第8話
(導族の仲間と仲良く出来ないなら、理解の有る人族と仲良くなれば良いですからね。僕の今の立場なら、人族の中でも導族に対する印象が悪くない人物が集まり易い筈…ですよね?…まあ、集まらなかったとしても、僕はクロウリアちゃんを裏切るつもりは全く有りませんが。色々と相談にも乗れるでしょうし。)
アキトの考えは、クロウリアと人族との仲介役を務める事にあった。盲目が鳥型導族に受け容れられ難いのなら、ヨミ国で暮らし易くする手伝いをするのが、自分に出来る事だとアキトは考えていた。もしアキトの狙い通りに事が運ばなかったとしても、一人でも多くの味方が居るという安心感をあげられたら、とアキトは純粋に思う。
(『してあげる』なんて上から目線はなるべく避けたいですからね。まずは対等な関係の『友達』になって、友達だから助けたいって言ったり、時々逆に頼ったりすれば、彼女の誇りを傷付けずに済むのではと考えていましたが…。)
アキトは、クロウリアの『やっぱり』という発言が気になった。その為、何の気なしに尋ねる。
「やっぱりって…『僕が君と仲良くなりたい』って、どうしてわかったんですか?」
アキトの他意のない言葉は、クロウリアの疑念を更に深めていく。
(ど、どうしよう!やっぱりこの人変態だわ!真性小児性愛者だわ!早く捕まえてもらわないと!…でも、まだ確証が無いわ…。この状態では捕まえられない…。)
将来は警察官になる事を目指す少女は、正義感を密かに滾らせ、変態の悪行を白日の元に晒そうと躍起になる。
「おや?アキト君はリアとお友達になりたいのですか?」
「はい。コウガ先生とアイビシアさんの娘さんなら、将来とても優秀な人物に成長なさるでしょうから。今の内にコネを持っておこうと思いまして。」
「ふふふ、お上手ですね。アキト君。」
「うふ、有難う。おべっかでも嬉しいわ。」
娘を褒められたコウガとアイビシアは、思わず声を弾ませる。そして、クロウリアはその様子を聞いて戦慄する。
(早くもお父さんやお母さんを懐柔して来たわね⁉︎この変態、出来るわ!外堀を埋めに掛かっているのなら、いよいよもって私を狙う気ね!早く決定的な証拠を喋らせないと!)
そして勘違いを加速させて行く。
「…失礼ですがーー」
「リア、気を付けなさいね?」
「お母さん?わかっているわよ。心配しないで。」
「……なら良いわ。」
アイビシアは、自分と似た思考の娘が何かを疑っている事を察し、それと無く早とちりしない様に釘を刺す。クロウリアは自信を持って応えた為、暫く様子を見る事にして黙る。
「それで、アキトさんに幾つか質問したいのですが、宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。…物によっては答えないかも知れませんが。」
「…わかりました。」
アキトは、シルバーナの事情、諸々の隠蔽工作について余計な事は喋るべきでは無いと考え、予防線を張る。そして、それによってクロウリアは益々疑念を深めて行く。
(やっぱり…何か隠してるわ!絶対に不義で不貞で不徳で不埒なナニかね!早くシルバーナ様をこのロリコン変態犯罪者の魔の手から救い出さないと!何とか誘導して言質をとって見せるわ!)
深めた疑念は確信に変わる。しかし、それが顔に出ない様に気を付け、怪しまれない様にとクロウリアは平静を装い、アキトに質問する。
「先程から気になって居たのですが、隣にいらっしゃるのはアビス王国貴族、フェルミ公爵のお孫様のシルバーナ様でいらっしゃいますよね?」
「ええ、そうですよ。」
「はい、確かに私はフェルミ家のシルバーナですが、それが如何なさいましたか?あと、様付けは必要有りませんので。」
クロウリアの質問に、アキトとシルバーナは素直に答える。
「では、シルバーナさんとお呼びします。失礼ですが、あなたは何故ここに居らっしゃるのですか?フェルミ公爵閣下は帰国なさった見たいですし、護衛の方も居られないみたいですし…。」
「ああ、なるほど。確かにそうですよね。」
アキトは、クロウリアの質問も尤もな話だと考え、言い触らされても差し障りの無いように気を付け、キツネの話した設定通りに質問に答える。予めシルバーナも口裏を合わせて有るので、アキトの言葉に追随した。
「ーーと言う訳でシルバーナ様、まあ…今はルビィって呼んでいますが、彼女がこの国にホームステイしたいと言ったので、特例としてではあるんですが、僕にそのホストファミリー役の白羽の矢が立ったと言う訳です。」
「アキトさんお一人が、ですか?」
「はい、基本的にはそうですね。いずれアビス王国から改めて、護衛の方も来る手筈になっています。それまでは、僕が彼女の世話役となりますね。困ったらヤクモさんや他の方達にも頼るつもりです。」
「では、アキトさんとシルバーナさんは二人きりで暮らして居るんですか?」
「ペットは居ますが、そう考えて良いと思いますよ。」
アキトの悪怯れない(?)言葉に、クロウリアは耳を疑う。
(一つ屋根の下に二人っきりって…ナニが有ってもおかしくないって疑われるかも知れないのに…。それを平然と肯定しているわ!幾ら公爵閣下を騙せたからって…そんなに自信が有るって言うの⁉︎シルバーナ様も、まるでこの人の言いなりみたい……一体どれだけ調教されてしまったの⁉︎)
アキトとしてみれば、ホームステイで新たに妹が出来た程度の認識である為、二人で住もうと問題は無いと言う感覚であった。しかし、クロウリアにして見れば、また世間一般的な感覚からしても、一つ屋根の下に赤の他人の男女が住んでいるのは、何か特別な関係があると思われても仕方の無いことであった。尤も、クロウリアのそれは母親譲りの偏った知識の所為で、若干妄想が過ぎてはいたが。
「あらあら、アキト君ったら随分と信用されているのね。」
「アイビシアさん?何がでしょうか?」
「“シアさん”で良いわよ。だってそうじゃ無い?一つ屋根の下に若い男女が二人きりよ?ナニがあってもおかしく無いのに、そんな場所に女の子を預けるのよ?相手の男性を余程信用しているか、それとも狙ってやっているかじゃ無いと普通はあり得ないわ。」
クロウリアと似た思考のアイビシアの言葉に、クロウリアは内心ほくそ笑む。
(ナイスよ、お母さん!…少しばかり訊き辛かったから、助かったわ!さあ、この変態は何て返すのかしら?)
一方のアキトは、アイビシアの言葉に苦笑する。
「そこは、公爵閣下が僕を信用なさっているから、としか言い様が有りませんね。今考えても、僕には荷が勝ち過ぎる程のお役目ですよ。」
「あの…やはりご迷惑…でした…でしょうか…?」
「いいえルビィ、僕は迷惑だなんて少しも思っていませんよ。あなたの様な可愛い女の子と“兄妹の様に”過ごせるだなんて、幸せだと思っていますから。ただ、あなたに不自由をさせないか心配ですけれど。」
「そんな事はありません!…わ…私も…お兄さんと…その…い、一緒に…居られるのは…し、幸せ…です…。」
「そうですか、それを聞いて安心しましたよ。」
アキトはシルバーナに笑顔を見せ、シルバーナは顔を真っ赤にしつつ何とか答える。そして、その様子をアイビシアはニヤニヤしながら見つめる。
「あらあら、お熱いわね。まあ、コウガさんと私も、あなた達に負けない位ラブラブだけどね!」
「お母さん!恥ずかしい事言わないで!」
「シアさんとコウガ先生の関係とは違うんですが…。まあ、確かに僕はルビィの事が大好きでは有りますね。」
「はう!」
アイビシアとアキトの惚気対決に、少女達は狼狽える。
(…って何やっているのよ!しっかりなさい私!お母さんのペースに巻き込まれてはいけないわ!)
そして我に返ったクロウリアは、アキトの言葉には決定的な証言が無かった事を残念に思った。
(流石に、簡単には白状しないわね…。でも、そんな嘘は私には通用しないわよ!少なくとも、小さな女の子が好きなのは間違い無いわね。シルバーナ様と一緒に暮らせて嬉しいって言っていたし、シルバーナ様が大好きとも言っていたわ。兄妹の様にって、この変態はそんなシチュエーションが好きなのかしら…って違う違う!)
考えが別の方向に行きかけた所でクロウリアは我に帰る。そして改めてまた考え直す。
(それにしたって普通、そこまで肯定しないわよ?疑われてもしょうが無い内容なのに否定しないなんて…。それを平然と出来るなんて感性がおかしいわ!少女に卑猥な行為をして、その有り余る肉欲を発散しても当然って思い込んでいるのね?何て奴!)
アキトの感性がズレていたのは間違い無かった。しかしそのズレの方向性が全く違う事には気付かなかった。
(…でも逆に考えれば、本当の事を不用意に白状する可能性は有るわね。本人が大した事じゃ無いと考えていても、世間一般にはおかしいと考える様な事を聞けば、その返答内容次第でボロが出るかも…。)
奇しくも、アキトの感覚がズレている事は大いに正解なので、そのズレ方の方向が予想外であったことを除けば、クロウリアの狙いは間違ってはいなかった。
「それまで一人暮らししていたのに、急に一緒に住む方が増えただなんて、さぞ大変でしたでしょう。」
「ええ、今日やっと引っ越しした所ですよ。」
「そうですか。それでは、今度の住む場所は、二人用の少し広い所なのですか?」
「う〜ん…台所と収納を除けば三畳の居住空間しか無いですからね。普通は一人用だと思います。」
流石に部屋の間取りが狭すぎたのか、コウガが口を挟む。
「ア、アキト君?三畳って…随分と狭いですね…。」
「ええ、そうかも知れません。ですがまあ、生活するのに支障はきたしませんよ。」
「やはり…安いから…ですか?」
「流石にそれだけでは有りませんが、八割位はそうですね。」
「アキト君…。」
コウガは呆れて溜息を吐く。一方、クロウリアは心の中でガッツポーズをする。
(一人用の狭い、三畳しかない部屋に男女が二人…これは確信犯です!安いからって白々しい理由を付けてまでして、そんな所でナニをする気ですか⁉︎この女子の敵!)
勿論、アキトにとっては安いと言う理由こそが本命であったのだが、そんな事はクロウリアにはわからない。変な方向に確信してしまったクロウリアは、核心を突く為に思い切って尋ねる。
「そんな狭い場所ですと、お二人は一緒に寝るしか無いですね。」
「ええ、そうですね。」
「…かなり身を寄せ合って寝るんですか?」
「はい、そうなる予定です。何せ狭いですから。」
クロウリアは、全く動揺しないアキトに少々どころでなく呆れるが、逆にチャンスだと考える。
(ここまで言っても少しも動揺しない…。なら、もっと踏み込むわ!)
アキトの図太さが、クロウリアの質問の内容をもっと際どい物へと変えていく。
「アキトさんは…シルバーナさんと随分と仲が宜しい様ですね。本当に、“兄妹以上”の絆が有るように見えます。」
「ふふ、有難うございます。正直、この子が僕をここまで受け容れてくれるとは思って居ませんでした。僕の一方的な厚意で終わるのではと心配でしたが、杞憂に終わってホッとしています。」
「どうしてそう思うのですか?」
「僕が、少々彼女に負担になるであろう事を強いさせた事があったんです。嫌われても当然だったんですが、ルビィは優しくて、こんな僕の要望を聞いてくれたんですよ。」
クロウリアの言葉に、アキトは一昨日の夜、初めてシルバーナと出会った時を思い出していた。転移契約と言う誰もが拒否するであろう契約を、他に頼る人物が居なかったとは言え、見ず知らずの男である自分を信じて結んでくれた事や、また自分を事件に巻き込みたく無いと密かに去ろうとした優しいシルバーナの事を思い、頬が綻ぶ。
(ルビィは本当に優しい子です。そんな良い子が、少しでも幸せになる姿を、僕は見たい。ルビィが幸せになれる様に、僕は全力で応援します!)
(やっぱり!シルバーナ様がお優しい事に漬け込んで、その歪んだ欲望の捌け口にして…純真無垢な少女の綺麗な身も心も穢したのね!そして、シルバーナ様はそれからこの変態に調教されて奴隷の様にされて…!何が“杞憂に終わってホッとした”ですって?一方的に愉しんだだけなんでしょう!)
アキトの返答は、表現が曖昧なのが悪かった。既に疑っていたクロウリアを決定的に勘違いさせるには充分であった。
「そこまで仲が良いと、何だかお二人は恋人の間柄の様に聞こえますね。」
「こ…恋人…はうう!」
「そうですか?僕的には兄妹の感覚で居たんですが…。兄妹ってこれ位普通では有りませんか?」
「いいえ、私にも兄は居ますが、寝室は同じでも別々の布団で寝ていますよ。……兄妹にしては、些か距離が近過ぎる気がします。……本当にナニも無いのですよね?」
アキトは、クロウリアの問いに対する答えに窮する。アキトの感覚では、本当に兄妹のつもりだったのだ。
(え…ち、近過ぎるんですか?だって、僕はシオンと数ヶ月前まで同じ布団で寝ていたのに…。もしかして、僕の家だけ?)
アキトの実家は狭くて貧乏ので、家族四人で布団が二組しかない。故に、アキトは妹のシオンと同じ布団に入って妹と一緒に寝る生活をして来た。小さい頃からずっとその生活を続けて来たアキトには、それが当前の感覚であり、妹と一緒に寝る事も、一緒にお風呂に入ってお湯をケチる事すらも当然であった。その為、それが実はおかしい事であると指摘された事に、戸惑いを隠せない。
「あ…えっと…すみません…。僕には当たり前だったので…その…つい…。別に何か下心がある訳では無いです…。普通に寝るだけですから…。」
「……本当ですか?疚しい事は…無いんですね?」
「そんな!疚しい事なんて!」
アキトは此処に至り、クロウリアが何を疑っているのかに漸く気付き、慌てて弁明を試みようとする。そこに、満面の笑みのヤクモが口を挟む。アキトはかなり嫌な予感がした。
「ええ、アキト様は別に疚しい事はしていません。私が保証します。」
「ヤクモさん…。」
「ただ、シルバーナ様を“抱いて”、“同衾なさった”だけですよ。それも私が保証します。」
「ヤクモさん⁉︎」
ヤクモの言う通り、アキトはシルバーナと出会った日の夜、シルバーナを安心させようとしっかりと抱き締め、一緒の布団に入って寝たが、それ以外は何も無い。しかしヤクモの言葉は、まるでナニかあったかの様な言い方であった。流石にその悪ふざけの意図に気付いたアキトは急いで否定するが、一度動き出した話の流れは、そう簡単には止まらない。
「やっぱり!あなたはシルバーナ様を襲って犯したのですか!この外道!」
「はう⁉︎」
「アキト君!本当ですか⁉︎捕まりますよ!」
「違いますよ!そんな事はしてませんよ!」
アキトは必死に弁解しようとする。しかし、クロウリアは聞く耳を持たない。
「そして!次は私の体を狙って、私に近付く為に“友達になりたい”などと戯言を!」
「アキト君!本気ですか⁉︎殴りますよ‼︎」
「ヒィ⁉︎」
「物騒な事言わないで下さい!だからそんな事無いですって!あと顔が本気で怖すぎます!」
コウガの本気の怒り顔が尋常じゃ無く怖かった為、シルバーナは思わず恐怖で泣き出してしまう。
「うぐ…ひっぐ…こ、怖いよぅ…。」
「うわ!だ、大丈夫ですかルビィ⁉︎」
「のうわっ⁉︎す、済みませんシルバーナ様!娘の事となるとつい…!」
そして、泣き出したシルバーナをアキトが慰め、コウガが謝ると言う、いつもの流れになった。コウガとアキトがシルバーナに付きっ切りになった為、話が中断される。
「もう!話が進まないわよ!」
「……リア、ところで、何でこんな話になったの?」
「何でって、お母さんはわからないの⁉︎この人が変態で、シルバーナ様を襲って…。」
「アキト君は、別にシルバーナちゃんを襲っただなんて一言も言って無いわよ?」
「だ、だって“抱いた”とか、“同衾した”とか証言が……て、あれ?」
クロウリアはヤクモの言葉を思い出して、気付く。あれは意味深な言葉では無く、そのままの意味だったのではないかと、その可能性を考えたのだ。
「あ、あの…そこの方…。」
「ヤクモで結構ですよ。」
「ヤクモさん…。この人は…その…シルバーナ様を襲って…。」
「いませんよ?アキト様はまるで子供をあやす母親の様に、シルバーナ様を慈しんで優しく抱き締め、子供を守る父親の様に添い寝をして差し上げたのです。恋仲の男女が行うアレな行為は、行う素振りすら有りませんでしたよ?」
ヤクモは嗤っていた。クロウリアには見えなかったが、それだけはしっかりと理解出来た。そして、自分がヤクモの言葉に踊らされた事に漸く気付く。
「な、何故…そんな紛らわしい…。」
「おやおや?どうかなさいましたか?私は事実を述べたまでですよ?」
「だ、だって…。」
「“疚しい事は無かった”と、始めに断ったと思いますが。」
「うぐ……。」
「察するに、始めから結論有りきでアキト様に疑いを掛けていたが為に、私の言葉を都合の良い様に解釈してしまったのでは有りませんか?」
「う……うう……。」
クロウリアはヤクモの指摘に困り果てる。すると、シルバーナを抱き締めあやして、やっとの事で泣き止ませたアキトがそれを見兼ねて口を挟む。一方、コウガは思いっ切り落ち込んでいた。
「ヤクモさん、その位にしてあげて下さい。僕の言い方も曖昧で、今思えば表現がかなり悪かったですし…。ヤクモさんの言葉選びも適切とは言えませんでしたよ?」
「ふふふ、確かにそうでしたね。ですが、クロウリア様は最初からアキト様を随分と疑っていらっしゃったご様子でしたから、私が何も言わずとも、何れは先の流れになっていた事でしょう。」
「そう…でしょうか?」
アキトは少しだけ腑に落ちなかった。ヤクモが明らかに楽しんでいる様子だったからだ。しかし、ヤクモはなに食わぬ顔で続ける。
「アキト様は御自分に非が有ると仰られますが、あなた様はともすれば訴えられ、謂れなき罪を問われる所だったのですよ?例え勘違いとは言え、これは名誉毀損になり得ます。それでも彼女に全く非が無いと?」
「全く悪くないとまでは言いませんが、大体は僕の所為ですよ。だからそこまでにして下さい。」
「そこまで仰るのなら、そうしましょう。クロウリア様、少々私も戯れが過ぎました。非礼をお詫び致します。」
アキトの説得をヤクモは受け入れ、クロウリアに対して陳謝して深々とお辞儀をする。しかし、意気消沈しているクロウリアはその言葉に上手く反応出来ない。
「…あ…えっと…。私も…す、済みません…。」
「私には謝罪は必要有りませんよ。寧ろ、あなた様が先に謝るべきお方は他にいらっしゃるのでは?」
「あう…。」
ヤクモはクロウリアに、アキトに謝る様に促す。それでもクロウリアは、申し訳無さからアキトの方を中々向けなかった。アキトはその姿に、勘違いをさせてしまった負い目もあって同情する。
「ヤクモさん、別に僕は気にしていませんから…。勘違いさせた僕にも責任は有りますし…。」
「いいえ、アキト様。これはしっかりとケジメをつけるべき事です。礼を失したなら、キッチリと謝罪する、これが出来ないと良い大人になれません。」
「それは、そうでしょうけど…。」
「クロウリア様は今回、勘違いとは言えアキト様に御迷惑をお掛けしました。アキト様はお優しいから、クロウリア様が謝らなくても、咎めはなさらないでしょう。しかし、これがもしも他の方なら、どうなっていたでしょうか?」
ヤクモの声には、何かを責める様な雰囲気は全く無かった。しかし、淡々と響く声は、クロウリアの心に纏わり付く様に絡み付いて行く。
「全ての方がそうとは言いませんが、中には許容出来ない方も居るでしょう。クロウリア様の“御両親”が、保護者としての責任を取らねばならない状況になるやも知れません。」
「…そうですね…。」
「子供の失態を償うのは親の務めですからね。訴えられたとして、その責任を取るのは親であって然るべきです。そして、だからこそ大人は子供を叱る事が出来ます。」
ヤクモはアキトの方を向いて話していたが、その内容はクロウリアの心に突き刺さる。自分のした事がともすれば、大好きな両親を傷付けてしまう結果を招いていたかも知れない事実に、愕然としていた。
「子供『だから』しょうが無いでは無く、子供『だからこそ』しっかりと指導する、これは大人の責務です。アキト様も、もしシルバーナ様が間違った事をなさろうとしたら、それを止めない事があなた様のするべき事だと思いますか?」
「……いいえ。」
「子供なら、失敗しても大人が守れます。そして、大人が守れる内に、一人立ちしても大丈夫な様に教育し、時に褒め、時々叱り、そしてその成長する姿を見守り、一人前になるまで見届ける事こそが、先に生を受けた我々大人の大事な務めです。だからこそ、大人は子供が間違ったら、それを指摘し、答えもしくはヒントを示し、叱った後に慰める。その義務が有るのですよ。」
「…有難うございます。」
ヤクモの言葉は、これからシルバーナの世話をしていくアキトにとっても、身につまされる物であった。アキトはヤクモが自分にも指導してくれたのだとわかり、尊敬の念を込めて御礼を述べた。
「アキト君、済みません。私の早とちりでした。君がそんな事をする生徒じゃ無いってわかっていた筈なのに、少しだけでも疑ってしまった自分が恥ずかしいです。改めて謝ります。リアの事も申し訳ありませんでした。」
「先生…大丈夫です。僕は気にしていませんよ。僕の方こそ、言い方が紛らわしくて済みませんでした。」
コウガの謝罪に、アキトも自らの非の有る部分を謝る。そのやり取りを聞いていたクロウリアは、改めて自分がどうしようも無く子供であった事を痛感する。
(お父さんが…私よりも先に謝ってる…。一番始めに謝るべきは私だったのに…。怖くて…口が上手く動かなくて…謝れなかったわ…。何が早く大人にならなきゃよ!私は大馬鹿じゃないの‼︎子供なのもいいとこよ!)
クロウリアは自分の不甲斐なさを自覚し、悔しさの余り涙が出る。その小さく震える背中を、二つの手が摩る。
「リア、私ももう一度アキト君に謝ります。あなたも一緒に謝りましょう。」
「私も一緒に謝るわ。」
「お父さん…お母さん…。で、でも…これは私の所為で…。お母さん達が謝る必要は…。」
クロウリアは湿った声で戸惑いを表すも、それを包む様にアイビシアの優しい声が響く。
「クロ兄さんも言っていたでしょ?子供の失敗の責任を取る事は、親である私の務めだからね。それにね?あなたは私の…私達の大事な子よ。あなたが大変な時、または成長する時、側で見守ったり、時には手助けしたいのよ。これは親の責任であり、幸せでもあるの。」
「お母さん…。」
「もしもあなたが私達に迷惑を掛けるだなんて思っていたら、それは大間違い。いい?失敗は誰にでも有るわ。私も失敗して大きくなった。だから、今まで他人にも沢山迷惑かけたわ。でもね、“親”は違うの。」
アイビシアは震えるクロウリアを優しく抱き締める。その温かさに、クロウリアは胸から熱い物が込み上げ、そのまま閉じた目の間から溢れ出る。
「親は子供の全てを愛するのよ。その失敗も、迷惑だと思う様な事も全部、全部愛する子供の歴史だから。これはあなたの一部なの。私の大好きなリアの一部なの。」
「お…おがあざ…。」
「だから私は嬉しいわ。あなたが成長しようとする、その時に側にいて見守れるんですもの。私が一緒に謝る事なんて、あなたは気にしなくて良いわ。それこそ親の役得ってものよ。」
アイビシアは笑顔を見せ、それをクロウリアに触らせる。クロウリアに、本当に母が笑っている事が、本当に自分を心から愛している事がしっかりと伝わる。涙が止まらない。涙が出るのに、嬉しくてしょうが無い。
「ぐすっ…ありがどう…おがあざん…ヒッグ…。」
「どういたしまして。さ、涙を拭いて。何時迄もお兄さん達を待たせて置けないわよ?」
「うん!」
クロウリアは涙を拭き、鼻を噛む。泣き腫らした顔はとても清々しかった。年相応の可愛らしい子供がそこに居た。そして、ミノリ一家はアキトの前に整列し、深々と頭を下げる。
「アキトさん!大変申し訳ございませんでした!」
「アキト君、私も改めて謝ります。すみませんでした。」
「私も謝るわ。ごめんなさい、アキト君。」
アキトはその光景が眩しく見えた。それがとても綺麗だったので、少しだけ涙ぐんだ。
「はい。確かに受け取りました。では、僕からも…変な誤解を与える様な発言をしてしまって、申し訳ありませんでした。」
「あ、アキトさん…謝らないで下さい。今回は私の方が悪いのですから…。」
「では、ここはお互い様という事で一つ、お願いしますよ。」
アキトは屈んで自然な笑顔を作り、クロウリアの手を取って自らの顔に当てる。もう充分ですと、その心をクロウリアに伝えた。クロウリアはぎこちなく笑顔を作り、アキトに応えた。
「有難うございます。ですが、このままでは私の気が済みませんので、何かお詫びをしたいのですが…。」
「でしたら、改めて僕と友達になってくれませんか?勿論、不埒な考えは微塵も有りませんし、あなたを決してそのような目で見ない事もここに誓います。それでも嫌なら諦めますが…如何でしょうか。」
「……いえ、アキトさんが誠実な方だと言うのはよく分かりましたので、大丈夫です。ですが、本当にそんな事だけで宜しいのですか?」
「はい、充分ですよ。」
紆余曲折はあったが、アキトは自身の目的を達成した。そして、満足そうに頷いたアキトは、はにかむクロウリアの前に手を差し出す。音で手を出した事を察したクロウリアは少し戸惑う。
「…これは?」
「仲直りと『これから宜しくね』という意味を込めての握手です。」
「あ…はい!」
アキトに差し出された手を、クロウリアはおずおずと握る。
「改めまして、ミノリ・クロウリアです。どうぞ宜しくお願いします!」
「アラカミ・アキトです。こちらこそ宜しくね。あと、敬語は無理に使わなくて良いですからね?」
「わかり…わかったわ。じゃあ、お兄さんも私の事はリアって呼んでね。お兄さん!」
「わかりました。リアちゃん。」
アキトとクロウリアはしっかりと握手をした。握手を解いたクロウリアは、ヤクモに向き直る。
「ヤクモさん。有難うございました。お陰で私は…大事な事を蔑ろにする所でした。」
「ふふ、クロウリア様に御礼を言われる程の事はしていませんよ。」
「それでも…。」
「では、私がその御礼を受け取るに値する為に、幾つかアドバイスを差し上げます。」
ヤクモは、優しい声でクロウリアに語り掛ける。
「クロウリア様は将来、警察の特殊部隊に入隊したいと仰っていましたね?」
「はい…私に出来る事って、それ位しかないから…。」
「左様ですか…。御自分の可能性を自らを狭めてしまうのは、少々勿体無い様にも思えますが…。取り敢えず今は、クロウリア様は警察に勤める事が目標であるとして、実際になれたとしましょう。」
「はい。」
「その場合、先の様に軽率な判断をする事は大変危険です。クロウリア様が目指す仕事は、人命に関わる可能性が高いでしょう。その責任は、先の比では有りません。あなた様が突出した行動を取れば仲間も危険に晒しますし、助けるべき方を救えない事にも繋がります。」
ヤクモの言葉に、クロウリアは苦い顔をした。先の失態でもかなりの責任を感じていたクロウリアは、それが比では無いと聞いた為であった。
「勿論、考え過ぎて動けなくなっては本末転倒では有りますし、あなた様の性格を否定する気は毛頭有りませんよ。切羽詰まった時などは焦る事も仕方の無い事でしょう。しかし、不用意な行動は危険を招き、却って事態を悪化させかねない事を、いつでも心に留め置く様にしていて下さい。」
「はい、努力します。」
「失礼ながらクロウリア様は、少々そそっかしい所がお有りの様ですので、焦った時は勿論、何か行動を起こそうとする際には、まずは一呼吸おいて、逸る気持ちを落ち着ける事を心掛けて下さい。気付かなかった事に気付くかも知れませんから。」
「…耳に痛いです…。」
「何時でも自分や周りの状態を俯瞰する『もう一人の自分』を造る事が出来ればベストですが、難しければ信頼の置ける友を作るのも良いでしょう。第三者の目から見てわかる事も有りますし、行き過ぎた行動を止めて頂く事も可能です。そして、手に入れる事が出来たら大事になさる事です。それはきっとあなた様の助けとなるでしょう。」
「友…ですか…。」
クロウリアは先程友になったばかりのアキトの事を考える。
「何よりも、思い込みや油断に慢心、怒りなどの激しい感情には気を付けて下さい。かつて私も、それで失敗しました…大切な家族を…失いました…。あの時の事は今でも悔やんでいます…。昨日も同じ様に失敗しましたしね…。ふふ、こう思い返して見ると、クロウリア様に偉そうな口は利けませんね…。」
「ヤクモさん…。」
アキトは、昨晩のアサテとヤクモのやり取りを思い出す。あれ程に怒りを滾らせたヤクモは、アキトは見た事が無かった。それだけの事があった事は、想像には難く無かった。
「私とて至らぬ一人の人間です。完璧な人間などとは程遠く、失敗する事も多々有ります。そして、多くの失敗を重ねて学び、今の私が居るのです。ですので、今の私を作りあげた私の歴史を、私は否定しません。しかし、出来れば生涯で一度も経験したくなかった失敗も…中には有ります…。」
ヤクモは、柔和な顔に険を作る。コウガやアイビシアもその内容に心当たりが有るのか、辛そうな顔をした。
「だからこれは、先に失敗した人生の先輩からのアドバイスです。偉そうな事を言える立場では有りませんが、クロウリア様が後悔なさらぬ様に、これだけは伝えておきたいのです。クロウリア様、後悔は先に立ちません。私と同じ轍を踏まぬ様に…努努精進なさって下さい。」
「…はい。」
ヤクモの真摯な想いを込めた願いは、確かにクロウリアの心に染み入った。
「それと、先程も言いました様に、『思い込み』は宜しくは有りません。あなた様が警察以外に勤める所が無いと言うのは、思い込みやも知れませんので、無理にとは言いませんが、是非他の可能性も考えて見て下さい。」
「私の…可能性?」
「あなた様の御両親が心配なさるのは、やはりあなた様を愛しておられるからに他なりません。あなた様が御自分のやりたい事も出来ずに我慢して生きて行こうとすれば、その状況を見て心を痛めてしまうのです。」
「はい、それは…わかっています。でも、これは私が、好きで選んだ道ですから。」
クロウリアも、両親の心はわかっていた。それ故に、引けなかった。自分を大切に思ってくれている、大切な両親だからこそ、役に立ちたい、せめて負担に成りたくないと心から思っていたのだ。しかし、それを口に出せば変に気を遣わせてしまう。だから、自分が望んでいるのだと強く主張する。
「……わかりました。そこまでの覚悟がお有りなら、私はお止めしません。」
「はい。」
「ですが、一つ約束して下さい。」
「何でしょうか?」
「必ず、幸せになって下さい。それが、それこそが、御両親に対する一番の御礼なのです。あなた様は、きっと幸せになれます。だから、それを決して諦めないで下さい。これが私の願いです。約束して頂けますか?」
ヤクモは子供を持つ一人の親として、目の前の健気な少女の幸せを願った。その思いを、真摯に伝えた。
「……はい、約束します。必ず…幸せに…なって見せます!」
その気持ちを、確かに受け止めたクロウリアは、精一杯の心が篭った返答で、その思いに応えた。
「……それを聞けて安心しました。話がかなり脱線してしまいましたね。熱が入ると、話が長くなってしまってつい…。色々と、差し出がましい事を申し上げました。心より、謝罪致します。」
「いいえ、此方こそ…有難うございました!」
ヤクモは、クロウリアの元気な御礼に、逆に勇気付けられた事に気付いて頬を綻ばせ、コウガの方を見る。
「…素晴らしい御息女ですね。」
「ええ…私達の…自慢の娘です!」
「そうよ!最っ高の娘なんだから!」
その言葉を聞いたクロウリアは、顔を真っ赤にして、それ以上に嬉しそうな顔をして笑った。
「もう!人前で恥ずかしいよ…でも、お父さんもお母さんも、大好き!」
そして、その様子を見ていたシルバーナは、そっと流れる涙を拭った。一方アキトは、感動はしながらもやはり腑に落ちなかった。
(……なんか凄くいい話になっていますけど…やっぱりヤクモさんは、ただ面白がって煽っただけじゃ無いでしょうかね…?)
結果的には良い形に収まったとは言え、アキトにはどうしても、ヤクモの露骨な誘導がわざとらしく感じてしょうが無かった。そんなアキトを他所に、アイビシアはヤクモに礼を述べる。
「後、クロ兄さん。本来なら私が注意すべき所を、代わりに叱って下さって、有難うございます。」
「いえいえ、こう言った事は、親よりも他人に言われた方が効果的な時も有りますからね。特に、アイビシア様の場合は…ですね。」
「威厳の無い母親で、本当に申し訳無いわ。…お手数お掛けしました。」
アイビシアは苦笑いしながらヤクモに謝った。その様子を見てアキトは納得する。
(ああ…なるほど。シアさんがちょっと怒った所で、余りリアちゃんには響かないって事なんですか。だからヤクモさんが代わりに…って、それって母親として本当にどうなんですかね?)
アキトは改めて、戯れあうアイビシアとクロウリアの親子を見る。まるで姉妹の様にふざけあう彼女らは、非常に仲睦まじく、微笑ましかった。その姿を見ていると、威厳だなんだと考える事が如何でも良い様にアキトは感じてしまう。
「まあ…これも一つの親子の形…ですかね。」
そして、アキトは一人で勝手に納得して頷いたのだった。
主人公がヒロインに勘違いされるパターンって、良く有りますよね。大体はすぐに解決したりしていますが、拗らせたりすると結構な悲劇を生み出す可能性が有ったりします。意思疎通の大切さがわかりますね。
アキトは、悲運から勘違いされると言うよりも、素の言動が割と危ない(ただし下心は全く無い)タイプの損な性格の主人公なので、セクハラなどで本気で訴えられれば、本当に負けます。




