第7話
「な、何だ⁉︎」
「あっづ⁉︎」
ウキが失神したのとほぼ同時に、大小2つの影が、ウキの部下達を襲撃していた。その影は宙を自在に飛び回って男達に突撃、一つ目の大きめの影が幾筋もの熱風(銃弾が暴発しない程度)を放って、男達の手から拳銃を落とさせると、落下の衝撃による銃の暴発を防ぐ為に、二つ目の小さめの影がすかさず地面に着く前の銃を拾って遠くに滑らせる。
「物騒ね〜あなた達。銃口は人に向けちゃいけないって習わなかったの?引き金には指をかけていなかったのは良いけど。」
「お母さん、この人達はわかってやってるわよ。」
「そう?じゃあ、うんとお仕置きしないとね〜。性的な意味じゃ無く!」
「いや、別に言わなくてもわかるから!」
2つの影は、クロウリアとアイビシアであった。二人は空中を勢い良く飛び、武器を無くした男達の顔面を次々蹴りつける。そこまで広くない空間で、二人が素早く空中を舞っているのにも関わらず接触しそうな気配は無く、息はピッタリであった。そして、ウキの部下の男達は一人も残らず、二人に文字通り蹴散らされた。そして、タイミングを図って病院の玄関から突入して来た警官隊により、気絶した男達は難なく縛り上げられる。
「いや〜久し振りに思いっ切り動いたわ〜。ね?リア。」
「え?運動ならいつもしてるじゃない?」
「ああ、訓練の方じゃ無くて、人の多いこの廊下を勢い良く飛んだ事よ。目立つし危ないからって、街中じゃ余り速度上げて飛べないんだもの。無事に上手く避けられたし、鈍ってなくて良かったわ〜。」
「あ、そっちね。」
「…あら?リアったらもしかして…別の運動を想像しちゃった?そうね〜あっちも確かに別の意味で飛…。」
「それ以上は言わないで!」
男達を全員ノックアウトした二人は、相変わらずの親子漫才をしながら地上にゆっくりと降りる。そこへ、人質達全員の無事を確認したコウガがやって来て二人を労う。
「ご苦労様です。二人とも。」
「えへへ〜コウガさん、褒めて褒めて〜キスさせて〜。」
「お母さん!恥ずかしいから人前でイチャイチャしないで!」
そして、アイビシアがコウガに抱き付いてキスをし、それをクロウリアが咎めるという恒例の、緊張感の欠片も無い光景が繰り広げられた。警官達はその様子を苦笑いで見ながら、混乱している場を収めて行く。
「人質の方に怪我は無く、犯人グループは全員無事に確保、首尾よく解決出来ました。これもあなた方の協力のお陰ですね。感謝しますよ。二人は私の自慢の家族です。」
「えへ、コウガさんも私の最高の夫よ。愛してるわ…私への御褒美に、今夜は思いっきり激しく…ね?」
「ええ、勿論ですよ。」
「うふふ、嬉しいわ。」
「知らない振り…知らない振り…私はあの人達とは無関係な子供…。」
燃え上がるカップルを無視し、寧ろ娘だと思われない様に、クロウリアは二人から離れる様に空を飛んでゆったりと移動を始めた。その様を、少し離れた所で一人の男が見ていた。その男は心の中で呟く。
(クソ!最初の作戦は失敗か…。仕方ない、次の作戦に移らねば。)
男は懐に隠した拳銃を密かに確認しつつ、周囲に不審に思われない様に気をつけながら目標を探す。
(導術使いや導族の介入によって犠牲者が出れば、非難は確実…。)
男は『サカキ』の一員であった。最初の作戦である、外国人を人質に取って脅す事は、警官隊によって目標が保護された事で出来なくなった。よって、男は二番目の作戦に移る。その作戦とは、最初の作戦が予期せぬ救出作戦により失敗した時に、見せしめとして誰かを殺害する事であった。
(本来なら一人も被害者は出さない筈ではあったが、こちらの要求が通る前に迂闊な行動をしたのだ。その落とし前は払って貰わねばな…。)
もしも要求も通らない内に無事に解決されたなら、そのまま政府関係者の言質も取れず、主張に対する対応は有耶無耶にされかねない。しかし、導術使いや導族が事件に介入した結果誰かが犠牲になれば、『サカキ』に対する批判も高まるが、それ以上に政府の立場を悪く出来る。恰好の攻撃材料になるのだ。
(…そうだ。どうせなら、導族のガキを殺すか…。アビス王国との仲が険悪になれば、必然的に他の人族国家に媚びを売る必要が出て来る…。導術に対して苦言を呈する彼等の意見に従えば、導術使い育成を縮小する事を約束するに違いない!)
アビス王国は、ヨミ国に住む導族の生活環境に対しては比較的寛容である。かなり酷く差別されては居るが、それでも生きて行けるだけの環境は最低限、法によって保証されているからだ。アビス王国は最近近代化が激しいが、それでも最下層の者の生活は困窮を極める。その生活と比較すれば、ヨミ国での扱いもまだ良い方なのだ。
また、ヨミ国に於ける導族殺害事件は未だ確認されて居らず、ヨミ国人も導族を安く扱き使ったり、虐めて優越感に浸ってはいても、強姦や殺人などの諍いを起こすような過激な事は控える程度の良識は持ち合わせていた。
更に、その辺りは政府及び関係者の監視の目がかなり強く光っており、ヨミ国に住む導族の数や所在地などを把握しているのも、重大事件が起きるのを未然に防ぐ為の情報収集が目的であった。重大事件が起きて、それが切っ掛けで戦争が起こる事を防ぐ為である。テロリストが今まで導族に簡単には手を出せなかった理由でもあった。
逆に言えば、導族が理不尽に殺害される様な事件が起これば、それはアビス王国の民を怒らせる事に繋がり、アビス王国のヨミ国に対する感情は悪化する。隠蔽する事も可能では有るが、報道陣が居る目の前の出来事を隠すのは難しく、報道規制したとしても、情報化社会で何時迄も隠し通せるとは考えにくかった。
(さて…誰を殺すか…。なるべくなら、意趣返しも込めて、計画の邪魔をした奴を殺したい所だな…。彼奴らの中で…隙の有りそうな奴は…。)
そして男は、人目も憚らず愛し合うミノリ夫妻から離れようとするクロウリアに狙いを決める。
(無警戒にこっちに飛んで来てるあいつにしよう。丁度良く狙い易い位置に居るしな…。他の奴らは別の方に気を取られているな…良し!)
そして、クロウリアが充分に近付いた所で、男は急に立ち上がって拳銃を抜いて両手で構え、クロウリアを狙い撃とうとする。
「召喚!」
しかし、それを邪魔する者が居た。アキトである。アキトは男の死角から飛び出し、男の目の前にエミリオに切られて壊れたベッドを縦に積んだ状態で召喚する。召喚されたベッドの為に、男の銃の射線は完全に遮られる。
「何!ぬあ⁉︎」
驚いて一瞬硬直した男の拳銃を、アキトは左手で掴むと、親指を撃鉄の部分に引っ掛けて撃鉄が降りないようにしつつ、銃口を天井に向ける様に捻りを入れる。
(これで誰も狙えない!)
それと同時に、右肘で男の肘関節を上から叩き、それに引っ張られて前のめりになった男の目の近く目掛け、勢い良く頭突きを当てる。
「子供を!」
「がっ⁉︎」
目の付近への衝撃の為に、男が目を瞑ったまま仰け反った所に、すかさずアキトは無防備な男の喉に右手手刀を鋭く打ち抜き、同時に股間を右足で軽く蹴り上げる。
「撃とうだ!」
「ふぐっ!」
男が喉と下腹部への激痛で前屈みになった所で、アキトは右手で男の髪の毛を掴んで引っぱりつつ、鳩尾を狙って右膝で鋭く蹴り上げる。
「なんて!」
「ごお⁉︎」
アキトは腰を回して男に背中を向ける。その際に男の頭にしっかりと右腕を廻し、絡め取って引き捻り、その直後に右足を上げて男の左脚を蹴り上げる。
「言語道断!」
男はアキトに左足を蹴り上げられ、その勢いと上半身の捻りによりバランスを崩し、右半回転して背中から床に落ちる。更にそこにアキトも一緒に倒れ込んで来たため、二人分の体重を併せた落下の衝撃が男の背中を襲った。
「がはっ‼︎」
アキトの渾身の投げにより床に強かに背中を打つと、男は意識が飛びそうな程の痛みに朦朧とする。それでも拳銃を離さなかった男を、アキトはうつ伏せにすると、両足を男の右腕に廻して挟み、肩と肘と手首の関節を同時に極める。
「ふんぬ!」
「ぎああああああ⁉︎」
男は、腕が折れるかとも紛う激痛が走り、思わず銃を離し、アキトに取り上げられる。朦朧とした意識が瞬時にしてはっきりし、脳内を駆け巡る鮮明な痛みを誤魔化す為に、大声で叫び倒す。
「あ…アキト君?その位にしてあげて下さい…。本当に折れますよ?」
「ああ、先生。丁度良かったです。このまま押さえ付けているので、この人の拘束をお願いします。」
「は…はい。」
成人男性を痛みで叫ばせながら平然としているアキトに、コウガはアキトの担当教師として何とも言えない表情を浮かべる。
(目を狙った頭突きに喉への手刀、金的、鳩尾への膝蹴り、投げから極め…ですか。手加減はしていた見たいですが…色々酷い連携ですね…。意外とアキト君って…怖い?)
コウガもアキトの事を言えた口では無いのだが、反則技を平然と使用するアキトに、コウガは若干引いていた。しかし、そのままにして置く訳にはいかないので、コウガは警官隊にお願いしてアキトの拘束する男に手錠を掛けて貰った。
「やはり、この方でしたか。アキト君の読み通りでしたね。」
コウガは、アキトが捕まえた男を見る。クロウリアを撃とうとしたその男は、最初にウキに撃たれた警備員であった。男は手錠され両腕を抱えられたまま、警官に立たされる。その男は激痛から解放された安堵と、作戦失敗の悔しさがないまぜになった表情でアキトを睨む。
「…おい、人類の裏切者。なぜ俺が密偵だとわかった。」
「…裏切者という呼び方は止めて欲しいんですが…。ええと、厳密には、しっかりと密偵だとは、わかりませんでした。」
「何?では何故俺を邪魔出来たんだ?俺は密偵として此処には暫く前から潜んでいた。同僚や医師達の信頼も得たし、さっきまでは不審な動きを見せた覚えは一切無い。お前が俺を疑う理由は一体何だったんだ?まさか勘なのか?」
男はアキトの答えが気に入らなかった。自分達の作戦を完全に潰した原因が、ただの偶然だと思いたく無かったのだ。負けたのであれば、負けた理由に納得が行く根拠が欲しかった。
「確かに、あなたは不審な動きはしていませんでしたし、何より一番最初に撃たれたので、犯人グループの一員だとは余り思えませんでした。ですが、僕はあなたの行動が少し妙だと思ったので、コウガ先生達が突撃して来た後、念の為にあなたの死角から様子を伺っていたんですよ。」
「…妙だと?」
「あなたは、最初に彼らに近付く時に、何の警戒も無く近付きました。ですが、この病院には脅迫状が届いた事もあると聞いていたので、少しは警戒して近付くのではないかなと思ったんです。」
「それだけで…か。」
「ええ、だから自信は無かったんです。ですけど、警戒しておいて損は無いかなと思いまして。」
アキトはヤクモの話から、病院側は怪しい集団に対して敏感である筈だと考えていた。しかし、警備員が余りに無警戒過ぎた為、それが怪しいと感じたのだ。シルバーナには予め、念の為にその男からそれとなく離れる様に伝え、ヤクモにも内容を伝えていた。
そして自身は、コウガ一家突入の混乱に乗じて怪しいと睨んだ警備員の死角の位置に素早く密かに移動し、それとなく男を見張っていたのだ。そして、男が拳銃を所持している事を確認、不審な動きをしたために飛び出し、先の結果に終わったのだった。
「…全く、してやられたな…計画が台無しだ…。決行時刻さえ違っていれば、お前達と鉢合わせる事も無かっただろうに…運が無いな…。まあ、これもまた定めか…。」
男は何か憑き物が落ちたかのように、またはある種の諦観か、清々しい顔でアキトを見る。結果的にでは有るが、殺人を犯さずに済んだ事に、安堵していた部分もあったのだ。
「あなた方の言いたい事は、納得出来る所が有りましたよ。ですが、やはりやり方は選んで欲しかったです。」
「ウキ隊長も言っていただろう?悠長に話し合いで納得させ、我らが理想を実現するには、時間が無かったのだ。お前が言う様に、もう手遅れになりかけていた。いや、もう既になっていたのかもな…。」
「あの…なんか…すみません。」
「…被害者であるお前が謝るのか?不思議な奴だ。まあ、嫌味程度に受け取って置くさ。」
警備員として潜入していた密偵の男は、そのまま警官隊に連れられて行った。それを見届けると、柱の影に隠れていたシルバーナがアキトの元に駆け付ける。そのままアキトに抱き着くと、やはりさり気なく匂いを嗅ぐ。
「お兄さん!御無事でしたか!」
「ええ、ルビィも無事で良かったですよ。今回はあなたの力も借りましたね。有難うございます、お陰で助かりましたよ。」
「あう…い、いえ、す、全てはお兄さんの、お陰です!わ、私など…。」
「いいえ、そんな事は有りませんよ。あなたが居てくれたから、あの行動が出来たんです。本当に感謝しています。」
「うあ…あう…お役に…立てたのなら…う、嬉しい…ですぅ!」
アキトから笑顔を向けられたシルバーナは、顔を赤らめつつ笑顔で返す。
(今回は、少しですがお兄さんの御手伝いが出来ました!導術を使わなくても、お役に立てる事が在るんですね…。もっと頑張って、もっと役に立って、アキト様のお側にずっと…!)
一方のアキトは、シルバーナの喜び様を複雑な気持ちで見つめる。
(ルビィは自分の能力を過小評価し過ぎているきらいがありますね…。もっと自信を持っても良いのに…今までは状況がそれを許さなかったんですね…。今回の様な経験を、無理せず少しずつ積ませて、少しでも自信を取り戻せたら…。)
シルバーナは、生まれてからこの方、自分の身体と能力に常にコンプレックスを抱いて来た。それが彼女自身の根深い自己嫌悪と劣等感を生み出していた。
(…憂いても仕方ありませんね。取り敢えず今は、ルビィが喜んでいるので良しとしましょう。)
アキトはそこで一先ず思考を中断し、状況の整理をする。そして、一番に浮かんで来た懸念をコウガに問う。勿論、シルバーナはしっかりと抱きしめ、頭も優しく撫でておく。
「先生、他の出入り口の方は…。」
「大丈夫です。ヤクモさんやコチヤ先生が迅速に処理してくれました。私達もタイミングを測って時間差が無い様に攻撃を仕掛けたので、連絡する間も無かった筈です。」
「そうですか…良かったです。」
アキトの連絡を受けたヤクモは、現場に駆け付け易い位置にいたコチヤに連絡を入れ、自身もすぐに病院に引き返して周辺の植物を支配、コウガとも連絡をとって一斉に仕掛け、苦も無く制圧していた。
「有難うございます。お陰で助かりました。」
「いえいえ、アキト君の時間稼ぎと、注意の引き付けのお陰でこちらも助かりましたよ。」
「いえいえいえ、コウガ先生やヤクモさん達のお陰ですよ。先生達に比べたら、僕のした事なんて、そんな大した事では有りませんから。」
「いえいえいえいえ、アキト君は充分に役に立ちましたよ。そもそも人には得手不得手、適材適所と言うものが…。」
アキトとコウガは不毛な譲り合い合戦を始める。そこに、突如としてヤクモが現れ二人の仲裁をする。
「御二方とも、讃え合いは一先ずお止め下さい。混雑する病院の廊下での立ち話は、患者の皆様方のご迷惑となられますので。私が部屋を用意しましたので、話や情報整理をなさるならそちらに移動なさってからでお願い致します。」
「ああ、ヤクモさん。済みません、そうでしたね。コウガ先生、ルビィ、移動しましょうか。」
「ふあ?……あ、はい!」
アキトの呼び掛けに、匂いを嗅いでいたシルバーナは正気に戻って返事をした。そして、アキトと手を繋いだシルバーナは、にやけ顏を我慢して表情筋を引きつらせながら歩いて行く。そんな二人の背中を見ていたコウガは、とある疑念を抱いていた。
(しかし、本当に仲良くなりましたね…。少しばかり仲が良すぎる様な、距離が近過ぎる様な気もしますが……まさか……?いやいや、アキト君に限ってそれは無いですよ。……無いですよね?)
妻のアイビシアとは十歳以上の年の差婚であり、尚且つアイビシアが十代の時に長男のナツトを出産している事からも、コウガの懸念する所は全くもって他人の事を言えたものでは無いのだが、教師の立場として一応注意しようとは考えていた。
(今は流石に駄目でしょうが、将来的には、恋仲になる可能性は無い事も無いですか…。しかし、導族の方との恋愛関係となると、この御時世では色々と大変ですからね。私も苦労を…。)
コウガは、妻のアイビシアとの生活を振り返る。すると、日常的に情熱的に愛し合った幸せな日々しか思い出には無かった。コウガは、自分はとても果報者なんだなと改めて感じ、愛する妻への感謝を心の中で述べた。
(まあ、私は苦労しませんでしたし、アキト君もきっと大丈夫ですね。ですが、もしも何か問題があったら、私に相談して下さいね。きっと、私の体験談が役に立つと思いますから!…多分。)
コウガは親指を立て、心の中で見当違いの応援をアキトに向けて送ったのだった。
アキト達は、再び忙しくなった病院の中を歩き、ある部屋の前まで来る。
「さあ、この部屋ですよ。」
「え……?ヤクモさん、ここって……。」
「ええ、この病院の副院長のイナバ様のお部屋です。」
そこは副院長室であった。てっきり談話室か何かを想像していたアキトは、ヤクモが病院の幹部クラスの人物の部屋を借りたという事に驚く。
「……良いんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。イナバ様は普段、患者様方の診療ばかり為さって居るので、この部屋は殆ど使用されて居らず、勿体無いので使って構わないとの事でした。あと、アキト様達には感謝していると仰っていましたよ。」
「イナバ副院長って、太っ腹なんですね。」
「太っ腹と言いますか…医者バカと言いますか…。イナバ様は治療や手術ばかり為さって、副院長らしい事は何一つ御自分ではやらずに部下の方達に丸投げしているのですよ…。医者としては、患者想いの大変素晴らしい方なのですが、立場をわかって居られないのが玉に瑕で…。」
ヤクモの言い様に、アキトは困惑する。
「ヤ、ヤクモさん…。その言い方は流石にどうかと…。気心の置ける方なのですから…。」
「大丈夫ですよ、アキト君。イナバさんは私達とお互いに良く知る仲なんです。ヤクモさんの毒舌にも、イナバさんは慣れっこですから。」
「ええと、以前からイナバ先生とはお知り合いで?」
「ええ、そうですね。でもその質問に答える前に、部屋に入りましょうか。」
コウガに促され、イナバの部屋に入ると、アキト達は部屋の中心に置かれた広いソファーに座る。勿論、シルバーナはアキトの隣をしっかり陣取る。そして、ヤクモが植物を用いて用意していたお茶を全員で啜った。そこで一息ついたアキトは、改めて部屋を見回す。
(うわぁ…物が全然有りません…。)
部屋の中はしっかりと整理が行き届いた、と言うよりは物が少なすぎて仕事場感がまるで無いと言った方が妥当で、余りの書類の少なさにアキトは吃驚していた。
「な、なるほど…ヤクモさんの言っている事がわかりました。全然使われて無いですね、この部屋。きっと、イナバ先生は現場で仕事するのが肌に合っているのでしょうね…。」
「アキト様?別にそんなオブラートに包んだ言い方を為さらずとも、もっと辛辣に否定しても宜しいのですよ?」
「い、いえ、それはちょっと…。」
アキトはヤクモの言いたい事を理解したが、患者の為に身体を張る、あの熱血な医者をとても気に入っていた為、言葉を濁す。そして、その話から逃げようと、別の話題を振る。
「そう言えば、コチヤ先生は?」
「コチヤ様でしたら、若様の所へ戻りました。元々、ディア様の護衛として薄い影ながら見守っていて下さったのですが、此方の方が緊急事態であったので呼び寄せただけでしたからね。」
「そうですか…。またお礼を言わなきゃですね。」
「ふふ、是非そうして下さい。コチヤ様もお喜びになられるでしょう。」
アキトは、コチヤの使い走り振りに若干の同情を禁じ得なかったが、同情よりも礼を述べる方が良いだろうと考えを改める。
「ところで、あの方達、『サカキ』という集団は、以前からこの病院を狙っていたのでしょうか?」
「脅迫状の事ですか?そうですね…脅迫してきた相手は一人二人程度では有りませんからね…。恐らくは居たのでしょうが…。」
「そんなに脅迫する方達が居るんですか…。」
アキトは、イナバ達が予想以上に多くの人々の目の敵になっている事を知って、複雑な気持ちになる。
「ええ、中には悪戯らしき物もあったので、一々気にしていられないと判断し、余り過激な事はしてこないだろうと、精査もせずに高を括っていたのが間違いでした。一応、警察の方にはその都度、連絡しておいては有ったのですが…。警備を厳重にすれば、患者様の移動に手間取ると考え、警戒態勢を高めなかった事も災いしましたね。」
「そうでしたか…。それにしても、幾ら何でも治療に来ている患者を狙うなんて…。」
「それが彼らの狙いでしょう。導術を使う病院に、襲撃される可能性が有ると世間が知れば、少なからず患者様の足は遠退きますからね。彼らは導術に頼らない病院が、生き残り易い状況を作ろうと考えたのでしょうね。」
今回の事件では死者は出なかったものの、患者が人質に取られ、命が危険に晒される可能性がある事が世間に大々的に知られる事になる。そのイメージが強くなれば、導術を活用する病院に来る患者が減る。その分、他の普通の病院に患者が流れるという寸法である。
(病院の維持費などは別に良いのでしょうが、それによって導術の治療を受けずに苦しむ方も多くなるかも知れないのですか…。言い分はわかりますが、やはり僕は目の前の苦しんでいる人が、少しでも現状で良い治療が受けられるなら、それに越した事は無いと思ってしまいますね…。)
アキトは、『必要な犠牲』という言葉が嫌いだった。出来る事なら全てを助けたいと、そう思うのがアキトであった。何処までも欲の深いアキトは、全てを欲する。その心を、アキトは敢えて押し留めようとは思えない。
「…人々にとって、どの様な状況こそが、本当に在るべき正解なのでしょうかね…。」
しかし、本当に人々がそれを望めば、それを認める位の融通の効き易さも、アキトは持ち併せていた。
「それは私にもわかりかねます。…しかし、少なくともアキト様は、御自分がどうありたいか、どうあって欲しいか御存知なのでは?」
「……そうですね。僕の中では、答えはもう決まっていますよ。」
「なら、それで充分では無いでしょうか。あなた様が進みたい道を、御自身でわかってさえいれば。その是非を他の人々に任せず、後悔なさらぬよう御自分で判断なさって下さい。それが『是』で有るなら、きっとそれこそがあなた様にとっての『正解』ですよ。」
「…有難うございます。」
アキトは、ヤクモの言葉に少しだけ勇気付けられたが、まだ声に力は無かった。自分の思いに従う事に賛成ではあっても、それが人に害を及ぼしたりしないか不安だったのだ。その様子を見たヤクモは、雰囲気を一転して気分を変えて貰う為に、アキトを弄る。
「それにしても、アキト様は大活躍でしたね。」
「え?急に何です?」
「花を通して見ていましたよ。ウキという方との口喧嘩、中々にお強かったではありませんか。」
「口喧嘩…。まあ、無理矢理な所や屁理屈があったのは認めますが…。」
アキトは先程のウキとのやり取りを思い出す。考え直して見れば、自身の主張には穴の多い事がわかる。相手が上手く勢いに呑まれてくれたから良かったものの、もう少し相手が冷静であったなら、論破されて当然の内容であった。
「……本当に、無茶な事をしてしまいましたね…。今更ながら、何で相手の挑発に乗ってしまったのか…。」
「まあまあ、あそこでアキト様が逃げ腰を見せれば、相手の思う壺でしたから。アキト様は毅然とした態度を示し、終始御自分の意見を曲げずに通されました。そもそも、あれは議論では無かったので、あの態度を通す事こそがあの場で適切だったと思いますよ。最後の方で少々、過激な事を仰られたのは少しばかり頂けませんでしたが。」
「あ、あはは…すみません…。」
「いえいえ、ウキという方の焦り様は見ていてとても面白かったので、それで差し引き零ですよ。」
「差し引き出来る様な事じゃ無いと思うんですけど…。」
現在のアキトは親導族派の看板として持ち上げられている為、例え論破されたとしても、看板が逃げたり揺らぐ事は許されなかった。相手の挑発に乗らず、最後まで導族を否定せず、然りとて人族を強く否定せずに自分の意見を通したアキトは、まず最低限の務めを果たしたと言える。
「何れにしても、アキト様は御自分の立場を良くご存知で行動していらっしゃるので、私も安心して見ていられますよ。何処かの副院長殿とは大違いです。是非、見習って貰いたいものですね。爪の垢を煎じて飲ませて差し上げたいです。」
「ヤ、ヤクモさん…その位で…。」
アキトは、雲行きの怪しくなってきたヤクモの言葉を制し、コウガに質問する。
「そう言えば先程、コウガ先生やヤクモさんはイナバ先生のお知り合いだと仰っていましたが。」
「ええ、そうです。イナバさんは学園長先生の親戚で、尚且つ親友でしてね。私の養父のミノリ・サンガ、ヤクモさんの母方の叔父のオハリ・カンラン殿とも親交がありまして。その繋がりで私達とも知り合いなのですよ。」
「叔父上は『ハクトは気の良い奴なのだが、ロウガ様の影響をもろに受けて突っ走り易くなってしまった。サンガは優し過ぎて二人を止められないし、結局私が二人を止める役だった。ロウガ様だけでも手を焼いたのに、ハクトまで面倒見るのは大変だった。』と良く愚痴を零して居られました。もうかなりいい年なのに、未だに御二方共相変わらずで…何と言って良いのやら…。」
学園長ことオオカミ・ロウガは、母方の従兄弟のミノリ・サンガ、ロウガの実家と古い付き合いのあるオハリ家出身のオハリ・カンラン、そして父方の従兄弟となるイナバ・ハクトと幼少からの付き合いで、互いに親友であった。ロウガとイナバは突っ走り易く、サンガは非常に穏やかな性格、カンランは少々毒舌ながらしっかり者で、ロウガとイナバの無鉄砲な行動を止めるブレーキ役でもあった。
「私の父上は『いつもカンラン殿には世話になった。』と良く言っていましたね。『あの二人を止められるのはカンラン殿しか居ない』とも。」
「サンガ様は少々所じゃ無く甘い御方ですから…。どうやら、大旦那様もイナバ様も、相当甘やかした見たいですしね…。その分のしわ寄せが、叔父上に行ってしまわれたのですよね…。」
「はは…。いや、父上が面目無い。」
「コウガ様が謝る必要は有りませんよ。全ては大旦那様とイナバ様の所為なのですから。……まあ、叔父上もあれで結構楽しんで居た見たいですからね。愚痴を仰る時、時々頬を綻ばせて居ましたし。そこまで気にする必要は無いと思いますよ。」
コウガとヤクモは昔話に花を咲かせる。アキトは二人の話を聞いて羨ましく思う。アキトには、両親の親類と会った事が無かったからである。
(仲が良さそうで微笑ましいです。僕もいつか、父上や母上の兄弟や、従兄弟とかに会えると良いですね…。一緒に食事をしたり、話したりして…。)
アキトの両親は特別な事情(駆け落ち)が有り、それぞれの実家とはかなり長い間、疎遠になっている。従って、アキトは親戚どころか祖父母の顔さえわからない。
(まあ、それ以前に、友人と言える人が殆ど居なかったですね…。遊ぶ時もシオンやサム、ミドリ姉さんとばかりで、学園に来るまで男友達は全く居なかったしなぁ…。レン君やハルト君に会えたのは、本当に良かったです。)
アキトは学園に入る為に都会に出て来るまで、周囲に殆ど家の無いかなり田舎な場所で、両親と妹とペットの犬、唯一の御近所である一家(母娘の二人家族)、それと遠く離れたバイト先の僅かな人達以外とは殆ど交流も無く過ごして来た。また、その場所に来る前に居た場所では、同世代から虐められていた事もあった。コウガとは別の理由であるが、友人が殆ど居なかったのだ。
(さて…如何しましょうか。別の話をしたいのですが、先生達の話の腰を折るのも…。)
アキトは、談笑するヤクモとコウガを見る。話の内容は、最早最初のアキトの質問からは外れてしまっていたが、二人共楽しそうに話しているので、その話を切るのはアキトとしては気が引けた。そして困っていると、そこに助け舟を出す者が居た。クロウリアである。
「お父さん、そっちばかりで話に花咲かせてばかりはどうかと思うのよ。お兄さんが全然話に加われなくて困っているじゃない。」
「え?ああ、そうですね。有難う、リア。アキト君、済みません。」
「ふふ、コウガ様のご息女に注意されてしまうとは。アキト様、申し訳ございません。私とした事が大変な失礼を。」
「いえいえ!先生達の関係が良くわかって良かったですよ。あと、クロウリアちゃんで良かったかな?気を遣ってくれて有難うね。」
「え…あ…い、いえ、この位当然ですから!」
クロウリアはアキトに優しく御礼を言われて吃驚する。これまで年の近い(それでもアキトとは5歳以上離れては居るが)男性は兄のナツト位しか接触する機会が無かった為、男性慣れをして居らず、変に意識し易い状況だった為、動揺してしまったのだ。
(でも、この人の声…優しい…。お父さんやお兄ちゃんと同じで、心根がとても優しいんだろうな…。なんか、とても安心する…。)
コウガやアイビシアはクロウリアを娘として、ナツトは妹として深く愛し愛情を注いできた。クロウリアも口ではなんだかんだ言っても、結局は家族が大好きで、揶揄って来る母や甘えん坊の妹達、優しい兄や父の声をとても気に入っていた。アキトの声も、コウガやナツトと同じで非常に優しい声色であった為、最初こそ戸惑ったものの、少し経つとまるで家族と接するかのような安心感を得ていた。
「あら?リアったらアキト君に気を遣ってるの?気遣いの出来る女アピール、良いわね〜。もしかして…アキト君に気が有るのかな?」
「お母さん!茶化さないで!」
「おんやぁ〜?ムキになるなんて怪しいわねぇ〜?やっぱり狙っているんでしょ!ねぇ、アキト君はどう思う?この子、私に似て中々に器量良しだし、将来のお嫁さんにどう?」
「へ?いえ、えっと…。」
「んもう!知らない!」
そして、アイビシアに手酷く揶揄われてクロウリアはその場を離れて行ってしまった。アキトはその後ろ姿を困惑気味に見つめていた一方、シルバーナは焦りを感じた。
(わ、私は何を惚けていたんでしょう!アキト様のお役に立つ機会だったのに!私と同じ位のあの方のが余程気遣いの出来る淑女です!なんと言うことですか!匂い嗅いで悦に浸っている場合じゃ無かったです!次こそは!)
シルバーナは折角のアピールチャンスをモノに出来なかった事を悔しがった。そして次こそはと心の中でリベンジを誓う。
「お嫁さんとかは別にして…。でも、良い子ですね。クロウリアちゃんって。」
「ふふ、わかりますか?私達の自慢の娘ですから。」
「うふ、アキト君もあの子が気に入っちゃったかしら?」
「ええ、とてもしっかりとした可愛い子だと思います。」
アキトは自分の素直な気持ちをお世辞抜きに言い放つ。
(うあああああ⁉︎は、恥ずかしいーーーーーー‼︎)
クロウリアは、両親とアキトの褒め殺しに耳を塞ごうと思うが、変に意識していると思われたくなかったが為に、真っ赤な顔を背後に向けて、身体を小刻みに震わせるだけであった。アキトはその後ろ姿を微笑ましく見つめていたが、ふと、ある疑問が頭をよぎった。
「……コウガ先生達は、わかっていて何故あの方に隙を見せたのですか?」
「…リアを撃とうとした、あの方の事ですか…。」
「はい。」
コウガ達には、ヤクモを通して怪しい人物である事は伝えて貰っていた筈であった。しかし、コウガ達は密偵として潜んでいた警備員を調べもせず、実際に行動を起こすまで放置していた。結果としてアキトがその行動を阻んだから良かったものの、一歩間違えればクロウリアが撃たれていた可能性があったのだ。なのに、平然と隙を見せていたのはアキトには解せなかった。
「私達があの人を放置したのは、ヤクモさんが『アキト様に任せておけば大丈夫です。』と言っていたからですね。」
「ええ…?ヤクモさん、僕を過大評価し過ぎでは有りませんか…?」
「ご謙遜を。現に、アキト様は仕事を見事に完遂なされたでは有りませんか。」
ヤクモは悪怯れず、さも当然であるかの様な態度をとる。仕方が無いので、アキトはコウガへと質問する。
「先生は、不安では無かったんですか?」
「不安はありましたよ。ですが、アキト君は実際に武装したテロリストと渡り合う実力が有りましたからね。その方が何か行動を起こしても対処出来ると踏みましたし、実際その通りでした。流石に、愛娘を狙われた時は殺意が湧きましたがね。その鬱憤は晴らしてくれたので、感謝していますよ。」
感謝していると言う割に、その顔は非常に怖かった。鬱憤は晴れても、思い出せばまた不愉快になるらしい。
「あ、あはは…期待に添えられたのは良かったです。ですが、危ない橋は渡るべきでは無かったのでは…?僕が失敗して、あの子がもしも被弾していたら…。」
「リアでしたら、あの程度の距離なら不審な動きを耳で感知して反応することが可能です。もし撃たれたとしても、躱せたでしょう。流れ弾も天井に当たる様に飛ぶように指示しましたからね。」
「え…まさかあの子は…わざと?」
アキトは、クロウリアが態と狙われ易いように動いていた事を理解した。しかし、幾ら銃弾を避けれる事がわかっていても、子供がそんな危険な囮役をしていた事にアキトは困惑の色を隠せない。それを察したコウガは、伏目勝ちに答える。
「娘には申し訳有りませんでしたが…。他の方が狙われるのは厄介でしたし、然りとて何もしておらず、証拠もないのに勝手に拘束する訳にも行かなかったので…。もしも、アキト君が上手く動けなければ、シアが迎撃する準備もしていましたし。」
「そこまでして…。」
「そうですね…。ですが、どうしても此処で捕まえて起きたかったんです。潜伏した密偵を釣り出さないと…。他の方が撃たれてからでは遅いですからね。」
そう言うコウガは、とても辛そうであった。まるで自身を納得させようと、言い聞かせている様にも見えた。
「お兄さん。余りお父さんを責めないで。これは私が頼んだ事だから。」
そこに、アキト達の会話に割り込む者が居た。クロウリアである。
「じゃあ、自分から危険な役目を?」
「ええ、そうよ。」
「一体、どうして?危ないじゃないですか。」
アキトはシルバーナと同じ位の年の子が危険な事をしていた事を、純粋に心配した。クロウリアはその言葉を聴いて笑う。
「ふふ、有難う。私が撃たれない様に庇って戦ってくれたし、やっぱりお兄さんは優しいね。そんな風に言ってくれるのは、家族位しか居ないんじゃないかって思ってたわ。」
「そんな事は…。」
「良いのよ、事実だもの。」
クロウリアの明るい声に、アキトは困惑し、コウガは悲しそうな顔をする。
「私が『全盲』だって事は、私の姿を見ればお兄さんにもわかるわよね?」
「え、ええ…。」
「でもね、鳥型導族に於いて『目』って命なの。それこそ、視力の良し悪しだけで、尊敬されるか軽蔑されるかを左右する位に。」
アキトはクロウリアの笑顔を見る。自然な笑顔が痛々しかった。その笑顔から視線を逸らす様にして、アキトはコウガの顔を見る。
「そんなに、大変なのですか…?」
「ええ…彼女達の種族では…かなり、差別されると聞いています。」
「はあ…全く、心が狭すぎるのよ。同じ種族として恥ずかしいわ!」
アキトの言葉を濁した質問に、コウガは哀しそうに、アイビシアは憤慨した様子で返す。アイビシアなどの鳥型導族は、総じて目が良い事が一つの特徴で、且つそれを誇りとする傾向が強い。それ故、視力が弱い者は馬鹿にされ、全盲となれば迫害の対象となる可能性すら有る。
更に言えば、聴力を使って飛び回るのは、鳥型導族と余り仲の良くない蝙蝠型導族特有の飛行方法であり、それが出来るだけでもかなり嫌われてしまうと言う。クロウリアは、正に同族から嫌われる特徴を完全に揃えていたのだ。
「アビス王国では、基本的に種族ごとに集まって暮らすのよ。異種族同士だと、その文化の違いから衝突する事が多いからってね。だけど、私はこんなだから同族から嫌われてしまう。…だから、私は将来はこの国で暮らして行くつもりよ。此処なら、流石に迫害迄はされないからね。」
「そう…ですね…。」
アキトは、クロウリアの話を聞いて、真っ先にシルバーナの事を思い出した。シルバーナもまた自身の白い姿の為に同族から忌み嫌われ、隠してこそいたが、導族から嫌われる呪導術の使い手である為、アビス王国で迫害を受ける可能性が有る。
バイドンやその家族に理解が有り、またシルバーナを深く愛していたが為に今までの生活は幸せであったが、逆に言えば彼ら無くして彼女は幸せな生活を送る事は無かったとも言える。つまり、今のクロウリアの境遇にそっくりであったのだ。
(この子も…私と同じなのですね…。でも、嘆かずに前向きに頑張ろうと…ご立派なお姿です。私も見習わないといけません。クロウリア様、有難うございます!)
シルバーナにとってもまた、とても身につまされる話であった。そして、同じ境遇の同じ年代の子供と出会えた事で、勇気を貰えた。シルバーナは心の中で感謝を述べた。
「そして、この国で生きていくには、仕事を見つけなきゃいけないわ。先立つ物は大事よ。」
「はい、それは身に染みて感じてますよ…。」
「でも私は小さい頃の病気で全盲、加えて導族よ。良い耳のお陰で日常生活はそんなに苦労して無いけれど、こんな私が果たしてどんな職に就けるかしら?」
「それは…警察ですかね?」
「ええ、そうよ。」
障害の有る導族は、大抵の企業で受け容れられない。障害者雇用に対する補助金制度があっても、適用は『人族』のみである。半分は人族でも、導族と見なされるクロウリアはその恩恵を受けられないのだ。しかし、警察や軍隊であるなら話は別であった。
制度(導術使いへの対策に関する物)の関係で導族を雇う事は可能な上、障害者であろうと導術の実力さえ高く有れば良いとされ、障害者を雇う事による支援金も特別に入るのである。(障害持ちの導族を、合法的に『減らせる』可能性を計算に入れていると言う裏の理由が有る。)
「だから私は、警察の特殊部隊を目指しているの。お父さんもお母さんも始めこそ反対したけれど、しっかり話し合ったら納得してくれたわ。だから、その為の訓練を毎日しているし、今回の事件もその為の実戦経験って事で、私もお手伝いしたいって言ったのよ。」
「そうだったんですか…。まだ小さいのに、もう将来の事を考えて…。」
「小さい内から訓練しないと、間に合わなくなるかも知れないじゃ無い?『鉄は熱いうちに打て』ってね。巣立ちの準備は早い内から始めないと、何時迄も子供では居られないわ。」
「凄く…しっかりしてるんですね…。」
アキトは、クロウリアの決意を聞いて感心するが、その悲壮な覚悟に心を痛めた。危険な事を承知で行う事には、理解は出来るが納得は行かなかったのだ。
(頼れる人が居ない…か…。フェルミ公爵閣下なら、あるいは…。いえ、余りに他人頼みなのはいけませんね。コウガ先生の悲しそうな顔を見るに、クロウリアちゃんの言う事を理解しているけれど、そんな考えを持たせてしまう事に申し訳無さを感じているといった所でしょうか…。僕も、少し違いますが、ルビィを同じ目に逢わせてしまっていますからね…。)
アキトはシルバーナの秘密を明らかにしてしまった事により、シルバーナを故郷から離れざるを得ない可能性を作り出してしまった。そして、この国にシルバーナの頼れる導族は居らず、呪導術の事が知られれば迫害される可能性もある。クロウリアとは経緯は違うが、彼女がシルバーナと似た様な境遇に居る事を知って、アキトは何とかしてクロウリアの力に成りたいと切に思う。
(何かしてあげられないでしょうか…?僕は力は有りません…。お金も権力も、何も有りません…。そんな僕に、何があげられるでしょうか…?この子が将来、少しでも生活で苦労しない様に…。)
そして、アキトは少し悩むと、意を決してクロウリアに提案する。
「ねぇ、クロウリアちゃん。」
「何?お兄さん。」
「出来たらで良いんですけど、君にお願いが有るんです。」
「お願い?……良いわよ。変な事や無理な事じゃ無ければ、大丈夫よ。」
アキトの声色からは、特に何らかの悪意の様な物は感じ取れなかった為、クロウリアは承諾する。
(お兄さんには、一度守って貰った恩も有るしね。借りっ放しは私の性分じゃないし、ここで頼みを聞いて、貸し借り無しの状態にしておきたいわ。)
クロウリアは、早く大人になる事を望んでいた。自身が両親の迷惑にならない様にと、少しばかり背伸びしながらも、努力して来た。故に、他者からの厚意に甘える事は極力避ける様にしていた。故に今回も、アキトに庇って貰った事に対して、彼女なりに恩義に感じていた部分があった為、それをしっかり返す事で、他者へ甘えようとする自身の戒めにしようと考えていた。
(これでこの人とは会わなくなるかも知れないし…。娘の失態で、お父さんやお母さんが変な目で見られない為にも、この人には良い印象でお別れしないとね。…それにしてもお願いって何かしら?)
打算的な事を考えながら、クロウリアはアキトの要望について考える。
(…私に何を求めるのかしら…。私がお兄さんにあげられる物とか殆ど無いんだけどなぁ…。私なんかに出来る事だってそんなに…。)
そして、クロウリアはふと、導族貴族の令嬢であるシルバーナがアキトの側に居る事を疑問に思う。コウガ達から裏事情を聞かされていなかった為である。先の両親の会話を聞いた際も『貴族様って色々と大変なのね。』と勝手に納得していただけであったのだ。
(そう言えば、あの子って有力な貴族様の御令嬢よね?何で本国に帰らず、この国に居るのかしら…。公爵様は帰られたのよね…?何故かわからないけど、護衛の方も居ないみたいだし…。だとすると今は、このお兄さんと一緒に暮らしてるの…かしら……え?)
そして父親宜しく、変な方向へと予想(妄想)を展開する。両親の毎夜の熱愛振りの影響か、はたまた母親の血筋か、下手に知識があるのが災いしてしまったのだ。
(いや…そんなまさか!でも、この子の様子を聞いていると、明らかにこのお兄さんに対してただならぬ思いを抱いて……。幾ら助けられたとしても、チョロすぎない?騙されてない?もしかして…もう一線を超えてしまって…後戻り出来なくなって…依存するしか無くなって…!)
貴族であるシルバーナが何故単身でヨミ国に居るのか、その理由を良く知りもしない彼女にとっては、現状を鑑みて、シルバーナが望んでアキトと共に居る事を選んだからと考える事は難しくなかった。それは一部間違ってはいなかったが、それを選ばざるを得なかった裏事情については、彼女に正しく推測出来る由は無かった。
(貴族様を騙して御令嬢を引き取り…幼気で世間知らずな少女を唆し、誑かし、拐かし、調教し…己が劣情の捌け口に仕立て上げた⁉︎この人は…導族の…しかも少女に手を出すような…ケモナーロリコン変態犯罪者だと言うの⁉︎だから私に優しかったり、身を呈して守ろうとしたの⁉︎そして…御令嬢に飽き足らず、私を次の標的に⁉︎)
クロウリアの中で、アキトはとてつもない変態へと変体して行く。目が見えないのでアキトの顔は見れないが、もしも見れていたら睨み付けていただろう。
(いやいや、落ち着きなさい私!まだそうと決まった訳ではないわ!きっと何か事情が有るのよ!この人が私と仲良くなりたいとか、小さい子供が好きだとか変な事を言い出さなければ、この人はきっとそんな小児性愛者的な変態犯罪者ではない筈よ!)
一度は落ち着きを取り戻すも、沸いた疑念は中々払拭出来ない。クロウリアは、アキトの言葉を注意して聞き取ろうとする。アキトがきっと変態では無いと、必死に願って祈る様に耳を傾ける。
「僕と、友達になってくれませんか?」
「え……?ええええ!やっぱりぃいいい⁉︎」
そして、アキトから放たれた“ある意味”予想通りの願いに、クロウリアはつい変な声が出てしまったのだった。
おまわりさんこの人です。
主人公の名誉の為に言わせて貰えれば、アキトはそんな事は考えもしない様な人間です。イエスロリコン、ノータッチを地で行く紳士です。
しかし価値観がかなりズレて居る為に、結構際どい事も天然で行ってしまうので、訴えられたら普通に負けます。




