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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第11話

アキト達が病院から少し離れた人気の無い路地裏に着くと、すぐにヤクモは木を創り出す。根を深く張り、銃弾の届かない地面の下から病院の下まで這わせ、敵に知覚されにくい地下から病院の内側を探る気であった。


「アキト様、木を使って敵状視察致いたします。包囲している警察の方々にもカスミから連絡が行って居りますので、木を使って話を聞いて参ります。」

「病院の中に侵入用の転移陣を描けますか?」

「お任せを。」


ヤクモは木の根を病院の下まで這わせ、建物の隙間から密かに根を中に侵入させ、そのままテロリストの位置、武装等を確認する。一方で、病院周囲を取り巻く警察官の指揮をとる警部にも、木で筆記して意思疎通を図り、密かに情報収集を行う。


「テロリストの数は…20人といった所ですね。武器は突撃銃に小型短機関銃に手榴弾に時限爆弾…ふむ、下手に戦闘になれば人質も巻き込まれるという事ですか。人質の数も相当ですからね。公安捜査官の方々は、どうやら此処にはいらっしゃらない様です。」

「コウガ先生達は?」

「…此処には居りません。先程、車に乗せられ別の場所に移動させられたとの事です。暴れられると厄介ですし、離れた場所で人質にもなると言う事ですね…厄介な…。」


ヤクモは低い声で冷静に状況を分析する。


「コウガ先生達の居場所を探さないと!」

「経過時間から考えても、そう遠くには送られていない筈です。しかし、何処に向かったかは…。人質を盾に取り、追跡しない様に要求された上、密かに付けようとした覆面パトカーも振り切られた様です。後は監視カメラの映像が頼りですか…。」

「先生達の状況さえわかれば…召喚術を使えるのに…。」


アキトは、コウガから借りた召喚術の技術を記したノートより、既に幾つかの技術を習得していた。それを使う事でコウガ達を救い出せると考えていたが、タイミングを測る必要が有る為に状況を把握する必要があった。


「現場責任者の警部の方の話では、まずは要求通りウキを解放するとの事で、その引き渡しは今から30分後の予定になります。色々と手続きが有るなどの言い訳で、時間を引き延ばす事も可能ですが、シキの堪え性がいかほどなのかが問題ですね。」

「もし此方が仕掛けるとしたら、敵の注意がウキさんに逸れるその時ですかね。その時までに、コウガ先生達を救出しないと…。」

「大旦那様達も、もうすぐ此方に着くそうです。カスミには警察の監視カメラ等を用いて、コウガ様達を乗せた車両の追跡をお願いしてあります。発見はそう難しくは無いでしょうが…。時間次第ですね。最悪、テロリストの要求を呑む事も視野に入れましょう。」

「仕方有りませんね…。」


突入作戦を決行してテロリストを全員捕縛する事は、ヤクモやコチヤが居れば簡単だが、コウガ達を人質に取っている者がそれを知ったら、見せしめにコウガ達の誰かが殺される可能性が高く、逆もまた然りである。テロリスト達の制圧と、コウガ達の救出とを同時に行わねばならなかった。


「…アキト様、取り敢えず此処に出来るだけ細い植物を大量に仕掛けます。突撃の際、テロリスト全員の身動きを止める事、爆弾を解除する事位は出来ましょう。」

「僕はディアを呼び寄せます。ディアならきっと役に立ちます。」

「大旦那様への状況説明は既に済んでおります。アキト様のご随意に。」

「わかりました。ディア!」

「キュキュッピィイ!」


アキトは、刃や銃弾、果ては爆弾にすらも非常に高い耐性を持つが為に、人族の兵器に対して無類の強さを誇る地竜の子供、ディアを召喚する。ディアは召喚されるとすぐにアキトに飛び付き押し倒し、砂の舌で顔を舐める。


「キュッピキュッピ、キュピ〜!」

「ディ、ディア?戯れついてくれるのは、とっても嬉しいのですが…。」

「ディアちゃん!今はそんな事している場合じゃ無いです!」

「キュピィ?」


シルバーナの叱責に、ディアは精悍な顔を困惑気味に傾げる。アキトはディアに簡潔に状況を説明し、人質救出作戦の内容を伝え、助力を要請する。


「キュキュ!」

「大丈夫って言ってます。」

「理解してくれましたか。良かった、やはり頭が良いですね。」

「キュイ〜!」


ディアはアキトに褒められ、前足で自らの精悍な顔を掻く。まるで照れている様な動作に、アキトは思わず見た目に反して可愛いと感じるが、すぐに現在の状況を思い出して気を取り直す。


「…カスミより連絡。不審な車を発見したとの事です。この病院から出て行った車と特徴が似ているので、恐らく間違い無いかと。今、追跡の為の特殊部隊を急遽編成、出動させ、敵に見つからない様に気を付けて追い掛けているそうです。」

「もうですか?まあ、時刻も出発した場所もわかっていましたから、そう時間はかから無いとは思っていましたけど、それにしても早いですね。」

「相当急かした見たいですね。…急かされた方達は大変お気の毒でした。」

「ああ…やっぱり…。」


この時、カスミから脅しを受けた現場は、普段の三倍近い速度で血眼になって作業をしていたらしく、五年は寿命が縮んだのではと言う噂が立つ程であった。アキトは、カスミの脅しを受けた警察職員達の事を思い、申し訳無い気持ちになった。


「アキト様。取り敢えず今は、警察の方の努力を無駄にしない為に、此方も全力を尽くしましょう。」

「はい…。そうですね。」

「テロリストの方達を皆捕らえる準備は完了致しました。後はコウガ様と御家族の方を救出する手筈を整えるのみです。」

「本当ですか?流石…あれ?もしかして僕、要らなかったんじゃ…?」


手際良く事を進めるヤクモとカスミに、アキトは自身の存在意義を疑問に思う。ヤクモ達に敵うべくもないので、それで落ち込んでも仕様のない事では有るが、全てを任せきりな現状には申し訳無く思ってしまう。


「その様な事は有りませんよ。コウガ様と御家族の方の救出には、アキト様の御力を御貸し頂きたいのですから。こと救出する事に関しては、召喚術の右に出る技は御座いません。追跡部隊によりコウガ様達の現状を把握出来ましたら、タイミングを見てお願いします。」

「…わかりました。僕に出来る事を全力で…頑張ります!」

「ええ、宜しくお願い致します。」


本当なら、相手が単なるテロリスト程度で有れば、追跡部隊のみでコウガ達を無事に救出出来る事は出来るのだが、ヤクモは落ち込むアキトに役割を与える事で元気になって貰う様に計らう。アキトもその心遣いに気付いて感謝し、元気な声で応える。


「さて、方針も決まった事ですし、後は追跡部隊の結果を待つだけ……皆様!」

「えっ?」

「きゃあッ!」

「キュピィ⁉︎」


突如、ヤクモが植物を操りアキト達全員を守る様に蔦の網を張る。突然の出来事にアキトもシルバーナもディアも、皆一様に驚く。


「…へぇ、流石だね。僕の接近に気付いたのかい?気付かれない様に気を付けて、しかも木の無い方向から来たんだけどなぁ。」


そして、その数秒の後に、辺りに声が響く。その声はまるで小声で囁いているかの様に小さいが、不思議とそれでもはっきりと聞き取れた。


「…一昨日振りですね。鼠様。」

「鼠は酷いな。僕は駆除対象かい?」


そして、近くの建物の影から、音も無くその声の主は現れる。


「……君は、エミリオを助けた…何時からそこに!」

「大丈夫さ。心配しなくてもつい今し方だよ。君達の話す内容は良く聞こえなかったし、盗み聴きするのは僕の趣味じゃないから。」


それは、一昨日の夜にアビス王国強硬派団体所属のエミリオを救出した、黒尽くめの姿に黒の鉄仮面を付けた青年であった。真昼間なのに黒ばかりで、却って目立つのではという疑問はさて置き、その異様な存在は、しかしさも其処に居るのが当然とばかりに自然に佇んでいた。アキトは何時でもシルバーナとディアを安全な場所へ転送出来る様に彼女らへ近付きつつ、青年を警戒する。


「他人の家に勝手に入り込んで荒らす様な輩は駆除されて当然でしょう。盗み聴きするのは趣味では無いなどと、どの口が仰いますか?」

「言ってくれるね。でも僕は、鼠の様に狩られる側じゃ無いよ。猫の様に狩る側さ。」

「ならば、“泥棒猫”と言う事ですか。でしたら、もう少し可愛げが有って然るべきですよ?顔を洗って出直すべきでは?」

「可愛げか…確かにこの仮面じゃね。君達に僕の可愛い素顔を見せてあげたいけど、残念ながら僕はとっても照れ屋さんなんでね。このままで失礼するよ。」


ヤクモと仮面の青年は、何方も口元に笑みを浮かべて軽口を叩く。しかし、その場の雰囲気はその笑顔と対照的に張り詰める。


「それで、私達に何か御用でしょうか?“狩り”に来た…と言う訳でも無いのでしょう?」

「話が早くて助かるよ。確かに僕は、此処に君達と争う為に来た訳じゃ無い。もし争っても、あなたに勝てるとは思えないしね。」


青年とヤクモは、お互いに殺気を抑える。シルバーナやディアは、重苦しい雰囲気が取れた事で大きく溜息を吐いた。


「本当なら、あなた様を捕まえて警察に突き出したい所では有りますがね。」

「僕と争うと、あっちのテロリスト達に気付かれてしまうものね。人質が殺されては大変だし。」

「あなた様と同時に彼等を相手にする事も、出来なくも無いですが?」

「……真面目に洒落にならないから、止めてくれると嬉しいな。」


青年は少しだけ恐れを含んだ口調で話す。明らかに、ヤクモに対して警戒していた。


「……まあ、良いでしょう。それで、一体この様な事態に何用でしょうか?冷やかしならお断りですよ。」

「君達に伝言を。さるお方からね。」

「伝言?」


アキトは怪訝な顔をする。


「さるお方はこう仰った。『ミノリ・コウガとその家族は預かった。返して欲しくば、この者に付いて来て我々の元へ参上せよ。更に、この事は警察には知らせるな。』とね。」

「な…どう言う事ですか⁉︎」


そしてアキトの表情は、困惑した顔へと変わる。


(テロリストの要求…にしては、言っている事の目的が良くわからないです…。コウガ先生と家族の方を人質に取ったのは、ウキさんの言っていた要求を通す為では無いのですか?)


アキトの中で疑問が浮かび、それを確かめる為に質問する。


「僕達と…話がしたいと?」

「ああ、きっとそうなんだろうね。」

「まるで他人事の様ですね…。あなたの仲間では無いのですか?」

「まあ、一応仲間?なのかな。ビジネスライクな関係だけどね。」


あっさりとした口調から、青年の言っている事は恐らく本当だろうとアキトは判断する。


(エミリオ達が背後に…復讐ですかね?僕もコウガ先生もヤクモさんも、エミリオ達を撃退する為に奮闘しましたからね。だとしたら、先生を人質にして僕達を呼び出し、テロリストを偽って僕達を殺そうと…?)


アキトは、青年の背後に居る者の正体について尋ねる。


「……さるお方とは、エミリオ・シルフブリードですか?」

「フフ、どうだろうね。」

「誤魔化すと言う事は、違うのですか。」

「それは君の判断に任せるよ。」


アキトの直球な質問を、のらりくらりと青年は躱す。埒があかないので、アキトは別の質問をする。


「では、あなたに付いて行けば、コウガ先生達は解放して下さるのですか?」

「少なくとも、君達が素直に言う事を聞いてくれる限りは、殺される事は無いと思うよ?」

「殺される事は無い…ですか。解放してはくれないのですね。」

「大人しく来れば返す…とは言っていたけどね。」


青年の曖昧な言い方に、アキトは不安を募らせる。すると、それを横から見ていたヤクモが口を挟む。


「お話の所、失礼致します。私の要求を聞いて頂けますか?」

「要求?君達が何かを要求出来る立場だとでも?」

「ええ、そうです。…私の要求を飲まねば、コウガ様とその御家族を見捨てます。」

「な⁉︎」


アキトは、思わぬヤクモの言葉に驚愕する。青年も少し驚いたらしく、仮面の下の目が見開く。


「…見捨てるとは、随分と冷酷だね。君の仲間なんだろう?」

「そうですね。ですが、コウガ様もその御家族も、覚悟の上で捕まりました。こうなってしまっても、致し方の無い事でしょう。」

「彼らを…見殺しに出来るのかい?」

「ええ、出来ます。そしてその上で、あなた達に全力で仕返しいたします。あらゆる手段を用いて正体を突き止め、我が身を顧みず非合法な事をしてでも、世にも惨たらしいやり方で復讐致します。」


淡々と語るヤクモの冷たい声は、青年のみならずアキトやシルバーナ、ディアまでも震え上がらせる。


「愚かな…自分で見捨てておいて、復讐など…。」

「殺すのはあなた達でしょう?それだけで充分ですよ。」

「…交渉は決裂かな?」

「では、手始めにあなたを捕え、敵の居場所を吐かせましょう。言っておきますが、逃げても際限無く追い掛けますよ?人質を取ったなら、その人質ごと捕らえますのでお覚悟を。」


ヤクモは周辺の木々の枝を一斉に伸ばし、青年の周囲を囲う。蜘蛛の巣の様に張り巡らされた蔦の網は、何人たりと逃走を許さない。


「…はぁ、あなたはもう少し紳士な方だと思っていたんだけど。」

「御期待に添えず、申し訳ありません。」

「わかったよ、僕の負けだ。要求は何だい?出来る範囲で譲歩するよ。」

「有難う御座います。」


ヤクモは満面の笑みで包囲を解く。


「ヤクモさん…流石に少々乱暴すぎませんか…?」

「ふふ、申し訳ございません。どうにも、敵の思い通りと言うのは癪に触りまして。ささやかな意趣返しですよ。」

「下手すれば、冗談では済まなかったですよ…。」

「大丈夫ですよ。私が本気である事を示せば、必ず向こうは交渉の席に着いてくれると確信していましたので。」

「はぁ…。」


アキトは呆れながら、側で震えるシルバーナを抱き寄せていつもの様に頭を撫でる。するとすかさずシルバーナはアキトの匂いを嗅いで精神を落ち着かせる。ディアも震えていたので抱き寄せる。するとディアはアキトの顔を舐めて元気を取り戻す。


「随分と買い被られたものだね。もしかしたら、ここで人質は死んでいたかも知れないのに。」

「この程度の事で、折角苦労して手に入れた大事な人質を殺していたら、それこそ“浅い”と言わざるを得ません。ですが…あなたは違うでしょう?あなたは冷静です。今ここで争って交渉を決裂させる事よりも、私の条件を聴く為に交渉の席に着くだろうと、信じていましたよ。」

「…やれやれ、とんだ食わせ者だね。」

「お褒めに預かり、光栄です。」


青年は肩を竦める。


「さて、時間が惜しい。要求は何だい?」

「私からの要求は、あなたに付いていく前に、この病院のテロリストを全員捕まえさせて頂きたいと言う事です。」

「…そんな事で良いのかい?」

「ええ。コウガ様を救いたくても、その所為で助けられる筈の一般人の方達を危険に晒すのは余りに無責任と言うものですからね。聞けば、あなたはこのテロリスト達とは独自に動いている様ですので。別に彼らの要求を無理して通す必要は無いのでしょう?」

「……見抜かれていたか。」


ヤクモはアキトと同じ様に、青年の要求から『さるお方』が、ウキやシキなどのテロリストの目的と違う事を目的としている事に薄々気付いていた。故に、このテロリスト事件を解決させてくれたら大人しく付いて行くと言う要求を出したのだ。アキトはヤクモのやり口に感心する。


(なるほど…僕達の要求に対する反応で、裏で手を引く人物がテロリストでは無い事の確証を得ましたか。彼の持ってきた要求がテロリスト達の要求とズレていたので、怪しいとは思っていましたが、確信までは無かったですからね。それに、此処の事件を解決出来れば、後顧の憂も無くなりますか。)


ここで争えば、青年は目的を果たせ無いばかりか命の危険が伴う。しかし、『関係の無い』テロリスト達の計画を潰せば、大人しく付いて行くと言うヤクモの提案は、別に通しても構わない提案であった。青年は安全に目的を達成出来、アキト達も病院の心配をしなくて済むと言う、お互いに損の無い提案に、青年は二つ返事で了承する。


「構わないよ。ただし、ちゃんと約束は守ってよね。」

「ええ、良いでしょう。アキト様達も構いませんか?」

「はい、勿論です。」


アキトとしては、病院のテロリスト事件を解決しても、コウガ達に危害を加えられないと言う確証を得ただけで充分であった。


「…大旦那様達に連絡を入れました。私の好きにして良いとの事です。ディア様は突入準備の程、宜しいでしょうか?」

「キュキュ!」


ディアは『任せて!』と鳴く。


「あと、アキト様には大旦那様達とカスミの所に有る、私の花を召喚して頂きたいのです。所有権は渡しますので。」

「え?それでは学園長先生達に連絡がつかなくなるんじゃ…。」

「此方の要望を聞いて頂いた代わり…といっては何ですが、これ以上此方から仲間の元には何も伝えないと言う、誠意を見せて置きたいのです。」

「…そうですか…。」


アキトは大人しくヤクモの言葉の通り、学園長とカスミの所にあった連絡用の花を、ヤクモの許可を貰って召喚する。そして、ヤクモはその植物を自らの身体に取り込んだ。こうする事で、使用した導力の一部を回収出来るのである。


「へぇ、何も言わなければ気付かれなかったろうに。随分と律儀だね。」

「私共を信頼して頂く為の投資と思えば、安い物ですよ。」


ヤクモは和かに笑顔を作る。そして、植物で出来た椅子を創り、車の中からティーポットとティーカップを人数分取り出して全員に紅茶を振舞う。


「では、これより事件を解決して来ますので、皆様は此処でご歓談などしてお寛ぎ下さい。」

「ディアちゃん、頑張ってね。」

「キュキュ!」

「それじゃあ、お手並み拝見だね。結果は見えてるけど。」


アキトとシルバーナは、笑顔でディアに声援を送った。一方、青年の妖しげな嗤いは、これから狩られる鼠達への嘲りが含まれていた。









「おい!俺達の要求はまだ通んねぇのか‼︎」


病院の中で人質を取って立て籠もる『サカキ』幹部のシキは、苛立ちも露わに、近くに控える自身の部下達に怒号を飛ばしていた。


「シ、シキ殿、どうか落ち着いて下さい…。ウキ殿の解放の要求は通りましたし、その他の要求も後数刻も有れば…。」

「ざけんな!」


宥める部下に、シキはその怒りの矛先を向ける。


「本当なら、俺たちの行動に呼応して、裏で取引した政府高官がすぐにでもその要求を通す手筈だったんだ!それが見てみろ!変な奴に邪魔されてカミキの奴は捕まるわ!高官も最初の計画の失敗を聞いて、恐れて自己保身に走って姿くらますわ!本来後方支援が役割の筈の俺たちが、わざわざ出張っているこの事態が既に異常なんだよ!全然計画通り行かねぇじゃねぇか!」


シキは焦りからか、普段から怒りっぽい性格が更に過激になっていた。


「あの熊みてぇな強面男と魔族共を引き渡せば、別の高官を斡旋して要求を通せるようにするって言っていた、あの怪しさ全開の男も信用ならねぇ!上と何やら取引をしていた見てぇだが、果たして何処まで本当の話なんだか…。俺は此処で無駄死にする為にこんな事をしてんじゃねぇぞ‼︎」

「し、しかし…今は彼らを信用する他に、我々に手は…。」

「んなこたぁわかってんだよ!だがな、他の奴に運命握られるってのは我慢ならねぇ!俺の命は俺のだ!誰かの掌の上で踊らされていただなんて、そんな何処かの猿みたいな結末なんざ真っ平だ!俺は俺の意思で、俺達の主張を政府に通す事を望んだ!俺が望んだからこそ、こんな汚ぇ事が出来んだよ!だから、だからなぁ…誰かの思惑に利用されていたなんてのは耐えられねぇんだ!」

「シキ殿…。」


シキも、今の事態には少しばかり疑問を抱いていた。余りにタイミングが悪く、また良すぎたからである。


(急に作戦の決行が今日になったり、作戦が失敗しても、都合良く公安捜査庁の奴らが現れて計画潰した奴らを追い出したり、更に別の政府高官を紹介するだなんて…。まるで最初からこの計画が潰れる事を予期していたみてぇじゃねぇか…。)


シキは不安からか、普段は吸わない強烈なタバコを蒸す。不安に思ったとしても、ウキが作戦を決行してしまった今、シキ達は止まれない。警察の捜査が組織に及ぶのは時間の問題、その前に主張を通さねばならない。その為には、今のこの瞬間が絶好であり、最後の機会であったのだ。


「…此処でただ待つのは…愚策か。やはり、誰かの意志では無く、俺の意思で…!」

「シキ殿?」

「全員に通達しろ!俺は今から見せしめに人質を数人殺す。カメラで中継させろ。早く俺達の要求を通さねぇと、もっと被害が増えると脅せ!」


シキの言葉に、シキの部下達は一斉に戦慄する。


「シ、シキ殿…な、何も其処までしなくても…。」

「五月蝿ぇ‼︎」


シキの言葉が流石に過激であった為、部下の一人が止めようとするも、シキは一喝して退ける。


「俺達は何だ!何の為に此処に居る!何の為にこんな事をしている!どんな汚い事をしても、この国の将来を憂い、この国の未来に殉じる為に居るんだろうが!今更人殺しが何だってんだ!それで主張が通ってこの国の将来が守れんなら、俺達は喜んで罪人になろうと、そう誓ったんじゃねぇのか⁉︎これは子供のお遊戯会なんかじゃねぇぞ!」


過激ながらも、純粋に国の将来を思うシキの言葉は、その場に居る全員を黙らせるには充分であった。


「…わかりました。シキ殿の心意気、確かに心に響きましたぞ。」

「わかったんなら行動しろ。時間は待っちゃくれねぇぞ。」

「了解です!」


部下たちは一斉に動き出す。人質の中から子供や女性など、世間からの反発が大きいだろう者達を集め、報道陣を中に入れさせる。警官隊には、怪しい真似をすれば病院内で爆弾を爆破すると脅し、一定以上近付かない事を厳命する。


「…準備は良いか?」

「処刑用の人質の準備、完了致しました。報道陣の武装も無い事を確認、現在生中継で繫がっております。」


警官隊からの狙撃も届かない、出入り口も一つしかない病院の奥の部屋でシキは部下と話す。少し離れた所には、泣き叫ぶ女性や子供などが無理やり椅子に縛り付けた状態で並べられており、それを報道陣を遠くからカメラで撮影すると言う光景が広がる。


「良し、始めるぞ。」


シキは幾分か緊張感を含んだ声で、自分に言い聞かせる様に部下に命じる。そして、自身は銃を持ち、テレビカメラに向かって叫ぶ様に話す。


「聞けぃ!ヨミ国政府の愚か者共!貴様らの愚鈍で利己的で刹那主義的な行動が、我々にこの様な行動を起こさせたのだ!これからこの場で、無実で無垢な尊き命達が、貴様らの愚かさの所為で失われる!この現実を目に焼き付けろ!命散る響きを心に刻め!その愚劣な決断を懺悔しろォ!」


一頻り叫んだシキは突撃銃で人質達に狙いを付け、その引き鉄に指をかける。


「…すまない。」


最後に呟いた小さな懺悔は、この部屋に居る、部下にも人質にも報道陣の誰にも届かなかった。


「出番ですよ、ディア様。存分に暴れて下さい。」


ただ一人、ある学園の学園長に仕える使用人を除いて。


「ルガオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」


突然、部屋の中に土の壁が現れた。その壁は人質達をまるで守るように聳え立つと、その下から何かがのそりのそりと這いずり出す。シキとその部下はその異形の姿に戦慄し、報道陣は異常事態に身の危険を感じて我先にと逃げ出す。


「何だ!」

「ドラゴンか⁉︎」

「構うな撃てェエエエ‼︎」


シキとその部下は、勇敢にもその異形のドラゴンに立ち向かう。突撃銃が火を噴き、手榴弾が宙を舞い爆発する。しかし、ドラゴンはビクともしない。それどころか、ゆっくりとシキ達に歩いて近付いていく。その怒りの形相は非常に恐ろしく、シキ達は皆怯み上がる。


「銃が…効かない⁉︎」

「撤退だ!他の人質を取って逃げる!」

「グルオオオオオオオオオオオ!…ガアッ!」


慌てて逃げ出すシキ達が部屋を出ようとすると、其処に向かってそのドラゴンは岩の弾丸を吐き出す。その岩の弾丸は勢い良く転がり、ドアが開かない様にひしゃげさせて止まった為に、シキ達は部屋を出られずに閉じ込められる。


「畜生!何だってんだ!」

「とにかく、俺が奴を引き付ける!他の奴は何とか部屋を出て、我らの悲願を果たせ!簡単に諦めんじゃねぇぞ!」

「シキ殿⁉︎」

「後ろは振り向くんじゃねぇ!別れは此処に来る前に済ませただろう!俺に声を掛ける暇が有ったら、最期の最後まで足掻きやがれってんだ!さあ、行けェエエエエ!」


シキは部下を叱咤しつつ、部下が逃げる時間を稼ぐべく、武器を持ってドラゴンに対峙する。ドラゴンはシキに狙いを付ける。


「来いよ化け物!俺が相手だ!…掛かって来い!」

「グルオオオオオオオ‼︎」


シキは突撃銃を乱射する。しかしドラゴンはそれを物ともせずシキに突撃する。そして直前で二本の後脚で直立し、右前足で上から下に縦に引っ掻く。シキは、そのドラゴンの攻撃を防御しようと、銃を横に構えて踏ん張る。


「ぐおッ⁉︎」


しかし、すぐにその銃は二つに別れて使い物にならなくなる。折れる様な感覚は無く、金属の部分が引っ掻かれた軌跡の通りに綺麗に無くなっていた。急ぎシキは床を横に転がり、ドラゴンと距離を取る。


「畜生!この化物がァ!」

「グルオオオオオオオ!」


続けて、シキは足のホルスターから小型短機関銃を取り出し、ドラゴンの目に目掛け連射する。連続発砲の反動による照準のブレを物ともせず、その弾丸は正確にドラゴンの目に命中する。


「何⁉︎」

「グルアアアアアア!」


しかし、目に着弾した筈の弾は、そのままドラゴンの瞳の中に吸い込まれる様に入り込んで行く。ドラゴンは少しも怯まず、全くダメージを与えられていない事は明白だった。シキは銃弾を撃ち尽くした小型短機関銃をドラゴンに投げつける。それもまたドラゴンの体に吸収された。


「目を撃っても効かねぇのかよ⁉︎ざけんなァ!」

「グルオオオオ!」


シキは、ドラゴンの突撃のタイミングに合わせて背後へ跳躍する。同時に、その顔の角を掴んで噛み付きを回避する。石で出来た歯のかちあう音がシキの耳に五月蝿く響いて恐怖を駆り立てるが、目的の為にもシキに怯む事は許されない。胸からコンバットナイフを抜きつつ、ドラゴンの顎から脳天に目掛けて勢い良く突き上げる。


「何⁉︎」


ナイフは何の手応えも無くドラゴンの顎に吸い込まれる。しかし、それはドラゴンの顎が柔らかいからでは無い。


(ナイフの刀身が…!)


手応えの無い理由、それはナイフの刃の部分が綺麗に消えてしまったからである。シキはナイフの柄を捨てながら、ドラゴンの身体を蹴り、その反動で横に跳ぶ。そのままドラゴンは壁に激突する筈だったが、壁は音も無く穴が空いただけだった。ドラゴンはゆったりと部屋の中に戻ると、すぐに穴の空いてしまった壁を直して閉じ込め直す。


(此奴の表皮は…無機物を全部、吸収出来るのか…。こんな化け物…一体どうやって倒せば良い⁉︎)


自分の持つ攻撃手段では、目の前のドラゴンを倒せないという事実が、シキに諦める事を強要する。実は、導術を使えば簡単に倒せるのだが、その事実をシキは知らない。もし知っていたとしても、導術排斥派の彼が導術を使える筈も無かった。


「畜生!俺はこんな所で終われねぇんだよォ!」


しかし、シキは自身を鼓舞するかの様に、恐怖を吹き飛ばす様に叫び、震える膝を叩いて止める。そして、停止しそうになる思考を無理やり動かし、次の手を考える。


(表皮が駄目なら…後は!)


早鐘の様に打つ心臓が胸を締め付ける。ネガティブな考えが頭を支配しそうになる。しかし、シキは諦めなかった。諦めたくなかった。自分勝手でも何でも、最後まで自分の意思を守りたかった。そして、死の恐怖すら乗り越えて、シキは覚悟を決める。


「さあ、来いやオラァ!俺も男だ…タダじゃ死なねぇぞ!」

「グルル…グオアアアアア!」


シキの挑発に、ドラゴンは『その意気や良し』と大きく吼える。そして再びシキに突撃し、その腕に噛み付こうと大きく口を開ける。


(ここだ!)


シキは自分が密かに所持していた手榴弾のピンを抜き、そのドラゴンの大きく開いた口の中に正確に投げ入れ、すぐに横に転がり突撃を避ける。ドラゴンはしっかりと手榴弾を口に含み、その直後に大きな炸裂音が鳴り響く。


「良し!これで…。」


幾ら表皮が頑丈でも、内側はどんな生物でも脆いと考えていたシキは、一か八かの賭けに出て、自身の狙い通りに手榴弾をドラゴンの口の中に入れる事に成功した。確かに、普通の生物ならそれで充分であっただろう。


「キュピ?」

「何ィ⁉︎」


しかし、『地竜』はその常識の範囲外である事を、シキは知らなかった。その土のドラゴンは、何も無かったかの様に平然としており、シキを見て小首を傾げる。


(何かしたのか…とでも言いたいのか?ダメだ…コイツには…勝てない…。)


自身の渾身の攻撃を、まるで蚊に刺された程度にしか感じていない目の前のドラゴンの姿に、シキは脱力し、フラフラと膝から崩れ落ちる。勝てないという確信は、シキの心を完全に圧し折る。


(…そうだ、部下達は…。)


負けを悟ったシキは、それでも自身の目的を果たせたのかどうか、最期に確認を取る。部下たちは無事に部屋の戸をこじ開け、無事に脱出していた…かに見えた。


(あれは…。)


それは、戸の向こうに広がっていた。逃げた筈の部下達が皆、何も無い様に見える空中に浮いていた。そして、まるで蜘蛛の巣に絡め取られた蝶の様に、苦しそうにもがいていたのだ。明らかに、何者かによって部下達が捕縛された事は明らかであった。


「ああ…クソ…。」


シキは、完全な敗北を悟る。だからせめてもの意趣返しにと、自身が持っていた、病院中に仕掛けた爆弾のスイッチを押した。自身の命、部下の命ごと、人質の命を奪おうとした。


(さらば…。)


しかし、彼の最期は何時まで経ってもやって来なかった。ゆっくりと目を開けると、まだ自分は生きていた。その事実が、彼に安堵と諦観をもたらす。


「…ああ、俺達は…完全に負けたんだな…。」


シキの頬を悔し涙が伝う。そして、せめて自らの死を以って世間への訴えにしようと、予備のナイフを取り出し自身の首に当てる。


「キュッピ!」

「うおあ⁉︎」


しかし急に何か見えない力にナイフは引かれ、まるで引き寄せられるかの様にドラゴンに向かって行くとそのまま喰われてしまった。続けて、ドラゴンはその長い土の尻尾で軽くシキの頬を張る。まるで『馬鹿な事をするでない』と叱責するかの様な行動に、シキの心は完全に挫けてしまった。


「はは…死なせてもくれねぇのか…ざっけんな…。」


最後にシキは文句を垂れつつ、右手で両目を覆う。その右手の指の間から、悔しさと安堵の入り混じった涙が滲み出ていた。滲み出た文句が向かう先は、不甲斐ない同志でも、計画を潰したアキト達でも、怪しい取引を持ちかけた男達でも、増してや目の前のドラゴンでも無かった。


「ああ…生きてて良かった…なんて言ったら、あいつらに怒られちまうってんだよ…。」


『自分が生きている』と言う事実に本気で安堵してしまっている、情け無い今の自分に対してであった。

ディア無双回でした。地竜族は、無機物なら触れた物は何でも自身の食料に出来たり、導術無しの爆風ならば全く動じる事のない身体を持っているので、人族の兵器の殆どを無力化出来ます。故に、相手が導術使いで無ければ、割とディア一体で何とかなったりします。


アビス王国でも、有用な攻城兵器として地竜は長年に渡って大いに活躍して来ました。結果、戦争時には優先的に狩られる対象になってしまい、数を急激に減らしてしまったと言う背景が有ったりします。優秀過ぎるのも考え物ですね。

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