第15話
アキト達の居る部屋の中へ目掛け、雨の様に銃弾を撃ち込んだ武装集団は、投げ込んだ手榴弾から発生した催涙ガスと煙幕が晴れ、尚且つ電気が復旧するのを確認して中の様子を確認する。
「何だ…あれは…⁉︎」
武装した男達が発見し、そして驚いた物、それは分厚い長方形の鉄の塊であった。
「何だ…は、此方の台詞ですよ。」
銃痕や爆風により傷の付いた鉄の塊の裏側から、くぐもった声が静寂の部屋に響く。全身を頑丈な鎧で包み、顔はガスマスクで覆ったアキトの声であった。アキトは召喚した手鏡を使って、鉄塊の裏から武装集団の様子を伺う。すると、武装集団の中から一人の男が出て来るのが見えた。
「召喚術……まさか、君はテロリストに連れて行かれたアラカミ・アキト君か?」
「…ええ、確かに僕はそのアラカミ・アキトです。」
「良かった!我々は君を救出しに来た公安捜査庁の者だ!先は急に銃撃して済まなかった!情報では、人質は独房に入れられており、此処には犯人しか居ないと聞かされていたのだ!」
その男は、自分達がテロリストに囚われた人質を救出する為の公安捜査庁所属の部隊だとアキトに説明をする。しかし、アキトはそれを信じる気は無かった。
「それにしたって急に銃撃は無いでしょう?人質が無防備な状態で居たら死んでいましたよ。」
「その件については本当に申し訳無い!だが、幸い無事な様で良かった!さあ、こっちへ来てくれ!君を保護する!」
「はあ……。」
アキトは態とらしい溜息を、相手に聞こえる様に大きく一つ吐く。
「導術を毛嫌いするテロリスト集団である『サカキ』に対して、導術使いにのみ有効な『縁絶鋼製銃弾』を使う様な方達を、どう信用しろと仰るので?それを使って僕を殺せば、それをテロリストの所為に出来ますよね?」
「ち、違うんだ!それには訳が…!」
「……その反応、やはりアタリでしたか。」
「…チィ!」
アキトは、銃弾を確認してなどいなかった。銃弾を確認したかの様に伝え、その反応を見ていたのだ。男は、それに迂闊にも引っ掛かってしまった事に気付き、最早致し方無しと部下達に号令をかける。
「目標!敵テロリスト!相手は危険な武器を所持している!射殺して構わん!」
「了解!」
男の言葉に、部下の捜査官達は一斉に部屋の中に雪崩れ込み、鉄塊の背後に潜むアキトを包囲しようとする。
「そこ、危ないですよ。」
「「「「うわああああああああ⁉︎」」」」
しかし、部屋に入った者は残らず、すぐに消えてしまった。深い落とし穴に落ちたのである。穴の底には柔らかい砂が敷き詰めて有り、それがクッションとなって落ちた者へのダメージを軽減する。流石に、上から落ちて来た物をブロックする事は出来ない為、武装した捜査官達は上から落ちてきた仲間の下敷きになって身動きが取れなくなる。
「よくやりました。ディア。」
「キュイキュイ〜!」
アキトは自身の近くの地面から顔だけ出しているディアの顔を撫でると、ディアは嬉しそうに鳴いた。
(咄嗟に召喚した鉄塊で防げる攻撃で良かった…。)
アキトは部屋に手榴弾らしき物が放り込まれた時、すぐに自分達を攻撃する物だと悟ったが、ディアを召喚して盾にしようか一瞬迷った。導術攻撃が来れば、ディアの方が危険となる為である。かといって、シルバーナを前線に出して、銃で撃たれる危険を冒したくは無かった。
(まあ、導術を使えば証拠が残りますからね。その可能性は低いだろうと踏んで居ましたが、当たりましたね。)
アキトは、導術は追跡される上、テロリストの責任にし辛い為に使わないだろうと踏んでいた。事実それは当たっていたが、それでも不安であったアキトは、導術攻撃でも銃撃でも一定の攻撃までは防御出来るであろう分厚い鉄塊(盾として使う様にと、コウガより譲り受けた物)を召喚して攻撃を防ぎつつ、そこにディアを隠して召喚し、地面の下から密かに落とし穴を仕掛けさせたのだ。
「あと、あの穴に落ちて窒息しそうになっている人は助けてあげて下さい。その上で、あの穴の上部を、空気穴を残して頑丈に閉じて下さい。即席の牢屋にします。もしも導術使いが現れたらすぐに召喚術で呼び戻すので、そのつもりでお願いします。基本的に地面の下から援護して下さいね。」
「キュキュ!」
アキトの指示に頷いたディアは、地面の中に潜り込むと、すぐに頑丈な岩で穴を修復する。穴の中に落ちた者達には幸い重傷者も居らず、皆軽傷で済んでいたらしく、元気に救助を求める声が地面を通して伝わって来る。
「クソ!作戦は失敗!一時撤退し、態勢を立て直す!」
「逃がしませんよ…ディア!」
「うおおお⁉︎」
部隊長らしき男の合図で、無事な隊員達はアキト達を警戒しながら逃げ出す。それを見たアキトの合図で、ディアは出口側の通路の途中を岩で塞ぐ。そして慌てて隊員達が反転して部屋の中に入ろうとすると、其方側もまた頑丈な岩で塞がれてしまう。即席の牢屋そのニの完成である。
「地下は地竜の独壇場です。導術も使わず、しかも通常の武装のみで、ディアに勝てるだなんて思わないで下さい。」
「キューッキュッキュッキュ!ルガオオオオオオ‼︎」
アキトの言葉に呼応する様に、地面から顔だけ出したディアは誇らしげに吼えた。そこで、アキトの頭の中に声が響く。転送により先に逃したシルバーナの声であった。
『お兄さん!其方の状況は⁉︎』
「ルビィ、こっちは一応片付きました。これから先生達の元へ急ぎます。導術使いが現れたら、対処にお手伝いをして貰うかも知れませんので、準備をお願いします。」
『お任せを!』
シルバーナは、アキトの期待に答えようと張り切って返事をした。
(まあ、余りルビィの力を知られたく無いですから、本当に必要になった時に、なるべく隠蔽しながら使って貰うつもりですけどね。)
アキトはそんな事を思いながら歩き始める。その後ろを、頭だけ出したディアが追随する。行き先は無論、コウガ達の元である。
「ディアは基本的に地面に潜って移動して下さい。それと、最短距離で行きたいので、途中の壁や床などは全部食い破って下さい。」
「キュキュ!」
「ルビィはそのまま待機していて下さい。ただ、何時呼ぶかわかりませんから、呉々も気を緩めないで下さいね。」
『わかりました!』
アキトは盾を召喚して構えながら歩く。鎧の為にその足取りは普段よりも重かったが、それでも前に進む足は揺るぎなく、その速度は衰えない。必ず恩師と、その家族を救出すると言う、確かな決意と共に歩みを進める。その途中、アキトは徐に掌に向けて話し掛ける。
「導術妨害腕輪の破壊工作、有難う御座いました。それと、コウガ先生達との連絡及び目標地点までの案内、お願いしますね。“カスミ先生”。」
すると、其処から粘性の不定形物質ーースライムが、鎧の隙間から滲み出る様に現れ、ウネウネと踊ってそれに応えた。
「作戦は失敗!目標は取り逃がした模様です!」
「監視から何か情報は?」
シェルターの有る山の麓に設営された『公安捜査庁』の捜査本部の中に居るハイルは、今やサングラスやマスクを外し、その下に有る色素の薄い、端正な顔を顕にしていた。二十代位の若い容姿でありながら、その薄い茶色の目は、まるで死に際の老人の様に虚ろであった。
「出口から不審な人物は出て来ていないそうです!ただ…。」
「落とし穴に通路を塞ぐ岩、恐らく土導術の使い手が召喚されたのだろう。ならば、山の中にトンネルを掘って悠々と逃げ出す可能性が有る…か。」
部下からの状況報告に対して、ハイルは冷静に分析し、即時に判断を下す。
「良し、閉じ込められた者達の救出部隊を編成しろ。彼等を救出し次第、此処を爆破する。証拠を残す訳にはいかん。施設内の全てを地面の下に埋もれさせよ。」
「了解です!」
「外に居る者達に指示して、救出部隊以外の人員は即刻此処から退避させよ。俺もすぐに動く。常に導術探知機を使用して土導術の形跡を調べ、かつ周囲を封鎖して包囲網を築き、奴らを追い詰めろ。絶対に逃がすな。」
「は!」
部下が走って出て行くと、そのすぐ後で辺りは騒然となる。
「ふう…こいつは面倒な事になったな。折角『上』から引き出した情報で、戦力を分散させたってのに。まだ準備が足りなかったか?其れとも、何かを何処かでしくじったか…。」
ハイルは憂鬱な顔で頬杖をついて溜息を吐く。ハイルが病院に来たのは、アキト達を捕らえる為であった。尤もらしい理由を付けてアキト達に近付き、協力に託けて罠に嵌める予定であったのだ。
(まあ、あの段階から怪しまれていた可能性はあったかもな…。今更考えても仕方の無い事だが。)
もしも護衛の件の承諾が有れば、それを利用してアキトを捕まえる算段で有ったが、断られてしまった為にサキの作戦への手伝いへと切り替えた。その際、『上』に掛け合って、アキト達が必ず動くであろう情報を使う事の承認を得ていたのだ。ハイルは『神淵ノ端求社』を知らなかったが、『上』はそれとヤクモ達との因縁を知っていたと言う訳である。
(サキの手腕を見るに、恐らく我々の事は伝えずに事を進めているだろう。なら、我々が裏で繋がっていた事への疑いを持てても、確証までは持てまい。書類やら何やらの物的証拠、我々と繋がりが有るサキとその仲間を此処で始末して置くのが吉か。爆破をサカキの所為にし、後は適当に隠蔽偽装工作を行うとしよう。)
サキからの報告は未だ来ていないが、アキト達が黒でも白でも消すことには変わらない。手を組んでいたサキとその仲間を殺害する事は、情報の保守という面では寧ろ好都合である。
(ただ、奴らがもし機械化ムカイドの出処を掴んでいたのなら、その情報を他の誰かに拡散しているかどうかがわからなくなってしまうか。まあ、警察内部の密偵の情報では、その関連の話は聞こえて来ていない。おそらくだが、身内の一部にしか伝えていない可能性が高いな。ならば、虱潰しに候補を当たって行けば、いずれスパイの犯人に辿り着く…か。)
ハイルは重い腰を上げ、虚ろな目でテントの外の夕焼け空を見上げた。美しい夕焼けであったが、ハイルには全く興味が無かった。そんな事よりも、これからの仕事の事で頭は一杯であった。
「はあ…虱潰しってのは、中々手が掛かって面倒で、嫌いなんだがな。」
「ええ、全く同感ですね。」
急に辺りに響いた不気味な声に、ハイルは凍て付く氷の様な視線を山に向けた。すると、山に生えていた木の一本から、枝が伸びて彼に襲いかかった。しかし、それらはハイルに巻き付く瞬間、その部分全てが凍て付いて固まってしまう。
「…これはこれはヤクモ殿。テロリストに捕らわれたと聞き及んでいたのだが、御無事の様で何よりだ。……何時どうやって脱出なされたのかな?」
「ふふふ、私の敬愛する方々の中に、非常に優秀な召喚術使いの方が居りましてね。その方の御力を少しばかりお借りして、つい先程脱出させて頂いたのですよ。」
ヤクモは武装集団の襲撃時、シルバーナとは別の場所、地下シェルターの有る山の麓に転送されていた。此処はアキトがシルバーナを抱きしめた場所であり、実はその足元に、アキトの転送陣の形に根を張っていた。
(アキト様の演技も、中々よく出来ていました。シルバーナ様と交わした会話や、抱き締めたいと思った気持ち自体はきっと本気だったのでしょう。上手く自分の心を利用出来ている様ですね。)
その細工を行ったのは、アキトがシルバーナを抱きしめている最中であり、カスミのスライムの手により導術妨害腕輪の機能を破壊して貰っていたヤクモによって行われていた。ソヨカゼに工作がバレない様にと、根を張る時にその上にアキト達が陣取って見えない様にしていたのだ。
「そうか…彼は将来有望だな。それにしても、これはまた随分と物騒なご挨拶だな。」
「ふふふ、これは失礼致しました。なにせ“害虫退治”を行っていた物ですから。いやはや、確かにこれは面倒です。潰しても潰してもキリがない…。まるでカイガラムシの様に出て来ますね。」
「貴様…。」
ハイルは周囲を確認し、部下達が全員ヤクモに捕らえられて、遠くの方でもがいているのを認める。そして、彼等に影響が及ばない範囲に留めながらも、強烈な冷気を放った。本部は勿論、周辺の木々まで全て凍て付く。
「俺や、俺の部下達が…害虫だとでも?」
「そうは言っていないのですが、そう仰られるのなら心当たりが有ると見て宜しいですかね?コシノ家の害虫、コシノ・ヒサメ様。」
「フン、やはり俺を知っていたか。貴様こそ、こそこそと隠れて挑発ばかりしてないで、大人しく出て来たらどうだ?それとも、木導術と相性の悪い氷導術に恐れをなして逃げ隠れしているのか?ヤクモ家の毒蜘蛛、ヤクモ・クロガネ。」
「生憎と、害虫の安い挑発に乗る程、蜘蛛は浅はかでは有りませんので。」
「なるほど、蜘蛛の名に違わず怠け者だな。獲物が罠に掛かるまで待つ事しか出来ない、臆病者の卑怯者め。」
ハイルもといヒサメは、ヤクモを挑発するが、ヤクモは隠れたまま平然と挑発し返す程度に留めていた。その間にヤクモは、捕らえたヒサメの部下を全員、安全な場所まで木を使って運び、そこで縛って放置する。ヒサメは、挑発は無駄だと判断し、また部下達が安全圏にまで退避させられたのを確認すると、一気に冷気を解放する。
「来ないのなら…此方から行くぞ。」
ヒサメの得意とするのは、氷を操る導術である。木々を燃やす炎導術ほどでは無いが、木々を枯らす氷導術は木導術に対して相性が良い。ヒサメは自身の周辺一帯の木々を残らず凍らせる事で、ヤクモの戦力である木の数を減らしつつ、木々が操れない安全地帯を形成する。
「ふむ…なるほど、中々の威力と範囲ですね。お見それ致しました。」
「その割には余裕そうな声じゃ無いか。その余裕、何時まで保つか楽しみだ。」
「ふふ、御期待に添えられるよう、精一杯精進させて頂きますよ。」
ヤクモの言葉に、ヒサメは薄く笑うと、小さく呟く。
「氷生導術・氷針地獄。」
ヒサメは白い吐息を吹く。その息は空中で氷麗となり、鋭い針を彼の周辺に大量に形成する。それらが夕焼けの赤い光を浴び、まるで血を固めた氷の様に、紅蓮に輝く。
「氷操導術・氷雨彗星。」
ヒサメの創った大量の鋭い氷麗は、その場で回転を始める。冷気が渦を巻き、白い空気の衣が紅い氷麗に纏わりつく。様々な角度で乱反射する光が、まるで万華鏡の様に鮮やかに煌めく。
「さて、虱潰しと行くか。」
ヒサメの合図と共に、その幻想的な雰囲気とは余りに似合わない冷たい殺意が、突き刺さる様に目の前の山に降り注ぐ。木々に撃ち込まれたそれは、表面では止まらずに簡単に射貫き、深々と木の中に食い込む。
(はあ…どうするかな。)
氷麗の雨を山に降らせ続けつつ、気怠そうにヒサメは考えていた。
(奴が此処に来ていると言う事は、恐らく既に関係者へ情報は漏れているな…。法務省の外局である公安捜査庁が、裏でテロリストと繋がっていただなんて、そんな大スキャンダルを握られてしまったと言う訳だ。全く、これはかなり面倒臭いな…。)
ヒサメは、如何にかしてこの不祥事を隠蔽が出来ないかについて頭を回転させる。
(まあ、まだマスコミにも詳しく知られていないだろうし、全部彼等やその関係者が仕組んだ事にして殺害し、工作するのが妥当な所か。出来れば捕縛したい所だが…恐らくそんな余裕は無い。)
そして、安易な考えにして使い古されていながら、未だに何処の世界でも通用する手段、『発覚しない誤認逮捕』を行う事を決定する。その為に、先ずは目の前の容疑者を捕まえようとしたが、抵抗した為に止む無く正当防衛で殺害する事にする。
「はあ、『上』への説明が面倒臭い。不始末に対しては、色々と五月蝿いからな。ここの後始末もしないと行けないし…。ああ、全く余計な仕事を増やしやがって。」
愚痴を漏らしたヒサメは、そろそろ良いかなと、攻撃の手を止める。目の前の山の木々は綺麗に皆凍っており、もしその中にヤクモが潜んでいたら、間違いなく死んでいただろう。
「ま、この程度で倒せていたら、こっちも苦労しないんだがな。」
ヒサメは少し離れた場所の凍った地面を睨みつける。すると、その地面が割れ、その中から木の根が這い出す。そしてそこから、不敵な笑みを湛えた一人の人物が現れる。ヤクモであった。
「ふふ、ですが、単騎で此処まで強力な氷導術を扱う方を見たのは初めてですよ。流石は氷導術にかけては右に出る者が居ないと言われるコシノ家の中でも、天才とまで囁かれた御方ですね。」
「フン、その攻撃を受けて平然としている貴様に言われても説得力が無いな。寧ろ、上から目線で気に要らん。」
ヒサメは素知らぬ振りをしながら、体の影で秘密裏に透明な氷の矢を幾つも創り、ヤクモの視線が外れた隙を狙い、音も無く一気に放つ。一方のヤクモもまた平然と、それらを木の根で全て防ぐ。木の根は凍ってしまったが、ヤクモは傷一つ負わない。
「いえいえ、あなたの本気の攻撃を真面に受ければ、私など一溜りも有りませんよ。」
ヤクモはヒサメの死角に有る、離れた木から木製の矢を放つ。ヒサメは避けなかった。避ける必要など無かったのだ。ヒサメの身体に触れたそれは凍り付き、その場に落ちて砕ける。
「それはお互い様だろう。」
先のやり取りなど無かったかの様に二人は会話を続けながら、互いに注意深く相手の出方を見る。ヤクモの攻撃は届く前に凍らされ、ヒサメの攻撃は地面に潜って逃げられる。互いに決め手に欠く戦いでは、如何に相手の裏を掻くかに掛かって来る。
(だが、此方には制限時間が有る。余り悠長な事はやっていられないな。早く詳細な連絡をしたい所が…。恐らくそれを許してはくれないだろう。)
付近に関係者以外の人間は居ないが、山が一つ凍ってしまっては、すぐに騒ぎとなるだろう。多くの人々に知られれば、隠蔽工作もそれだけ難しくなる。ヤクモの連絡で、カスミに急かされた警察がすぐにでも到着するだろう。ヤクモはただ時間稼ぎをするだけで勝てるので有る。
(だが、奴も逃げないと言う事は…。そうか、シェルターの中の奴らを守って居るんだな?)
逆に言えばヤクモは逃げ回っていればそれだけで良いのだが、今この場に留まっていると言う事は、それをしなければならない理由が有ると言う事である。ヒサメは、それはシェルターを爆破させない為と考えた。
(部下は皆捕まった…なら、部下の持っている起爆装置は破壊されてしまっただろう。だが、本部なら遠隔操作で起爆出来る。地下に閉じ込められた仲間には申し訳無いが、この際形振り構ってなど居られん。すぐに本部に連絡して爆破して貰うか?いや、此処はむしろ…。)
ヒサメの靴の裏に氷の刃が形成され、周囲の地面が滑らかな状態となる様に氷が張り直される。そして、彼はスケートの様にその凍った地面の上を滑って移動する。
「氷生導術・滑氷脚。」
「…逃がしませんよ。」
ヤクモは自身を蔦でヒサメの行く方向へ投げ飛ばしながら、逃げるヒサメを空から追いかける。ヒサメは追いかけて来るヤクモを横目で見つつ、導術での撹乱を試みる。
「氷操導術・氷山百景=氷霧谷。」
ヒサメの周囲から氷の粒が大量に発生し、辺り一面を白く凍らせる。ヒサメの姿はその白い霧の中に隠れてしまい、傍目にはわからない。そして、その白い霧の中の様々な場所から、次々と氷の矢がヤクモ目掛けて飛んでくる。
(霧で自身を隠しつつ、攻撃の位置も読ませない。そして不用意に近付けば、恐らくあの霧で凍らされる。…攻防一体の素晴らしい技ですね。ですが、少々足元がお留守の様ですよ?)
ヤクモは蔦を器用に操り、空中で姿勢を制御すると、霧の中から無数に飛び出てくる氷の矢を華麗に避けつつ、そのまま反撃に移る。
「木生導術・茨撒菱。」
ヤクモが導術を発動すると、白い霧で覆われた大地から、次々と氷を割って茨が生えてくる。生えて来た茨はすぐに凍り付くが、ヒサメの走る地表に障害物として残り、彼の行く手を邪魔する。
(クソ!氷の薄い足元を崩しに来たか!茨が邪魔で上手く進めん!)
ヒサメは舌を巻く。空から来るヤクモにばかり気を取られ、周囲に氷霧を創る事ばかりに腐心した結果、足元の氷を厚く張れなかった。その隙を狙われたのだ。
(だが、茨自体は完全に凍っている!このまま破壊しながら進む!)
それでも彼は無理やり押し通り、凍った茨を次々に踏み潰していく。破壊した音で探知されない様に、色々な場所の氷を破壊しながら撹乱を狙う。しかし、ヤクモを出し抜くにはそれでは足りなかった。
「そこに居ますね?」
「何⁉︎」
茨の凍った部分は地表に出ている部分のみである。つまり、地下の部分は生きており、その上を人が通れば、その圧力を探知出来るのだ。ヤクモは両腕から蓮根の様な構造を持つ太く大きな筒を形成し、霧の中に潜む標的に狙いを定める。
「木生導術・木管銃。害虫は、きっちり駆除して差し上げますよ。」
その筒の中から、拳大の種子が大量に撃ち出される。地面を滑走するヒサメの向かう先に、空中から大きな種子の雨をヒサメの前に降らせ、その行く手を遮る。
「チィ!跳躍氷壁!」
ヒサメは氷で造ったハーフパイプ型のジャンプ台を創り、そこを勢い良く滑りながら駆け登る。そして大きく跳躍して種子の雨の手前で氷霧から飛び出し、背後から迫るヤクモに一気に近寄る。ジリ貧と見て、決死の反転攻勢に出たのだ。
「喰らえ!氷槍一閃!」
「甘い!種殻転納!」
ヒサメは手に大きな氷の槍を創り、それをヤクモに向けて撃ち抜く様に投げる。ヤクモはそれに対し、体をすっぽり覆う程の大きさの硬い種子の殻を創って防御する。槍は硬い殻の表面を凍らせてそれを貫こうとするも、丸い表面に切っ先をずらされ、中心を僅かに逸れる。
「続けて喰らえ!」
そこでヒサメは二撃目の槍を創り、空中に氷の台を創ってその上を滑って突撃、槍を種子の中心目掛けて貫く様に打つ。切っ先が殻に触れた時にすかさず凍らせ、凍った部分を操って殻を破り、そのまま切っ先が殻の内側に潜むヤクモを貫いた…筈だった。
「何⁉︎」
しかし、殻の中は空であった。そしてそこから少し離れた空中に、蔦を纏ったヤクモが居た。ヤクモはヒサメの突撃を読み、殻中には籠らずに後方に跳んだのだ。殻の影に隠れ、ヒサメから自身を見えない様にしていた為、ヒサメはその行動に気付かなかった。
「反転!」
「ぬおあ⁉︎」
続けてヤクモの合図により、凍っていない部分の殻が割れてひっくり返り、ヒサメを覆って閉じ込める様に襲いかかる。ヒサメは慌てて種子の殻を完全に凍らせ、動きを止める。
「まだまだ行きますよ!」
ヤクモは続けて、下の凍っていない地面の木の根を操って木管銃を形成し、自身も両腕を木管銃に変え、挟み撃ちする様に種を大量に放つ。
「く…おお…!」
ヒサメは前後からの種子の雨の猛攻を受け、堪らず自身全体を氷で覆って、落ちながらも防御する。すると、氷で覆われたヒサメにぶつかった種子が次々とそれに付着して行く。
(どういう事だ!俺は外側を凍らせては居ないぞ⁉︎)
ヒサメは困惑する。氷で自身の表面に付着した種子は兎も角、凍っていない種子の部分に、更に種子がくっ付く事は普通はあり得ない。良く見ると、種の弾はぶつかった所で潰れ、そのまま貼り付いて来る様に作られていた。種子で覆われ、今や完全に視界が塞がれてしまった時、ヒサメは悪い予感を覚えた。
(不味い⁉︎)
ヒサメはヤクモの狙いに気付いた。自らの落下時間を考えれば、もう既に地面に落ちても良い筈なのに、自身が未だに降下している様な感覚を覚えた為だ。ヒサメは急ぎ周りの種子を完全に凍らせて割り、外に出る。
「く…これが狙いか!」
そこは大きな落とし穴の中であった。ヤクモはヒサメの視界を塞ぎつつ、氷の下の地面に掘った穴の中に、ヒサメの入った種子の塊を落としたのだ。急ぎヒサメは周辺の土を氷で固め、自身の落下を防ぐ。しかし、地面の中は、ヤクモの操る木の根のテリトリーである。早く地表に出ねばとヒサメは焦る。しかし、それを嘲笑うかの様に、穴の壁から次々と現れる木の根がヒサメに襲い掛かる。
「おのれ…厄介な!」
幸い、絡みつこうとする木の根はすぐに凍らせられるので、ヒサメが捕まる事は無いが、キリの無さに焦燥感を覚える。穴の壁を凍らせ、その上を滑って登ろうとするが、凍った側からその地面の部分が木の根に崩され、中々上に登れない。木の根を凍らせても、新しく生える根に凍った部分を折り落とされて、次の根が襲い掛かる。
「クソ!木の根が邪魔で集中出来ん!」
深く地面を凍らせて壁の崩落を防いだり、氷の塊を操って上に登るには、それなりの集中力が必要となる。しかし、次々襲いかかる木の根に邪魔をされて、中々思う様に集中出来ない。次第に焦りが募り、技に精彩を欠いて行く。導術の使い過ぎで脳が疲れ、感情の制御が上手く行かなくなって行く。
「この程度で集中力を斯くも乱すとは、まだまだ修練が足りない様ですね。」
そして、穴の中に響くヤクモの嘲笑に、ヒサメは完全にキレてしまった。
「舐アアめエエるウウウなァアアアアアアアア!」
ヒサメは怒りに任せて最大火力で導術を発動、周辺を土壁を一気に氷で固め、木の根を全て動けなくする。そして穴の上部の氷を割り、壁を滑って地上に出る。
「はあ…はあ…はあ…。」
流石に力を使い過ぎたのか、ヒサメは膝を着き、額に玉のような汗を浮かべ、肩で呼吸していた。それこそがヤクモの狙いだとわかっていたが、あのままの状態ではどの道嬲り殺しであった為、より良い選択は出来たと言える。だが、それで勝てるかと言えばそうでも無い。
「瞬間火力は大変素晴らしいですが、持久力に難有りですね。精神力を鍛え、ペース配分が上手くなれば、きっともっと強くなられますよ。…さて、まだ続けますか?」
そこにはいつの間にか、不敵な笑みのヤクモが立っていた。ヒサメは鋭い目付きで睨み付けるが、憎まれ口を叩く余裕も無い。
「もう良いでしょう?大人しく縛について下さい。」
「はあ…はあ…誰が!」
「…仕方有りませんね。」
ヤクモは蔦を創り、強情なヒサメを縛り上げる。ヒサメは気合でそれを凍らせようとするが、防げたのは最初の数十本だけで、その後は最早力尽き、ヤクモの為すがままにされてしまう。
「これで導術は使えませんね。さあ、しっかりと情報を吐いて貰いますよ?」
「フ…ハハ…。」
最早趨勢は決したと言うのに、ヒサメは何が可笑しいのか、急に笑い始めた。
「何が可笑しいのですか?」
「……俺達は、仕事に命を掛けている。」
「それはそれは、実に真面目で殊勝な事ですね。ですが、仕事人間と言うのは、面白味の無いつまらない物ですよ?もっと冗談を言って、面白可笑しく生きませんとね。」
ヤクモは心底つまらなそうな声を出す。事実、本心である為だ。
「フフ…貴様は…そうなのだろう。だが、俺は…俺達は違う。」
「どう違うのですか?」
「仕事が命…なら、仕事に失敗した奴は、如何なると思う?」
ヤクモはヒサメの言葉の意味を理解し、戦慄する。その時、山に轟音が響く。地下シェルターが爆破された音である。
「な…⁉︎」
「フフ…わかって貰えたかな?」
「…酷く笑えない冗談ですね。ブラックユーモアも甚だしい…!」
ヤクモはアキトの心配はしていなかった。地竜のディアが居る為だ。ディアの力が有れば、生き埋めになる事は無い。コウガもアイビシアも、この程度で死ぬ実力では無い事をヤクモは知っていた。しかし、ヒサメの部下やサキ達は違う。あの下には、まだ何人も生きた人間が居るのだ。
(今から全員を救うのは…間に合うかどうか…。間に合わせない為に、此処まで誘導したのですか…。何たる不覚!)
人は、生き埋めになればそう長くは生きられない。氷導術では穴を掘って脱出するのは難しく、酸欠に近い状態では、そもそも導術発動自体が上手く行くかわからない。導術すら使えないテロリスト達なら尚更である。彼等が単独で脱出するのは厳しかった。
(あの辺りの木々は皆凍らされている…。それも作戦の内…でしたか。)
シェルターの有る山の木々を凍らされ、更にヒサメを追いかけて遠くまで来てしまったヤクモでは、今から近くの木を操作して救援に向かっても時間が掛かってしまう。
(ディア様が動ければ何とか…いえ、頼っているばかりではいけません!)
それでもと、ヤクモは急ぎ木を操作して、生き埋めになった者達の救援に向かわせる。そして、怒りの滲む目でヒサメを睨む。人の命を、仲間の命すらをも軽んずる、目の前の男が許せなかった。
「フフ…あの地下シェルターの起爆スイッチは、俺達の組織の本部の方からでも起爆可能でな?面倒な事に、外から起動するには少しばかりクラッキングが必要だから、少々時間が掛かるのだが…どうやら無事に爆破が出来た様だ。」
「いつの間に連絡を!」
「していないさ。だが、定時連絡が途絶えれば異変にも気付く。そして、連絡しなくても何かあったとわかれば、彼奴らは証拠隠滅の為に、確認も取らずに爆破をする。自分達を守る為ならば、非道だろうと何だろうと手段は選ばん。彼処は、そう言う奴等の集まりなんだよ。」
「其処までするとは…。」
「流石のヤクモ殿も予想外だったか?彼奴らへの評価が、人の悪意への認識が甘かった様だな。さて、これで少なくとも、書類等の証拠は失われたかな。後は事情を知る奴を何人位消せるかだが、そちらは余り期待出来なさそうだな。」
「…あなた達は!人の命を何だと思っているのですか!」
いつも人を食っているかのようなヤクモが、今は怒りに満ちているのが面白かったのか、ヒサメは笑った。哀しそうに笑った。
「ふふ……まあ、『道具』だな。ただ、下手な情報を持っていると、そこから敵にバレる可能性の有る、少々扱い辛い道具だ。処分する方法は、常に考えておかねばならない。」
「…それは…本気で言っているのですか?」
「ああ…そうだな。そしてそれは、俺自身もまた、例外では無い。」
ヒサメは虚ろな瞳で空を仰ぎ、何かを諦めたかの様に脱力する。その仕草だけで、ヤクモはヒサメの言葉の意味する所を悟った。
「お待ちなさい!早まっては…!」
「早まるも何も無い。俺が望まずとも『上』はそれを望む。至極、面倒臭い事にな…。」
ヤクモは急ぎ蔦使ってヒサメの身体中を調べる。そして、驚きに目を見開く。そのヤクモの顔を、そして自分自身をも嘲笑する様に、ヒサメは乾いた笑い声を上げる。その瞳に、最早希望は映らない。
「理解したか?これが『俺達』だ。情報漏洩を防ぐにはな?こうするのが一番なんだとよ。貴様の様な、呑気に日常を暮らせる奴が心底羨ましいな。」
「静かになさい!今取り除いて…。」
「…もう遅い。あなたも怪我をしたくなければ、俺を放って逃げる事だな。」
「馬鹿な事を…言うんじゃ有りません‼︎」
自身を想うヤクモの言葉が余りに可笑しくて、ヒサメは憐れみの目でヤクモを見た。或いは、それは彼にでは無く、己自身に向けていた物だったのかも知れない。
(はは…何か、色々と如何でも良くなっちまったな…。あんなにも、生きたかったのにな…。)
そして、ヒサメは少しだけ、本当に心から笑う。必死に自分を助けようとする目の前の人物の行動に、本心から笑みが出る。
(それでも…まあ、悪くない最期かな。この人を巻き込んじまうが、あの実力ならきっと大丈夫だろう。フ…部下でも無い他人の心配なんて…ガラじゃあ無いな。頭の中が何処か…やられちまった様だ。)
ヒサメは改めてヤクモを見た。駄目で元々であろうと自分を助けようとしてくれる、自分に優しくしてくれる人物に、礼を言いたかった。だが、気恥ずかしくて止めた。奇妙な事に、自分を負かし、自身の死因の一端となるだろう目の前の男に、恨みを全く抱けなかった。それがヒサメには救いだった。
『本当に…お馬鹿さんですわね。』
ヒサメの耳に、憐れみに満ちた女性の声が、何処からともなく聞こえた気がした。
アキト達の腕に嵌められた導術妨害腕輪は、シェルターに到着する時には既に壊されていました。なので、ヤクモは山を登る最中に色々と仕込みを行っていました。探知機の設置数が嵩んだり、無関係な人間に万が一見つかると色々と厄介な為、シェルター外部にそれを設置する事は無いと踏んで木導術を使用していた訳です。
導術を使用しなければ探知機には反応しないので、シェルター内部ではギリギリまで導術を使わないでいました。また、遠隔操作出来るタイプの導術は、操作を一時的にでも中断すれば、その探知を掻い潜る事も可能と言う抜け道もあったりします。その辺りの知識はテロリスト達よりも、その元となる技術を開発した学園の関係者であるヤクモの方が高いです。




