第12話
「お見事でした。ディア。」
「キュッキュ、キュピィ!」
犯人グループが皆全員無事に確保され、人質の確認作業と現場の諸々の片付けで再び雑然とする病院から離れた場所で、アキトはディアを召喚した。アキトは笑顔でディアを撫でて褒め、ディアはとても嬉しそうに鳴いた。
「さて、テロリストの方の事件は解決しましたし、コウガ様達を迎えに参りましょうか。」
「はい、ヤクモさん。」
シキ達が病院を占拠した立て篭り事件は、ヤクモやコチヤ、ディアの活躍により呆気なく解決した。建物への被害は現場に到着した学園長の活躍により完全修復され、人々はまた医療を受けに戻って行く。しかし、二度にわたるテロリストの襲撃により、病院内には物々しい雰囲気の警官達が常駐し、軽度の病気や重傷でない怪我人は、三度の襲撃を恐れて別の病院へと移って行った。
「さて、それじゃあ行こうか。取り敢えず、来るのはアキト君とヤクモさん、それにシルバーナちゃんかな。そこの地竜は特に何も言われてないけど。」
「僕達だけですか。学園長先生やコチヤ先生は?」
「指定されていないから、連れてくる必要は無いね。其方の分の“準備”も出来てないし。と言うか、彼らにこの事を詳しく話すと大変でしょ?」
黒尽くめの青年はヤクモの方を向く。
「ふふ、そうですね。大旦那様がこの事を知ったら、問答無用で暴れるのは目に見えていますからね。先程は、コウガ様の件は私が解決すると言って、半ば無理やり納得して頂きましたし。具体的な交渉の内容については何も話していません。」
「え…それって、良いんですか…?」
「アキト様、『嘘も方便』ですよ。特に大旦那様は、こと家族の事となると、私以上に熱くなり易い御方ですからね。今もコウガ様とその御家族の事で、腹わたが煮えくり返っていらっしゃるでしょう。この状態ですと、勝手に敵地に乗り込んで、その周辺地理ごと全てを破壊し尽くす『破壊神モード』になってしまわれるので、却って手に余るのですよ。」
「あ、あはは…。」
アキトは苦笑いをする。ヤクモの学園長の扱いの理由の一端を垣間見た気がした。
「僕としてはどっちでも良いけどね。まあ、確かにあの御方の指名以外の人物が大挙してやって来るのには、余り良い顔はされないだろうね。」
「私とアキト様とシルバーナ様、この三名が指定されているのなら、その指定に沿う様にいたしましょう。警察へは話すつもりはございませんが、既に追跡用の特殊部隊は出てしまわれました。それは如何いたしますか?何なら引かせますが。」
「いや、それには及ばないよ。今頃はその車両、大破してると思うし。」
青年から放たれた言葉に、アキトは驚く。
「え⁉︎もしかして…。」
「ああ、心配しなくても、誰も死んではいないよ。大怪我した人も居ない。警察の沽券は虚仮にされたけどね。」
青年の駄洒落をアキトは完全に無視する。青年は少しだけ凹んだ。
「…あなたの…仲間が?」
「あ…ああ、そうだね。彼も優秀な“使い手”だから。今頃、沢山の警察官を相手に翻弄しているんじゃ無いかな?警察の追跡は、暫くは難しそうだね。」
「じゃあやはり…縁絶鋼もその方が?」
「テロリスト達が持っていなかった事に気付いたのかい?察しが良いね、その通りさ。」
アキトは、青年の仲間と『使い手』という言葉から、導術使いが相手方にいる事を確信し、導術に弱いディアを連れて行かない事を決める。縁絶鋼を所持している事を考えても、アキトの召喚術を使えなくして来るのが容易である為、いざと言う時に逃がせない可能性も有る。
「そうですか…わかりました。…それじゃあ、ディアも指定されていないのなら、連れて行かずに行きます。」
「キュ?キュウ…キュ〜ン…。」
「ディアちゃんが、自分は要らないの?って不安がってます…。」
「え?いえいえ!そんな事は無いですよ!」
アキトはディアの視線の高さを合わせ、その不安そうな目を見て微笑む。
「ディアは大切な家族です。だから、あなたの弱点である導術使いがいる可能性が高い所に、連れて行きたく無いんです。」
「キュミキュイ!」
「それでも…お兄さんの役に立ちたい!って言ってます。」
「有難う…ディア。でも僕としては、ディアに安全な場所に居てくれる方が、心が有難いのですよ。」
「キュウ…。」
これから向かう先では、恐らくコウガの命を盾に、導術の使用を封じられる可能性が高い。召喚術で逃す事は勿論、ディア自身の導術が封じられれば、土の中に潜って逃げる事も叶わない。アキトは、落ち込むディアに対して申し訳無く思うも、その身の安全を思うと、如何しても連れて行きたく無かったのだ。
「本当なら、ルビィも連れて行きたくは無いのですが…。」
「それは意に反するから、認められないかな。」
青年が釘を刺す。アキトも、相手方の意に反する事はしたいとは思わず、また導術使いに対抗出来る手段としての彼女の有用性は理解していた。しかし、それでも謝る事だけはしておきたかった。自分の大切な人を助ける為に、別の大切な人を身勝手にも利用しようとしている自らの愚かさを、赦されないと思っても謝りたかった。
「…わかっていますよ。ルビィ…すみません。」
「いいえ、私は気にしていませんから。」
「ルビィ…有難う…!」
シルバーナは、例え危険な場所へだろうと、最期までアキトに付いて行くつもりであった。故に、アキトの決定は彼女の意に沿っていたので、何の抵抗も無く受け入れる。アキトはシルバーナに改めて感謝し、しっかりと抱き締める。
(コウガ先生達も助けますし、絶対にあなたを守ってみせます!ディアと一緒に…幸せになって欲しいですから!)
(はあ…アキト様の匂い…はふう…。)
抱き合う二人を、ディアは少し寂しそうに眺めていた。すると、その様子に気付いたアキトがディアを抱き寄せる。
「…ディアも有難う。」
「キュピ?」
「僕達の事を想ってくれている事ですよ。だから僕は誓います。絶対にルビィを連れて帰って来ます。だから、あなたは心配しないで下さい。家族の悲しそうな顔は、見たくありませんから。身勝手ですが、お願いします。」
「ディアちゃん、私も誓います。絶対にお兄さんやコウガ様達と一緒に帰って来ますから。」
「キュウ…キュキュ!」
アキトとシルバーナの想いを聞いたディアは、健気にも精悍な笑顔を作り、元気に鳴いた。アキトは、再びディアをしっかりと抱きしめた。
「気を付けて…いってらっしゃいと…言っています。」
「はい…行ってきます。」
「またね、ディアちゃん。」
「ディア様、アキト様達の事は私にお任せを。必ず無事に返してみせます。」
ディアはしっかりと頷く。アキトは、ディアの顔をしっかりと抱き締めながら、レンの元へと転送した。ディアが居なくなった事を確認して、青年はアキト達に話し掛ける。
「もう…良いかな?」
「はい…お待たせしました。」
「それじゃ、これを渡すよ。」
青年は黒い服の中から鍵を取り出すと、ヤクモに投げる。
「それは車の鍵だよ。この道を真っ直ぐ進んだ道路の脇に、その鍵で動く車を停めて有るんだ。此処からはそれに乗って移動をする事になる。」
「…発信機対策ですか。」
「それと、これを。」
青年は再び、服の下から腕輪の様な物を3つ取り出すと、三人に一つずつ渡す。それを確認したアキトは青年に問う。
「これは?」
「導術妨害腕輪さ。警察で使われる手錠の技術が使われているんだ。これを填めていると導術が使えなくなる。無理やり外せばそれが此方に伝わる仕組みになってるし、それ自体が発信機にもなってるんだ。渡す理由は、わかるよね?」
「…用意のよろしい事ですね。先の“準備”とはこの事でしたか。」
「その通り。それと、無線の類いは此処で置いていって貰うよ。ああ、何なら君の召喚術で家に送っても構わないから。」
「…そうさせて貰います。」
アキトは自分やヤクモ、シルバーナの携帯や無線を、アキトの自宅へと転送した。そして、通信機の類いは何も着けていない事を青年に確認させた上で、腕輪を填める。
「すんなりと僕の言う事を聞いてくれて助かるよ。」
「先生の命が掛かっているんです。当たり前ですよ。」
自身の命を掛ける事を、さも当然であるかの様にアキトは簡単に答える。
「随分とあの人達の事を気に入っているんだね。」
「ええ、僕の自慢の…大好きな先生と、その先生が愛する家族ですから。」
「…そうかい。彼は果報者だね。」
青年はまた肩を竦めた。その声は、何処か優しい響きがあった。
「それじゃ、僕は先に行って待っているよ。」
そしてその場に一陣の風が吹く。アキト達が目を開けると、青年の姿はもう無かった。
「さあ、私達も参りましょうか。」
「はい!」
「絶対に、コウガ様と御家族の方達を助けます!」
アキト達は、用意された車に向けて歩いて行った。その足取りに、迷いは無かった。
「あの…すみません。」
「ん?何だい?」
走る車の中で、後部座席に座るアキトは、助手席に座る黒尽くめの青年に声をかけた。
「僕達は今、こうして大人しく車に乗っています。導術も使えません。あなたが僕らを殺そうと思えば、何時でも殺せる状況に有ります。最早、まな板の上の鯉の状態です。」
「だから?」
「先生と御家族の解放を…とまでは言いません。せめて、声を聴かせてはくれませんか?先生達の無事を確認したいのです。」
「う〜ん、どうしようかなぁ。」
青年は悩む。アキトの言う事も尤もであるが、それを勝手に認める事は自らの立場では難しい。しかし、アキト達を大人しく付いて来させる為にも、一定の譲歩は必要かと判断する。
「…そうだね。これから君達の事を報告するついでに、その要望が通らないか訊いて見ようか。」
「お願いします。」
青年は携帯を取り出すと、何処からかに連絡を入れる。
「ああ、どうもども、僕です。聞いての通りですよ。」
「なるほど、この車での会話は筒抜けと言う訳ですか…。」
アキトは、シルバーナに不用意な発言は極力控える様に伝える。シルバーナはしっかりと頷いた。
「ええ、僕の目から見ても、大人しくしていますよ。特に反抗的な態度や行動などはしていませんね。で、どうしましょう?確認位は良いと思うんですが…え、駄目?そこを何とか…。人質の無事を確認出来れば、最後まで大人しく付いて来ますって、ね?…いえ、僕は別に彼らに絆されている訳じゃ無いですよ。そうした方が、良いんじゃないかなぁ…なんてね?」
青年の話し相手は、どうやら青年の提案に否定的で有る様であった。それでも青年は必死に食い下がり、何とかアキト達の要望を通そうと試みていた。
「…なんか…結構無理させてしまっているみたいで…申し訳ないですね…。」
敵である筈なのに何故か必死な青年に対して、アキトは妙に親近感が湧いた。
「…ふう、御免ね。ちょっと駄目みたいだよ。あの人頭固いし、結構心配性だからなぁ…。でも大丈夫、人質は皆無事だ。それは僕が保証するからさ。」
「いえ、此方こそ…何か頑張って頂いてしまって、すみません。」
「いやいや、こっちこそ何か変に期待させちゃって御免ね?」
「いえいえいえ、駄目で元々でしたし、先生達が無事な事を保証して頂けるのなら…。」
そして、謝るアキトに対し青年もまた謝り、それから笑う。
「プフ、僕は誘拐犯の一味だよ?何でそんなにフランクなのさ。」
「ええと、上手くは言えないのですが、何だかあなたとは友達になれそうだなって思いまして。」
「あはは、奇遇だね。僕も、もしもプライベートで君に会っていたなら、きっと友達になってると思うよ。」
アキトと青年は和む。誘拐犯の一味と、それを追いかける者達との会話とは思えない程に和気あいあいとしていた。すると、その様子を横目で見たヤクモが苦言を呈する。
「…アキト様。誰とでも仲良くなられるのは大変素晴らしい事なのですが、流石にこの状況でそれは如何な物かと…。」
「え?そうですか?」
「ええ、緊張感の欠片も御座いませんよ。」
「あはは…すみません。」
アキトはヤクモに対して素直に謝る。そこに青年が口を挟む。
「別に良いんじゃないかな?ギスギスするより遥かに良いと思うけど。」
「猫様も猫様ですよ。もっと誘拐犯らしく振舞って頂かないと雰囲気が出ません。もっとノリノリイケイケな誘拐犯を演じて下さい。緊張感が無くて全然面白く無いですよ!」
「え?僕の名前、猫に決定?いや、それ以前に色々と言ってる事がおかしいよ?」
「…ヤクモさん、僕の事言えませんよ…?」
ヤクモの的外れな指摘は続く。しかし、その言葉には次第に毒が浸み出す。
「だってそうでは有りませんか?これから我々は命を賭して、囚われの大事な方達の救助に向かうんですよ?言わば私達は『栄誉ある高潔な騎士』で、彼らは『卑劣で低俗な盗賊共』です。なのに、これでは…。」
「まさか…ヤクモさん!」
ヤクモの意図に気付いたアキトは、その博打に対して遮る様に声を上げる。しかし、青年は涼しい声でその意図する所を、彼の代わりに告げる。
「まるで、エミリオさん達みたいに滑稽な『道化』じゃないかって言いたいのかい?」
「…ふふ、ご明察恐れ入ります。」
青年とヤクモの間に緊張が走る。
「全く、油断も隙も無いね。この車に無線が仕掛けられている事を知って、無線の先の相手にカマかけの挑発を仕掛けるだなんて、思い切り過ぎだよ。」
「…その反応から察するに、そのお方はエミ某様では有りませんね?だとしたら今頃、大変憤ってしまい、人質の命が危なかったでしょうし。」
「まあそうだね。そうしたら僕はすぐにあなたの口を止め、彼に怒りを鎮める様に急ぎ伝えなければならなかったろうね。あの人、プライドが物凄く高いから。特に騎士の誇りを汚すのは本当に駄目、目的を忘れてしまう位に怒り狂ってしまう。」
「騎士バカですね。」
「ああ、それも特大の付く…ね。」
ヤクモは、青年の言う『さるお方』がエミリオで無い事の確信を得る為に、敢えてエミリオ達にしかわからない挑発を行ったのだった。そして、その会話で青年が慌てない事から、その挑発は意味が無い、つまりエミリオ達以外の人物である事を確認したのである。
「…でも、本当にエミリオ達だったら大変でしたよ…。ヤクモさん…流石に博打打ち過ぎやしませんか?」
「ふふ、ご心配掛けて申し訳ございません。アキト様。ただ、復讐としては彼らしくない位に余りに回りくどいやり方でしたし、戦争を起こす理由付けの為にシルバーナ様を誘拐するなら、それ以外の人物を敢えて呼ぶのは妙な話です。ですので、その方がエミ某様では無いことは当たりを付けていました。これはその確認の為だったのです。」
「ヤクモさん、そこまで考えて居たんですね…。てっきり僕達をからかいたかっただけなんじゃないかと邪推してしまいました。すみません。」
「いえいえ、謝る必要はございませんよ。私が単純に悪ノリしたかったのも実際に有りましたしね。」
「あなたって人は…。」
相変わらずのヤクモに頭痛を覚えたアキトは頭を手で抑える。シルバーナはその隙を見てちゃっかりとアキトの頭を摩り、アキトに礼を言われて嬉しそうに赤面する。
「さて、一応確認しておくけど、あの方に関する事はこれ以上は話せないよ?今回の件はエミリオさん達とは直接的には関係ないから、先の要望が通らなかった事に対するお詫びとして、この情報を渡したけど、流石に雇い主を売る事は出来ない。」
「ええ、構いませんよ。相手がエミ某様では無い事を知りたかったのですから。ね?アキト様。」
「え、ええ…そうですね。」
ヤクモに促され、アキトは頷く。事実、敵が『サカキ』でも『導盟騎士団』でも無い事がわかっただけでも、大きな情報であったのだ。
(これで、僕達を狙う理由のある人達はかなり限られます。ルビィや僕が両方とも指定されている事から、恐らく僕達が出会ってから関わった物の中に、僕達を狙う理由が有る筈ですよね…。エミリオさん達と『直接的』には関係無いと言うことは、間接的には関係が有る?)
アキトはこの二日で関わった事を思い出す。『サカキ』や『導盟騎士団』はこの事件とは直接関係無く、『日出ヅル処ノ天子』や『ウシオ』達は皆捕まった。逃亡した『シラサギ』達の可能性も考えられたが、戦力の大半を失った上、先のヤクモの見解からその線は薄い。『神淵ノ端求社』なら態々警戒させる事や、ヤクモを指定人物に入れたり、逆にアサテが欲しがっていたディアを指定しなかったりする事に対して疑問が残る。
(…となると、『この人』が関わっていそうなのは…。)
アキトは一昨日の夜を思い出す。青年はエミリオを救出すると同時に、『ムカイド』を頭だけだが回収して行った。これは、ムカイドを此方に回収されれば何か不都合があったからと考えられる。青年とエミリオが協力者関係である事から、青年はエミリオ達とは別の組織に雇われている可能性が高い。その組織がムカイドを提供していたと考えれば、ある程度辻褄が合い、また動機に予想がつく。
(…ムカイドの出処について…知られたく無かった…?そして、知ってしまった可能性の有る、僕達を狙った?)
ムカイドが一昨日の事件と昨日の事件に利用された事から、その悪名はこれから広まるだろう。その様な時に、ムカイドを開発したり提供したりすると知られれば、その組織は確実に排除対象になる。それを防ぐ為に、ムカイドの出処を知るエミリオの仲間を拘束し、尋問した結果を知るアキト達に、何処まで知っているのか、また知っていたなら誰に話したかを確認する事を欲した可能性が有る。
(コウガ先生達には、恐らく真の目的は伝えて居ないでしょうね。まだ確証は有りませんが、可能性を伝えておく必要は有りますか。もしも、声だけでも伝える事が出来るなら、その時にでも…。まあ、何にせよ…僕達をただ帰すつもりは無いでしょうね。)
敵が何者であるにせよ、『サカキ』の事件を隠れ蓑にするつもりであろうとアキトは考える。自分達の存在を公にしたく無いが為に、『サカキ』の振りをしてコウガとその家族を人質として連れ出し、それを警察に知らせない事を人質の無事の条件として出してきたのだろうとアタリをつける。そしてその場合、何をしたとしてもその全てを『サカキが復讐した為』として罪を押し付ける事が出来るのだ。
(だとしても…何としても…助けます!)
例え罠とわかっていても、アキトは二の足を踏む事は無い。コウガとその家族、そしてシルバーナにヤクモ、アキトにとって大事な人達を絶対に奪わせはしないと、アキトは己に誓う。
「さて、早速あの御方から『余計な事はもう喋るな』と、釘を刺されてしまったよ。悪いけど、楽しいお喋りの時間はここまで。後は目的地に着くまで僕は黙るけど、良いかな?人質はまだ無事だけど、余りにお喋りだと…流石にね?」
無線で余計な会話を叱責されたらしい青年は、頭を掻きながらアキト達を見る。
「ええ、大丈夫ですよ猫様。ね?アキト様。」
「はい。コウガ先生達の命が脅かされるのは嫌ですから。」
アキト達はそれを了承した。その際アキトはヤクモを見て、『余計な事は一切喋りません。』と目で伝え、ヤクモは小さく頷いた。
(…どうやらある程度予想をつけられてしまった様だね。まあ、どうせ時間の問題だったけど。でも、此処で余計な事は言えないし、僕の役目はアキト君達を何事も無く連れて行く事だけ…このまま行くしかないね。下手な事もしたく無いし。)
青年はアキトが予想した事を察したが、何も言わないと誓ったので黙っている事にした。そして青年は最後に小さく嗤う。その嘲笑が誰に向けた物なのかは、本人以外の誰にもわからなかった。
「……ここ…は…?」
頑丈な独房の中で、コウガは目が覚めた。急ぎ現状を確認し、独房の鉄格子から他の独房を確認する。向かいの独房にはアイビシアが居り、自身と同じく手錠をされて気絶していた。
「シア!シア!大丈夫ですか⁉︎」
「うう…ん…。あれ…コウガ…さん…?」
コウガの呼び掛けにより、アイビシアは意識を取り戻した。
「え…っと…良し、大丈夫よコウガさん!私の身体は穢されていないわ!」
「それは本当に良かった!リアは?そちらには居ませんか?」
「…こっちには居ないし、ここからは見えないわ。そっちからは見えないの?」
「残念ながら…どうやらリアだけは別の部屋に隔離されているみたいですね…。」
コウガは悔しさの混じる声を漏らす。
「大変!あの子、ロリコンな誰かに変な事されているんじゃ…。」
「そんな事する奴がいたら、すぐにでも殺してやります!」
コウガの魂の叫びが独房中に大きく反響する。
『……心外だな。我々はその様な変態集団では無い。』
「誰ですか⁉︎」
コウガは急に聴こえてきた声に警戒する。その声はどうやら部屋のスピーカーから出ている様であった。
『我が名はミキ。君達を襲った者なのだから、何処に所属するかはわかるだろう?』
「『サカキ』の幹部…と言った所ですか。」
『御名答。』
スピーカーから聞こえて来る声は、ノイズもあってか非常に不快に聴こえた。コウガは苛立ちながらスピーカーに向けて怒鳴る様に叫ぶ。
「リアを何処に連れて行ったのですか!」
『そう慌てるな。先も言った様に、手酷い事はしていない。大事な人質だからな。』
「信じても…良いのですか?」
『第一、その様な事をするメリットが見当たらないではないか。彼女は無事だ。何なら声も聞かせるぞ?さっきからお前達の事を頻りに訊いてきて煩いのだ。』
「…お願いします。」
すると、スピーカーの向こうで入れ替わる様な音が聞こえ、直後に少女の可愛らしい元気な声が聞こえて来た。
『お父さん!お母さん!無事⁉︎』
「リア!良かった!酷い事はされていませんか⁉︎」
「そうよリア!大事な貞操は守り抜いてる⁉︎」
アイビシアの大きな恥ずかしい発言が轟くと、スピーカーの向こうで何かを盛大に叩く音が聞こえた。
『お母さんはこんな時にまで、何て事言ってんのよォオ⁉︎』
「だぁって心配だから仕方無いじゃない!こんな辛気臭い所に幼気で純真無垢な少女が閉じ込められて、される事と言ったら一つじゃない!」
『お母さんは少しはそっち方面から離れてよ!心配しているこっちが馬鹿みたいじゃない!』
スピーカーの向こうから机をドンドンと叩く音が聞こえ他にも、様々な音が聴き取れる。クロウリアは相当腹が立っている様であった。
「取り敢えず大丈夫なのね⁉︎大事な花は散らされて無いのね⁉︎」
『大丈夫よ‼︎わかったら早くそっち方面から離れなさいよ!親を想う娘の純情を裏切るんじゃ無いわよ!』
「良かったわ…本当に良かった…。」
アイビシアはボロボロと泣き出す。その声からアイビシアが泣いている事を知ったクロウリアは狼狽える。
『ちょ…何も泣く事ないじゃない⁉︎』
「リア!守り抜きなさいよ!その大事な大事な貞操をォオオオ!」
『最後まで言う事がそれなの⁉︎』
クロウリアの一際大きいツッコミと机を叩く音が反響した後、スピーカーの向こうでゴソゴソと人が入れ替わる音がする。
『…満足したか?』
「え、ええ…有難うございます。それと…なんか娘と妻がすみません。」
『君も…苦労しているんだな。』
「いえ、これが私の愛する家族なんですよ。大事な…とても大事な…。」
スピーカーの向こうから聞こえる声は、心無しかコウガに同情的であった。
『我々の要求は、この国の導術使いの育成を止めさせる事に有る。』
「それはウキと言う方も言っていましたね。」
『彼は我々の同志、勇敢にも現体制に立ち向かったが、君達に邪魔されて目的を達成出来なかった。』
その声には、深い怒りが滲んでいた。
『君達を、未だに解放していないと言う事の意味はわかるな?』
「未だ目的を遂げず…ですか。」
『ああ。更に悪い事に、我が同志シキも作戦に失敗してしまった。』
「…病院の人達は…?」
コウガは恐る恐る尋ねる。
『幸いにも…と言ったら可笑しいが、皆無事だ。君の友人達の尽力によって…な。』
「そうですか…。」
『故に…本来なら君達の誰かを殺して見せしめにしたい所であったのだが…ある筋の情報により、状況が変わった。』
「状況…?」
自分達の内の誰かが殺されるかも知れなかったと言う事に、覚悟の上ながらも戦慄を禁じ得ないコウガであったが、極力声に出すのを控える。
『君達は、かの有名な災害派遣ブルドーザーの身内と聴く。』
「…学園長先生の事ですか。」
相変わらず酷い渾名だとコウガは思ったが、学園長のして来た事を考えると反論が全く出来ない。
『そうだ。そして、彼は乱暴ながら律儀で筋は通すし、身内は相当大事にするそうじゃないか。君の事も大層気に入っているそうだしな。』
「ええ確かに、尊敬に値する方ですよ。」
『更に、彼自身は類稀なる導術使いの育成者でありつつ、文部科学省に大きな影響力を持つ『ケノ家』と懇意の仲だそうだな。』
「…私達と引き換えに、学園長先生に取引を持ち掛けると言う算段ですか…。」
『その通り。』
ミキの作戦は、コウガ達を人質として学園長に導術使い育成から身を引くことや、更にその人脈を活かして、ヨミ国の教育環境に多大な影響力を持つ『ケノ家』に方向修正を働き掛ける事を確約させる事であった。
『身内が害されれば彼は烈火の如く怒り狂い、害した相手を完膚なきまで叩きのめす。一方で、大事な身内を人質に取られれば、吠えはせども絶対に噛み付けない。そして、例え犯罪者が相手だろうと、約束をすれば守る律儀さを持つ。』
「…だから、私達を害さずに置いたのですか。」
『そうだ。君達は大事な人質だ。殺せば彼から報復され、殺さず盾にとり交渉すれば色良い返事が貰える切り札だ。丁重に扱わない訳が無い。』
「これが丁重…と言えるのでしょうか?」
コウガは自分やアイビシア、クロウリアの置かれている現状を見て疑問を呈する。
『乱暴に扱っていないだけで勘弁願いたい。君達の実力は折り紙付きだ。一緒にして置いたり、多少の自由でも与えれば何を仕出かすかわからない。我々も必死なのだよ。君達の身の安全は保証するし、食事も与える。だが、此方の要望が通るまでは大人しくしていて貰わねば。』
「リアを別の場所に置いたのも…その為と。」
『あの少女は君達に対する保険だ。君達が何も変な気を起こさなければ、彼女は決して傷付けない。だが、何かすれば…。』
「…わかりましたよ。但し、絶対にリアに手を出さないで下さいね。…そうしたら、学園長先生の前に私がキレます。何を仕出かすかわかりません。」
コウガは、口調は丁寧ながらもドスの効いた声で威嚇する。顔が映っていたら、その顔が怖過ぎてモニター前のテロリストの仲間が逃げ出しそうになっていただろう。ミキもその声だけで気押される。
『…わ、わかった…約束しよう。但し、余りに手酷く暴れる場合には、少々黙っていて貰う為に、少しながら強硬な手段を使わせて貰う。だが、決して卑猥で変態な行為はしないし、殺さない事も約束しよう。』
「…それを聞いて安心しましたよ。」
『では、私はオオカミ・ロウガ殿との交渉を行う為に一旦席を離れよう。勿論、君達への監視の目は常に光っているから、呉々も疑われそうな行動は謹んでくれ。』
そう言うとミキはスピーカーを切り、辺りは再び静寂が支配する。そして、コウガはクロウリアより託された情報を整理する。
(机を叩いた回数は10回…敵の数は凡そ10人と言った所でしょうか。武装までは流石に掴みきれなかったみたいですね。)
クロウリアは耳が非常に良い。導術が封じられている為、超音波を出して周囲を確認する事こそ出来ないが、離れた所の会話位は聞こえる。壁越しでも、余り遠く無い範囲で何処に誰かが居る事は把握出来る。加えて、見た目が少女である為に敵も油断しやすい。クロウリアは寝たふりをしながら聞き耳を立て続けた。そうして耳で集めた情報を、コウガ達との会話の中に密かに混ぜていたのだ。
(『貞操』…つまり此方の『情報』は守れましたか。『花』が『散っていない』のなら、相手の『話』に『嘘は無い』と。ただ、『純情』を『裏切っている』のなら、此方の約束を反故に…?いえ、これは寧ろ相手方に裏切り者が居る可能性が有りと言う事ですね。『こっち方面から離れろ』なら…脱出準備はして置くべき、と言う事ですか…。)
コウガはそれとなくアイビシアに目配せをし、アイビシアは合図代わりにゆったりと羽を伸ばす。
「あ〜あ、退院したコウガさんとイチャイチャしたかったのに〜!」
「まあまあ、シア。無事此処から出られたら…ですよ。」
「それでも欲求不満よ!もしも一緒の牢に入っていたら襲っていたわよ!」
「…流石に監視の目があるのにそれは…。」
「燃え盛る愛には、そんな障害なんて関係無いわ!寧ろもっと燃えるわ!」
コウガとアイビシアは、聞いている此方が恥ずかしくなる位の会話の中で、仕草や暗号で情報交換する。監視カメラの位置、壁の厚さと状態、部屋の中にギミックが仕掛けられているかなどである。因みにアイビシアの方の恥ずかしい台詞は、本音も多分に含まれている。
(監視カメラは有りますが、廊下側に監視役は見えませんね…。壁は余り頑丈では無く、毒ガス噴霧などの罠は無し…油断しているのかも知れませんね。いや、高いレベルの導術使い相手に、牢屋の頑強さなど余り意味は無いですし、人的被害が出にくい様に部下達を離れさせていると言う事ですかね。)
アイビシアの炎導術の実力ならば、頑丈な檻を溶かし、罠を焼き潰して脱出する事も可能である。腕輪の導術妨害作用は縁絶鋼では無く、腕から脳に干渉する特殊な信号を発生させる精密機器に頼っている為、破壊しようと思えば割と簡単に破壊出来る。つまり、脱出しようと思えば簡単に出来、周辺のテロリストを皆倒す事も容易なのであった。
(腕輪を破壊すれば導術は使える様になりますが、恐らくその報せが相手にすぐに伝わります。だから、リアの安全を何とか確保出来れば…。しかし、それは相手も承知の筈、だからこそリアを人質に取ったのでしょうからね。)
コウガはそれとなくアイビシアに合図する。アイビシアは相変わらず恥ずかしい台詞を言いながらも、コウガの合図にしっかりと反応する。
(病院の方が皆、救出出来たのなら…後は私達だけ!人質を取ってはいても…必ず何処かに隙は出来る筈、何とかリアを救出して…全員で無事に逃げ出して見せます!)
コウガは決意を込めてアイビシアを見る。それは大変凛々しく、非常に頼もしい顔であった。
(ああ…やっぱりコウガさんは素敵!愛してるーー‼︎)
そして、アイビシアは改めてコウガに惚れ直したのであった。
導術使いを無力化する方法には、其々特徴があります。
1)導術妨害腕輪(手錠)…付けている相手(術者)にのみ有効。外れたり破壊されればすぐに導術使用可能。それ自身に術の干渉は可能。大量生産可能。ヨミ国で開発された特殊技術で、他の人族国家にも伝わっている。標準装備として発信機が付いている。
2)縁絶鋼…接触した人物及び術に有効。外れればすぐに導術使用可能だが、例え砕いたとしてもその欠片が少しでも残っていれば不可。それ自身に術の干渉は原則不可能で、逆に無効化される。現状では大量生産は不可能。人族が発明した特殊技術。
3)呪毒…受けた相手を半永久的に導術使用不可能状態にする。導術その物には効果無し。特殊な薬を使用しなければ導術使用可能状態にはならない。導族国家郡における門外不出の特殊技術で、現在でも人族国家に伝わっていない。
4)導子引導…認識した任意の導術から導子を奪う事で無力化する。術者に対しては効果無し。召喚術を無力化出来る希少な技。通常の威力では大きな術を無力化出来ず、連続で使用する事は不可能(シルバーナのみ例外)。




