が有ります。」
「急ぎ追加の各種レーダーを投入しろ。絶対に見失うな。」
「了解です。それと、目標は動きから見て負傷している可能性は低く、迎撃して来ないのは、恐らく様子見と体力温存の為と思われます。」
「下手に手を出すのは危ういか…それに、銃のみによる攻撃は効果が薄い…と。気の緩んだであろう時に、不意打ちで仕掛けた上、先の戦いで消耗しているだろうから…と、少しばかり期待していたんだがな。期待は概して外れる物、と言う事か…。」
そのトレーラーの中には、何人もの重武装した男達が、警戒体制で侍していた。そして、その男達リーダー格と思われる屈強な男が、一人の細身の男性の前で報告をしていた。
「…イズモの犬共はどうだ?」
「かなりの剣幕で捲し立てて来ている模様です。『我々は正式に救援要請を受けて此処に来た。お前達に邪魔立てされる謂れは無い。』と騒ぎ、現在一触即発の状態です。彼等を押し留めるには、今送っている人員だけでは少々手に余ります。」
「チィ!ただでさえ人手不足だと言うのに…。仕方ない、手の空いている予備人員を回せ。流石に、あの『女郎蜘蛛』も其処まで強行な事をしては来ないだろうが、此方の隙を見てこの山に侵入して来る可能性は有る。全てが終わるまで、奴等を決して此処に入れるな。」
「了解。」
細身の男性は、武装した男達の司令官のコシノ・ミゾレであった。ヒサメと同じく色素の薄い端正な顔を忌々しさに歪めながらも、大柄な男達の中では一際目立つその細く長い腕を伸ばし、目の前の屈強な男に指示を出す。それが終わると、レーダーを確認している部下に報告を求めた。
「各目標達の現在の動きは?」
「第一目標であるヒサメ殿は、爆弾は爆破しましたが未だ生体反応は健在。『毒蜘蛛』ヤクモ・クロガネと共に動き始めました。抵抗している動きは見られ無い為、恐らく寝返った物と思われます。方向から見て、地下シェルターの有る山へと向かっている模様です。」
「まあ元々、本家のやり方に楯突いた奴だ。いつかはこうなるとは思っていたが、全く…。まさか奴らに体内爆弾の爆発を妨害されるとはな。こうなる前に、さっさと始末しておけば良かったんだ…。」
ミゾレは、口の端を忌々しそうに曲げた。ヒサメは過去、本家のやり方に反発した結果、体内に爆弾を仕掛けられたと言う経緯が有る。その場で処分しても良かったのだが、ヒサメの導術の才能を惜しんだ上層部が、それを止めさせた。その代わりとして、命を担保にして従わせつつ、その力を裏仕事で活用させる為にとその措置を採ったのである。
「第二目標であるサカキの幹部、サキも行動を起こしましたが、此方の動きは鈍く、また逃走経路を逆走しております。このまま行けば、残りの目標と接触する可能性が有ります。」
「逆を行ったか…忌々しい。恐らく、脅されて連れて行かれているのだろう。ならば、それを利用させて貰おうか。ドローンを使用して小型レーダーを散布せよ。奴らが其処に集まって来るなら、確実にレーダーに引っ掛かる。」
サカキの二人は、戦力的には敵では無い事から最初の襲撃では標的とされなかったが、排除すべき目標である事に違いは無く、加えて責任を押し付ける為にもここで始末して置きたいとミゾレは考えていた。その為に、彼らが逃げ出す可能性の有る経路は全て部下達が抑えていたのだが、肝心の彼等が逆走してしまったが為に当てが外れてしまっていた。
「それと、例の召喚術使いのガキはかなり危険だ。目標をこれ以上此処から逃がされては敵わない。優先的に排除する様に部隊に伝えよ。万が一、目標が全員が召喚術で逃がされてしまったら…ガキを殺さず生け捕りにしろ。抵抗されて難しいなら、最悪両腕と下半身までは奪って構わん。」
「わかりました。」
「鳥型導族なら空を飛んで逃げる可能性も有る。監視を続け、隙有ればいつでも撃ち落とせる様に備えるように狙撃班に伝えよ。加えて、探知機を使用して導術の反応を調べ続けろ。トンネルを造って地下から逃げ出す可能性も有る。良いか?…繰り返すが、決して見逃すな。」
そこでミゾレは一度深呼吸し、そして酷く憂鬱そうに、その怜悧な瞳で天井を見上げた。
(本当なら、この事件に関わった奴は全員処分すべきであったが…。病院に転送された奴等まで含めた全員の口止めは、向こうの戦力から見て非現実的だ。何より、イズモの奴らがこの場に来ているからな…。偽装工作が完了する前に、この現場を見られる訳には行かない…。今の所、向こうに送られたのは下っ端ばかりだから、大した情報を持っていないのがせめてもの救いか。)
コシノ家の力を以ってすれば、幾らでも偽装工作は可能であるが、警察がその場に介入して来るとなると、その難易度は跳ね上がる。現状、アキト達を包囲しつつ、カスミが手配した警察官の部隊まで押し留めておくに、用意した人員で既に手一杯であり、更にここに加えて工作まで行うとなると、これ以上の人員を他に割く事は出来なかった。
(大体、イズモの奴等さえ標的達の背後に居なければ、適当に罪をでっち上げて捕まえる事だって出来たんだがな…。寄りにも寄って、一番バレてはいけない奴等に情報が漏れるとは…。揉み消す方の身にもなれって話だ。俺達は万能じゃ無いんだぞ…。まあ、ぼやいても何も解決はしないし、此処までにしておくか。)
コシノ家の司法へ介入する力は非常に高いが、同様にイズモ家の権力も負けず劣らず非常に強い。違法な事をして干渉したなら、それを口実に逮捕される可能性が高く、逆もまた然りであった。現時点では、『サカキ』によって攫われたアキト達を『公安捜査庁』が救出しに来た形となっているので、まだ違法では無い。だが、警察が干渉し出すのも時間の問題であり、それまでに証拠隠滅を行わなければならなかった。
(ベストなのは、此処に居る標的の全員が、テロリストのサカキの蛮行によって殺害された事にし、その上でそのサカキの幹部を、抵抗したが為に止む無く始末すると言う形だ。そして、奴らの犯行にする場合、導術では無く縁絶鋼製銃弾で射殺するのが最も自然だったが…。)
公安調査庁はその仕事柄、導術使いと戦う事も想定している。その為、縁絶鋼製銃弾を特別に所持する事を認められ、この場においても持参して来ている。導術使いに対して縁絶鋼は非常に有効である為、今回の襲撃時にも使用を許可した。そして、それの責任を全てテロリストに押し付けると言う、ヒサメと同じ事を考えていたのだ。
(銃のみで仕留めるのは、やはり無理があったか。これ以上時間と戦力を徒らに消耗するよりは、導術の使用も許可して一気に片を付けた方が良いだろうか…。しかし、導術追跡機の誤魔化しは結構手間が掛かる…。今この状況で、時間も人手も足りるかどうか…。)
全てを偽装するには、証拠の残り易い導術の存在は厄介であった。それがわかっていたから、最初の襲撃では導術を使わせなかった。証拠を隠滅するのに、かなりの手間と根回しを要する為である。導紋はそう簡単には消えず、逆に複数を塗り重ねる事でわかりにくくする事が可能であるものの、追跡機の技術の進歩により、かなりの大人数で計画的に行わなければ誤魔化し切る事は出来ないと言う事を、ミゾレは良くわかっていた。
(いや……今は何よりも、ヒサメの始末こそが最優先。奴は裏を知り過ぎた。不味い情報を持ち過ぎている。此処に至っては、形振り構ってなどいられん。例え導術が原因で死んだとしても、我々とテロリストとの戦闘に巻き込まれて死んだとするか。その失態の責任は、御飾りのトップを切って替えれば良し…と。)
頭の中で行動の指針を粗方整い終えたミゾレは、部隊の全員に通達する。
「これより作戦を再開する。導術の使用は解禁だ。武器も、此処に有るのを好きなだけ使うが良い。後始末はこちらに任せ、ただ目の前の目標を、死力を尽くして殲滅せよ。」
「は!」
「目標の現在位置や目的地を鑑み、そこから予測される移動経路を塞ぐように部隊を展開、目標達の合流を防ぎつつ包囲して、各個撃破する。各自の端末に送られる座標への迅速な移動と、その際の周囲の警戒を怠るな。日頃の訓練の成果を、今こそ見せよ!」
「了解!」
「成功以外の結果は要らぬ!成果無くして死ねると思うな!相討つ覚悟をその身に纏い、仇なす殺意を彼の身に刻め!総員…散開!」
ミゾレの号令に、完全武装した男達は一斉に雄叫びを上げ、各々武器を手に駆け出して行く。そして、電子機器を扱う非戦闘要員を除く全ての公安捜査官達が司令部から出て行くのを静かに見送りつつ、ミゾレは小さく呟いた。
「ううむ…まだ、確実に奴等を仕留めるには、駒が足りないか…。本家からの増援は頼めるか?いや、今からでは到着に時間が掛かり、間に合わない可能性の方が高い。それに、情け無い報告など行おうものなら、俺の無能を詰られ、無事に事が終わっても処罰されるのが関の山か。さて、どうしてくれようか…。」
ミゾレは、勝算の低い戦いに挑まねばならない事に、辟易の溜息を一つ吐いた。すると、それを待っていましたかと言わんばかりに、トレーラー内にミゾレの聞き知らぬ声が響いた。
「…おや?どうやら何かお困りかい?」
ミゾレは瞬時に氷導術を使用して自身を氷で纏いつつ、声の聞こえて来た方向に氷麗を飛ばす。しかし、そこには誰も居らず、氷麗はただトレーラーの頑丈な壁に突き立っただけであった。狼狽える部下達に作業を続ける様に命じながら、彼は周囲を慎重に確認する。しかし、そんな彼の努力を嘲笑うかの様に、その姿を捉えられない内に、またも不気味な声が響く。
「フフ、随分なご挨拶だね。」
「…姿も見せぬ無礼な奴には、これでも充分な挨拶だろう?」
「これはこれは、失礼しちゃったかな?」
すると、何時の間にかミゾレの背後に、茶色い帽子とロングコートに身を包んだ男が立っていた。ミゾレは思わず遠くへ飛び退き、同時に男の足元を凍らせ動きを止めようと試みる。
「フフフ、躊躇いの無い良い攻撃だね。…だけど、少しばかり分かり易すぎる。」
男は軽く跳ぶと、凍った床の上に難無く降り立ち、平然としている。その光景に、ミゾレは驚く。
(何故凍らない⁉︎俺の術は確かに発動しているのに!)
ミゾレが用いた氷生導術・縛地凍着は、一見何の変哲も無い唯の氷を張る術である。しかし、唯の氷と侮ってその上を歩こうとすれば、忽ち足元から対象を凍らせてその場に貼り付けてしまうと言う、罠形式の導術であった。しかし今、不審な男はその上に立っている筈なのにも関わらず、全く足が凍り付く様子も無かった。
「フフ、僕の足が何故凍らないのか不思議かい?」
「何⁉︎」
「そう驚かないでよ。タネは簡単、ただ上に乗らなきゃ良いだけ。」
「まさか…。」
「そう、風導術だよ。僕自身が浮いているんだ。」
着地したと思ったその男は、実は氷と接する直前に、僅かに身体を宙に浮かせていたのだ。風導術の中には対象の物体を軽くする特殊な術が有り、それと風を生じる術を併用すれば空を飛ぶ事が可能であった。翼を持つ導族は、それを殆ど意識せずに使えるのだが、それ以外の導族や人族が使用する場合では、かなり難しいとされている。
(いや、それは其処まで大事な事じゃ無い。才有る者なら、練習次第で可能なのだからな。しかし、それ以上に不気味なのは…此奴が俺の術の性質を見切っていたと言う事だ…。コシノ家門外不出のこの技を見切った…此奴は何処まで俺達を知っている…?)
飄々とした雰囲気を崩さない男に対して、ミゾレは益々警戒を強める。情報が漏れている事に対して、何とか捕らえて情報源を突き止めたかったが、それよりも何よりも、此処で作戦を邪魔させる訳には行かなかった。ミゾレは捕らえる事を断念し、目の前の敵を早急に排除する事に意識を集中させる。
「まあまあ、其処まで警戒しないでよ。僕は何も、君と争う為に来たんじゃ無いんだから。」
「…何を戯言を…。」
「背後から話し掛けた僕を、信用なんて出来無いかい?ゴメンゴメン、あれは攻撃出来るのに敢えてしなかったと言う事で、敵意が無いと言う事を間接的に示したかったんだよ。まあ、少しだけ茶目っ気出しちゃったのは認めるけどね。」
「…貴様…!」
「大丈夫、僕は君達の作戦の邪魔をするつもりは毛頭無いよ。寧ろ協力する為に来たんだから。信用が無いのはわかっているけど、此処は僕を信用して貰えると有難いかな。」
「何…?」
ミゾレは、男の意外な言葉に訝しむ。
「俺達に…協力…?」
「そ、協力。君達の目標を、排除する為の作戦だよ。結構成功率低いんじゃないのかい?明らかに、彼らを相手取るには戦力が足りてないよね。」
「ぐぬ…!」
ミゾレは、間接的に自分達を愚弄するその言葉に、怒りを示す。例え事実だとしても、それを部外者に指摘される謂れは無いと言いたげであった。
「そうカッカしないでよ。血管が膨らみ過ぎて寿命が縮むよ?もっとスマイルスマ〜イル。」
「誰の所為だと思っている!」
「フフ、僕の所為だね。でも、反省はしていない。」
「こ…の…!」
「ゴメンゴメン。流石にふざけすぎたね。」
ミゾレを散々にからかって遊んだ男は、本来の目的であるミゾレとの交渉を行う為に、浮いていた身体を床に着ける。ミゾレは、その隙を突いて導術を使って男を捕らえようと一瞬、考える。
「ああ、それと、僕を本気で捕まえる気なら止めといた方が良いよ?どうせ当たらないし。それにもしも次、僕を攻撃しようとしたら…。」
その言葉が終わるか終わらないかのその一瞬で、男の姿はミゾレから見えなくなった。
「な⁉︎」
「…君は二度と明日を拝めない。頭が明後日の方を向いちゃうからね。」
そして次の瞬間には、ミゾレの首元にナイフの刃が突き付けられていた。その刃は、氷の鎧を易々と貫き、首の皮に接触する直前で止まっていた。ミゾレにはわかった。それは、首元まで届かなかったのでは無く、届けなかっただけであると。
「風導術とナイフのみで、この鎧を切り裂いただと⁉︎」
「フフ、驚いたかい?僕の得意技さ。」
風導術は、実は物を切るのに適していない。鎌鼬のイメージが有るが、空気の刃を造る事は一般的にかなり難しく、出来てもかなり威力が弱い。通常は、細かい砂を混ぜて威力を上げるなりしないと、精々相手に擦り傷を負わせる程度の物でしかない。対象の重量を軽くすると言う特徴も、剣で切る際にはその剣撃の威力を下げる原因となっていた。
(固形気体噴流刃…。これは、あの『幻影死神』クラスの風導術か…。)
故に、男の使用した『周囲の気体を細く鋭く固めて、それを刃の表面を沿うように高速で撃ち出す事で、物体を細く削りながら切り裂く』技は、導力消費の激しいかなりの荒技であり、それを扱えると言うだけで相当の実力を持つ事を示す。ミゾレの固い氷の鎧を易々貫いた事からも、その実力の高さは推し量れる。
(なら、実力的には確実に向こうが上…。下手な考えは命取りか…。)
ここで争うのは下策と判断したミゾレは殺気を抑え、使用しようとしていた氷導術を解除する。
「…頭の熱は冷まして貰えたかな?おっと、そう言えば既にその氷の兜で冷やしていたね。」
「全く…何処までもふざけた奴だ…。」
ミゾレは渋々怒りを収める。此処で話を拗らせるよりも、対話を選んだ方が良いと判断したのだ。
「流石は冷静さに定評が有るコシノ家。状況をしっかりと鑑みて、下手に何か固執せずに切り捨てられる、良い判断が出来るね。」
「煽てても無駄だぞ。」
「フフ、紛れも無い本心だよ。大丈夫、君が変な真似をしなければ、僕も君を攻撃したりしないと誓うから。何なら命を賭けたって良い。」
「…信用出来ると思うか?」
「別に信用しなくても良いよ。その場合は君が困ってしまうだけだからね。至極残念だけど、致し方ない。縁が無かったと思って諦めるさ。」
『残念』と言う言葉を、全く残念そうに思っていない口調で平然と宣う男に、ミゾレはまたも血圧が上がりそうになるが、その気持ちを何とか押さえつける。相手の調子に乗せられてはいけないと肝に命じ、冷静を取り繕う。
「ああ、また君を怒らせてしまったね。僕の悪い癖だ。わかっているのにね。」
「…もう良い。取り敢えず、聞くだけ話を聞いてやる。」
「フフ、やっぱり君は冷静だね。腸が煮えくり返っているだろうに、殊勝な事だ。感心感心。」
「早く本題に入れ。こっちは今忙しいんだ。おふざけに付き合っている時間は無い。」
下手に相手に付き合うと、相手のペースに乗せられてしまうと判断したミゾレは、早く目的を果たさせて追い出す方向に切り替える。ただでさえ時間が無いこの時に、これ以上の時間の浪費は避けたかった。
「フフ、有難う。それじゃ、早速始めようか。…っとその前に、まずは自己紹介からだね。ああ、大丈夫、君の名前はわかっているから。君が僕を呼ぶのに、呼び方で不自由しない様にって言う、僕の些細なお節介だからね。」
男は帽子を外してその端正な顔を晒し、深々とお辞儀をする。顔を上げた男の瞳は何処か虚ろであり、その瞳を見たミゾレは、言い知れない悍ましさを感じた。何処までも深く見透かす様なその目を見た時、逆に自分の中を覗かれている様な、そんな感覚を覚えたのだ。
「初めまして。僕の名前はアシタ。“神淵ノ端求社”所属の冴えない武器商人さ。此処には、弊社が誇る生物兵器を売る為の、飛び込み営業に来たって所だね。コシノ・ミゾレ殿、以後お見知り置きを。」
「“神淵ノ端求社”…だと⁉︎」
ミゾレは、男の意外な正体に、驚きを隠せなかった。




