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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第9話

ミノリ一家がクロウリアの将来について話を弾ませていると、不意に部屋の戸が叩かれた。


「はい、どちら様でしょうか?」

「私が出ましょう。ふむ…どうやら“お客様”の様ですね。」


ヤクモが戸に近付きつつ、外の植物を用いて戸の前の人物を確認すると、密かに植物を用いて皆に合図を送る。それを確認したコウガはアキトの前に立ち、アイビシアはクロウリアとシルバーナを連れて部屋の角に移動する。アキトもシルバーナもクロウリアも、事態を察して気を引き締める。


「はい、只今。」


ヤクモは笑みを絶やさないまま、部屋の中を余り確認出来ない様に、戸を少しだけ開けて対応する。そこには、黒のスーツを着込み、サングラスと帽子、及びマスクで顔を隠した20代位の男がいた。その男の背後には数名程、その男と同じ格好の男達が追随していた。


「おや?警察…いえ、『公安捜査官』の方ですか。何か御用でしょうか?」


ヨミ国には、情報機関として主に4つの組織が有る。情報機関の総元締めである内閣府の『内閣情報捜査室』、かつてシラサギが所属していた防衛庁の『情報本部』、警察庁の『公安捜査部』(俗に言う公安警察)、そして法務省の外局の『公安捜査庁』である。


公安捜査官とは、『公安捜査庁』所属の捜査官である。公安警察と対立した存在として、相互監視の名目で設立された物であり、公安警察と同程度の権力を持っている。つまり、強制捜査権や逮捕権を有しているのである。最近では、別の情報機関である『情報本部』が、ここの所の予算減少により規模が縮小して来た為、相対的にその影響力を高めている。


警察庁を牛耳るイズモ家が、裏では公安警察をも傀儡と化しているが為に、警察への監視体制が甘くなっている事が問題とされた際に設立されたという経緯が有り、代々イズモ家と対立して来たコシノ家(法務省や検察庁を牛耳る名家)が率いている。その為、公安警察とはかなり折りが悪く、常に張り合いを行う関係であった。


「……ふむ、手帳も見ないで見破したか。諸事情により自己紹介は控えさせて頂く。その様子なら何故私達がここに来たのかについては、わかるのでは無いかな?」

「……いえ、見当も付きません。失礼ですが、あなた様がここに来た目的を御教え願えませんでしょうか?」


ヤクモは、目の前のスーツの男に笑顔を絶やさず応対する。


「ふむ、“あなた”なら理解している物と思ったのだが…。“我々”が動いている事の意味を考えれば、自ずと答えは出るだろう?」

「公安捜査官の仕事は、テロリスト等の、暴力主義的破壊活動を行う個人や団体の情報を集め、必要とあらば捜査及び逮捕を行う事だと存じております。ですので、かの『サカキ』なる組織の情報収集の為にいらっしゃったのであるのならわかります。」

「ふむ。」

「故にわからないのですよ。もしかの組織の情報を集めるなら、既に捕まっている組織の構成員の方を尋問すれば良いでしょう?此処にはただ現場に居合わせただけの一般人しか居りません。何故此処にいらっしゃったのですか?」


ヤクモは笑う目を少しだけ開く。口は笑っているが目が笑っていないので、笑顔が不自然になる。明らかに警戒の色を示していた。


「確かに、我々はそれを目的として此処に来た。しかし、それとは別の目的もあって此処に来たのだ。だから警戒しないで欲しい…と言っても無駄か?」

「確かで正当な理由も無く、急に部屋を尋ねられれば警戒もしますよ。それとも、イナバ副院長様をお探しですか?でしたら、只今この部屋には居りませんよ?」

「いや、イナバ先生には用は無い。私達が会いたいのはアラカミ・アキト君だ。中に居るのだろう?」


男から発せられたアキトの名前に、ヤクモは益々警戒を強める。笑みに凄味を効かせ、無言で威嚇する。しかし、男は全く動じない。


「…失礼ですが、要件を伺っても?」

「…ここで大声で話すのも何だろう。中に入ってからでも宜しいかな?」

「…わかりました。」


ヤクモは、公安捜査官の男達を中に入れた。下手に反抗すれば『公務執行妨害』で捕まる流れになる。そのため、ヤクモは捜査官達の要請を無碍に出来なかったのだ。


この様なやり方は違法捜査として最近問題視されているが、それを取り締まる法律は今の所は無い。(寧ろ、コシノ家が取り締まる法律をわざと作らせていない様に手を回しているとも噂される。)その為、コシノ家は勝手に捜査し、不当に起訴する事まで可能となり、敵対者を社会的に葬る事が容易となる。無論、わざと不起訴処分にする事も可能である。検察審査会にも大きな影響力をもっている為に自浄作用も薄い。


警察に絶大な権力を持つイズモ家を抑え込むには、その位の権限が必要とされて設置されていたが、元々弁護士会への影響力も強いが為に、裁判においてもかなりの影響を及ぼしている。流石に表立って裁判官まで懐柔する事は無いが、水面下では裏取引が行われていると専らの噂である。その為、この状態を看過すべきでないとの意見も有るが、悉く潰されているのが現状であった。


「初めまして。僕がアラカミ・アキトです。」

「私はアキト君の担当教諭、導力開発総合学園所属のミノリ・コウガと申します。」


部屋に入って来た男達に、アキトは立ち上がって丁寧に挨拶する。コウガはその後ろに立ち、同じく挨拶しながら、笑顔で威圧感を放つ。『私の大事な生徒に何かしようものなら、容赦しない』と、無言で語る。


「ほう…確か『ミノリ』殿と言ったか?そう殺気立ちなさんな。別に取って食ったりはしない。」

「これはどうも失礼。どうにも、熱くなっていた様です。…皆様も、呉々も気を付けて下さいね?」

「……何が、と聞くのは、流石に不粋という奴かな?」

「ご理解頂けて恐縮です。」


コウガは笑顔のまま殺気を抑える。男の背後に居る、男の部下と思われる者達は、皆大きな溜息を吐く。それ程までに、コウガの威圧する顔は恐ろしかった。先頭の男だけは、コウガを興味深そうに見ていた。


「改めまして、私は公安捜査庁カタス支部所属の主任捜査官だ。名前は明かせないので、便宜上ハイルと呼んでくれ。」

「わかりました。ハイルさん。さあ、立話も何ですし、あちらのソファーへどうぞ。」

「ああ、気を遣わせて済まない。」


アキトは軽く会釈し、そのままハイル達を先程までアキト達が座っていたソファーに誘導する。ソファーにはハイルのみが座り、他の男達はその後ろに整列し、何時でも動ける様に待機した。ハイルはお茶を出されたが、一口も口に付けない。


(かなりこちらの様子を警戒してますね…。此方が警戒しているからか…はたまた此方が更に警戒する内容を伝える為か…。何れにせよ、出方を見ないと始まりませんね。)


アキトは緊張の為か、顔が強張る。


「そう緊張しないでくれ。そんな難しい話をしに来たのでは無い。さて、先ずは軽く世間話からと言うのが定石だが、ただでさえ急に押し掛けて君達の貴重な時間を奪っているのだ。余り長引かせるのも失礼なので、簡潔に要件を告げよう。」

「そうして頂けると助かります。此方も何分、色々とやる事が有りまして…。」


アキトとしては、さっさと要件を済まして帰って貰う事を望んでいたが、コウガ達の反応を見るに、余り期待は出来ないなと心の中で溜息を吐く。


「本当なら、これはアキト君だけに伝えるべき案件なのだが、この際だ、先生方にも聞いて頂こう。」

「……わかりました。ですが、あの子達は如何しましょうか?聞かれて不味いのであれば席を外して貰う様に頼みますが。」


アキトは、アイビシアに守られるシルバーナとクロウリアに目をやる。シルバーナは心配そうに此方の方を向き、クロウリアも心無しかハイルに向けて威嚇している様にも見えた。


「……いや、構わない。寧ろ、其処に居られるフェルミ嬢には、かなり深く関わりのある話だ。御令嬢をわざと蚊帳の外に置くつもりは無いが、これは強制ではない。もし其方が嫌なら、外して貰っても構わないが?」

「……だそうです。ルビィ、どうしますか?嫌なら外に出ていても構いませんよ?」


アキトはシルバーナに決定権を譲る。シルバーナの意思を聞く為であった。無責任にも思えるが、アキトはシルバーナが年齢の割にしっかりとしている事を良く知っているので、簡単な事ならなるべく彼女自身が決めていける様に心掛けるつもりでいた。


「…いえ、大丈夫です。どうぞ私にもお聞かせ下さい。」


シルバーナは少し考えたが、すぐに了承した。


「リアはどうする?」

「私も此処に居るわ。お母さん。」


アイビシアはクロウリアの言葉を聞いて頷き、クロウリアにしかわからない小さな声で呟く。


(もしもの時は、お願いね。)


クロウリアは『任せて』と言う代わりに、ゆっくりと小さく一回羽撃いた。


「さて、ではフェルミ嬢も此方のソファーにどうぞお座りになって下さい。」

「お気遣い有難うございます。」


ハイルに促されるまま、シルバーナはアキトの隣に座り、ハイルと対面する。ハイルは顔を隠したままなので表情はわからない。


「さて、では早速本題に移ろう。君は昨日、そちらのフェルミ嬢の義理の祖父、フェルミ公爵閣下と懇意になったそうだね。」

「懇意…に、なったのでしょうか…?まだ一度しか会った事がありませんので、それは確信しかねますが。」

「何、謙遜する事は無い。閣下の大切なお孫様を、その身を呈して守ったのだ。それに、我が国を代表して閣下に謝罪を行い、それを閣下はお認め下さった。閣下は、これだけの事をしたその相手に対し、何も感じない様な方では無いと、私は信じている。その証拠に、大事なお孫様を君に預けたではないかね?」

「……そうですね。疑った事は謝らなければなりませんね。」

「ははは、本当に律儀な好青年だ。閣下が気に入ったのもわかる気がすると言うものだ。」


ハイルは、まずアキトを持ち上げに来た。アキトは居心地が悪そうにする。


「あはは、褒めて頂けるのは恐縮なのですが、本題の方を…。」

「ああ、そうだったな、済まない。どうにも、いつもの癖でな。許して頂きたい。」

「いえ、気にして居りませんので。」


アキトに促され、ハイルは本題へと移る。注意深くアキトの反応に注視しつつ、その出方を伺っていた。アキトの一挙手一投足に注目する事で、不審な動きが無いか確認していたのだ。そして、怪しげな動きをしていない事を確認する。


「アラカミ・アキト君。…我々に協力して頂けないかな?」

「協力…と、言いますと?失礼ですが詳しい内容の方をお願いします。」

「我々がテロリストや他国のスパイなどの工作活動から、この国を守る為に活動しているのは、先のヤクモ殿の話からわかっただろう。だが、その活動の為には必要な物が有る。」

「必要な…物…。」


アキトは、いの一番に『金銭』が思い付くが、恐らくそれは自分が今一番欲しい物なんじゃないかと考えて首を振る。


「必要な物…それは情報だ。当たり前の話だが、テロリスト達の行動を逸早く察知出来れば、それを未然に防ぐ事出来る。我が国に対して良からぬ事を企む輩も、その情報と証拠を掴めば、行動を起こす前に捕まえられるのだ。実際、先日の事件も情報さえ有れば、未然に防ぐ事も出来たろう。まあ確かに、我々の不手際と言わざるを得ない部分も有るがな。」

「情報ですか…。はい、それはわかります。」

「何か別の物を考えていた様に見えたが…まあそれは良い。それで情報というのは、ただ待っていれば願った物が舞い込んでくる様な、そんな簡単な物ではない。それならば苦労はないと言う物だ。だから、狙った情報が集まる様な仕組みを作る事が重要となる。」


アキトは、少しずつハイルの言いたい事の予想がついてきた。


「…なるほど、僕に『情報提供者』になって欲しいと。」

「話が早くて助かる。」

「僕に…何の情報を求めているのですか?」


アキトは声を落としてハイルに告げる。内容によっては断ると、暗に伝えていた。


「アビス王国の内情についてだ。」

「内情…。」

「そうだ。アビス王国の情報は現状、その殆どが外務省を通して来る物だ。国策として、技術提供などの為に技術者を彼の国に派遣したり迎えたりしては居るが、民間レベルでは未だ交流は殆ど無く、互いに知り得る情報は限られている。そして、手に入れられるとしても表面的な、非常に簡単な物だ。だが、我々が知りたいのはそんな情報では無い。もっと深い所に有る物なのだ。」

「公安捜査庁は確か、法務省の外局ですよね?入国管理局での審査時などで、その辺りの情報提供者も得られると思うのですが。」

「アビス王国…と言うより、導族国家と言った方が良いか。導族との交流は、特に慎重に行わねばならないと言う決まりでな。外務省と共同で執り行う規定となっている上、反感を買いかねない為にスパイ活動に類似した事を依頼するのは禁じられている。その上、アビス王国からヨミ国へと来る際には、外務省管轄のヨミ国領事館を通って来る事になっている。…ここまで言えば、聡明な君ならわかるだろう?」


アビス王国とヨミ国は、友好的な間柄ではあるものの、全く軋轢が無いと言えば嘘になる。余計な問題を起こさない為に、交流は必要最低限に留め、過干渉を避ける様に配慮して来た背景が有る。その為、導族関係には必ずと言って良い程、外務省からの干渉が入る仕組みになっていた。


常に外務省が主導で交流しているので、アビス王国の現状などの詳細な情報は、その殆どが必ず外務省を通る事になる。つまり、アビス王国の情報についての表面的な情報以外は外務省が独占しており、その取捨選択も思いのままなのである。


(…キツネさんの、やりたい放題って言う事ですね…。一昨日の、アビス王国の外交官の発言も、きっとわざと流したんでしょうね…。色々と、キツネさんの掌の上だったと言う事でしたか…。)


アキトはキツネのいやらしい笑顔を思い浮かべ、苦笑いをした。


「…君の思った通りだよ。現在、彼の国の情報は殆ど全て、外務省が独占している。悪い情報を流さず、良い情報を選んで報告する事で、互いの感情をなるべく悪くしない様にするその努力は認めよう。だがしかし、本当ならすぐに対策すべき内容の情報さえも、印象が悪くなるからとわざと報告されなかったら、手遅れになる可能性すらも有るのだ。」

「…外務省の方が、意図的に危急の報せを隠すと?」

「無論、断言はしない。しかし、その可能性も捨て切れないとあって、外務省を通さない、別の筋からの情報入手ルートの開拓に、今我々は取り組んでいるのだ。情報源は複数あった方が、信頼が持てるからな。」

「まあ…それもそうですね。」

「しかし先の理由があって、かなり難航していてな?そんな時に、君の事をニュースで知ったんだよ。アビス王国の中でも五本の指に入るだろう大貴族、先々代国王の義理の兄弟にして先代国王の母方の伯父と言う王族血縁者、あのフェルミ公爵閣下に気に入られた、“ヨミ国人”の一学生の事をね。」

「…それで僕に、アビス王国の情報を集めて報告して欲しい…と。つまり、公爵閣下から…アビス王国の内部情報を聞き出せと?」


アキトは、暗に『スパイをやれ』と言われている様に聞こえた為、不快を含んだ声色で話す。


「そんなに警戒しないでくれ。君の、公爵閣下との信頼関係を大事にしたいという気持ちはわかる。だから我々も、君にそこまでは要求しない。世間話でも良い、公爵閣下や其方の御令嬢と話した内容について、少しでも教えて貰えると助かる。とにかく少しでもアビス王国の『素』の部分を知りたいのだ。」

「しかし、それではあなた方の目的からは外れた内容しか伝わらないのでは?」

「そんな事は無い。情報と言うのは、日常から集める物だ。日常を知らなければ、変化がわからない。変化がわからなければ、何かを怪しいと感じる事も無いだろう。我々には、ベースとなる基礎情報すら、満足に集められていないという現状が有る。そんな現状を打破するには、些細な事でも良いから、情報を集め、蓄積し、解析する必要が有るのだよ。」


アキトは、ハイルの言う事を理解し、素直に頷く。


「それで、どうだろうか。我々に協力してはくれないか?勿論、君の自由を無理に奪う事もしないし、言いにくい事なら言わなくて結構だ。何かを強いる事もしないと誓おう。報酬もその情報に対し、相応に出す。」

「ほ…報酬…。」


アキトは『報酬』という甘美な響きに心が大いに揺らぐ。


「更に言えば、君の身辺の警護にも我々は協力しよう。協力者を敵から守るのは、我々の当然の務めだからな。」

「警護をですか?」

「そうだ。君は良くも悪くも有名になってしまったからな。君を狙う不届き者が出てくる可能性がある。昨日の様な事件は、早くもその懸念が現実化した事を現している。先程の事件での活躍も、それに拍車をかけるだろう。」

「そうかも…知れませんね…。」

「しかし、もしこれから同じ様な事件が起こった時に、君を守る者が少ないだろう?ヤクモ殿は頼もしい方だが、いつも一緒にと言う訳にも行くまい。そこで我々、プロの出番だ。」


アキトは、ハイル達が自分の護衛になると言う申し出に対して渋る。情報提供だけならまだしも、護衛ともなれば余りに距離が近付かれる為に、シルバーナやディアの秘密がバレる可能性を懸念したのである。


「ですが…。」

「何、遠慮する事は無い。我々は仕事でやっているのだ。給料も出るし、休暇も取る。しかし、ヤクモ殿は、オオカミ学園長の使用人と言う仕事が有るだろう?君を守るのは、飽くまで善意での行動だ。彼は自身の仕事の合間に、自分の自由時間を削って、給料も貰わずに君を守ろうとしている。」

「あ…!」

「心苦しくはないかね?ヤクモ殿は、本当に君を大切に思っている。ただそれだけの善意の理由のみで、君をずっと守ろうとしている。他ならぬ彼自身を犠牲にして。」

「う…。」

「だが、我々ならそんな事は無い。仕事として、お上からその仕事に見合った対価を貰えるからな。君はヤクモ殿に給料を払っているかね?いないのなら、君はヤクモ殿をタダ働きさせている事になる。大変な仕事を、対価も無しに強制させている事になる。少々酷な言い方だが、私はその状況は望ましく無いと個人的には思うよ?」

「ぐ…。」


アキトは心が痛む。お金を稼ぐ為に、あくせくアルバイトに励んでいたアキトにとって、対価の無い仕事はしたいとは思えない。勿論、他人にそれを強制する事も同じ位、嫌であった。しかし今回、ハイルの指摘によって、実は無意識にそれを強いていた事に気付かされたのだ。


「僕は…ヤクモさんに大変な事を…。」

「ふむ、やはり君は律儀で好感が持てる。何、そこまで気を落とさずとも良いだろう。ヤクモ殿にしっかりと礼を述べれば良いのだ。その上で、彼の代わりに君の身辺を警護する任を、我々に任せれば良い。それでヤクモ殿から余計な仕事が無くなるのだ。序でに言えば、ヤクモ殿のこの二日間の君に対する警護の仕事に対する謝礼も、我々が支払おう。」

「そこまでして貰うのは……。」

「言っただろう?君は大切な協力者になり得るのだ。その位は当然だよ。それに我々は、飽くまで仕事として君に付き合い、君のプライベートに無闇に立ち入らないし、詮索もしない。情報にはそれ相応の報酬も出すし、護衛への給金も要らない。…中々の好条件だと思うが、どうだろうか?我々の協力者に、なっては貰えないだろうか?」


アキトは本気で悩み、言葉に窮する。彼らが本当に下心が無いなら、願っても無い申し出であったが、もしもそうで無かった時は大変である。しかし、ここで無碍に断るのも、変な疑念を持たせかねない。怪しいと思われない為には、信用する素振りを見せねばならなかった。


「え…っと…。」

「我々の素性が疑わしいかね?だが、考えても見てもらいたい。我々は、こうして君の担当教諭や、ヤクモ殿の同席の元で話している。もしも下心が有るならそんな危険な事はせず、君が一人の時を狙うと思うがね?フェルミ嬢の同席を認めたのも、彼女に隠れて話を決めるのが卑怯だと考えたからだ。我々は誠実に、真摯に君と交渉しようとこの席に着いている。その気持ちは信じて頂きたい。」

「はい…わかりました…。」


アキトの心を読んで先手を打って来るハイルに、アキトは終始押され気味となる。


「では…そろそろ返事をお聞かせ願いたい。我々の協力者となるか否か。もし断るのなら止めはしないが、後学の為にせめてその理由だけは忌憚無く教えて欲しい。私の仕事の関係上、人との交渉はどうしても避けられない。何処が悪かったかと言う第三者の意見は非常に役に立つのだ。…話が脱線したな。どうだろうか、やはり駄目かな?」


ハイルの言葉は、着実にアキトの逃げ道を塞いで行く。その状態に追い込まれて行く事を薄々アキトは感じていたが、どうする事も出来なかった。アキトを勧誘する理由、協力の際の好条件、ヤクモへの負い目などを攻められた上、相手に怪しまれない様に自身の意見を守るには、今のアキトには少々荷が重過ぎた。


(く…此処で断るには理由が…上手く誤魔化すには…。)


悩むアキトに、口を差し挟む者が居た。ヤクモである。


「お話し中の所申し訳ありません。少々宜しいでしょうか?」

「ヤ、ヤクモさん?」

「これはこれはヤクモ殿、何かな?」


話の腰を折られた事で少し不機嫌になりながらも、ハイルは冷静に対応する。


「僭越ながら、アキト様の護衛の件に関しましては、私共に任せて頂きたいのです。」

「何?ヤクモ殿は、アキト君の護衛を誰かに命じられているのか?」

「いいえ、アキト様をお守りするのは私が望んで行っている事。誰かに命じられたからでは有りません。」


ヤクモは、アキトの護衛の仕事は自らが望んで行っている為、それの代わりを務めるは不要とハイルに説いた。


「しかし…ヤクモ殿は彼からは何も対価を貰ってはいないのだろう?」

「アキト様と私は、対価を貰わねば何もしない、そのような現金な関係では有りません。アキト様が困っていれば私がお助けし、また私が困っていればアキト様にも手伝って頂く。その様な関係です。」

「ふむ…殊勝な事だな。」

「更に言えば、私は一度、アキト様に窮地を救って頂きました。その御恩を返したいのですよ。アキト様の護衛も、その御恩返しの一貫なのです。」

「何⁉︎ヤクモ殿の窮地を救ったのか‼︎」


ヤクモの言葉にハイルは思わず驚き、アキトににじり寄る。


「どう言う事だね⁉︎君は一体何者なんだ!あのヤクモ殿を助けたとは‼︎」

「お…落ち着いて下さい、ハイルさん。一体何なんですか⁉︎」


急に詰め寄って来たハイルに、アキトは驚愕して仰け反る。


「どう言う事も何も!ヤクモ・クロガネと言えば、ヨミ国で最初に設立された導術犯罪専門特殊対策部隊『神月』の副隊長を務め、数々の導術犯罪者を文字通り縛り上げた事で有名な人物なのだ!」

「ああ…やっぱりヤクモさんも特殊部隊出身だったんですね…。」

「おやおや、これまた随分と懐かしい名前ですね。」


ヤクモは『神月』と言う名を聞いて、懐かしそうに目を細める。『神月』とは、その無鉄砲さで守るべき人々の建物を破壊し尽くし、敵よりも味方に甚大な被害を及ぼす事から『甚だ傍迷惑な破壊神』、『災害派遣ブルドーザー』との異名をとるオオカミ・ロウガが設立した、導術犯罪を取り締まる特殊部隊である。因みに、敵よりもお上に噛み付く事が多い問題部隊な事でも有名であった。


「そしてヤクモ殿は、隊長の筈なのに碌な作戦も考えず、最前線を突っ走って、後先考えず周辺の建物を破壊して地形を変え尽くす、保険会社と国土交通省の敵こと狂犬オオカミ・ロウガを制御する唯一の手綱、通称『グレイプニル』として活躍なされたのだ!」

「なんか…散々な言われようですね…学園長先生…。」

「事実なので反論のしようが有りませんね。大旦那様のお世話は大変でした…今現在もですが。」


アキトは呆れを隠さず、ヤクモは少しばかり眉間を押さえる。


「そして、ヤクモ殿自身も、その木導術の高い実力もさる事ながら、敵をじっくりねっとり甚振り愉しみつつ罠に嵌めたり、相手に深刻なトラウマを植え付けつつも確実に必要な情報を吐かせる尋問の手腕から、ヤクモ家の毒蜘蛛こと『ドエスパイダー』との異名を冠する程の実力者なのだよ!」

「ヤクモさん…昔から変わらないんですね…。」

「ふふ、お恥ずかしい限りです。今でこそ落ち着きましたが、あの頃は少しばかりやんちゃして居りましたからね。」


アキトは呆れを隠せず、ヤクモは少しばかり頬を綻ばせた。


「それ程の実力者であるヤクモ殿が窮地に陥ったと言う事だけでも既に驚きなのに、その窮地を、戦闘訓練も積んでいない一学生が助けたなど、更に信じ難い話だ!一体何があったと言うのか⁉︎」

「え…ええっとですね…。」

「私からお話しましょう。」


そこでヤクモは、昨日の『神淵ノ端求社』の話では無く、『日出ヅル処ノ天子』の襲撃の時の事をハイルに話した。相性の悪い『縁絶鋼』で武装した相手と戦う際に、アキトの召喚術が活躍した事を話したのだ。少し以上に話を盛ってはいたが。


「ふむ、成る程。確かに、召喚術は対象を逃す事を得意とする術。周囲を囲まれた状態から別の場所に退避し、そこで戦力を整えて返り討ちにしたと。」

「はい。導術使いの天敵とも言える『縁絶鋼』製の武器が相手では、流石に私でも手が余りました。しかし、アキト様のサポートのお陰で、私は助かったのです。」

「ヤクモ殿が苦戦する程であったのか…。」

「私とて、身体は普通の人間です。準備も碌にせず、導術を封じられ、多人数に四方八方から銃を突き付けられれば勝てませんよ。最近は身体の衰えも如実に感じる様になりましたし、全盛期の頃とは比べ物にはなりません。年は取りたく無い物です。」


本当に危なかったのは、アサテとの戦いに負けてムカイドに取り付かれた時であったが、その内容については伏せて置いた。キツネはアキトでは無く、先生達の協力の元でヤクモからムカイドを取り除いたと言う形に整えると言っていたので、その話に合わせたのだ。


「うむ…まあ、合点は行くな。だが、我々の手伝いも有れば、ヤクモ殿も楽が出来るであろう?我々の事は気にせず、頼って構わないのだが。」

「お気持ちは大変嬉しいのですが、少々皆様方には傍に居て欲しくない理由が有るのです。」

「……宜しければお聞かせ願いたい。」

「……良いでしょう。」


そしてヤクモは、昨晩の襲撃の事に言及した。


「昨晩の事件はご存知でしょうか?」

「ああ、詳しい事は聞き及んではいないが、大変だったそうだな。一昨日の事件で使用された特殊洗脳兵器が、テロリストによって使用されたと。」

「ええ、不覚にも私も敵に操られ、危うくアキト様や若様を殺しかねない状況でした。本当に不甲斐ない自分を恥じ入るばかりです。」


ヤクモは、本当に申し訳無さそうに話す。


「あなた程の使い手でも…か。」

「ええ、あれは恐ろしく強力な兵器です。一度取り付かれれば、恐らくどんな猛者でも抗えません。そして何より、その恐ろしさはその高い擬態精度に有ります。命じられた事以外では、宿主本人の思考回路を模倣して、その人物に完全に成り済ませるのです。」

「ふむ…恐ろしいな。」

「それ故、あなた方の申し出は大変有難いものなのですが、お断りさせて頂きたいと申し出たのです。」

「……我々の様な不特定多数の人間を、近くに置きたくないというお考えか。我々の誰かにその洗脳兵器が取り付き、護衛を偽り襲って来る可能性が有ると。」


ハイルの言葉に、ヤクモはゆっくりと頷く。


「ご明察、恐れ入ります。勿論、あなた方の実力を疑っている訳では御座いません。ただ、あなた方とて、急にあの兵器に襲われれば迎撃はかなり難しいでしょう。実際に戦った他ならぬ私が、そう感じております。」

「…しかし、それを言ってしまったら、民間人も皆疑わねばならない。それこそ四六時中見張るのなら、人数が多い方が良いと思う。我々もそう簡単にやられはしないし、もし仲間に何か異変が有れば、すぐに交代もさせる。」

「あの兵器は、取り付く相手を次々取り換えて行けます。数に任せる事は余り効果的では有りません。更に、護衛の任務と言う口実が有るなら、アキト様に近付く事も容易い。……私の言いたい事、ご理解頂けますでしょうか?」

「……我々が邪魔と、そう仰りたいのか。」

「悪意ある言い方でしたら、そうなるかと。」


ハイル及びその部下と、ヤクモとの間に緊張が走る。


「…ならば、我々が居なくとも、あなた方のみでその強力な兵器を退けられると?四六時中狙われるのだぞ?」

「それならば御心配には及びません。丁度良く、私共には頼りになる“番犬”が居りますので。」

「番犬?」

「洗脳耐性有り、洗脳兵器も臭いで判別可能、体力が高く四六時中の監視も可能で、その数も相当数居ります。」


アキトはそれがレンの土狼である事がすぐにわかったが、ハイルは言葉の意味そのままに捉える。


「ほう…それは頼もしい。是非、我々も欲しいな。ブリーダーを紹介してくれないか?」

「ふふ…申し訳ありません。生憎、我が家に専属のブリーダーでしてね?他の方にお渡しする気はこれっぽっちも御座いませんので。ご了承ください。」

「む…残念だが仕方が無いな。また機会が有れば是非、その番犬に会わせて頂きたいものだ。」


ハイルは本当に残念そうな溜息を一つ吐く。実際に、ハイルはかなりの犬派である為、本心からその番犬に興味があったのだ。


「ふう…どうやら、護衛の任務はヤクモ殿にお任せした方が宜しそうだな。」

「ハイル殿!」

「控えよ。これ以上食い下がるは執拗と言うものだ。ここには喧嘩をしに来たのでは無い、彼らと交渉をしに来たのだ。相手が本気で望んでいない事を、無理矢理押し付け通すのは悪手の極み。引き際を弁える事は重要だ。」


ハイルの譲歩に部下が抗議しようとしたが、ハイルはそれを一蹴した。


「ふふ、有難うございます。」

「何、こちらの仕事が一つ減っただけの事、ヤクモ殿が礼を言う必要は無いと言うものだ。」

「ですが、あなた方の折角の申し出を断ったのです。この位は必要でしょう。」

「で…有れば、もう一つの要請には色好い返事が貰えると良いのだが…。」

「情報提供の件ですか…。」


ハイルは、此処に来たそもそもの目的である、アキトに情報提供者として協力を取り付ける事について言及した。


「アキト様、どう致しましょうか?」

「僕としては……構わないのですが。ルビィはどうでしょうか?」

「はい?私ですか?」


急に話を振られたシルバーナは思わず間抜けな声を出してしまう。


「僕は、アビス王国の現状について、良くわかっていません。だから、公爵閣下や他の導族の方がアビス王国の事を話してくれるのであれば、知りたいと思っています。そして、出来るなら、アビス王国の事をヨミ国の人々にもっと良く知って貰いたいです。お互いに誤解しあっている事が有れば、それが解ける可能性が有りますから。」

「はい…私も…もっと知りたいです。」


シルバーナとしては、今一番知りたいのはアキトの色々な事では有るが、流石にそれを口に出す程非常識では無い。


「ですので、これは良い機会だと思うんです。この人達は…まあ、目的が少し違いますが…。それでも、アビス王国の事を、ヨミ国の人々に伝える事に繋がります。公爵閣下がヨミ国との友好に尽力してくれると言う約束をして下さいましたし、僕も何か両国の友好に繋がる事をしたいんです。閣下にばかり負担は掛けさせられませんから。」

「う、うむ…まあ、そう言えなくもないが…。」


アキトの思いを聞いたハイルは、何と無く申し訳無さそうに呟く。公安捜査庁は別に広報機関では無いので、アキトの考えは本人の自覚通り、幾分か的外れであったのだが、その無垢な願いはハイルに引け目を感じさせていた。


「ただ、もしもルビィが嫌だと言うのなら、僕はその意見を尊重したい。」

「私は、別に…お兄さんがそれで良いのでしたら…。」

「情報を伝えると言う事は、それなりのリスクが有ります。伝えた情報に悪意は無くても、曲解されてしまったりすれば、変な誤解を招きますから。そもそも文化が違うので、価値観の違いは必ず有り、それによって対立する事も起こり得ます。」

「……はい。」

「…僕はきっと、いえ…必ずその壁を乗り越えられると思っていますが…絶対とは言い切れません。だから、もしかしたら…あなたの立場を悪くするかも知れないんです…。」

「お兄さん…。」


アキトは懸念を正直に吐露した。勿論、立場が悪くなる様になる情報は伝える気は全く無く、必要と有ればキツネよろしく改竄すら行うつもりである。しかし、それでも懸念が現実となる可能性は絶対に無いと言える程の自信はアキトには無く、それを隠す事は卑怯だと考えたアキトは、素直にその気持ちを晒す。そして、それすら利用してハイルを牽制する。


(ルビィをダシに使うのは、少々…卑怯ですかね…。でも…露骨に否定したり、下手に隠して怪しまれて、勝手に探られてしまうよりは、危険は少ない筈…。)


此処での露骨な拒絶は、何か後ろ暗い事が有ると勘ぐられる可能性があり、それは避けるべきであった。だからアキトは、自分自身は賛成の意思(これ自体は本当である)を示しつつ、シルバーナがもしも反対すればそれを重視するという立場を明確にした。後ろめたい事はないという事を強調しつつ、それでも懸念が有るから駄目かも知れないとの言い訳を、暗にハイルに主張したのだ。


「あなたに押し付ける様で心苦しいですが、あなたは今回の僕の決定で、自分自身の人生に影響を受ける可能性が有るんです。だから…あなた自身に決めて欲しい。あなたの人生は、あなた自身の物です。他の誰かに決められる物でも無いし、その決定権を他者に委ねるべきでは有りません。」

「はい。」

「……あなたが後悔しない為に、あなたの本当の声が聞きたい。僕はその声を受け止めます。そしてその上で…何があってもあなたを支え続けます。絶対にあなたを守り抜くと、此処に誓います。」


そしてアキトは、更に計算抜きでシルバーナの成長と幸せを願った。『自分で決めて行動する事』それは自立への第一歩である。それを踏み出した結果がどうあっても、絶対に味方であると、真摯で真剣な眼差しと、優しい声でシルバーナに伝える。そしてそれは、しっかりとシルバーナの心に届く。


「お兄さん…有難うございます!」


シルバーナはアキトの、何処までも彼女自身を想う心に触れ、その期待に報いる事を心に誓う。シルバーナの幸せを本気で願う、愛しい人のその想いに応えたいと、そう叫ぶ心が熱くなる。シルバーナは嬉しさで跳ね回りたい衝動に駆られながら、その溢れる喜びを声に載せる。


「私も、アビス王国とヨミ国との友好に尽力したいです!だから、お兄さんの意見に賛成です!」

「わかりました。…有難う、ルビィ…。」


シルバーナの本気の想いを受け止めたアキトは、それに報いる事を心に誓った。


(絶対に…あなたを幸せにしますからね…。)


そして目の前に居る、まるで我が子の様に愛おしい少女に、心からの笑顔を送った。


(ああ…アキト様…。大好き……。)


シルバーナはその笑顔に赤面しつつ、それに負けじと心からの笑顔を返した。


「ゴホン!そろそろ…良いかね?時間が、余り無いのだろう?」

「はう⁉︎す、済みません!」


アキトとシルバーナの突然始まった惚気を、呆気に取られながらも様子見していたハイルが、痺れを切らして口を挟むと、シルバーナは正気に戻って狼狽える。一方アキトは、申し訳無さそうに謝る。


「ハイルさん、ごめんなさい。時間が無いと言っておいて、僕の方が時間を取ってしまいましたね。ルビィのとても可愛い顔に、つい見惚れてしまったもので。」

「はいふあ⁉︎」


そしてアキトからまさかの不意打ち追加口撃が放たれ、それを真面に受けてしまったシルバーナは轟沈してしまったのだった。

主人公達が住む国のモデルは日本ですが、その実態は一部の旧家に権力が集中する構造になっています。イズモ家は警察、コシノ家は法務省と言った具合です。故に、不正が蔓延り易いと言った欠点も抱えています。


因みに、ミノリ家は国土交通省に対して発言権が強い為、オオカミ学園長が特殊部隊を率いていた時代に破壊し尽くした公共の建築物などは、ミノリ家のとりなしで軽い咎め(学園長が自分で修理する)程度で済んでいたりします。

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